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第64話 ナーシスの最後

 地下牢でかなりの時間を過ごしたのか、エルたちが要塞に戻った頃には空がうっすらと白みかけていた。


 そんな夜明け前のブーゲン要塞は、だが両軍入り乱れての激しい戦いが繰り広げられていた。


 要塞内部にまで侵入を果たしたデルン騎士団は、必死に防戦するナーシス分隊との間で容赦無用の斬り合いを演じており、絶叫がこだまし血の匂いに咽ぶ戦場をエルたちはナーシスの元へとひた走った。


 スザンナとマーヤという2人の貴婦人を伴った6人組はかなり目立つ存在だったが、エミリーとラヴィにはアリア分隊の記章が、エルとオットーにはナーシス分隊の記章がついているため、双方の騎士たちが攻撃を戸惑う間に、速やかに戦場を駆け抜けた。


「エミリーさん、ナーシスは本当にこっちの方向でいいのか?」


「要塞指揮官は普通、戦場全体が見える場所に陣取っているものなの。この要塞だと、中央監視砦がそれにあたるのよ」


「なるほど、行ってみよう」


 城壁に囲まれた隘路を走り抜けると、やがて正面に一際高い建物が見えてきたが、その周囲では両軍による激しい攻防戦が繰り広げられている。


「あそこで戦ってるのはカサンドラじゃないのか。その後ろにはシェリアまでいるぞ!」


「本当ね。少し離れたところにアリアさんたち主力部隊も控えているし、そのさらに後方には騎士団長のウィルさんまで。これで決まりね、やはりナーシスは監視砦の中にいるわ!」


「だがみんなが攻めあぐねているところを見ると、敵の防御が固すぎるみたいだな。さてどうする・・・」




 中央監視砦を前に足を止めた6人の元に、空からハーピーが飛んできた。


「アニキーーっ!」


「インテリ! 母ちゃんは無事助け出したぞ!」


「ホンマでっか! よかったなあアニキ」


「あとはナーシスの首を討ち取るだけだが、みんな苦労してるみたいだな」


「あのシェリアはんでも、要塞型マジックバリアーは手に負えんらしく、ウィルはんも持久戦を覚悟してましたわ。でもアニキが帰ってきたから、ワイの力で何とかできそうです」


「インテリ、お前がか? 一体どうするんだ」


「アニキの魔力でワイがハーピーの魔法を使うんやけど、それでラヴィはんのワープをブーストして、マジックバリアーを強硬突破するんですわ」


「それって寿命を使うだろ? 何か嫌だな・・・」


「それは大丈夫や思います。なんでか分かりまへんがアニキのハーピー魔法はサラはんの時も寿命に関係なく発動しましたから」


「そりゃそうだけど・・・まあ寿命が減らないんだったら、お前の好きなようにやってくれて構わん」


「おおきに。ほんだらラヴィはん、ワイら全員を監視砦のテッペンまでワープさせてんか」


「全員をあそこまで・・・ラヴィにできるかな」


「ワイを信じて全力で気張ってや!」


「分かった! 妖精さんを信じてやってみる!」




 ラヴィが詠唱に入ると、エルの魔力がインテリを通してラヴィへと大量に送られていく。


「くうっ・・・これはかなりキツいな」


 思わず膝をつくエルとは反対に、ラヴィの身体に光と闇、両属性のオーラが漲ると、それが7色のオーラに変化して桁違いの魔力が爆発した。



【闇属性中級魔法・ワープ】



 キーーーーン・・・・・・バギャッ!!



 空間がねじれ、マナの奔流が渦を巻く。


 激しい衝撃波に襲われながらも、7人は要塞型バリアーを跳躍して中央監視砦の最上階へとワープした。




           ◇




 エルたちが跳躍した先は見晴らしのいい石壁造りの部屋であり、たくさんの護衛騎士や側近たちに囲まれながら、憎んでも飽きたらない男が驚愕の表情でこちらを見ていた。


「ここに跳躍だとっ! ・・・お前はスザンナ」


「やっと見つけたぞナーシス」


「その声、貴様はエルか・・・しかも俺の玩具まで連れて来やがって。おいスザンナ、俺に近づいてきたのは、こいつらをここに手引きするためだったのか」


「それは・・・」


「スザンナは関係ねえ。それより俺の母ちゃんをメチャクチャにしやがって、お前だけは絶対に許さん!」


「俺はスザンナと話をしている。奴隷の分際でこの俺に気安く話しかけるな!」


「何だと・・・」


「奴隷が貴族に話しかけるなど言語道断。貴様はここで虫けらのように潰されて、その罪を購え」


 そしてナーシスとその護衛騎士たちが剣を抜くと、エルもそれに合わせて剣を構える。


 だがそんなエルの前にオットーが立ち塞がった。


「父ちゃんが先に行く。お前は今ので魔力を使いすぎたはずだし、少し休んでいろ」


「父ちゃん・・・だが危なくなったら俺も出るぞ」


「ああ。その時は頼む」


 そして今度はナーシスを睨み付けると、


「貴様がナーシスか。妻と娘に手を出した報いを、今からその身体に刻み込んでやる。覚悟しろ!」


「何だ雑兵、貴様がその玩具のつがいのクズか。そいつの身体はもう十分楽しんだし、今夜潰してやろうと思っていたところだ。3匹まとめて処分してやろう」


 マーヤを玩具のように弄び、オットーに侮蔑の言葉を投げつけるナーシス。


 エルは身体中の血が沸騰するほど頭に来ていたが、オットーは黙って剣を天に掲げると、全身の魔力を集中させながらエルに言った。


「エル、父ちゃんの戦い方をよく見ておけ。父ちゃんのように魔法を封じられても、こうして魔力を剣に送り込むことで、安物の剣も魔剣と化す」


 オットーの魔力を際限なく注ぎ込まれた剣は、すぐに青いオーラで光を放ち始める。


「父ちゃん・・・すげえ!」



 キーーーーーーーーーーンッ!



 そして剣を正面に構えると、立ちはだかる護衛騎士に向けて一閃した。



 ズシャッ!



 その瞬間、剣から放たれた青いオーラがカミソリのような切れ味を持って、騎士たちの胴体を鎧ごと真っ二つに切り裂いた。


「「「がはっ・・・」」」


 部屋にいた十数人の騎士たちがその圧倒的な魔力の刃で致命傷を負うと、たった一人無事だったナーシスも、バリアーが一瞬で消滅した。


「何が起こった・・・」


 うめき声を上げながら血の海に沈んだ騎士たちが、絶望の表情で次々と息絶えていく。その地獄のような光景を目の当たりにしたナーシスは、今から嬲り殺そうとしていた奴隷と立場が完全に入れ替わったことをハッキリ理解した。


「一撃で全滅・・・こんなの勝てるわけがない」


 今度は自分が狩られる側になったナーシスの顔が、みるみる青ざめていった。


「うわああああっ!」


 慌ててバリアーを張り直すが、すでに間合いに入っていたオットーの剣戟により、そのことごとくが破壊されていく。


 バリアーの破壊と再展開。


 それを繰り返すうちに、すぐに魔力が枯渇したナーシスは、いよいよオットーの攻撃を防ぐ手立てがなくなってしまった。


 その圧倒的な猛攻に、防具は破壊され剣が折れる。血飛沫が舞って、痛みと恐怖に支配されたナーシスの絶叫が室内にこだまする。


「なぜだ! なぜ貴族の俺様が奴隷風情の貴様に勝てない。お前たちは一体何者なんだ・・・」


「俺たちが何者かだと? これから死ぬ人間に教える必要などない」


「これから死ぬ? この俺が? い、嫌だっ!」


 尻もちをついて後ずさるナーシスに、だがオットーがさらに踏み込んで一太刀を加える。



 バギャッ!



 ナーシスの防具が砕け散り、その腹部から鮮血が一気に噴き出した。


「ギャーーッ!」


 床に仰向けに倒れたナーシスは、だが懐に隠し持っていた魔術具が突然作動すると、闇のオーラが身体を包み込んでどこかへと消え去ってしまった。


「ワームホール・・・くそっ、逃げられたか」


 オットーが悔しそうに膝をつくと、だがラヴィが大声で叫んだ。


「さっきの男を追いかけるから、みんなラヴィの所に集まってっ!」


「ラヴィちゃん、そんなことができるのか」


「そういう魔法があるの。妖精さん、エルお姉ちゃん、もう一回あれをお願い!」


「よし来た、行くでー!」


「どんと来い!」



【闇属性上級魔法・リワープ】



 エルの魔力でブーストしたラヴィの7色のオーラが全員の身体を包み込むと、ナーシスが通過した亜空間経路を辿って彼の元へと跳躍した。



           ◇



「ここは?」


 エルたちが次に現れたのは薄暗い地下神殿だった。目の前には石の玉座があり、そこに血まみれのナーシスが座っていた。


「くっ・・・こんな所まで追って来たのか貴様ら」


 苦々しく吐き捨てるそのセリフには、だがさっきまでの怯えが消え、それと同時にナーシスの身体が徐々に回復しているのが分かった。


 玉座からの膨大な魔力をナーシスが受け取り、彼の身体を癒しているのだとエルは直感した。


「父ちゃんがさっき与えたダメージが・・・マズイ」


 だがオットーは、明らかに身体のキレがなくなっており、エルに申し訳なさそうに言った。


「さっきので父ちゃんは魔力を使いすぎた。エル、後を任せていいか」


「分かった、選手交代だ。おいナーシス、今度はこの俺が相手だ」


「ちっ! どうやってここにたどり着けたのかは知らんが、今の俺様は無敵。死ぬのはお前たちだ!」


「なら試してやるぜ・・・行くぞっ!」


 魔力を消耗したエルだったが、さっきオットーがやっていたようにありったけの魔力を剣に注ぎ込むと、やがて剣が白く輝き始めた。



 オオオオオオオオオ・・・・・・



 魔剣と化したそれを正面に構えると、一気に踏み込んでナーシスの首を一閃する。



 カキィーーン!



 だが玉座の周りには強力なバリアーが展開されていて、エルの剣を弾き返した。


 さらにエンパワーを発動させて全力の攻撃をみせるも、ダメージを与えるどころかナーシスの回復速度が加速して行くだけだった。


「ダメだ・・・俺の力ではこのバリアーは破れん」


 エルは仲間たちを振り返るが、みんな愕然とナーシスの姿を見ているだけで、エミリーやインテリも何ら打開策が見つかっていないようだった。


 その様子にナーシスは勝ち誇ったように笑った。


「フハハハ! 貴様のお陰で間もなく傷が全快する。奴隷のクセに生意気にも魔力を持っていたことがお前の敗因だった。しかもよりによって光属性と来てる。クーックック」


「光属性が敗因・・・だと?」


 玉座で足を組んで高笑いを続けるナーシス。


 だがエルはナーシスの言葉に違和感を感じ、自分のオーラの流れを研ぎ澄まされた感覚で感じ取った。


(こいつはまさか・・・)


 その玉座は、空気中のマナから光属性オーラのみを吸収し、それをナーシスの身体に送り込んでキュアを持続的に発動させていた。


 試しにエルがオーラを放出すると、それがそのままナーシスに送り込まれて回復が加速し、止めるとナーシスの回復スピードが遅くなる。


(普通のキュアとは少し違うな。もしかすると)


 エルは剣を後ろに放り投げると、最後の魔力を振り絞って玉座に向けて放出した。


 すると玉座が活性化して、ナーシスの身体を一気に回復させていく。


「何だエル、わざわざ回復を早めてくれるなんて俺の玩具にでもなりたくなったのかな。クーックック」


 嗜虐的な目のナーシスがエルを嘲笑する。


「だがお前だけは絶対に許さん! 今すぐ無惨に殺して・・・うがっ!」


 突然苦しみ出したナーシスの身体が徐々に肥大化していき、筋肉が醜く隆起して血管が浮き出る。


「うぐぐぐっ・・・うががががっ・・・」



 ブチッ! ブチッ! ブチチチッ!



「ぎゃーーーーーっ!」


 潜在能力を超えて、玉座によって強制的に身体を回復強化させられたナーシス。結果、両手両足の筋肉が断裂し、血管が切れて身体中から血が噴き出る。


 腹筋が複雑によじれて、背筋がねじ曲がり、その激痛でついにナーシスはその玉座から転げ落ちた。


「ぐがががが・・・・」


 苦痛に顔を歪めて床をのたうち回わり、


「痛い・・・痛い・・・た助けて・・・エル・・・」


 涙を流してエルに命乞いをするナーシス。


 だがエルの背後には、禍々しい真っ赤なオーラを放った魔剣を手にしたマーヤが、氷のような冷たい目でナーシスを見下ろしていた。


「この下級貴族め! お前におもちゃにされて殺されていった女たちの仇を、この私が晴らしてやる」


「何だその凶悪なオーラは・・・ゆっ、許してくれ、俺はまだ死にたくない・・・ひーっ!」


「そう言って泣いて命乞いをしてきた女たちを、お前は何人殺してきたの!」


「悪かった・・・もう絶対にしない・・・頼むから俺を殺さないでくれ・・・し、死にたくないっ!」


 涙を流して懇願するナーシスの首筋に、だがマーヤは大上段から剣を振り下ろした。


「死ね」


 ザシュッ!


「嫌・・・だ・・・」




 絶望と恐怖に満ちた表情で固まったナーシスの頭が、胴体から切り離され虚しく床を転がった。

 次回もお楽しみに。


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