第63話 救出(前編)
長くなったので前後編に分けます。
デニーロ商会から提供されたデルン騎士団ナーシス分隊記章付きの騎士装備でブーゲン要塞に忍び込んだエルとオットー。
そのおかげでかなり自由に動き回れたものの、マーヤを見つけることはできなかった。
「くそっ、母ちゃんがどこにもいねえ。こうなったらナーシスの野郎を直接問い詰めるしかねえな」
「エル、それは最後の手段だ。ここは敵の要塞で周りは全て敵騎士だらけ。食いっぱぐれた盗賊と違い騎士は戦闘訓練を受けたプロ。父ちゃんとエルの二人だけでは全員を相手に戦うことなど到底不可能だ」
「でもこうしているうちに母ちゃんが・・・父ちゃんはそれでもいいのか」
「そりゃ泣きたくなるほど悔しいさ。だが焦って敵に捕まれば、それこそ二度と母ちゃんと会えなくなる。お前も冒険者なら少しは冷静になれ」
「父ちゃん・・・」
エルはヘル・スケルトンに拉致されたアニーとサラの辿った運命が頭をよぎったが、どうやらオットーは村の男たちとは違うようだった。
「分かったよ父ちゃん。生きてさえいれば、どんな傷だろうとこの俺が完璧に治してやるから安心しろ」
「頼むぞエル! だがそうか、エルは治癒魔法が使えるようになったんだな。そうだよな・・・」
さっきまで気丈に振る舞っていたオットーがなぜか寂しげな表情を見せた。だがすぐに笑顔に戻るとエルの肩を軽く叩いた。
「昨夜は一睡もしてないし少し仮眠を取ろう。そして夜を待って今度は城の上階を探すぞ」
「上階って貴族の部屋じゃないのか? 俺がナーシスの野郎に囚われていたのは地下牢だったが」
「もう探せる場所は全て探したし、あとは貴族の居住区しか残っていない。そこに母ちゃんがいるかは分からないが、手掛かりぐらいはつかめるかも知れん」
◇
冒険者ギルドの転移陣を使って領都デルンから城塞都市ブーゲンに移動したエミリーとラヴィの二人は、アリア分隊の記章を外し、ラヴィの闇属性魔法ワープで要塞内に転移した。
「これがラヴィちゃんのワープ! 要塞結界も越えられるなんて凄い。ねえラヴィちゃん、私たち二人ならどれぐらいの距離が飛べるの?」
「うーん、今の感じだと20メートルぐらい?」
「20メートルか・・・なら壁を通り抜ければ要塞内のどこにでも行けそうね」
ラヴィの能力を確認したエミリーは、今度は彼女の手を引いて城壁の方へと歩き出した。
◇
仮眠を終えたエルとオットーは、物陰に隠れながら貴族居住区に忍び込んだ。
エルたちの装備は貴族階級のものではないため、見つかれば処罰の対象となる。そのためナーシスの居室があると思われる要塞最上階へはかなりの時間をかけて進まざるを得なかった。
そして夜も更けた頃、二人は最上階に到達する。
「ここがナーシスの部屋のようだ」
辺りに誰もいないことを確認し、扉に耳を当てて中の様子を探るが、中からは物音一つしない。
「父ちゃん、誰もいないようだが中に入ってみるか」
「そうだな・・・行くぞ」
扉には鍵がかかっていたため、エルがエンパワーを発動させて力で抉じ開けようとしたその時、背後に人の気配を感じた。
「まずい誰か来る・・・」
「エル、隠れるぞ」
すぐに廊下の角に隠れてやり過ごそうとする二人だったが、ナーシスの部屋の前で立ち止まったのは本来ここにいるはずのない人物だった。
「スザンナ?」
思わず声を出してしまったエルに、スザンナもすぐに気がつく。
「その声・・・まさかエル様?」
小走りに駆け寄ってくるスザンナに、仕方なくエルは冑を取って彼女と顔を合わせた。
「スザンナ信じてくれ、ウィルとの件は誤解なんだ。いや今はそんなことより、なぜスザンナがここに?」
「申し訳ございません。わたくし大変なことを仕出かしてしまいました。エル様になんとお詫びをすればよいのか・・・うっうっ」
「え、どうしたんだよ一体」
突然泣き出したスザンナと、それに慌てるエル。
オットーはそんな二人の背中を押して、スザンナの部屋で話をするよう勧めた。
「つまりスザンナが母ちゃんの怪我を治してくれた訳だな。ありがとう」
「いえそんな・・・ですが素肌の傷が無くなったことを不審に思ったナーシスは、マーヤ様を呼び出さずに自ら彼女の元に出向いてしまったのです」
「それで母ちゃんは今どこにいるんだ」
「地下牢なのは間違いないですが、転移陣を使用したのでこの要塞ではなく・・・おそらくナーシスの自領にある本宅ではないかと」
「ナーシスの領地か・・・ならすぐ助けに行こう」
「わたくしも様子を見に行こうとしたのですが、正確な場所が分からない上に転移陣の操作も・・・ですのでナーシスの侍女を探していたところでした」
そう言ってまた泣き出してしまったスザンナに今度はオットーが彼女に礼を言う。
「うちの母ちゃんを気遣ってくれてすまないな、スザンナさん」
「いいえ、ナーシスを無闇に警戒させて奥様を危険にさらし、本当に申し訳ございませんオットー様」
「だが貴重な手がかりが手に入った。転移陣の操作なら俺もできるし、とにかく転移陣室に行ってみよう。兵士どもを締め上げれば、ナーシスの領地の場所ぐらいは吐くかもしれないしな」
「そ、そうですわねっ! わたくし泣いている場合ではございませんでした」
◇
ブーゲン要塞には転移陣室が何ヵ所かあるが、エルたちは警備が一番手薄な通信兵用の部屋を占拠した。
エルは兵士を縄で縛りながらオットーに尋ねる。
「なあ父ちゃん、貴族用の転移陣室じゃなくて本当によかったのか」
「転移先さえ正確に設定できれば、転移陣なんかどれでも同じだ。俺たちの魔力が続く限り、手当たり次第転移しまくればいい」
「すげえな父ちゃん! 奴隷から解放されたら、ぜひうちのパーティーに入ってくれよ。父ちゃんならすぐ俺に追い付いてCランク冒険者になれるよ」
「父ちゃんが冒険者か・・・ははは、それもいいな」
そんな父娘の会話を微笑ましそうにスザンナが聞いていると、突然転移陣室の扉が開き、廊下から女騎士と魔導士が入ってきた。
「敵だ父ちゃん・・・ってラヴィか?」
「エルお姉ちゃん!」
そして女騎士も冑を脱ぎ、
「エル君やっと見つけた」
「エミリーさんまで! どうしてここへ」
「エル君と合流しようと思って。たぶん転移陣室に来るんじゃないかと思って、ここを見張っていたのよ」
「そうだったのか。それより母ちゃんの手がかりが見つかったぞ」
「え、本当!」
エルがスザンナから聞いた話を伝えると、しばらく何かを考えていたエミリーは、
「総司令官が防衛戦の最中に要塞を不在にするって普通は考えられないけど、もし今の話が本当ならマーヤさんには悪いけど絶好のチャンスだわ」
「チャンス?」
「私たちは今、傭兵としてデルン騎士団アリア分隊に配属されているの。エル君とオットーさんもよ」
「え、そうなのか?」
「ギルドを通して全員分の契約は済ませておいたわ。ナーシスを討ち取るならその方が都合がいいし」
「エミリーさん、さすがだな」
「それを踏まえて、こんな作戦はどうかしら」
エミリーの元々の作戦は、シェリアのエクスプロージョンによる要塞城壁の破壊だった。
着弾点の精密誘導にエルを利用するのが作戦のポイントだが、狭い城壁内部を駆け回る必要があったためラヴィの転移魔法を併用することで、電光石火の破壊工作を行う。
「だが俺が着弾点に到着したとして、それをどうやってシェリアに知らせるんだ」
「ハーピーの魔法でエル君の居場所をインテリ君に伝えるのよ」
「なるほど。でもあれは、サラの蘇生の時に一度成功したきりだし・・・」
「そんな大魔法を使わなくても平気よ。ハーピー魔法の呪文ならデルン領の子供は誰でも知ってるでしょ」
「誰でも知ってるって・・・あれか?」
「そう、おとぎ話に出てくるあれよ」
「何から何まですげえなエミリーさんは・・・それで俺とシェリアが城壁を破壊したとして、母ちゃんはどうやって助けるんだ」
「ブーゲン要塞に駐留している部隊は、分家の分隊と各貴族家の騎士団の寄せ集め。総司令官であるナーシスがいなければ、まとまった行動は起こせない。片やデルン騎士団本隊はウィルの指揮の元、この要塞を攻略すべく出動体勢が整っている」
「つまりナーシスがいない隙を狙って、一気に要塞を陥落させるのか」
「ええ。そうなると部下も遠慮などしてられなくなり、慌ててナーシスを要塞に連れ戻すはず。そしてナーシスが使った転移陣を私たちが使えば、その転移先にはマーヤさんがいる」
「すげえ・・・」
「私とオットーさん、スザンナさんの3人で貴族用の転移陣室を見張ってるから、エル君はラヴィちゃんと作戦をお願いね」
「了解した、行くぞラヴィ!」
「うん! ラヴィたちちゃんと場所を見てきたから、連れていってあげるねエルお姉ちゃん」
次回後編。お楽しみに。
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