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第2話 寄宿学校の一日②

 2時間目は魔法の授業だ。


 ここでは生徒のレベルに応じていくつかのグループに分かれ、中央教会所属の女魔導師たちが実践形式で指導を行うらしい。


 ただし今日はエルたちが初日ということもあって、奉仕活動で必ず必要になるキュアとヒールをみんなで練習することになった。


 ちなみにキュアは怪我を治療する魔法で、ヒールは体力を回復させる魔法なのだが、エルはこの学校に入学するにあたり簡易魔法を封印し、シェリアから正式魔法を教わっていた。





 授業が始まると先生が教壇の上に大きな水晶玉を置き、エルたちに手で触れるように言った。


 最初にエルが触れると水晶玉が白く輝き出し、その中を赤い光が渦を巻いた。


「エルさんはとても大きな魔力をお持ちですね。光属性はもちろん火属性の適性もありますよ」


 クラスメイトたちはエルの魔力の大きさに驚きを隠せず、エレノアは悔しそうに顔を歪めた。


「まさかこれほどの魔力を。この子、ただの伯爵令嬢ではなさそうね・・・くっ」


 普段は感情を表に見せないエレノアの動揺ぶりに、取り巻きたちも慌ててフォローを始めた。


「それでも公爵令嬢のエレノア様の魔力には全く及びませんわ」


「この寄宿学校のトップは断然エレノア様ですわね」




 次にエミリーが触れると緑の光の中に白い渦が、スザンナが触れると青の光にやはり白い渦が混じった。だがキャティーが触れるとぼんやりと薄暗い光が仄かに灯っただけだった。


 先生が残り3人の評価を伝える。


「エミリーさんは貴族と何の遜色のない強い魔力をお持ちです。ちなみに属性は風と光ですね」


「本当ですか?! 洗礼時に風属性があるのは分かってたのですが、魔導師を目指すほどでもなかったし、光属性なんて全く。もしかして私、エル君に染められちゃったのかな・・・」


 エミリーは妖精の泉での出来事を思い出し、恥ずかしそうにエルの顔をチラッと見た。



「スザンナさんは水と光ですね。魔力も強くさすがはメルヴィル伯爵家のご令嬢。ご立派です」


「わたくし帝都の貴族学校で魔法の指導を受けたことがございます。エル様の足元にも及びませんがキュアもヒールも問題なく使えます」


「それは仕方がないでしょう。エルさんの光属性魔力は桁違いですし、スザンナさんの適性はどちらかと言えば水魔法ですので」



「最後にキャティーさんですが、魔力があるにはあるのですが属性もハッキリしません。ですがロザリオの魔石に頼れば最低限の魔法は使えるでしょう」


「猫人族で魔法を使えるのは女王陛下ぐらいですので、そんなものだと思います」


「では魔力の計測も終わったので、まずはヒールの練習をしてみましょう。4人とも呪文は予習されたとのことですので、早速魔法を発動してみてください」


 そして先生がボロボロの犬をたくさん教室に召喚すると、クラスメイトが見守る中、エルたちは犬に呪文を唱え始めた。




            ◇




 4人のヒールに教室はざわめき、先生は不思議そうに首をひねる。


「まずスザンナさんですが、呪文も完璧で特に指導することがありません。次回からは最上級のグループに入ってください」


「承知しました先生」


「次にエミリーさんですが、初めてにしてはちゃんと魔法が発動していました。練習次第ではかなりの腕前になりますよ」


「ありがとうございます先生」



「さて問題はエルさんです。光の魔力は高いのに魔法が発動していません。犬もしょんぼりしていますよ」


「おかしいなあ・・・前はちゃんとできたのにな」


 エルが不思議そうに首をひねったが、周りからは笑い声や陰口が聞こえる。


 さっきまで動揺していたエレノアはいつもの高貴な表情を取り戻し、取り巻きたちもそれにホッとした様子で口々にエルをバカにして見せた。


「あの子の全身が光のオーラで輝いた時は、これからどんな奇跡が起こるのかと身構えましたが、詠唱が終わった途端オーラがどこかに消えてしまいましたわ。見かけ倒しとはまさにあの子のことですわね」


「呪文の詠唱もかなり怪しかったですし、あの子って頭はよくないのかもしれませんわね」


「いくら魔力が高くても魔法が使えないのなら全く意味がありません。むしろ猫人族の方が魔法を使えてたのには笑いましたわ。オホホホ!」





 その後スザンナを除く3人が先生の指導を受けたが、エルは何度やってもエミリーはおろかキャティーほどにも魔法が使えなかった。


 周りの嘲笑も気になったエミリーとキャティーが心配そうにエルに耳打ちする。


「エル君。いつもの魔法を見せつけてあげなさいよ。そしたらギャラリーは何も言えなくなるから!」


「エミリーさんの言う通りです。エルお嬢様にはあの可愛い魔法があるじゃないですか!」


「あれは男らしくないし、みっともないから封印だ。それに普通の魔法を使えるようになれた方がいいし」


「せっかく女の子らしくて可愛い魔法なのにもったいないですね。でもエルお嬢様がそうおっしゃるなら、仕方ありません」





 3時間目は算数。


 内容的には小学校レベルの計算問題だったが、算数は令嬢たちも苦手らしく、みんな悪戦苦闘していた。もちろんエルも、


「250Gのネックレスを金貨3枚で買うとおつりはいくらだと? そんな高けえネックレスを買うぐらいなら防具の手入れをする工具をナギ爺さんから買うぜ!」


 エルが計算問題にケチをつけていると、エミリーが笑いながら答えを教えてくれた。


「答えは大銀貨5枚よ。金貨3枚は300Gだから、300-250=50G。大銀貨1枚10Gだからおつりは5枚ね」


 もちろん正解で先生はエミリーを絶賛。周りのクラスメイトたちも文句のつけようがなかった。


「さすがエミリーさん。俺とは頭のできが違うな」


「冒険者ギルドの受付嬢は、これぐらいの計算ができないと務まらないのよ。その反対に、貴族令嬢ってお買い物の支払いは全て執事がやってくれるし自分で計算する必要がないからね。そのあたりはエル君も貴族っぽいかも」


「確かに・・・俺は全部インテリに任せてるしな」





 4時間目は社会。


 今日の授業内容は帝国の歴史だったが、ものの5分と経たずにエルはいびきをかいて眠ってしまった。


「ぐがーーっ! すぴーっ・・・ぐがーーっ! すぴーっ・・・」


「にゃあ・・・にゃあ・・・フシャーーッ!」


 エルにつられて、帝国のことに1ミリも興味がないキャティーも一緒になって眠り始めた。


 そんなエルたちにエレノアが再び苛立ちを見せると、取り巻きたちが慌てて彼女の機嫌を取り始める。


「本当にうるさいですわね、あの二人。エレノア様ももうあんな落ちこぼれ令嬢を気にする必要などございませんことよ」


「でしたらエレノア様、午後の奉仕活動でわたくしたちからあの子に礼儀を教えて差し上げましょうか」


 取り巻きの提案にエレノアがコクリと頷くと、その一人が彼女の耳元で囁いた。


「まずはわたくしが昼休みに・・・ゴニョゴニョ」



           ◇



 そして昼休み。


 寄宿学校の大ホールではビュッフェ形式による豪華な食事が用意されていた。


 修道院と言えどもここは貴族学校であり、高額の授業料と多大な寄付によって学校経営が成り立っているため、実家と遜色のない食事が保証されている。


 ただしその教育方針として、その生徒は侍女や執事に頼らずに自ら配膳しなければならない。


 不馴れな手つきで食事を運ぶ令嬢たちの中にあって、だがエルたち4人のテーブルにはどこよりも早く食事が並んでいた。


「わたくしの分まで配膳いただき、誠に申し訳ありませんでしたエル様」


 エルは山盛りの食事をトレーに乗せると、スザンナの分もまとめて自分たちのテーブルに運んだのだ。


「いいってことよ。さあ腹も減ったしとっとと食っちまおうぜ」


 そう言ってナイフとフォークを握りしめたエルだったが、すぐにエミリーに止められた。


「ダメよエル君。食事はお祈りが終わってからよ」


「そう言えばここ宗教の学校だったな。念仏を唱えるのをすっかり忘れてたぜ。南無阿弥陀仏と」


「それより私、食事マナーが一番心配だわ。ここって貴族学校だから平民の私にはやっぱり場違いで」


「俺はデルン城にしばらく居たけど、マナーなんか一度も気にしたことないぜ。飯が旨ければ食べ方なんかどうでもいいだろ」


「気にしたことがないのはエル君のマナーが完璧だからよ。実はここまでの道中、ずっとエル君の食べ方を参考に勉強してたんだから」


「え・・・ウソだろそれ。俺は普段通り、適当に飯を食ってるだけだけど」


「その普段通りがくせ者なのよ。今回エル君の家族と一緒に旅をして感じたけど、全員美男美女ぞろいで立ち居振舞いも完璧よね」


「報償金がたんまり入って俺がみんなに普通の服を買ってやったから、少しは見てくれがよくなったよな。父ちゃんはどこかの国の王子だったって言うし、弟たちはみんな父ちゃん似だからこんなもんだろ」


「エル君もマーヤさんに似た美人さんだし、エル君たちって世界一エレガントな奴隷の家族だったのね」





 その時、エルの頭に突然水が浴びせかけられた。


「あら、ごめんなさいね。うっかり水をこぼしてしまいましたわ」


 振り返ると、コップを手にしたエレノアの取り巻きの一人がエルの頭の上にわざと水をこぼしたのだ。


 エルは髪も修道服も濡れてしまい、エレノアと他の取り巻き令嬢もそれを見てクスクス笑っている。


   

 スザンナもこれにはさすがに眉をひそめ、エミリーとキャティーは席から立ち上がると、エレノアたちに食って掛かった。


 だがエルがそれを制止すると、修道服を全て脱ぎ去って下着1枚になった。


「何やってるのエル君っ!」


 エルの奇行にエミリーは仰天し、周囲の生徒たちもその大胆な行動に唖然とする。だがエルは、


「午後は課外授業だし早く服を乾かさなきゃな」


「ええっ、それを着ていくつもりなのエル君?!」


「そりゃそうだよ。それに懐かしいなこの感じ。俺が中坊だった頃はよく不良どもからバケツで水をぶちまけられたよ。もちろんそいつら全員ボコボコにしてやったがな。今回は相手が女だしさすがに殴れねえが。ガッハッハ」


「「「ええっ?!」」」


 エルがシャドーボクシングをしながら懐かしそうに話すと、エレノアたちはビクッと後ろに下がった。


「それに貧民街はもっと酷かったぜ。バケツに入ってるのが水じゃなく糞だったからクセえのなんのって」


「「「ひーーーっ!」」」


「それより飯が無事でよかったな。念仏も唱えたし、さっさと食っちまおうぜ。いただきまーっす」


 そう言うとエルは気にせず食事を始めてしまった。


 嫌がらせが通じないどころか、エルの話に面食らったエレノアたちは、食事を取る気持ちにもなれず大ホールから出ていってしまった。

 次回もお楽しみに。


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