第6話 初めてのクエスト
ナギ爺さんからもらった防具を身に着けたエルは、炊事場の裏口から外に出ると、早速身体を軽く動かしてみた。
「おおっ! この鎧、重厚な見かけによらず軽くて動きやすいし、どんどん力が湧いてくるぞ」
ナギ爺さんによると、この鎧には魔金属オリハルコンが惜しみ無く使われており、魔法のブースト効果により鎧の重さを全く感じさせないそうだ。
赤みのある光沢がとても美しく、女子が好みそうな可愛らしい色合いになっていて、エル的には「男らしさ」が微塵も感じられず残念ではあるものの、そんな些細なことが吹き飛んでしまうほどエルはこの防具が気に入ってしまった。
というのも、鎧のサイズがエルにぴったりでとても着心地がよく、兜や具足、小手も含めて全体が統一されたデザインになっていて一切の隙間がなく、汎用品を組み合わせただけでは決して実現できない防御力を発揮していた。
そう、まるでエルのためにあつらえた特注品のような仕上がりなのだ。
そして極めつけは、両手両足に1か所ずつある合計4つの魔石孔の存在だ。ここに特殊効果のある魔石をセットすることで、魔法の加護が得られるらしい。
今は魔石が一つもついてないが、こんな破格の防具を持っていた女騎士は相当な大金持ちか、お貴族様だったに違いない。
フルフェースの兜も、大切な顔を守りたい女性ならではの仕様になっていて、装着すると外部から完全に顔を隠すことができ、しかも通気性が良く息苦しさを全く感じさせないのだ。
エミリーとナギ爺さんの二人からは、「男の前では絶対にこの兜を脱がないように。素顔を見せると大変なことになる」と、厳重に注意されてしまった。
この防具をすっかり気に入ったエルは、同じくナギ爺さんからもらった鋼鉄製の両手剣を握りしめ、一心不乱に素振りを繰り返した。
エルの素早い動きに、二人は呆気に取られながらもしばらくそれを見ていたが、エミリーが不思議そうにエルに尋ねた。
「私はたくさんの冒険者を見てきたけど、エル君のような剣さばきは初めて見たわ。それどこで覚えたの」
エルは素振りをしながらエミリーに答える。
「昔テレビで見た時代劇を真似してるだけだよ、両手剣なら剣道の形が使えると思ってな。うーん・・・ブレード型の両手剣も格好いいけど、こうなってくると日本刀も欲しくなってくるな」
「テレビ? 時代劇? 剣道? 何それ」
「いや何でもない。今のは忘れてくれエミリーさん」
「でもよく動けてるし、本当に大したものよエル君。それならすぐにDランクに昇格できると思うし、クエストをたくさんこなして早くポイントを稼がなきゃ」
「エミリーの言う通りじゃ。その防具の元の持ち主は武器を残して行かなかったが、武器は消耗品のようなものじゃし、その鉄剣が壊れたらいつでもワシに言うがよい。代わりのものをくれてやる」
素振りを終えたエルは、剣を鞘に納めるとナギ爺さんに深々と頭を下げ、改めてお礼を言った。
「こんな素晴らしい防具を本当にありがとうナギ爺さん。俺は一生、爺さんに足を向けて寝られないよ」
「気に入って貰えて何よりじゃ。さあエル坊、準備が整ったのじゃから、そろそろギルドに戻るがいい」
「そうね。エル君にはまだ新人冒険者の心得とかクエストの報酬体系も説明していないし、初日は色々とやることが多いわよ」
「わかった、じゃあ行こうかエミリーさん。いよいよ冒険者って感じがしてきたな」
ナギ工房を後にしたエルとエミリーは、意気揚々と冒険者ギルドの正面入口から中に入っていった。
「さあエル君、仲間集めをする前に簡単な説明事項があるから、今から2階の部屋に行きましょう」
だが受付カウンター前の飲み屋には、適当なクエストが見つからず朝から飲んだくれていた冒険者たちがたくさんいて、二人はさっそく絡まれてしまった。
「いよっ麗しのエミリーちゃん! 隣にいる可愛らしい防具の女騎士様は、ひょっとしてお貴族様かい? ていうか胸がデケえ・・・」
エルの鎧は身体にフィットしていて、胸を締め付けることなくしっかり包み込む構造になっている。
つまりエルの胸の大きさがそのまま鎧の形状に現れていたが、そんな酔っ払いの一言にその場にいた冒険者たちが一斉にエルに注目し、そして色めき立った。
「はあ・・・」
思わずため息をもらしたエミリーが、次の瞬間には完璧な作り笑いをすると、
「みんな、この子は新人冒険者のエル君よ。ランクはEだけど、よろしくね」
すると酔っぱらいたちが盛り上がり、口笛を「ヒューヒュー」ならしたり、囃し立てるような掛け声を上げ始めた。
「すげえ、新人なのにいきなりEかよ! それにその装備をみる限り、相当な実力者か大金持ちのお嬢様に違いねえ」
「エルちゃんと言ったか? 俺っちのパーティーに入れば手取足取り色々と教えてやれるぜ。うひひひっ」
「おいおい抜け駆けは止めろよ、そうでなくても女冒険者は貴重なんだから。それにエルちゃんも、お前のような薄汚ねえオヤジしかいねえパーティーじゃなく俺のような若い男がいる方がいいに決まってるさ」
「はあ?! 若いだけが取り柄のお前なんか、女もろくに満足させられねえじゃねえか。この前だって娼館のベッキーちゃんが・・・」
「ここでそれを言うなよ! さもないと叩き斬るぞ」
「んだと・・・やるか、この野郎!」
二人が取っ組み合いのケンカを始めると、自分こそがエルを仲間にするんだと、次々とケンカに参戦する者が現れ収拾がつかなくなった。
こういうところは前世の不良どもと似てかなり扱いやすそうだとエルは思ったが、ケンカに夢中になった酔っぱらいを尻目にエミリーはエルの手を引くと、さっさと2階へ上がっていった。
「じゃあエル君、改めてこのギルドの冒険者ランクと報酬の説明をするわね」
【冒険者ランクと平均報酬】
ランク 強さの目安 報酬・ギルダー
S レジェンド級
A 全国トップ級
B 領地トップ級 30~
C 上級者層 10~30
D 中級者層 5~10
E 初級者層 1~5
F 新人、子供 ~1
【主なクエストの内容】
S~B 上級モンスター討伐、指定クエスト
C 中級モンスター討伐、一般クエスト
D 低級モンスター討伐、護衛・傭兵
E 害獣駆除、護衛・警備(街周辺)
F 害虫駆除、薬草採集・農作業・清掃
「2000Gを稼ごうとすると、Bランクの上級モンスター討伐を70回近くこなす計算になるけど、このレベルのクエストは当然1日では終わらないし、いつもあるわけじゃないから何年もかかってしまうのよ」
「今がEランクだから、パーティーを組んでCランクの中級モンスター討伐ができたとしても、100回以上やらないといけないのか。しかも稼いだ金で装備を整えたり、家族の生活費にも消えてしまう。2000Gは想像以上に大変な金額だな」
「だから奴隷2人分の金額が2000Gなんて、どう考えてもおかしいのよ」
ちなみにこの世界の物価はこんな感じだ。
一般的な貧民一人当たりの1か月の食費が1G程度。
貧民の家族は普通10人程度いるから、家族の食費はその10倍になるわけだが、もちろん貧民はそんな大金を持ってないので、物々交換で食料を手に入れたり市場に落ちてる野菜かすや売れ残りの残飯を集めて飢えをしのいでいる。
その点、奴隷階級は逆に恵まれていて、親父とお袋はそれぞれ月2G相当の食料をデニーロ商会からもらっている。弟たちもFランクの仕事をこなして1Gずつ稼いでいるため最低限の食事が何とかなっていた。
これは奴隷がご主人様の所有物であるため、飢え死にされると純粋に損が出るからだ。つまり「生かさず殺さず」だが、このことが身分が上のはずの貧民層との逆転現象を起こし、差別の助長を招いている。
ついでに言うと、使用されている貨幣も複雑だ。
街には様々な種類の硬貨が流通していて、銅貨一つ取ってもその品質には大きな差がある。だから色んな硬貨を混ぜて使うと、両替が複雑になって買い物にも時間がかかってしまう。
だからこの冒険者ギルドでは、最も流通量が多くて品質の安定している「ライヒスギルダー」で報酬を支払うことにしているそうだ。
小銀貨1枚が1ライヒスギルダー(G)で、その下に銅貨の単位であるライヒスセント(S)がある。
つまりこんな感じだ。
金貨1枚=100G
大銀貨1枚=10G
小銀貨1枚=1G=100S
大銅貨1枚=10S
小銅貨1枚=1S
さて、いきなり現実を見せられて冒険者稼業の限界を感じたエルに、エミリーは笑いながら言った。
「そんなにガッカリしなくてもいいわよ。クエストの報酬なんてすごく幅があるし、依頼者次第では破格のクエストだってあるんだから」
「破格のクエスト・・・報酬をいくらにするかは依頼者が決めることだから、そういうものもあるのか」
「それにウチのギルドでは新人冒険者向けのクエストも用意してるのよ。題して「妖精の祝福クエスト」。一攫千金のチャンスよ」
「一攫千金だとっ! しかも新人冒険者向けって一体どんなクエストなんだ」
「それをこれから説明するわね。ちなみに成功報酬は青天井。望みの金額が手に入るはずよ」
「そんなうまい話が・・・だが、是非教えてくれ!」
次回「妖精の祝福(前編)」。お楽しみに。
このエピソードを気に入ってくださった方はブックマーク登録や評価、感想、いいねなど何かいただけると筆者の参考と励みになります!
よろしくお願いします。