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第65話 報奨授与式再び

 旗頭であるナーシス・デルンを失った分家騎士団と同盟貴族連合軍は、ブーゲン要塞を明け渡して戦線を東へと後退させた。


 一方、要塞攻略に成功したデルン騎士団は、彼らを追撃することなく要塞の防衛態勢を固める。


 数の上ではいまだ優勢の分家と同盟貴族だったが、ブーゲン要塞周辺及びナーシスの領地の割譲を手土産にデルン子爵に停戦を提案。


 だが子爵はそれを拒否。徹底抗戦の構えを見せた。


 完全にメンツをつぶされた分家たちは、振り上げた拳を下ろす機会を失い、数の優位を頼りに今度はブーゲン要塞を攻略する側に回った。



「アホくさ。俺たちはもう帰ろうぜ」


 マーヤの救出とナーシス討伐という目的を果たしたエルたちは、貴族たちの戦争に付き合う理由もなく、デルン騎士団との傭兵契約を終了してさっさと領都デルンへ帰還してしまった。


 その足でエルは、マーヤとオットーそして弟たち家族全員を連れてデニーロ商会の大奥様の元を訪れた。





 大奥様の執務室に居並ぶ、エルの家族7人。


 そこにマーヤがいるのにホッと胸を撫で下ろした大奥様は、約束どおりエルに2000Gを支払い、エルはその金で家族全員の奴隷契約を買い取った。


「これがあんたたちの契約書だよ。このまま燃やしちまうかい」


「ああ頼む」


 大奥様が契約書に火をつけると、魔法の炎が燃え上がった。


「この契約書自体が一種の魔術具なんだ。これでデニーロ商会が保有するあんたたちの所有権は全て消滅したよ」


 エルは念のために自分と家族の首筋を確認する。弟たちは互いに顔を見合わせて大喜びしているが、


「俺や弟たちの紋章は消えたが、父ちゃんと母ちゃんには別の奴隷紋が残ったままだな」


「ああ。元々この二人には別の所有者がいて、うちの商会はその管理を任されていたに過ぎないんだよ」


「その所有者は誰なんだ」


「関係者全員に契約魔法がかけられていて、何も言えないんだ。すまないねえエル」


「いや、色々教えてくれてありがとう。後は自分で何とかするよ」


「そうかい。これから大変だろうけど、あんたなら何とかできるかも知れないねえ」


「まあな。俺は冒険者だから、自分の未来は自分で切り開くさ」


 そして礼を言って帰ろうとするエルを大奥様が引き留めた。


「ちょいと待ちな、忘れ物だよ」


 そういって大奥様はズシリと重い革袋をエルに手渡した。


「何だこれは」


「これはあんたの取り分で1500Gある」


「え?」


「うちの旦那があんたを売った時にナーシスから受け取った代金3000Gの半分だよ。あのバカな男が奴隷商人ギルドに許可も得ずに奴隷売買をしたもんだから、多額の罰金を取られちまった。この金はその残りだから慰謝料だと思って受けとっとくれ」


「そう言うことならありがたく貰っておくよ」


「それじゃあみんな達者でな」


「ああ! 俺たちのことをこれまで守ってくれてありがとうな大奥様」


 こうしてエルは奴隷から解放され、晴れて自由の身となった。



           ◇



 デニーロ商会との契約がなくなり、長年住み慣れた奴隷長屋を引き払うことになったエルの家族は、袖の振り方が決まるまでエルの宿屋に部屋を借りた。


 大した家財道具もないエルの実家なので引っ越しもあっという間に終わり、その夜は家族団らんにエルの仲間たちも加わって、キャティーお手製の料理をみんなで楽しんだ。


 ブーゲン要塞での疲れがたまっていたエルたちは、すぐに泥のように眠ってしまったが、翌朝すっきり目覚めると、久しぶりに冒険者ギルドに顔を出した。


 というのも、エミリーの機転でナーシス討伐を傭兵クエストに絡めてくれたお陰で、ギルドから褒賞金が受け取れることになっていたからだ。


 シェリアとカサンドラを連れたエルが、意気揚々とギルドの扉を開くと、だがすぐそこにエミリーが待ち構えていた。


「大変よエル君! 領主様が褒賞金を直接渡したいから今すぐ城に来るようにですって!」


「ええっ、またかよ・・・。今回の騒動は俺たちが城に呼ばれたことが発端だし、俺はもう貴族とは一切関わりたくないんだよ。城に行きたくねえ・・・」


 エルが頭を抱えて項垂れると、シェリアがドヤ顔で言った。


「ほーら、私の言ったとおりになったでしょ! あの時村の収穫祭クエストなんか受けなければ、こんなことにならなかったのよ」


「全くその通りだな。あの時のシェリアのアドバイスが今になって骨身に染みたぜ。なあシェリア、どうやったら貴族どもと関係を断ち切れるんだろうな」


「この領地にいる限りは絶対に無理ね。でもエルはもう自由の身になったし、いっそのこと冒険の旅に出てみるのはどうかしら」


「冒険の旅か! いずれはカサンドラやキャティー、ラヴィの国にも行ってみたいし、胸が高鳴るぜ!」


「そうと決まれば、さっさとお城に行って褒賞金を貰って来ましょう。そのお金で今夜はここで宴会をしながらどこに向かうかみんなで決めましょう!」


「それならカサンドラたちの故郷がある南の方に行こうぜ! とりあえず適当なドレスを着て城に行くか」


 早速宿に戻ろうとしたエルたちを、だがエミリーが慌てて止める。


「ちょっと待ってエル君。今回の褒賞は冒険者だけでなく、ナーシス討伐の現場にいた全員が対象なのよ」


「ということは、父ちゃんと母ちゃん、ラヴィとインテリまで城に連れていくのかよ。そりゃ大変だ!」




           ◇




 デルン城の大ホールに到着したエルたち。


 だが以前と比べて、貴族の数が激減していることにエルは驚く。


 それもそのはず、ここにいた貴族の半数以上は今や敵としてブーゲン要塞の東方で陣を構えているし、それに対抗するためウィルやアリア、タニアたち騎士は全員戦場に出ている。


 つまりここにいるのは、デルン子爵に味方する貴族家の当主夫妻やその令息、令嬢だけなのだ。


 その中にはアレス騎士爵とその娘ベリーズの姿もあり、二人はエルの顔を見つけると笑顔で手を振ってくれた。


 そんなエルたちは、すでにホール中央で待ち構えるデルン子爵の前に一列に整列する。


 今回の報奨金授与対象者は8名。


 要塞攻略に大きな戦果を上げたシェリア、カサンドラの2名と、ナーシスの討伐に成功したエル、オットー、マーヤ、エミリー、ラヴィ、インテリの6名だ。


 そんな彼らに対し、集まった貴族たちの反応はマチマチだった。


 シェリアとカサンドラの2人は、貴族たちにとってすでに顔馴染みであり素直に祝福することができた。


 だが今回の騒動の発端となったエルについては奴隷疑惑がいまだ晴らされておらず、元々友好的だった貴族たちでさえも戸惑いを隠せなかった。


 だがそれ以上に貴族たちを困惑させたのが、オットーとマーヤの二人だった。


 オットーは急遽カサンドラの服を借りて執事風のタキシードで登場し、マーヤはエルから借りたあの真っ赤なドレスを着ている。


 そんな二人は、首筋の奴隷紋も隠すことなく堂々と大ホールを歩き、だがその一挙手一投足が上品で洗練されたものだったのだ。


「何者なんだあの二人は」


「エルの両親、つまり奴隷・・・だよな」


「エルもそうだが、あの2人は一言で言えばエレガント。奴隷紋さえなければ帝都の高位貴族だと言っても誰も疑わないレベルだ」


「エルが伯爵令嬢だとみんなが信じきっていたのも、あの立ち居振舞いの美しさや完璧なテーブルマナーだからな。いやちょっと待て、まさかはアイツらは」


「・・・そのまさかだとしたら大変なことになるな」





 ざわめいていた会場も、子爵の後ろにその家族が並ぶといよいよ式典が始まる。


 その中央に立つ子爵夫人はエルにニッコリと微笑みかけると、彼女の両側に立つアイクや子爵令嬢たちもシェリアやラヴィに手を振っていた。


 そして嫡男ウィルの嫁のスザンナは、だが今日は一番端っこに立つと、しょんぼり肩を落としていた。


 その後2人の男が姿を現し、なせかデルン子爵を挟むように両側に立った。


 一人は初めて見る初老の男だが、もう一人はエルのよく知る顔だった。


「あれ? ジャンじゃないか。いつデルン領に戻って来たんだよ」


 するとジャンは頭をかきながら、


「今朝、デルン子爵が俺んちに飛び込んで来て、無理やり連れ戻されたんだよ。参ったぜ全く」


「参ったのはこっちの方だよ! ジャンが勝手に武術指南役を決めてきたせいで、危うく俺はナーシスのクソ野郎に殺されるところだったぜ」


「そりゃ悪かったなエル。俺もナーシスがそこまでのバカだと思ってなかったし、そこは自分の見込み違いを素直に反省するよ」


「お、おう・・・まあ、済んだことだし、俺とジャンの仲だからもう気にしてないよ。そんなことより何でそんなところに立ってるんだよ」


「そのうちわかるよ。まずは式典を始めようぜ」



          ◇



 まだ戦時下ということもあり、式典は簡素に執り行われた。


 最初にシェリアとカサンドラが、要塞攻略の最高殊勲騎士としてそれぞれに1000Gが手渡された。


 その次にナーシス討伐に貢献した6人にそれぞれ500Gが渡され、最後にナーシスの首を取ったマーヤに追加で1000Gが手渡された。


 マーヤは華麗な所作で子爵に一礼すると、ずっしり重い褒賞金を持ってエルの隣に下がる。その姿に会場から一斉にため息が漏れる。


「結局あのご婦人がナーシスの首を取ったのか」


「ナーシスの身体に剣が通るということは、彼女自身が相当の魔力を持っているということになる」


「ということはやはり・・・」


「ああ・・・いよいよパンドラの箱が開くぞ」





 報奨金の授与が終わると、子爵の隣に立つ初老の男が不機嫌な顔で話を始めた。


「今回のデルン子爵家のお家騒動は実に見苦しいものだった。皇帝陛下の御為にも、逆賊どもを早急に討伐すべきである!」


 その瞬間、周りの貴族たちは一斉に歓声を上げた。


 いつ止むとも知れない万歳三唱の中、なぜこうなったのか意味が分からないエルは、シェリアに尋ねた。


「相変わらずエルは、貴族というものを全く理解してないのね」


「シェリアが貴族に詳しすぎるんだよ。本当はお前、貴族なんじゃないのか」


「違うわよっ! もう仕方がないから、このシェリア様が解説してあげる」


「おう頼む」


「まず今喋ったおじさんは、デルン子爵の主君に当たるメルヴィル伯爵よ。つまりスザンナのお父さんね」


「マジかよっ!」


「その伯爵が分家を逆賊と呼んで討伐を命じたということは、デルン子爵の勝利がほぼ確定したことを意味するのよ」


「え、戦争はまだ始まったばかりだろ?」


「戦争は騎士団同士の戦いだけでなく、その裏で貴族同士の外交戦が火花を散らしているものよ。実際、今この瞬間までメルヴィル伯爵はどちらに加担するかの意志を明確にしていなかった」


「へえ、今決めたってことか。でも何で?」


「それは帝都の動きを察知したからでしょ」


「帝都? ・・・何それ」


「エルって本当に何も知らないのね。帝都というのはこの国の首都で、領都デルンは片田舎の街なのよ」


「このデカイ街が片田舎だと? ていうか俺って、ここがどんな国なのかも全然知らないんだけど」


「ええっ! そ、そこからなの?」


「悪いな。なんせ俺、奴隷だったから」


「本当に仕方のないエルね。ここはランドン=アスター帝国という世界最大の国で、その帝都はノイエグラーデス。そして帝都には二人の皇帝、クロム・ソル・ランドンとローレシア・メア・アスターがいてこの国を共同統治しているのよ」


「皇帝だと! そんな悪そうな奴らがこの国を支配していたとは・・・全く驚いたぜ」


「ダメだこりゃ」

 次回もお楽しみに。


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