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プロローグ ~清らかな乙女の学園~

 春の足音がまだ少し遠い晩冬のある日、エルたち一行は帝国南部にある商業都市ゲシェフトライヒに到着した。


 帝国有数の貿易港には外国との貿易を行う貨物船がひっきりなしに出入りし、カサンドラたち亜人が住む新大陸とも距離が近く、交易も行われている。


 そんな巨大な港町の中央にはシリウス中央教会大聖堂があり、そこに併設された寄宿学校の校門の前で騎士団に守られた伯爵家の馬車が止まった。


 そこから降り立ったのは、セーラー服に身を包んだエルと、その同伴者として共に学園生活を送ることになるエミリー、キャティー、スザンナの3人だ。


 そしてスザンナの侍女3人が、エルたち4人の後ろに整列する。


「じゃあここでお別れだ。みんな元気でな」


 手を振って別れを告げるエルたちを残し、エルの家族とシェリア、カサンドラ、ラヴィ、インテリの10名は、この街の冒険者ギルドに向けて馬を進めた。


 一方、ジャンとヒューバート騎士団は寄宿学校近くの屋敷を借り受け、そこを拠点にエルの身辺警護を行うことになる。



           ◇



 最初に寄宿学校の校長室を訪れたエルたちは、そこで入学の手続きを行う。


「俺はエル。ヒューバート伯爵の紹介で、貴族の常識を学ぶためにここに入学した。よろしく頼む」


 するとソファーの向かいに座った60歳ぐらいの修道女がにこやかに微笑んだ。


「私が校長のジルです。エルさんのことは伯爵からの書状で承知しています。ローレシア陛下の姪だそうですね。ゲシェフトライヒ寄宿学校へようこそ」


「まだ正式には認められてないので皇女(仮)だそうだけどな。それからこの3人が俺の同伴者だ」


 エルはエミリーたち3人をジルに紹介すると、彼女は少し困った顔をした。


「ごめんなさいねエルさん。確かにこの学校は3人の同伴者を認めてはいますが、まさか成人女性ばかりを連れてくるとは思ってませんでした」


「え・・・年齢制限があるなんて聞いてないけど」


 ただ、よく考えればそうかもしれない。


 一緒に学園生活を送るのは普通は同年齢同士だし、キャティー(10)が実年齢を詐称して20歳にしている以外は、エミリー(24)もスザンナ(25)も大人である。


 しかしジルは首を横に降る。


「年齢が問題というわけではありません。40代後半の同伴者が認められた例も過去にはございますので」


「じゃあ何が問題なんだ」


「普通の貴族学校とは異なり、この寄宿学校は教会に併設されており、生徒であっても聖職者と同じ規則で生活しなければなりません」


「うわ、何か厳しそうだな・・・」


「聖職者の組織は男女別になっていて、私たち女性の場合、聖女を目指すコースとそれ以外のコースに大きく別れます」


「聖女とそれ以外か」


「そしてこの寄宿学校の生徒はその全員が聖女を目指しますが、これは同伴者も同じなのです」


「つまり俺たち4人は聖女を目指すと・・・」


「その通りです。その聖女ですが、絶対に守らなければならない条件が一つだけございます」


「その条件とは」


「純潔を守り抜いた清らかな乙女であること」


「清らかな乙女・・・つまり◯◯ということだな」


「エルさん。乙女たるもの、そのようなことを口にするものではありません。はしたない」


「すまん。確かに成人女性には厳しい条件だが、そんなの自己申告でどうとでもなるだろ」


「いいえ、これはとても大切なことですのでしっかり調べさせていただきます」


「しっかり調べるって・・・ウソだろ!」




 とんでもないことになってしまった。


 調べるということは、つまりあれの有無を確認するということだ。


 ここにインテリがいれば、そういった知識の泉から適切なアドバイスをくれたかも知れない。


 だが今はエルが自分の力でこの窮地を切り抜けなければならないのだ。


「くそっ! これはかなりまずいな・・・」


 自分は絶対に大丈夫だが、この3人がどうなのかをエルは知らない。


 なんとなくキャティーは白の気がするが、エミリーとはそういう話をしたことがないし、スザンナに至っては限りなく黒である。


 ウィルが手も触れなかったという話には驚いたが、そう言う行為が一切なかったかどうかは実は怪しい。それ以上にブーゲン要塞での件は即アウトである。


 エルが額に冷や汗を流していると、ジルがおもむろにソファーから立ち上がった。


「そうそう、調べるにはアレが必要ね。でもどこに仕舞ったかしら。年を取ると物忘れがひどくなって本当に嫌だわ」


 そう言って自分の机の引き出しをあさり始めた。




 エルは3人の顔を見る。


 キャティーは特に表情を変えず猫耳がピクピクしているだけだが、スザンナは顔を真っ赤にして「あらどうしましょう。わたくし恥ずかしいわ」と身体をクネクネさせている。


 エル同様に深刻な表情をしていたのはエミリーだ。


「エル君。調べるってつまり・・・ってことよね」


「おそらくな。どうするエミリーさん、あれを調べられるのはさすがに屈辱だよな」


「そうね、そればっかりはさすがに・・・ごめんなさいエル君、私ちょっと無理かも」


 そう言ってエミリーが泣きそうな顔になる。


「変な学校に誘って悪かった。もしあれなら、カサンドラかラヴィと交代してくれて構わないから」


「・・・うん、その時はごめんね」


 ここでエミリーが脱落しても、エルは必ずやりとげなければならない。


 この寄宿学校を卒業できなければ、両親を奴隷から解放することができないのだ。




「あら、こんな所にあったわ。これで清らかな乙女かどうかをやっと調べられるわね」


 ホッとした顔のジルがこちらに歩いて来ると、エルは覚悟を決めてソファーから立ち上がった。


 そしてセーラー服のスカートをたくし上げると、思いきって一気にパンツをずり下ろした。


「うおりゃーっ! 男・桜井正義、そんな検査ぐらい屁でもない! どっからでもかかって来いやあ!」


 堂々と丸出しになったエルの姿に、ジルは一瞬唖然とすると、口元を押さえて必死に笑いをこらえた。


「・・・え、エルさん・・・・パンツは脱がなくても大丈夫ですよ。この魔術具さえあれば純潔かどうかが正確に分かりますから」


「何っ? ・・・魔術具・・・だと」


「ええ。この魔術具に手を触れると、純潔ならば白、そうでなければ黒く色が変化します。せっかくですのでエルさんからやってみましょうね」


 苦しそうに笑いをこらえながら、ジルはテーブルの上に魔石を置いた。


 エルは静かにパンツをはくと、ソファーに座り直して目の前の魔石に触れた。


 すると魔石が白い光を放ち始める。


「はい、エルさんは純潔を大切に守っていらっしゃるので合格です」


「お、おう・・・。俺は奴隷出身で、乙女のピンチの連続だったが、紙一重で守り抜いて来たよ」


 あっけなく合格したエルは、拍子抜けしてソファーにぐったり倒れこんだ。




 次にキャティーが魔石に触れると、エル同様に白い光を放つ。


「はい、キャティーさんも清らかな乙女ですね」


 そしてエミリーが魔石に触れると、


「あら? エミリーさんもまだ純潔を守ってたのね。平民でこれほどの美貌なのに、どういうことかしら」


 予想外の結果に驚くジルにエミリーは


「私、冒険者ギルドの受付嬢をしていたから自分に言い寄って来る男たちの能力や収入を全部知ってるし、結婚したいと思える人に巡り会えないままこの年になってしまったの。あの仕事って本当に業が深いのよ」


「まあ! ギルドの受付嬢もそうなのね。自分の方が安定して稼げるのに、わざわざ浮き沈みの激しい冒険者と結婚する必要はないし、私もこうして定職についてるから、あなたのことがとてもよく理解できるわ」


「え?」


 エミリーは、自分に共感してくれる60歳ぐらいの未婚女性ジルに、自分の未来を見た気がした。




 最後に魔石に触れたスザンナだったが、不貞を働いて離婚させられた次期領主夫人だったという話は彼女の口から直接ジルに伝えられていた。


 だが魔石は白い光を放つ。


「「「え・・・」」」


 スザンナ以外の全員が我が目を疑ったが、どんなに魔石を凝視しようと、白が黒にはならなかった。


 エルは冷や汗を流しながらスザンナに尋ねる。


「お前、ナーシスの寝室に既成事実を作りに行ったから伯爵に自害を命じられたんだよな。だったら何で」


 するとスザンナが目に涙を浮かべながら、


「ナーシスはわたくしには一切手を出さず、マーヤ様だけにご執心でした。今となっては不幸中の幸いですが、誰からも愛されない自分がとても悲しくて」


「だったらメルヴィル伯爵にちゃんと言えばよかったじゃないか。そしたら自害させられることも・・・」


「わたくしにもプライドがございます! そんなことを実の父親に言うぐらいなら、死んだ方がマシです」


「だからって本当に死ぬことはないだろ! それに、ウィルと本当に何もなかったのは改めて衝撃的だな」


「ウィルとの夫婦生活は砂を噛むような7年間でしたが、結果としてわたくし、完全に清らかな身体でエル様にお仕えすることができました。・・・ポッ」


 そう言って頬を赤らめて恥じらう25歳バツイチに、慰める言葉を誰も持ちえなかった。





「では4人全員、この寄宿学校への入学を認めます。おめでとう」


 そう言って笑顔を見せるジル校長だった。

 次回もお楽しみに。


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