第68話 エピローグ
当主を説得して回ったエル。
メルヴィル伯爵がエルを皇女と認めたため、どの当主たちも顔面蒼白になってエルに平伏し、デルン城で失礼を働いた親族や家臣の処分と騎士団の即時撤退を約束してくれた。
「皇家への反逆の意図はございませんので何とぞ御容赦を・・・あ、そうだ今夜は是非、晩餐の席を」
「いや、急いでいるからまた今度にしてくれ」
こうして17家全てを一日で回り切ったエルは、メルヴィル伯爵の招きも断り、ギルドへと帰還した。
「もう貴族の相手なんか懲り懲りだ! 今夜は気晴らしに、シェリアたちと派手に飲むぞ」
男の戦闘服であるセーラー服に着替えたエルは、だが飲み会はすでに始まっており、とりあえずいつものオッサン連中のテーブルに滑り込んだ。
そして軽く乾杯をした後、いつものようにくだらない話が始まる。
「ゴリーが城に呼ばれたまま帰ってこなかったから、てっきり貴族の妾にされちまったかと、オッチャンたちは心配で夜も眠れなかったぞ」
「そういえば、ヘル・スケルトン討伐の式典以来ギルドに顔を出して無かったな。心配かけてすまん」
「しかしゴリーがこんな美少女だとは思わなかった。悪いことは言わん、変な男に捕まる前にオッチャンと結婚してくれ」
「おい抜け駆けするなよクソオヤジ! ゴリー、結婚するなら若くて稼ぎのいい俺の方がいいぜ。そして子供をたくさん作ろう」
「いやいや俺の方が体力あるし、ゴリーを満足させる自信がある! ていうか俺の子供を産んでくれえ」
すると周りの男たちが我も我もと求婚を始め、やがてそれが土下座合戦へと発展する。
「ちょっと待てお前ら! 俺は男と結婚するつもりは微塵もねえし、今はこんなみっともねえ女の姿をしているが、中身は真の男を目指す番長・桜井正義だぜ」
「またその話かよ。ゴリラみてえな女なら納得できるが、街一番の美女にそんなこと言われても説得力なんかねえよ」
「全部本当のことだし、街一番の美女となら俺が結婚したいぐらいだよ! それに俺は冒険の旅に出るし、オッサンたちとはしばらくお別れだぞ」
「「「えーーーーっ」」」
「ナーシス・デルン討伐クエストの功績で、俺たちのパーティー獄炎の総番長はBランクに昇格したんだ。それもあって一度遠征しようということになった」
「それでどこに行くんだよゴリー」
「商都ゲシェフトライヒだ」
エルに群がっていた男たちがお通夜のように盛り下がると、やがてやけ酒をあおり始めて反省会の様相になってきた。
そして別のテーブルでそれぞれ男たちを撃沈してきたシェリア、エミリー、カサンドラの3人が、エルのテーブルに集まる。
「エル、本気で寄宿学校なんかに入るつもりなの?」
シェリアが葡萄酒を一気に飲み干しながら、不満そうにエルに尋ねた。
「本気だ。父ちゃんと母ちゃんを奴隷から解放するため、ジャンから行けと言われたからな」
「奴隷解放の条件か・・・なら仕方ないわね」
「ジャンによると3人まで一緒に連れていけるそうなんだが、やたらと貴族に詳しいシェリアについてきてもらえると助かるんだが」
「・・・ごめんなさいエル。寄宿学校にだけはついて行けないのよ」
「え・・・何で?」
「理由は言えないけど、修道院は本当にダメなの」
「ひょっとしてお前、仏教徒なのか?」
「ブッキョウ? 何それ。とにかく関係者に近づくのもNGだから」
「宗教関係は色々難しいと言うし、仕方ないか」
しょんぼり肩を落とすエルに、エミリーが小さなガッツポーズを見せて、
「シェリアちゃんの分は私が頑張るし、貴族のことならスザンナさんに聞けばいいじゃない」
「そうだな。スザンナを俺の侍女にしたのはメルヴィル伯爵だし、彼女を連れて行っても文句は言われないだろう。さてあと一人をどうするか」
「カサンドラさんはダメなの?」
「今度行く所はお嬢様学校で戦闘訓練はないからな。それにどちらかと言えば、俺の苦手な社交を手伝ってくれる方が助かる。本当はうちの母ちゃんが最適なんだけど奴隷だし、ここはキャティーにお願いするか」
「それがいいわね。キャティーさんがいれば身の回りのことは何でもやってくれるし、私はエル君と一緒に授業に出たいし」
「じゃあ寄宿学校組はその3人として、残りのメンバーはゲシェフトライヒを拠点に冒険者活動を継続ということでいいな」
「もちろんいいわよ。ラヴィちゃんは私が鍛えてあげるから」
「エル殿のご家族は、このカサンドラがしっかりとお守りいたします」
「すまんな二人とも。ジェフとヨブは適当な学校に放り込むけど、女子校にインテリは連れて入れないし、一緒に面倒を見てくれ」
「キモ妖精の面倒も私たち二人で何とかするわよ」
◇
そして旅立ちの日。
冒険者ギルドのみんなやナギ爺さんに別れを告げたエルは、適当なドレスに着替えて、スザンナを迎えにデルン城にやって来た。
スザンナは既にウィルと離婚して一人で城の客間に住んでいたが、エルが顔を見せると満面の笑みをほころばせてその足元に跪いた。
「お父様から全てを伺いました。わたくしが自害を命じられたのをエル皇女殿下が必死にお止めていただいたそうで、なんともったいない・・・」
「スザンナは母ちゃんの命の恩人だし当然だよ」
「こんな誰からも愛されない惨めなわたくしを、エル皇女殿下は本当に情け深く・・・うううっ」
そしてハンカチを目に当ててさめざめと泣きだしたスザンナ。
「泣かなくていいよスザンナ。それから俺を皇女殿下と呼ぶのはやめてくれ。まだ正式に認められたわけじゃないし、そのために寄宿学校に入学するんだから」
「え? 寄宿学校・・・ですか?」
「ああ。俺に貴族の常識がないのは困るから学校に行って勉強して来いって、俺の伯母さんが言ってたってジャンのやつが・・・」
「伯母さん・・・ろ、ローレシア陛下の勅命っ!」
「お、おう。それでジャンによるとお供を3人連れて行けるそうなので、貴族の常識に詳しいスザンナにも来てもらおうかと」
「このわたくしめを連れて行って下さるのですか! そのような栄誉をこの惨めなわたくしごときにお与えくださるとは・・・ううう・・・うわああああん!」
「おわーーっ! 何でそこで泣くんだよ。とりあえず一緒に来てくれるということでいいんだよな?」
「行きます、行きます、もちろんですともっ! 皇女殿下のためなら世界の果てまでお供いたしますっ!」
「分かったから、その皇女殿下はやめてくれ」
「そ、そうでしたわね・・・エル様」
「じゃあ、さっそく今から出発するけど、荷物の準備を始めようか」
「承知いたしました。つい先日客間に移ったばかりですので、荷物はすぐにまとまります」
そう言うと、スザンナは侍女を呼んで荷物をまとめるよう命じた。それを見てエルは気づく。
「そうか、スザンナは生まれながらの貴族だから身の回りのことは侍女がやるのが常識なのか」
「はいエル様。わたくし自身はエル様の侍女となりましたが、皇女付き侍女の主な仕事は皇女様のお話し相手になったり、社交のお供をすることでございます。ですので身の回りのお世話は、もっと身分の低い侍女たちに任せればよいかと」
「俺は自分で何でもできるし侍女はいらないけどスザンナには必要だな。でも寄宿学校に連れて行けるのは3名までだし・・・」
「おそらく大丈夫だと思います。ヒューバート伯爵閣下のいう3名に侍女は含まれませんので」
「バナナがお菓子に入らないのと同じ理屈か。今回のクエストで莫大な報奨金が手に入ったし、侍女を雇う金ぐらいは用意できるが、この娘たちを連れて行ってもいいのかな」
「そうですわね・・・お父様に聞いて参ります」
◇
エルがしばらく待っていると、スザンナがメルヴィル伯爵を連れて部屋に戻って来た。
「これは皇女殿下。ご機嫌麗しゅう」
「メルヴィル伯爵じゃないか! わざわざ来てくれなくてもよかったのに」
「いえいえ、皇女殿下がご出発されると聞いて慌てて参上いたしました。是非お見送りさせてください」
「そんな大げさな・・・」
「それより侍女を連れていかれるという件ですが、行儀見習いで来ている貴族令嬢は難しいものの、当家で抱えている平民出身の侍女なら、いくらでも連れて行っていただいて構いません」
「そうか助かる」
「では何十名ほどご入り用ですか?」
「そんなにいらないよ! スザンナの世話をしてもらうだけなので今いる人数で十分だ」
「ですが、それだと皇女殿下の身の回りの世話に手が回りません。遠慮などせずここは・・・」
「俺は自分で何でもできるし、侍女っぽい仲間を一人連れて行くから大丈夫だ」
「承知しました。それではスザンナの世話をしている3名をそのままお連れ下さい」
「ありがとう。ただ別の問題も見つかった」
「何でございますかな」
「スザンナの荷物がメチャクチャ多いんだよ! これをどうやって運べばいいんだ」
侍女たちによって集められた荷物は、ドレスだけでもエルの宿の部屋2つ分はあり、それ以外にも宝飾品や靴、下着などが宝箱のような豪華な収納箱におさめられていた。
「それならこの魔術具をお持ちください。収納魔法と言って、この程度の荷物なら余裕で持ち運べます」
伯爵が取り出したのは黄色い大粒の魔石だった。
「これに魔力を込めて【シュトレイザ】と唱えれば、荷物の出し入れができます。魔力の大きさで収納できる量が変わりますので、皇女殿下の魔力なら大量の荷物が運べると思います」
「へえ、便利な物があるもんだな。よし、これは魔力バカのシェリアに使わせるとしよう。準備も整ったし俺たちはそろそろ行くよ。元気でなメルヴィル伯爵」
◇
スザンナと侍女3人を連れて城を出ようとしたエルだったが、城門前にはたくさんの人が集まっていた。
「あれはデルン子爵とその家族、それにいつもの貴族たちじゃないのか」
城門の両脇にずらりと整列した貴族たちが、エルに向けて笑顔で手を振っている。
「エルーっ! 寄宿学校頑張ってねー」
「ベリーズも来てたのか。しばらく留守にするけど、みんなにはよろしく伝えてくれ!」
アリアやタニアたち女騎士はさすがに見送りに来てなかったが、ランチの時にいつも一緒だった令嬢たちや、一日中一緒に訓練をして過ごしたアイクとその姉妹たちも、別れを惜しんで手を振ってくれた。
「アイクも訓練を積んで立派な騎士になるんだぞ」
「エルも寄宿学校で勉強していいお姫様になってね」
「番長のこの俺がお姫様だと・・・がくっ」
貴族たちに見送られて城を出発したエルだったが、城門が開け放たれるとそこにはたくさんの民衆が詰めかけていた。
メインストリートの両脇では、パンや葡萄酒を配って回る城の従者たちに民衆が群がり、わけも分からないままみんながエルに注目している。
「うわっ、みんながこっちを見てるぞ。こんな女みたいな格好を見られたくないし、街の出口でシェリアたちが待ってるから、ここは一気に走り抜けよう」
そういってスザンナの背中を押したその時、
「おい待てよエル。俺も一緒に連れて行け」
後ろを振り返ると、そこにはジャンの姿があった。
「ジャン、お前もついてくるのかよ。ていうか後ろの連中は何なんだ」
「ヒューバート騎士団だ。こいつらはお前の護衛騎士だし、当然ゲシェフトライヒに移動することになる。一緒に行こうぜ」
「コイツら、奴隷商会アバターにいた用心棒たちじゃないか・・・マジで俺を見張ってたのかよ」
そのヒューバート騎士団の後ろからは豪華な馬車が現れた。そこにエルたちが乗せられると、民衆が見守る中馬車はゆっくりと走り出した。
「もう勘弁してくれ。こんなみっともない姿を人に見られたくないし、少しスピードを上げてくれないか」
だがパレードのようにゆっくりと進む騎士団に、お祭り好きな民衆がゾロゾロと後ろを付いてくる。
そしてシェリアたちの待つ街の出口に着いた時には、民衆がとんでもない数に膨れ上がっていた。
慌てて馬車を降りて言い訳をするエルだったが、
「エル、何でヒューバート伯爵家の馬車に護衛付きで乗ってるのよ! それにこの群衆は何の騒ぎ!」
「すまん。みっともないから止めてくれって言ったんだけど、なぜかこうなってしまった」
シェリアはすっかり呆れ果て、エミリーはあまりに派手な旅立ちに戸惑いを隠せず、一方、ラヴィとキャティーはこのぐらい当然といった様子で、これを受け入れていた。
「エルお姉ちゃん、本物のお姫様みたい!」
「ラヴィ、エルお嬢様はもう本物のお姫様なのよ」
だがよりによってそこに冒険者仲間たちが見送りに来てしまい、エルの姿に全員が呆気に取られた。
「おいゴリーさんよ・・・」
「・・・何だオッサン」
「とうとうお前、女騎士からお姫様にジョブチェンジしちまったのかよ」
「違うんだ! これは誤解なんだ!」
「誤解も何もドレス姿のお前はお姫様にしか見えないし、後ろで整列している連中は伯爵クラスの騎士団。そいつらが掲げてるのはランドン=アスター帝国旗。お前は皇族の姫かよ!」
「げっ、それ国旗だったのか! 早く下ろせー!」
冒険者パーティー「獄炎の総番長」の初遠征は、エルたちの思惑を遥かに超えて、領都デルン総出のお見送り付きというド派手な旅立ちとなった。
(第1部 完)
次回から第2部「商都ゲシェフトライヒ編」です。お楽しみに。
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