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第67話 皇女殿下の初仕事

 ジャンの魔法が消え、世界は元の時を刻み始める。


 デルン子爵は執事に命じて自分の立っていた場所にこの城で一番豪華な椅子を用意させると、そこにエル皇女(仮)を座らせ、自分はエルに膝をついた。


 そして他の貴族たちも同様に、爵位ごとにズラリと整列してエルの言葉を心待にした。


 だがエルには、貴族たちと話すことなど何もない。




 しばらく沈黙の時間が続き、困ったエルは貴族たちに押しのけられる形で自分の後ろに整列した仲間たちを振り返った。


 しかしシェリアはエルと目を合わさないようにそっぽを向いてしまい、エミリーも小さな声で、


「ごめんエル君。こればっかりは私にも無理」


 とやはり顔をそむけてしまった。


 オットーとマーヤは再び奴隷紋が浮かび上がって魔法で言葉が封じられているし、他のみんなも居心地悪そうに立っているだけだった。




 仕方なくエルは、両隣に立つ二人の伯爵のうち気心の知れたジャンに話をふって見た。


 するとジャンはエルの耳元でアドバイスを送る。


「エル皇女殿下、彼らは逆賊討伐のご命令を待っているのですよ」


「逆賊討伐・・・ああブーゲン要塞のことなら、ナーシスは死んだし、戦争はもう終わりにしようぜ」


 するとデルン子爵がキリッとした表情で立ち上がってエルに敬礼をする。


「はっ! 承知しましたエル皇女殿下。早速ウィルに命じて総攻撃を開始させます!」


「ちょっと待てデルン子爵。交渉で何とかしろよ!」


「殿下、あの者共はナーシスの愚行があろうとなかろうとワシを殺して子爵家を乗っ取ろうとしたはず」


「え、そうなの?」


「はい。つまりこれは戦争ではなく、肉親どうしの骨肉の争い。ゆえにどこまで行っても禍根しか残りませぬ。お家騒動は勝てばすべてを手中に収め、負ければ命すら失う背水の陣。だから停戦はできませぬ」


「肉親が争うと泥沼に陥るということか。だったら俺にできることはないし、勝手にしてくれ」


「ははーっ」


 デルン子爵が恭しく頭を下げると、ジャンが頭を掻きながら念のためにメルヴィル伯爵の意見を聞く。


「皇女殿下のお考えは「任せる」ということだが、それで本当にいいのか、メルヴィル伯爵」


 するとメルヴィル伯爵はその場に跪いて、恭しくエルに話しかけた。


「エル皇女殿下、お任せいただき望外の幸せ」


「お、おう・・・」


 そして一歩前に出たメルヴィル伯爵が、両手を高く掲げて臣下たちに命じた。


「皆の者よく聞け! 各貴族家は騎士団を全て投入し逆賊どもの領地に侵攻せよ! 奴らの所領を奪い取ることができればそれをそなたらへの褒賞としようぞ」


「「「うおーーーっ!」」」


「ひーーーっ!」


 一気に士気が高揚する貴族たちとは反対に、エルの心はドン引きである。


「いかがいたしましたかな、皇女殿下」


「ちょっと聞いてもいいかメルヴィル伯爵」


「何なりと」


「任せると言った手前あまり口を挟むつもりはないが、この戦争に負けた方は・・・ゴクリッ・・・まさかとは思うが皆殺しにされたりしないよな」


「もちろんそんな野蛮なことは致しません。男は全員処刑しますが、女は修道院送致になりますので」


「男は皆殺しじゃないか! なるべく命は奪いたくないので、男も修道院送りではダメなのか?」


「絶対になりません。男を生かしておけば憎しみの連鎖が断ち切れず、いつまでも戦争の火種が燻ります。ここで一気に処断する方が、長い目で見てより多くの人命を救うことにつながるのです」


「そう言われればそんな気もするが・・・でもちょっと待て、その男ってのに子供も含まれるのか?」


「左様です。さすがに乳飲み子は母親と共に修道院送致となりますが」


「いやそれは可哀想すぎないか。せめて未成年男子、つまり14歳以下は修道院送りでいいじゃないか」


「ふむ・・・エル皇女殿下はとても慈悲深いお方でいらっしゃる。では貴族の成人年齢である18歳以上は処刑、15歳から17歳は奴隷、14歳以下は修道院送致ということでいかがでしょうか」


「いいじゃないかそれ。女の奴隷は目も当てられないほど悲惨な運命が待っているが、男はやりようによってはわりと生きていけるし、才覚次第では自分を買い取って自由が得られるからな」


「承知しました」


「それともう一つ」


「はっ!」


「お家騒動は任せるが、その同盟貴族とは戦争をやめられるだろ」


「それは可能ですが・・・分かりました、では後ほど奴らの当主家に皇女殿下をご案内しますので、兵を引くようご命じ下さい」


「え、俺がやるのか?」


「所詮、利に群がって参戦してる連中ですので、皇家の命令の方が彼らも動きやすいかと」


「そう言うことなら説得して回るか」





「ところで皇女殿下、話は変わりますが実はもう一人だけ処罰を決めなければならない人物がいます」


「処罰? 誰だそれは」


「・・・娘のスザンナです」


 そう言ったメルヴィル伯爵は苦渋の表情を見せる。


「スザンナを処罰だと? 彼女は俺の母ちゃんを救った功労者じゃないか。それを・・・」


「実はスザンナがあそこにいた理由が問題なのです。娘にはウィルという夫がいるのに、事もあろうにナーシスの本妻の座を奪い取るため、彼の寝所に押しかけ既成事実を作りに行ったのです」


「えええっ! 既成事実って・・・つまりあれか?」


「ご想像の通りです。そのような破廉恥な行為は我が家門に泥を塗るばかりか、ナーシスの本妻の実家に対しても面目が立ちませぬ。よって家門の名誉を守るためにスザンナには自害を申し伝えようと思います」


 その瞬間、デルン子爵家の末席で不安そうに話を聞いていたスザンナが、ショックのあまり気絶した。


「おわっ、す、スザンナが倒れたじゃないか! 仮にも自分の娘になんて酷いことを」


「伯爵家の娘だからこそ厳格な処分が必要なのです」


「そんなバカな!」


 処刑だの自害だの、あまりに軽い人の生命にエルは貴族の常識そのものを疑い始めた。


「メルヴィル伯爵。貴族の常識がどうであれ、スザンナを殺すことはこの俺が絶対に許さん」


「ですが皇女殿下・・・」


「彼女がいなければ、俺の母ちゃんはとっくにナーシスに殺されていたかもしれないんだぞ」


「それは・・・」


「確かに彼女はウィルに怪しげな薬を盛ってみたり、エッチな服装で一晩中ウィルを誘ってみたり、突拍子もない変わったことをする女性だが、そうなったのは全てウィルの責任だと思うぞ」


「皇女殿下は、ウチの娘の奇行をよくご存じで」


「俺はスザンナとウィルの双方から毎日のように相談を受けていた。とにかくこの夫婦は最初から破綻していたし、早く離婚させた方が本人たちのためだ」


「ははーっ! 皇女殿下の深慮に感謝いたします」


「分かってくれてよかった。では彼女に別の相手を」


「いいえ。スザンナは伯爵家から追放して、修道院に入れます」


「だから何でだよ! スザンナは領主夫人になりたかっただけなのに、それじゃあ可哀想すぎる。なんか別の方法はないのかよ」


「他の男と不貞行為を働いて離婚させられた25歳のスザンナを娶りたいという次期領主など到底見つかりませんし、別の方法とおっしゃられましても・・・」


「なら彼女が納得するような嫁ぎ先でいいから、伯爵の力で何とかならないか?」


「困りましたな・・・では皇女殿下の温情にすがらせていただくことになりますが、よろしいかな」


「俺にできることがあるなら、何でも言ってくれ」


「本来、不貞行為を行った娘は修道院で神に仕えて一生を終えなければなりません。その代わりに皇女殿下が侍女として娘をそばに置いて下されるのであれば、我が伯爵家の名誉は守られ、スザンナも伯爵家の家門を背負い続けることが許されます」


「俺の侍女? 理屈がよく分からんが、そんなことで伯爵の気が済むなら俺は別に構わないけど」


「ははーっ! 皇女殿下のお心遣い誠に感謝します。それでは末永く娘をお願いいたします」


「・・・末永くって・・・え?」


 スザンナは結局気を失ったまま目覚めなかったが、ウィルと離婚してエルの侍女になったことは、メルヴィル伯爵から後で伝えておくことになった。






 こうして、エルが奴隷から皇女までランクアップする超展開を見せた報償金授与式は終わったが、みんながギルドに帰った後もエルの仕事はまだまだ続く。


 デルン城の転移陣室に入ったエルとメルヴィル伯爵の二人は、大量のマジックポーションを手に貴族家の訪問に出発する。


「このポーションの量・・・一体何ヵ所回るつもりなんだ、メルヴィル伯爵」


「かなり遠方の子爵家、男爵家も参戦してますので、全部で17家門になります」


「17ヶ所ってそんなにたくさん敵がいたのかよ! 聞いただけで気分が悪くなってきた、おえっ・・・」


「では行きますぞ、エル皇女殿下」


「おわーっ!」


 そして二人は最初の貴族家へと消えて行った。

 次回は第1部のエピローグです。お楽しみに。


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