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第2話 寄宿学校の一日①

「ごきげんよう皆さん」


「ごきげんよう・・・あれ? 校長先生ですわ!」




 ゲシェフトライヒ寄宿学校の朝。


 教室の教壇にジル校長が立つと、教室の生徒たちは不思議そうに首を傾げた。


 だがその後に入って来た4人の修道女に、彼女たちは期待に胸を膨らませる。


「今日は皆さんに新しい仲間を紹介します」


「「「やっぱり、新入生ですわっ!」」」




 教壇の前に並んだ4人のうち、一番左側に立つ修道女が自己紹介を始めた。


「俺はエル。ヒューバート伯爵から貴族の常識を勉強するように言われて、この寄宿学校に入ることになった。みんなよろしく頼む」


 すると生徒たちはコソコソと囁きあう。


(昨日ヒューバート伯爵家の馬車が、騎士団に守られながら校門の前に止まっているのをわたくし見ましたのよ。あれってエル様の馬車でしたのね)


(ヒューバート伯爵と言えば、皇帝陛下の懐刀と評判の高い名門伯爵家のご当主でしてよ)


(まあっ! 帝都にお住まいの伯爵令嬢がわざわざこの寄宿学校にご入学されるなんて、もしかするとわたくしたち東方諸国貴族との交流が目的なのでは)


(それよりも、ご同伴される令嬢方の中に少し変わったお方が・・・あれは猫かしら?)


 生徒たちの関心がキャティーに移り、エルは3人の紹介を始める。




「こいつはキャティー、見ての通り猫人族だ」


 すると生徒たちが物知りそうに語り出す。


(猫人族は確か、南方大陸に生息する亜人部族ですわね。彼らとの交易が始まって10数年経つとは言え、実物を見るのはわたくし始めてですわ)


(本当に猫のようなお顔をしてらっしゃるのですね。それ以外は普通の人間と同じようですが)




「キャティーの隣はエミリーだ。冒険者ギルドの受付嬢をしていたが、今は辞めて俺の仲間になった」


(冒険者ギルドって、荒くれ者たちが集まる吹き溜まりのような場所ですわよね。お父様が「絶対に近づいてはならない」とおっしゃってましたわ)


(ウチもですわ。冒険者は粗暴で腕力が強い上に酒と賭け事が大好きで、目に入った女性を見境なく襲う危険な殿方だと)


(まあ怖い! そんな魔窟のような場所の受付嬢が、清らかな乙女しか入ることのできないこの寄宿学校によく入学できましたわね)




「最後はスザンナだ。彼女はメルヴィル伯爵の末娘で今は俺の侍女をしてくれている。よろしく頼む」


(メルヴィル伯爵家と言えば、一国に匹敵するほどの広大な領地を持つ大貴族)


(東方諸国の王族とも血縁があり、かなりの影響力を持つ名門中の名門)


(その伯爵家の娘が侍女をされるってどういうことかしら。しかも少しお年を召しているご様子ですし)


(結局、伯爵令嬢2人に猫人族と冒険者ギルドの受付嬢。どういう繋がりなのかしらね、この方たち)





 エルの自己紹介を聞いて余計に意味が分からなくなった令嬢たちは、今日からジル校長がクラスの担任を務めることが告げられると、混乱に拍車がかかった。


 騒然とするクラスメイトをよそに、4人は教室の一番後ろの空いている席に着席する。


「エル様、一番前の席をどなたかから譲っていただいた方が・・・」


 スザンナが心配そうにエルに尋ねるが、


「番長たるもの、一番後ろの席でどっしり構えるのが普通なんだ。俺は小中高と10年間学校に通ったが、やっぱりこの席が一番落ち着くぜ」


 満足そうに頷くエルに、3人は仰天する。


「エルお嬢様は10年も学校に通われたんですか!」


「ああ。男・桜井正義としてだが、勉強はからっきしでケンカに明け暮れた毎日だった。懐かしいな」


「私は学校に通ったことがないので、ベテランのエルお嬢様に色々教えていただきたいです!」


「おうよ! それなら最初は気合いの入れ方からだ。キャティーなら立派なスケバンになれるぞ」


「私は冒険者ギルドの受付嬢養成所に通ったことはあるけど、ちゃんとした学校は初めてなの」


「そんな学校があったのかよ。エミリーさんの場合は頭がいいし、スケバンよりも学級委員長タイプだな。つまり俺が教えることは何もない」


「わたくし帝都ノイエグラーデスの貴族学校に通っておりましたが、当時から人気があったのは寄宿学校の方でした。両方に通えたのもエル様のお陰です」


「へえ、寄宿学校は人気があるのか。でもなんで?」


「それはローレシア皇帝陛下が令嬢たちの憧れの的だからです。陛下は一介の修道女から皇帝まで上り詰められたお方ですから」


「全国を統一した総番長みたいだな・・・すげえぜ」




           ◇




 この寄宿学校は中学や高校のように、科目ごとに先生が交代する。


 1限目の授業が終わると、その短い休み時間にエルたちの周囲に人だかりができた。


 みんな新入生に興味津々だが、中でもたくさんの取巻きを連れた一人の女子生徒がエルに声をかけた。


「初めましてエル様。わたくし東方諸国はレッサニア王国のレキシントン公爵家長女エレノアと申します。帝国大公ランドン家とは遠縁で、かのメルクリウス王家ともつながりのある家柄でございますのよ」


 しっとりとした長い黒髪と漆黒の瞳が美しい、エルと似たような年格好の美少女だ。


 完璧に調和のとれたその高貴な顔はともすれば冷さを感じられる程であり、だがエルは気にすることなく気軽に挨拶を返した。


「おう、よろしくな」


 だが彼女は少し表情を歪めると、もう一度同じ挨拶を繰り返した。


「コホン・・・わたくしはレッサニア王国レキシントン公爵家の」


「それはさっき聞いたよ。エレノアだろ」


「まっ! このわたくしを呼び捨てにするなんて」


 途端、不機嫌そうに眉間にシワを寄せるエレノア。


 彼女の取り巻きもヒソヒソと小声で話し始めると、スザンナがエルの耳元にアドバイスを送った。


(エル様、このエレノア様は公爵令嬢つまり王家とも深い縁戚関係にある名門貴族です。エル様同様に帝国大公家にも親族がいるようですし、おそらくこの教室で一番身分が高いのだと思います。エル様の身分を明らかにした方が話は早いと思いますが)


(別に隠すつもりはないが、伯母さんの名前を出してみんなを従わせるのは筋が通らないような気がする。そもそも両親の奴隷解放のためにこの学校に来たわけだし、実際今はただの解放奴隷だよ)


(さすがエル様、承知しました)


(でもお陰で気がついた。俺は新参者だから、古株に敬意を払うべきだった。番を張ってた時間が長すぎて仁義の切り方をすっかり忘れてたぜ。ありがとうな)


(光栄至極にございます、皇女殿下)




「先ほどは失礼したエレノア様。俺に貴族の常識がないせいで不快な思いをさせてしまったようだ。今日からは級友だし色々と教えてほしい」


 エルが頑張って敬語を使うとエレノアは、


「そう、分かればよろしくてよ。ではわたくしが貴族の作法を教えて差し上げます。まずは後ろの娘たちにちゃんと頭を下げて、一番後ろにつきなさい」


 そんなエレノアの言葉に、取り巻きたちはクスクス笑い出した。


「なるほど、俺に子分になれと言いたいわけか。だが俺は番長だから自分よりケンカの弱い奴の手下にはなれねえ。まあ連れションぐらいはたまに付き合ってやってもいいが、それ以外はすまないな」


「連れショ・・・何てお下品なっ! それに子分だの手下だの荒くれ者のような物言いですし、伯爵家のご令嬢だから声をかけさせていただいたのに、とんだ見込み違いでしたわね。行きましょう皆様」


 そう言うとエレノアは取り巻きを連れて座席に戻ってしまった。そしてとばっちりを恐れた他の生徒たちは、エルと話す機会を失い、すごすごと自分の席に帰っていった。


「ありゃりゃ、怒らせちまったかな?」


 頭をかいて誤魔化すエルに、スザンナはニッコリと微笑んだ。


「おっしゃり方はともかく、エル様が一番身分が高いのですから、エレノア様の取り巻きにならなかったのは正解です」


「そ、そうか?」


「それにこの程度のことは、貴族学校でわりとよくある光景です。わたくしも少女時代に戻った気がして、何だか楽しくなって参りましたわ!」


「スザンナがそう言うなら問題なさそうだな。よし、この調子で貴族の常識をしっかり勉強するぜ!」

 次回もお楽しみに。


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