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第58話 エルの行方

 デニーロ会頭がデルン城の騎士団長室に姿を現したのには理由があった。


 実は前日の深夜、ナーシスは再びデニーロ商会をお忍びで訪れていたのだ。




「以前買った女どもが使い物にならなくなったので、全員処分した。新しい奴隷女を手配しろ」


 一瞬青ざめたデニーロは、だがすぐに表情を作ると作り笑いで答えた。


「お楽しみいただけたようで何よりです。次の奴隷もこの前と同じような女でよろしいですか」


「そうだな・・・いや待て、別のにしよう」


「どのようなタイプをご所望で」


「この前話したヒューバート伯爵令嬢に似た感じの女がいい。あの女を徹底的に痛めつけてやりたいんだ」


「あのエルとかいうゴリラのような女騎士ですか? 本当にそんな女がよろしいので・・・」


「いや、あの女はやはり普通の貴族令嬢だった。金髪のショートカットで目が緑色をしている。年齢はもうすぐ16だが、身長175センチほどあって完成された大人の女のスタイルだ」


「金髪に翠眼・・・15歳で長身の女」


「奴隷ではやはり難しいか?」


「いえ、私が所有している奴隷にそっくり同じタイプの女がいます」


「ほう」


「名前も同じエルで、今は自分を買い戻すために冒険者をして金を稼いでいます」


「冒険者だと! その伯爵令嬢も冒険者だが・・・」


「首筋に奴隷紋があるはずですが、その女には?」


「そんなものはなかった・・・いや、首は常に隠れていて肌は見えない」


「なるほど。もしかするとそいつは、私の奴隷が伯爵令嬢を騙っているのかもしれません」


「もしそうなら・・・」


「よろしければ、その女が本物の伯爵令嬢か私の奴隷かを調べてみましょうか」


「面白い! 是非やって見ろ」


「では、私を彼女に会わせてください」




           ◇




 そして騎士団長室でエルを見たデニーロは、驚きの表情を見せる。


「これがエルの本当の姿か。かなりの上物とは思っていたが、まさかここまでとは信じられん・・・」


 そんなデニーロは懐から魔術具を取り出すと、奴隷に懲罰を与えるための呪文を唱えた。


 その魔法が発動すると、これまで経験したことのないような鋭い痛みがエルの首筋に走った。


「うっ!」


 思わず叫び声をあげたエルを見て、ナーシスは大声を上げて笑った。


「ハーッハッハ! やはりこの女、ヒューバート伯爵家の令嬢なんかではなく、デニーロ商会の奴隷だったんだ。よくも騙しやがって」


 真っ青な顔で床にうずくまるエルを真上から見下ろしてニタリと笑うナーシス。


 そしてデニーロが、エルの首のリボンチョーカーをナイフで切り裂くと、その首すじに醜い奴隷紋が浮かび上がっていた。


 それを見たウィルは愕然とした表情で、


「エル・・・お前・・・」


 ガックリ膝をつくウィルの隣で、スザンナも驚きを隠せなかった。


「エル様はヒューバート家の令嬢ではなかった。しかも貴族どころか卑しい奴隷だったなんて・・・」


 呆然とする二人に、ナーシスが勝ち誇ったように言い放った。


「奴隷女に領主家の武術指南役を任せたことは重大なる失態であり、我がデルン子爵家に拭い去れない恥辱を与えた。直ちに一族会議を召集するぞ」


「くっ・・・」


「現領主とそれに加担した側近どもには責任を取ってもらわないとな。くっくっく」


 ナーシスは笑いながら魔術具でエルを拘束すると、デニーロに命じた。


「この奴隷女は俺が買い取ってやろう。すぐに屋敷に契約書を持って来い」


「承知しました。ですがこの女は先代が購入したもので・・・3000Gはご用意いただかないと」


「随分と高いな・・・だが構わん。おいエル、お前を凌辱し尽くして殺してやる。楽に死ねると思うなよ。ヒーッヒッヒッ!」




           ◇




 午後の魔法の訓練の時間なのに、なかなか戻って来ないエル。


 心配になったシェリアが探しに行こうと立ち上がると、突然客間の扉が開いて、血相を変えたアリアが部屋に飛び込んできた。


「大変だシェリア! エルのことでみんな大騒ぎだ」


 アリアに事情を聞いたシェリアの顔がみるみる青ざめていく。


「私は今からエルを連れ戻しに行くけど、みんなはこの部屋から絶対に出てはダメよ。カサンドラはここでみんなを守ってあげて」


 そう言い残して部屋から飛び出すと、シェリアは階下の大ホールへと一目散に走った。そしてその後ろをアリアが追いかける。


「シェリア、エルが奴隷というのは本当なのか」


「事実と言えば事実だけど、エルには秘密があるの」


「秘密だと?」


「これは私の勘で誰にも確認してないけどいい?」


「構わんから教えてくれ!」


「エルは全く気づいてないけどエルの両親は元貴族。それも口に出すのも恐ろしいほど高い身分の」


「何だとっ! それってまさかあの政変絡みの」


「下手をしたらパンドラの箱が開くわよ! アリア、悪いことは言わないから余計なことは一切口にしちゃダメ。確証がないまま動くのは自殺行為だから」


「・・・わかった。シェリアの勘を信じよう」




 大ホールでは大混乱が起きていた。


 いつものように社交をしていた貴族たちにナーシス配下の騎士たちがエルの正体を喧伝して周り、それに驚いた貴族たちが、ベリーズたちを取り囲んで非難を浴びせていた。


 すでに泣きそうな彼女たちを、シェリアとアリアが慌ててかばった。


「みんなお願いだから落ち着いて! 私たちはすぐにお城を出て行くから、これ以上騒ぎを起こさないで」


 だが貴族たちの怒りは相当なもので、シェリアを見るや一気に怒りが爆発した。


「奴隷が貴族のフリをして領主家に潜り込んでいたなんて、前代未聞の事件だぞ!」


「ああ嫌だ嫌だ。そんな下賤の者と同じ空気を吸っていたなんて、身の毛もよだちますわっ!」


「どうせあなたも奴隷でしょ! 汚らわしいっ!」


 興奮した貴族がシェリアに殴りかかろうとするが、アリアが身体を張ってそれを止める。


「いい加減にしろ! シェリアに手を出したらこの私が許さないぞ!」


「何だとアリア! こんなことになったのは、デルン子爵家の目が節穴だったからじゃないか! 奴隷女に騙されるようなお前たちとの付き合いは、少し考えた方がよさそうだな」


「ああ。少なくとも当代の子爵の責任は免れないだろうし、血の入れ替えは必ず求められる」


「だとすると、お前らとライバル関係にあったナーシスあたりが次期領主の公算が高い。ならば・・・」


 同様の結論に至った貴族は少なくなく、シェリアたちを取り囲んでいた貴族たちもナーシスのグループに近付いていった。





「とりあえずうるさい貴族たちはいなくなったし、これでエルを探しに行けるな」


「そうねアリア。ねえみんな、エルがどこに行ったか知らない?」


 シェリアが尋ねるもみんなが一斉に首を横に振る。


「もし捕まっているとすれば?」


「この城には地下牢がある。そこに捕らえられている可能性が一番高いな」



 だがシェリアとアリアが地下牢を見て回ったものの、そこにエルの姿はなかった。


「どこなのよエル。まさかもう殺されちゃったとか」


 不安そうなシェリアに、アリアが首を横に振る。


「それはないだろう。奴隷は高価な私有財産だから、ただの平民と違って命の保証はされている。皮肉なものだがな・・・」


「私有財産・・・エルは確かデニーロ商会の」


「もう連れ戻されたのかもしれない。ダメで元々、そこへ行ってみよう」




           ◇




 シェリアがアリアとともに部屋を飛び出してから、かなりの時間が経過した。


 部屋に残されたアイクやカサンドラたちは、二人が帰ってくるのをずっと待ち続けていたが、外の状況が何も分からないため不安だけが押し寄せていた。


 そんな中、キャティーがインテリに耳打ちをする。


「インテリさん、エルお嬢様の声は聞こえましたか」


 つい先日、ヘル・スケルトンのアジトに強襲したエルがハーピーの魔法を使った時、インテリはそれを感じ取ってエルの居場所を知ることができた。


 もし今回も同様のことが起きれば、インテリだけはエルの居場所がわかるはず。だが、


「まだアニキの声は何も聞こえてきてまへん。そやさかい、アニキの身にそれほど危険が迫ってる訳ではないっちゅうことや」


 キャティーを安心させるためにそう言ってはみたものの、インテリは不安に押し潰されそうだった。


(アニキが奴隷であることを、ナーシスの配下が触れ回ってるっちゅうことは、アニキはナーシスの手中に堕ちたと考えるのが自然や)


(そしてアイツは奴隷オークションの時、奴隷女に対して異常な執着をみせとったド変態野郎)


(一方のアニキは、自分では本気で嫌がってるけど、万人が納得する完全無欠の美少女)


 彼女いない歴30年。


 インテリの頭の中には、エロマンガから得た知識が泉のように溢れだし、エルが貞操の危機であることを全く疑わなかった。


(アカン! あの変態野郎にだけはアニキを汚されたくない。アニキの純潔はこのワイが守るんや!)


 インテリの頭に様々なシーンが浮かんでは消えていく。そんなインテリの妄想力が神に通じたのか、脳裏に浮かんだある作品の一コマが現実とリンクすると、エルの現在の姿が浮かび上がってきた。



 そこは薄暗い地下牢だった。


 手足を拘束されて全く動けない状態のエルの頬を、ナーシスが何度も平手打ちをしている。


 エルが身につけていた昼食用のドレスはビリビリに破られ、下着が丸見えになっている。


 それを嗜虐的な目で見つめるナーシスは、エルの心が絶望に塗り尽くされるまで、ゆっくり時間をかけて執拗にせめるつもりのようだ。


「アニキに何てことするんや! この変態野郎!」


 そう叫んだ瞬間、インテリの身体がフッと消えた。



           ◇



 気がつくとエルは、地下の拷問部屋から洞窟のような場所に飛ばされていた。


 辺りは魔力で満たされていて、岩肌がうっすら発光している幻想的な場所だった。


「痛つつつ、危うくあのクソ野郎の好きにされるところだったぜ・・・。しかしどこなんだここは?」


 周りにナーシスの姿はなく、エルの両手足を縛っていた魔術具もどこかへ消えている。


 ジンジン痛む頬を触りながらエルは、ここに来る直前の出来事を思い返した。


(あの時、インテリの叫び声が聞こえたのと同時に、自分の身体がどこかへ飛ばされる感覚がした。でもアイツどこに行った?)



 エルはインテリの姿を求めて洞窟の中を彷徨うと、遠くの方から聞きなれた関西弁が聞こえてきた。


「・・・・・・アニキー・・・アニキー」


「おーい、俺はここだぞー!」


「アニキーーっ!」


 すると岩影からひょっこりインテリが現れ、エルの胸に飛び込んだ。


「やっと見つけた! アニキ、無事でよかった」


「やはりインテリが助けてくれたんだな」


「へえ。ワイの能力でアニキを瞬間移動させたんですが、どこにもおらんから失敗したかと思いましたわ」


「瞬間移動! それでここはどこなんだ?」


「ハーピーの里ですわ」

 次回もお楽しみに。


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