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第2話 寄宿学校の1日③

 寄宿学校の授業は午前中で終わり、午後は礼拝堂で神に祈りを捧げるか、他の修道女たちとともに街で奉仕活動を行うことになる。


 今日はエルの初日ということもあり、ジル校長が先導してクラス全員を街の広場へ連れて行った。


 そこでは修道女や修道士たちが広場の一角を使って炊き出しを行っており、貧民たちが一杯のスープを求めて長い行列を作っていた。


 そこでの生徒の役割は、木製のお椀に熱いスープを注いで貧民たちに手渡したり、飲み終わったお椀をきれいに洗うお手伝いだ。


「へえっくしょん!」


 修道服がまだ生乾きのエルだったが、寒空の下で鼻をすすりながらも、心はやる気に満ちていた。


「教室の中で勉強するより、外にいる方が俺の性にはあってるぜ」


 そんなエルとは対照的に、令嬢たちは貧民の体臭に顔をしかめながら、汚れたお椀を指でつまんで水魔法で徹底的に洗浄している。


「今は冬だしまだそんなに臭くはないだろ。夏は凄いけどな」


 エルはそんな令嬢たちの態度に首をひねりながら、他の修道女たちに混じって、貧民たちにスープを配って回った。


「あんた、貴族のお嬢様なのに貧民たちが苦手じゃないのかい」


 修道女の一人が感心してエルに声をかけると、


「苦手も何も俺は貧民街出身だし、こんな仕事は屁でもないよ」


「貧民街出身って・・・なんか複雑な事情がありそうだから詳しくは聞かないけど、アンタみたいなお貴族様なら私たちは大歓迎だよ」



           ◇



 風魔法で周囲の匂いを飛ばしたり、ゴーレム召喚して代わりにスープを配らせたり、魔法を駆使して奉仕活動をしていた令嬢たちもやがてその魔力が尽きる。


 ついに諦めた令嬢たちも、そのうち貧民の体臭が気にならなくなると食器洗いにも慣れてきて、炊き出し作業全体に余裕が出きてきた。


 すると徐々に令嬢たちに任せていった修道女たちは、それぞれスープを持って貧民街へ入って行く。


「みんなどこに行くんだ?」


 エルがさっきの修道女に尋ねると、


「ここまでスープを取りに来れるのは元気な貧民たちで、本当に助けが必要なのは身体が弱って身動きの取れないお年寄りや病気の人たちなんだよ」


「違げえねえ。よし俺も手伝ってやるよ」


 エルもスープを持って貧民街に向かおうとすると、またしてもエレノアたちが言いがかりをつけて来た。


「随分とご立派な心掛けですこと。でも本当の奉仕活動というのは、ただ単にパンやスープを分け与えればよいというものではないのですよ」


 エルの周りを囲んだ取り巻きたちの一人がエルに説教を始めると、令嬢たちは「また始まった」とうんざりした顔になり、エミリーたち3人はさっきのこともあったので、エルと取り巻きの間に割って入る。


 だがエルはそれを制止すると、取り巻きたちに笑顔で尋ねた。


「なら何をすればいいのか教えてくれよ」


 するとニヤリと笑った取り巻きたちが、


「病気やケガの貧民たちは、食事どころか家のことが何もできないのです」


「つまりあなたは、スープを配るだけでなく侍女がするような仕事を貧民のためにしなければなりません」


「果たしてあなたに、貧民のドレスのお着替えや部屋のお片付け、入浴のお世話ができるのかしらね」


「「「オホホホホ!」」」


 ドヤ顔の取り巻きたちの後ろでは、エレノアがしたり顔でエルを見つめている。だがエルは、


「確かにお前たちの言う通りだよ! さすがは古株、いいこと言うな」


「え、ええ・・・こんなの当然ですわ」


「まあ貧民は毎日風呂に入ったりドレスを着たりはしないが家事ができなくて困っているのは間違いない。よし早速行って面倒を見てやるか」


「ええっ! まさか本当にやるつもりですの?」


 普通の令嬢ならここで泣き出して許しを乞うはずだったのに、腕まくりして貧民街に向かおうとするエルを慌ててエレノアが止めた。


「ち、ちょっとお待ちなさい! 貴族のあなたが本当に貧民街に行くつもりなのですかっ!」


「ああそのつもりだが、ダメなのかエレノア様」


「だって貧民街は貴族が立ち入るような場所ではござきません・・・ああ、なるほどそう言うことね」


「ん? そう言うことって、どういうことだ?」


「あなた、奉仕活動をするフリをしてこのわたくしたちを騙すつもりね。口だけなら何とでも言えるし」


「そんなことしねえよ。心配ならついて来いよ」


「え? こ、このわたくしも貧民街に行くのですか」


「俺のことが信用できないんだろ。まあ俺は別にどっちでもいいけど」


「くっ・・・そこまでおっしゃるのなら、しっかりと見届けさせていただきます。ただし、口ばかりで何もしていなければ、全員の前で謝罪していただきます」


「ああいいぜ。じゃあ早速行こう」



           ◇



 貧民街の路地裏の一角にある薄汚い貧乏長屋。


 エレノアと数名の取り巻きを連れたエルが中に入ると、独り暮らしの老婆がベッドに横たわっていた。


 目の不自由な彼女には身寄りもなく、修道女が交代で身の回りの世話をしており、今日はエルがその当番を買って出たのだ。


 エルは老婆を優しく抱き起すと、彼女の口にスープを運んであげる。


「スープだ。まだ熱いからゆっくり食べてくれ」


「いつもありがとうね修道女様・・・おお神よ、あなたの御慈愛に感謝いたします」


 老婆は神に祈りを捧げると、有り難そうにエルのスープを口に含んだ。


 食事が終わるとエルは老婆の服を着替えさせて身体の汚れを清潔な布で丹念に拭き取ると、汚れた服をひとまとめにして近所の井戸に持って行った。


 そして凍り付くような冷たい井戸水で洗濯を始め、それが終わると部屋に戻り、さっと部屋を片付けて中に洗濯物を干した。


「ここに干した方が湿気で喉が潤って、風邪を引きにくくなるんだよ。ウチの母ちゃんがそう言ってたぜ」


 最後に炊き出し現場で野菜くずをもらい、老婆の家の台所で手早く調理を始めるエル。


「こうやって調理をすると、野菜くずも美味く食べられるんだよ。保存もきくから好きな時に食べてくれ」


 そう言ってベッドの脇に皿を置くと、老婆の背中を優しくさすってあげた。


「ありがとうね修道女さん。ここまで親切にしてくれたのはあんたが初めてだよ」


 そう言って老婆は涙を流して感謝した。





 その一部始終を目の当たりにしたエレノア達は、呆然とエルを見つめながら最早ぐうの音も出なかった。


 だがそんな彼女たちにエルは、


「この時間ならもう1件ぐらい行けそうだな。よし、お前らもついて来い」


「「「えええーーーっ!」」」


 そう言うとエルは貧民街を更に奥へと入って行き、エレノアたちももう後には引けず、彼女の後ろを付いて行くしかなかった。


 だがその時、遠くの方で女性の悲鳴が聞こえた。


 エルは急いで悲鳴の方に駆け出し、その後ろをエレノアたちが追う。


 やがて貧民街のさらに先のスラム街に入った所で、貧民の母娘が野盗どもに囲まれているのを見つけた。


 この二人の家族なのだろうか、男と少年が殴り倒されて気を失っており、母娘が今まさに拉致されようとする所だった。


「今すぐその二人を放せっ!」


 エルが叫ぶと、それに気づいた野盗どもがナイフをちらつかせて近づいてきた。


「何だてめえ、修道女じゃないか。だがこれを見られたからには黙って帰すわけにはいかねえ。おい手下ども、ここにいる修道女も全員まとめて奴隷商に売りさばいてやるぞ」


「ウヒヒヒヒ・・・若い姉ちゃんばかりだからきっと高く売れるぜ」


「ああ・・・でも一人ぐらいは俺たちで味見しても、バチは当たらねえよな」


「うひょーっ! じゃあこの威勢のいい姉ちゃんは俺たちで、じゅるるっ」


 そして野盗がエルたちを取り囲むと、エレノアと取り巻きたちは恐怖のあまり腰が抜けてしまった。


「「「ひ、ひーーーーっ!」」」


 だがエルだけは、


「お前らは危ないからそのままそこに座っていろ。こいつらは俺一人で十分だ」


「何だとコラ! 野郎どもやっちまえっ!」


 お頭の命令で一斉に飛びかかった野盗どもは、だが最初にエルの腕を掴んだ男の顔面に、エルのパンチがさく裂した。


「メガトンパンチ!」



 バギャッ!



「ぎゃあーっ!」


 鈍い音と共に顔面がひしゃげた野盗がそのままバラック小屋に頭から突っ込むと、エルは軽快な動きで次々と男たちを倒して行った。


「面倒だから全員まとめてかかって来い! この男・桜井正義が相手になってやるぜ」




           ◇




 エレノアたちにも手伝わせ、野盗全員を縛り上げて冒険者ギルドまで連行したエルは、そこでギルドの転籍手続を済ませると早速報奨金を手に入れた。


 そのお金で薬をたくさん買い込むと、さっきの貧民の母娘に全て手渡した。


「これで父ちゃんと息子を手当してやれ」


「何から何まで、本当にありがとうございました修道女様。あなたは私たち家族の命の恩人です」


「礼には及ばねえが、スラム街は危ないから二度と近づくんじゃねえぞ」


「ええ、それはもう」


 何度も頭を下げて感謝する母娘に別れを告げて、冒険者ギルドを後にするエルたち。


 空は赤く染まり、街の人々は帰り支度を急ぐ。


「あの野盗どものせいで結局1件しか奉仕活動ができなかったじゃねえか。だがお前らから言われたことはちゃんとできてただろ。なあエレノア様」


 そう尋ねると、取り巻きたちはコクコクと首を縦にふり、エレノアも悔しそうにエルの顔を見ながら、


「・・・す、少なくとも言われたことはできていたようですね。ですが奉仕活動はまだ色々とございます。それが全てできるまで、あなたのことを認める訳には参りませんっ!」


「そうか。まあ初日から認めてもらおうとは思わないし、これからぼちぼちやって行くさ。じゃあ遅くならないうちに今日は家に帰ろうぜ」


 そう言うとエルは、ゲシェフトライヒの繁華街をゆっくりと歩いて行った。

 次回もお楽しみに。


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