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第66話 エルの真実

 貴族たちの喧騒がおさまるのを待って、メルヴィル伯爵が次の言葉を発した。


「だが今回の騒動の発端となったエル嬢に関しては、一言苦言を申し上げたい」


「え、俺?」


「エル嬢の扱いを誤った責任の全てをデルン子爵家に課するのはやり過ぎであろう。そこはどうお考えかなヒューバート伯爵」


 そう言ってメルヴィル伯爵はジャンを睨み付けた。


「ヒューバート伯爵・・・だと?」


 再びザワメキが起こる大ホールに、だがシェリアがポツリと呟いた。


「ジャンがヒューバート伯爵だったのね・・・でもこれでエルを取り巻く全てのカラクリが解けたわ」


「ちょっと待てよシェリア。ジャンがヒューバート伯爵ってどういうことなんだ!」


 エルはシェリアの肩を掴んで問い詰めるが、シェリアは黙ったままジャンの発言を待った。




 貴族たちのザワメキが静まるのを待ち、深いため息をついたジャンがようやく話を始めた。


「俺はローレシア陛下の密命を受け、我が帝国の平和を乱す不穏分子を監視するジャン・ヒューバートだ。前もって言っておくが、今から話すことは帝国の機密事項。他言すれば相応の処分があると心せよ」


 その瞬間、大ホールに集まった全ての貴族が凍りついた。


「あれが噂のヒューバート伯爵・・・」


「そして伯爵とエルは気軽に話せる間柄」


「つまりエルは本物の伯爵令嬢で、ナーシスは伯爵家を敵に回したことになる」


 貴族たちの衝撃もさることながら、一番驚いたのはエルだった。


(本当にジャンがヒューバート伯爵だった。だとしたら、なんで奴隷商人の用心棒なんかやってたんだ)


 エルの疑問は、ジャンの続く言葉で明かされる。



「エルはある事情があって奴隷の家族の元に生まれたが、ヒューバート騎士団をこの街に潜ませずっと彼女を監視させてきた」


(ヒューバート騎士団が俺の監視を・・・そうか奴隷商人の用心棒をしていたジャンの手下どもか。だが何で俺なんかを)


「今回その場しのぎでエルをヒューバート伯爵令嬢と言ってしまったが、それが騒動の原因になったとすれば少し軽率だったと反省している」


 ジャンの言葉に貴族たちは再び混乱する。


「エルが伯爵令嬢じゃない? じゃあ何者なんだよ」




 ざわめく貴族たちにジャンはエルの正体を明かす。


「エルは本来産まれてはならない存在であり、生後すぐに殺す予定だった。だがある密約が結ばれ、彼女に生きるチャンスが与えられた。エルは始祖7家の血を受け継ぐ女児だったことがその理由だ」


 ジャンのその言葉に、貴族たちに衝撃が走る。


「エルは、ローレシア皇帝陛下の姪にして、アスター大公家の血を継ぐ皇女であらせられる」


 その瞬間、大ホールにいる全ての貴族がエルの前に膝をついた。それはデルン子爵とその家族はもちろん驚愕の表情でエルを凝視するメルヴィル伯爵もだ。


「なななな何だよこれ・・・おいジャン、悪い冗談はよせよ」


 慌てるエルに、ジャンは真剣な表情を崩さない。


「冗談ではない。これが真実だ」


「いや、だって俺は父ちゃんと母ちゃんの・・・」


 だがエルが振り返ったオットーの顔は、時折エルに見せていた少し寂しそうな顔であり、マーヤはそんなオットーの手をぎゅっと握り締めている。


「父ちゃん・・・母ちゃん・・・」


 オットーはマーヤの肩を優しく抱き締めると、穏やかな表情でエルに告げた。


「ヒューバート伯爵閣下のおっしゃったことは全て真実だ。エルは父ちゃんの血を分けた子供ではない」


「ウソだ! 俺は父ちゃんと母ちゃんの・・・」


 だがマーヤが悲しそうに首を横に振ると、ジャンは懐から魔術具を取り出しそれを発動させた。




           ◇




 周囲の時間が止まり、4人だけの世界が出現する。


「今俺たちは世界から遮断され、お前たちの奴隷紋も一時的に消えている。ここからは自分の言葉で話せ、エリオット、マーガレット」


 ジャンが肩をすくめておどけたように笑うと、オットーもジャンの肩を軽く叩いて笑顔を見せた。


「気を使わせてすまなかったな、ジャン」


「え? ジャンと知り合いだったのか、父ちゃん」


「まあな。古い知り合いというか敵だった男だ」


「敵だった・・・父ちゃんとジャンが・・・」


「少し長い話になるから、座って話そう」


 オットーが床に腰を下ろすと、三人も輪になってその場に座った。






「父ちゃんは昔、フィメール王国という国の王子だったんだ」


「いきなり何バカなこと言ってるんだよ、父ちゃん」


「お前の伯母のローレシア陛下はその国の侯爵令嬢で父ちゃんの婚約者だったんだが、結局父ちゃんは公爵令嬢だった母ちゃんと結ばれた」


「ちょっと待てくれ。話が飛躍しすぎていて全く理解できん。俺たちは奴隷だろ?」


「今はそうだが、父ちゃんと母ちゃんが奴隷になったのはローレシア率いるアスター家と戦争になってそれに負けたからなんだ」


「戦争に負けた? まさか父ちゃんは、本当に王子だったのか・・・」


「そうだ。父ちゃんの後ろ楯は母ちゃんのキュベリー公爵家で、弟のアルフレッド王子とアスター侯爵家の連合軍と国を二分する戦いになった」


「まるで今のデルン子爵家と同じ状況だ・・・」


「貴族社会ではよくあることだが、負けたキュベリー公爵家の男は全員処刑され、女は修道院に入れられたか母ちゃんのように奴隷に落とされた」


「全員処刑って本当かよ・・・」


「敵対勢力は徹底的に根絶やしにしておかないと、次は自分が殺される立場になるからな。結局父ちゃんたちは奴隷として生かされたが、死ぬよりつらい屈辱を味合わせるためにローレシアが選んだ刑罰だった」


「死ぬよりつらい屈辱・・・」


「その後の父ちゃんと母ちゃんの人生は、まさに屈辱の連続だった。だがこうして所帯を持ち、エルやジェフ、ヨブ、エイク、ミルと5人の子供たちに囲まれて幸せな人生を送れている。だからあの時処刑されなかったことを感謝している。なあ母ちゃん」


「そうだよエル。母ちゃんはあの時に処刑されなくて本当によかったと思ってるよ。母ちゃんはエルや子供たちと過ごす時間がとても幸せなんだよ」


「父ちゃんも同じだ。母ちゃんと一緒になれてこんな幸せなことはない」


「そうか・・・少しホッとしたよ。昔の父ちゃんたちのことはよく分からないが、俺は今の家族が大好きだしずっと一緒に暮らせればいいと思っている」


「そう言ってくれて、父ちゃんも嬉しいぞ」


 オットーが白い歯を見せて笑うと、マーヤもハンカチで目を押さえながら嬉しそうに微笑んだ。




「・・・でもちょっと聞きにくいんだけど、俺がそのローレシアの姪というのはどういうことなんだ」


「ローレシアにはステッドという弟がいて、そいつが母ちゃんに産ませたのがエル、お前なんだ」


「え・・・」


「ステッドは父ちゃんの幼馴染みだったんだが、あいつずっと母ちゃんのことを狙っていて、奴隷落ちして店頭に売られていた母ちゃんを買い取ると、父ちゃんの目の前で毎日のように無理やり」


「クソっ! そんな下衆野郎が実の父親なのか」


「だが父ちゃんは、お前を本当の娘だと思って今まで育てて来た。父ちゃんの本当の名前はエリオットというんだが、その半分をお前にあげてエルと名付けた。そして残り半分になった父ちゃんはオットーだ」


「それが俺の名前の由来・・・」


「つまりエルは父ちゃんの半身なんだから、誰が何と言おうとずっと父ちゃんの娘だ!」


「父ちゃん!」


 不安だったエルの心に温かな日が差しこむと、家族3人はしばらくの間、幸せそうに抱きしめ合った。




「そのステッドという男は、今どこにいるんだ」


「それは父ちゃんにも分からない。ある日教会の司祭様がいらっしゃって、ステッドを連れてどこかへ行ってしまった。アイツとはそれっきりだ」


「そうか・・・」


 すると黙って家族の会話を聞いていたジャンが、


「ステッドなら死んだよ。アイツはお嬢・・・ローレシア陛下を殺そうとして返り討ちにあい、去勢されて奴隷に落とされた。しばらく男娼をさせられていたがすぐに病気に感染し、最後はスラム街の片隅で一人で野垂れ死んだよ」


「悲惨な人生だが、父ちゃん母ちゃんへの仕打ちや、実の姉を殺そうとした当然の報いか・・・」


「ローレシア陛下は不幸なお方で、幼少の頃から家族や親族から疎んじられながら成長された。そして実の妹には実際に毒殺されたこともあった」


「妹に殺されただと! ・・・え、死んだの?」


「そこは腹心の一人が甦生させたが、そんなこともあって陛下はアスター家の血が流れる人間を全く信用しておらず、特にライバル令嬢だったマーガレットと弟のステッドの子供であるエルをかなり警戒しておられる。いつか自分を殺しに来るのではないかと」


「はあ? なんで俺が顔も知らない見ず知らずの人間を殺さなきゃならないんだよ。しかも血のつながったおばさんなんだし、なおのこと殺すわけねえだろ!」


「そうだな。生まれた時からずっと見て来たし、俺はお前のことを信頼している。そして今回、エルが初めて貴族社会と接触したから、今後の方針をローレシア様に相談するため帝都に帰っていたんだ」


「急にジャンがいなくなったのはそういう理由か」


「俺の話を聞いたローレシア様は、エルをアスター家に迎え入れる決心をされた。だが、今日デルン子爵が帝都に飛び込んできて雲行きが少し変わった」


「アスター家に迎え入れるって、俺は貴族になるつもりはないぞ。そもそも貴族なんかとは二度と関わりあいたくないし、すぐにでも冒険の旅に出るつもりだ」


「だがお前の両親を奴隷から解放したくないのか? 二人の真の所有者はローレシア様だぞ」


「ええっ! て言うことはつまり、俺の伯母さんが父ちゃんと母ちゃんの所有者ということか・・・なら俺はどうすればいい」


「ローレシア様がどうお考えになるかだが、最低でも2つのことが必要だろう」


「教えてくれ、ジャン!」


「一つはお前の両親がローレシア様に絶対に反抗しないことを約束すること。そしてもう一つはお前自身でローレシア様の信頼を勝ち取ること。この2つが揃えば二人の所有権を譲って貰える・・・かもしれない」


「なるほど、次はそういうクエストということか」


「ということでエリオットとマーガレット。お前たちはまた権力を手にしようと考えているのか」


 ジャンはそうオットーたちに尋ねたが、その顔はとても穏やかなものだった。


 そして二人は笑顔で寄り添うと、


「エルが皇女として生きていくとしても、俺たちはもう貴族社会には戻らない。俺はマーガレットさえいれば他に何もいらないんだ」


「わたくしもエリオットのそばにいられるのなら、他の全てを捨て去ってもいいわ」


「ふっ・・・ということだエル。あとはお前がローレシア様の信用を勝ち取るだけだな」


「・・・わかったよ。だが俺は貴族の考えてることが全く理解できないし、皇帝陛下の信用なんてどうやったら得られるかもさっぱりだよ」


「自分のことがよくわかってるじゃないか。お前がこのまま貴族社会に飛び込むと騒乱の種になることをローレシア様も懸念され、お前はまず貴族の常識を勉強するために学校に入れとのご命令だ」


「学校・・・俺は勉強が大嫌いなんだが」


「両親を奴隷から解放したいならやるしかないだろ。俺がシリウス中央教会が経営する寄宿学校に入れてやるから、そこを卒業するまでお前は皇女(仮)だ」


「教会の寄宿学校って・・・真の男を目指す番長の俺が、よりによってお嬢様学校かよっ!」

 次回もお楽しみに。


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