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第60話 デニーロ商会

 祭壇前に座って、エルのドレスを繕うエミリー。


「俺は奴隷でしかもホームレスだし、服なんか破れてても問題ないぞ」


「何を言ってるのエルくん! 綺麗な女の子がそんな格好で街中を歩いてたら大騒ぎになるでしょ!」


「・・・女ってほんとめんどくせえな」


「はいできた。でも応急措置だから、後でキャティーさんにちゃんと直して貰ってね」


「何から何まですまないエミリーさん。よし、帰りは俺が戦うから二人とも後ろに隠れていろ」


「うん。先輩冒険者の戦い方を勉強させてね」


「ケンカ最強のアニキに任せてれば安心やで」



           ◇



 遺跡に巣くうモンスターを一蹴したエルは、二人を連れて無事地上へと脱出する。


 外はまだ日が高く、ギルドへの帰還を急いだ3人だったが、途中の路地裏の陰からボロをまとった長身の男が突然エルの前に立ちはだかった。


「その姿は・・・エルか!」


「父ちゃんだ。昼間からこんな所で何してるんだよ」


 その男、オットーはエルにすがりつくと、


「母ちゃんがいなくなった! 父ちゃん、何日も街中を探して回ったけどどこにも見つからないんだ。一緒に母ちゃんを探してくれ!」


「母ちゃんが・・・それっていつからだ!」


「一週間ほど前だ」


「一週間だと・・・まさか」


 エルはオットーを路地裏に連れ込むと、デルン城での出来事を話した。


 それを驚きの表情で聞いていたオットーは、だが徐々に怒りと悔しさで顔が歪んでいく。


「母ちゃんを連れ去ったのはデニーロ会頭で間違いない。そしてそのナーシスって奴に母ちゃんを売ってしまったんだ。くそっ!」


 拳を地面に叩きつけて怒りを顕にするオットー。


 そしてエルも、


「まさか、俺の代わりに母ちゃんを・・・」


 怒り、恨み、悲しみ、後悔、焦燥・・・。


 あらゆるマイナス感情がエルの心に押し寄せたが、それを一旦押さえつけるとエルは静かに告げた。


「母ちゃんを助けに行こう。そしてデニーロ会頭とナーシスの二人は絶対にぶっ殺す。俺たちの前に立ちはだかる奴は貴族だろうと大商人だろうと全員が敵だ」


「ああ。妻と娘に手を出した報いは、俺の命に代えても必ず受けさせてやる。だがまずは大奥様に相談だ」


「大奥様ってデニーロ商会のか?」


「そうだ。大奥様は商会の使用人を使って母ちゃんの行方を探してくれているし、父ちゃんも許しを得てこうして母ちゃんを探していたんだ」


「そうだったのか・・・父ちゃん、俺をそこに連れていってくれ。エミリーさんとインテリは、シェリアにこのことを伝えてくれ」


「分かったわ! エルくん気をつけてね」


「アニキ、またあの変態野郎に捕まったら、今度はハーピーの魔法を使ってや。そしたらワイ、アニキがどこにおっても場所が分かるし、みんなを連れて駆けつけますから」


「おう! その時は頼むぜ」


 それだけ言うと、エルはオットーとともにデニーロ商会へと走った。



           ◇



 商会への道すがらオットーがエルに話しかける。


「エル、お前がハーピーの里にいる間に領主家が2つに分かれて戦争を始めた」


「え、戦争?」


「大奥様から聞いた時は意味が分からなかったが、お前の話を聞いてやっと理解できた。おそらくだが本家と分家が権力争いをしていた所に伯爵令嬢を騙るお前が入り込み、それを失点に現領主を引きずり降ろそうと分家が騒ぎ出した。だが領主はそれを一蹴して逆らう貴族を全員この街から追放した」


「全員追放・・・マジかよ」


「そして追放された分家やその派閥貴族家が兵を挙げて、この街に攻めてきた」


「そんな感じは全くしないが・・・」


「街の中だと分からないだけで、城壁の外側では騎士団同士の戦闘が行われているはず」


「それでどっちが勝ってるんだ」


「そこまではわからん。父ちゃん奴隷だからな」


「そりゃそうか・・・」


 エルにはそんな下らない理由で戦争を始める貴族の考え方が一切理解できなかったが、頭の中にタニアやアリア、そしてウィルの顔が浮かんだ。


「あいつら、みんな無事かな・・・」




           ◇




 デニーロ商会に到着すると、二人はすぐに大奥様の執務室へと通された。


 部屋では中年女性が待っており、穏やかな表情でオットーに話しかけた。


「その娘がエルかい。マーヤに似てとても美しい娘に育ったじゃないか」


「これも全てエルの身を案じて頂いていた大奥様のおかげです。それより妻の手がかりが見つかりました。エル、さっきの話をもう一度頼む」


 3人がソファーに座ると、エルは話を始めた。




 話を聞き終えた大奥様は、力が抜けたように愕然と座り込むと、執事を呼んでデニーロ会頭をすぐに連れて来るよう命じた。


 そのあまりに冷たい表情に、血相を変えた執事がすぐに部屋を飛び出すと、ものの数分でデニーロ会頭を部屋に連れてきた。


 一方、突然呼びつけられて苛立ちを隠さないデニーロは、ソファーに座るエルの姿を見つけると、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


「このバカ女! ナーシス閣下の元から突然消えたと思ったらまさかワシの屋敷にいたとは。さあこっちに来るんだ!」


 そして胸倉をつかもうと手を伸ばしたデニーロを、エルは一刀両断にすべく剣に手をかける。


 だが先に大奥様が立ち上がると、彼の顔を力一杯に平手打ちした。


 バチンッ!


 呆気にとられるエルにオットーは「ここは大奥様に任せよう」と剣を収めさせ、床に尻餅をついたデニーロ会頭は茫然とした表情で大奥様を見上げた。


「何をするんだ、ダリア!」


 目を白黒させて驚くデニーロに、だが冷たい表情の大奥様が呆れたように言い放った。


「あんた、とんでもないことを仕出かしてくれたね」


「何を言ってるんだダリア。仕出かしたのは、そこのバカ女の方だ。こともあろうに伯爵令嬢を騙ってデルン子爵家に入り込んで・・・」


「もう聞いたよ。でもそんな些細なことなんかどうでもいいよ」


「これが些細なことだと? おまえ何を言って」


「お父様が見込んだ男だから、私はあんたを婿に貰ったけど、まさかこんな愚かな男だったとはねえ」


「このワシが愚かだと? はんっ! ワシはお貴族様の求めに応じて、うちの奴隷を高値で売りさばいてやっただけだ」


「お黙りっ! オットーもマーヤも商会の奴隷ではなく私の個人所有じゃないか! それを私に何の断りもなく勝手に売っちまって」


「そ、それは・・・だがお貴族様には絶対逆らえないし、買ったのは領主一族のナーシス閣下だ。それにこのバカ女には3000Gの高値がついたんだ。商売としてはこれ以上ない・・・」


「でもあんたが売ったのはマーヤじゃないの!」


「それはこのバカが勝手に逃げ出して、ナーシス閣下が大層お怒りになられたから仕方なく・・・」


「それで?」


「エルがこれほどの上物なら母親のマーヤもひょっとしてと気がついた。案の定、しっかりと磨き上げたらエルと遜色ない特上品に仕上がった。もちろん閣下も機嫌をなおされて3000Gのまま引き取ってくれた」


 得意気に話すデニーロ会頭に、大奥様は冷たく言い放った。


「もう結構よ。あんたはクビ」


「クビ・・・わ、ワシはこの商会の会頭だぞっ!」


「オーナーは私よ」


「だがワシは先代からこの商会を任されたんだ!」


「でもクビ。あんたのようなバカに任せたら、あっという間に商会が潰れちまうよ」


「この商会をここまで大きくしたのはワシの力じゃないか! 絶対にワシは会頭を辞めん!」


「いいえ、あんたがここにいるとこの商会が取り潰されちまうんだよ。そもそも、なぜオットーとマーヤの二人が商会ではなく私の個人所有なのか、あんたは考えたことあるのかい?」


「それは値段が格段に高価だからじゃないのか」


「だったら、そんな高価な奴隷にどうして他の奴隷と同じ仕事をさせていると思うの。値段に全く見合わないし、おかしいと思わなかったの?」


「ずっと疑問に感じていたが、エルとマーヤの容姿ならそれだけの価値が・・・容姿・・・まさかっ!」


「ようやく気づいたのかい。だからあんたはバカだと言ったんだよ」


「す、すまない! まさかコイツらが政変・・・」


 バチーンッ!


 もう一度デニーロを平手打ちした大奥様は、大声で執事を呼んだ。


「その男が余計な口を叩く前に、領主様につき出してしまいなさい!」


「ちょっと待ってくれ。ワシをどうするつもりだ!」


「ご想像の通りだよ。全てあんた個人が勝手にやったことで、商会は一切関与してないことを示さないと」


「た、助けてくれ。ワシは何も悪く無いんだ! 全てはナーシス閣下の命令でやったこと。頼む、弁明の機会をワシにっ!」


「この罪人を早くここから連れ出してっ!」


「ワシを助けてくれダリア! 会頭も辞めるしどんな仕事でもする。エル、お前からも頼んでモゴーッ!」


 だが部屋に集まってきた執事たちがデニーロに猿ぐつわを噛ませて縄で縛り上げると、部屋の外へと引きずり出して行った。




           ◇




 あっという間の追放劇をただ呆然と見ていたエル。


 そして静かになった執務室で大奥様はため息を一つつくと、机の引き出しから魔術具を取り出し、呪文を詠唱した。


 するとエルの首もとが突然熱を帯びる。


「痛っ!」


「二人の奴隷紋は消しておいたよ。これでこの領地から離れても痛みはないはず」


「奴隷紋が消えたのか・・・」


 エルは部屋にあった立ち鏡で自分の首筋を見て、奴隷紋が完全に消えていることを確認する。だが、


「父ちゃんの首筋にはまだ奴隷紋が・・・あれ、この紋様は何だ?」


 オットーの首筋には、今まで見たことのない別の奴隷紋が現れていた。


「エル、私とオットーにはある魔法がかけられていて、あんたに何も教えて上げられないんだ。そんなことよりあんたにクエストを依頼するよ」


「クエストだと?」


「ああクエストだ。あんたの母親のマーヤを無事取り戻してくれれば、報酬2000Gを払ってやる」


「2000G! それって」


「デニーロ商会はあんたたち家族を奴隷から解放してやると言ってるんだ。マーヤが死んじまったら、この私も商会も一貫の終わり。それに比べれは2000Gなど安いもんだよ」

 次回もお楽しみに。


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