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第57話 急転

 ウィルのとんでもない秘密を明かされた翌日、エルはスザンナへの報告のため彼女の部屋に向かったが、その足取りは重かった。


「まさかウィルがスザンナに手を出していなかったとはな。それに・・・」


 変な想像をして尻の穴が急にむず痒くなったエルは、自分のお尻を擦りながら、


「い、いかんいかん!」


 嫌な映像を頭の中から振り払うと、周りを確かめながらこっそりスザンナの部屋へと入った。




「いかがでしたか・・・」


 昨夜じっくり考えた結果、この秘密はエル一人では抱えきれないし、スザンナに打ち明けてちゃんと理解してもらうのが最善だという結論に至った。


 だが彼女の藁にもすがるような表情を見ると、喉まで出かかったその言葉がどうしても言えなかった。


「きっ、昨日は結局・・・挨拶程度しか・・・」


 するとガッカリ肩を落としたスザンナは、


「・・・そうですよね。いきなり初日でウィルの本音が聞き出せるなんて、虫がよすぎますわね」


「だ、だよな。よーし、これからも頑張るぞー!」


(うわあ・・・結局言えなかった。どうしよう)


 途方に暮れてどんより顔のエルと、捨てられた子犬のような悲壮感を漂わせるスザンナ。


「どうかよろしくお願いします。もうエル様におすがりするしか・・・」


 ハンカチを涙で濡らすスザンナを前に、せっかく美味しそうな昼食もほとんど喉を通らないエルだった。



           ◇



 これから毎日スザンナに報告することを約束させられたエルは、魔法の訓練のために自分の客間へとトボトボ向かった。


 だが部屋の前にはなぜかウィルが立っていた。


「・・・何か用かウィル」


「やあエル、今日から俺もアイクと一緒にキミたちの武術指南を受けることにしたよ」


「え、騎士団最強のウィルが何で」


 するとエルの肩を組んで、小声で囁くウィル。


「そんなの決まってるだろ。キミをアイクの嫁にするためにこの俺がサポートしてやる。絶対にシェリアに勝て、兄弟」


「えええ・・・」




 突如参加を表明した騎士団最強の男に、シェリアは唖然とする一方アイクは嬉しそうに彼を迎え入れた。


「兄上もシェリアに魔法を教わるといいですよ。彼女の魔法は本当にすごいんですから」


「ほう? その実力が如何ほどのものなのか、じっくり見させてもらうとしよう」


 部屋の真ん中にどっかと座って、シェリアの魔法にケチをつけようとしていたウィルだったが、その魔法の訓練に思わず首を傾げる。


 アイクとシェリアはベッドに寝転がって教科書を読んでいるだけだったが、エルとラヴィは呪文を詠唱しながら変な振り付けのダンスを踊っていたのだ。


「これが魔法の訓練?」


 ラヴィは人形のような可愛いらしい容姿とは対照的に、地底から這い出した魔物のようにうごめきながら、大きな瞳を怪しく光らせている。


 その魔法発動の瞬間、闇属性オーラが小さな身体から一気にあふれ出すと、


 【闇属性中級魔法・ワープ】


 暗黒球体がラヴィを包み込み、彼女の姿を消した。


「ただいま!」


 そして客間の扉がガチャリと開いて、廊下から笑顔のラヴィが戻って来た。


「こんな小さな子供が難易度の高いワープをいとも簡単に成功させたぞ。しかも何なんだこの魔力の高さ。これがエルフの潜在能力なのか・・・」


 想像以上のレベルの高さに呆気に取られたウィルは、だがエルの魔法を見てさらに驚愕する。


 エルが練習していたのは初級魔法のキュアで、光属性に適性があれば誰でも使える難易度の低さである。


 そのはずなのに、美少女のエルにピッタリの可憐なダンスを舞いながら妙な呪文を詠唱すると、初級魔法とは思えないほどの魔力を発生させた。


「そんなバカなっ! これがキュアなはずがない!」


 魔法発動と同時にフィニッシュを決めるエル。


 彼女の全身が光属性オーラで煌めき、その周りには清らかなそよ風が吹いている。


「なんて美しいんだ・・・」


 男しか愛せないウィルだったが、自分でも気づかないうちにエルの美しさに魅了されていた。


「おっと、本来の目的を忘れるところだった」


 だがウィルの目的はあくまでエルとアイクを結婚させること。


 その肝心のアイクはエルに見向きもせず、シェリアと楽しそうに本を読んでいる。


「こらアイク! お前もエルと一緒に魔法の練習をしたらどうだ!」


 いきなり怒鳴られたアイクは、だがウィルに微笑むと練習をしない理由を話した。


「兄上、今ボクが勉強しているのはアイスジャベリンなので、部屋の中では練習できないのです」


「なら、客間ではなく外でやればいいじゃないか」


「ええ。後でシェリアと外で練習してきます」


「シェリアではなくエルと行け」


「エルは自分の魔法を人に見られたくないので、部屋から一歩も出ないのです」


「え? そうなのかエル」


 ウィルに尋ねられたエルは、


「こんなみっともない魔法は、まだ人前では使えん。型を完全に身体に染み込ませた後、屈辱に耐える精神修養として外で練習するつもりだ」


「みっともないって、この美しい魔法がか?」


「美しさなど俺には必要ない」


「・・・もったいないな」


「だったらウィル、お前はこのみっともないダンスを人前で踊れるのか?」


「いや男が踊るとさすがにみっともないな。なるほどエルは真の男を目指しているんだったか・・・」


「ああ。だから俺にとってこの魔法は屈辱以外の何物でもないんだ」


「理由は分かったが、エルに相応しい魅力的な魔法に見えるがな、俺には」






 翌朝の剣術の訓練にもウィルは姿を現したが、シェリアとばかり組み手をするアイクにしびれを切らす。


「アイクっ! お前はどうして魔術師と剣術の稽古をしているんだ! エルとやれ!」


 だがアイクは、爽やかな笑顔でウィルに反論する。


「エルは強すぎてボクの練習にならないのです。兄上がエルと練習すればいいじゃないですか」


「俺がエルと? ふむ楽しそうだな。やるかエル!」


「構わないぞ。よしかかって来いウィル!」


 アイクとエルをくっつけるという当初の目的をいつしか忘れて、エルと組み手を楽しむウィルだった。



           ◇



 ウィルが毎日来るようになって一週間が経った。


 その間スザンナへの報告は毎日欠かさず行っていたエルだったが、まだウィルの本音を言えずにいた。


「最近のウィルは、毎日のようにエル様と剣術の訓練をしているようですが、そろそろ彼の本音を聞き出せたのではないでしょうか」


「ギクッ! も、もう少しの所まで行ってるような、行ってないような・・・」


「そうですか・・・わたくしも夜の方を頑張ってみますので、昼の方はよろしくお願いします」


「夜の方っ! お、おう・・・頑張ってくれ」




(もう限界だ! こうなったらシェリアと相談して、この城から逃げ出すしかない。・・・だが奴隷紋がある限りこの領地から出られないし、スザンナを見捨てるのも男として失格だ。くそっ、俺はどうすれば)


 誰にも相談できず、重い荷物を一人で背負い込んでしまったエルは、完全に袋小路に入っていた。


 苦悩の表情を浮かべたエルが、午後の魔法訓練のために客間に戻ろうとしていたところを、ウィルが心配して声をかけてきた。


「どうしたエル。どこで何をしてるのか知らないが、いつもこの時間帯は元気がないな」


「そ、そんなことない! ほらこの通り元気だぞ」


 エルはラジオ体操で空元気を出して見せたが、


「悩み事があるなら、親友の俺に何でも相談しろ」


「ウィル・・・」


 毎日エルと過ごすうちにウィルはすっかり心を許して、エルを親友だと思うようになっていた。


 だから男同士腹をわって話そうとエルと肩を組んだのだが、それでもエルは口ごもった。


「なるほど、人のいる場所では話せないんだな。よしちょっと来い」


 そのままウィルは、エルを騎士団長室へと連れて行った。





「さあ、ここなら誰もいない。どんな悩みでも相談に乗るから早く話せ。だって俺たち親友だろ」


 そういって笑顔を見せるウィルに、エルは罪悪感で心が張り裂けそうになった。


 ウィルはエルのことを親友だと思い、自分の秘密も打ち明けた。なのに自分は隠し事ばかりしている。


(このままでは、俺はウィルの親友失格だ! やはり男同士の友情は何物にも代えられないし、俺はウィルとの友情を大切に育んで行くぞ!)


 ついに吹っ切れたエルは、スザンナとのことを話すことにした。


「ウィル、実は俺・・・」




 その時、騎士団長室の扉が力一杯開かれると、なんとスザンナが乗り込んで来た。


「スザンナ、何しに来た!」


 ウィルは思わずスザンナを怒鳴り付けたが、彼女は怒りで顔を真っ赤にして扇子をウィルに投げつけた。


「まさか二人が恋仲になっていたなんて、酷いっ!」


「「え?」」


 スザンナの勘違いに、思わず顔を見合わせる二人。


「ちょっと待てっ! お前は勘違いをしている。俺はエルと恋仲になどなっていない」


「何をおっしゃってるんですか! 肩を抱き寄せて仲睦まじそうに歩いていらしたではないですかっ!」


「いやあれは男同士で肩を組んでいただけで」


「エル様は女ですっ!」


「あれ? そう言えば俺はいつの間にかエルを男だと思い込んでいた。なぜ・・・」


「白々しいウソはお止めになってください! それからエル様も酷い・・・わたくしあなたのことを信じていたのに、初めからこの人を奪うつもりだったのね」


「違う! 本当に誤解なんだ」


「こうなったらわたくし、死んでやる!」


「「ちょっと待て! 落ち着くんだスザンナ!」」


「どうしてそこでハモるんですのっ! こんな惨めなわたくしに仲のいいところを見せつけて・・・二人を呪い殺してやる!」


「「完全に誤解なんだーっ!」」


 エルが真っ青になって否定するが、スザンナは泣きじゃくりながら部屋から飛び出そうとした。


 だがそこに別の男が現れ、スザンナとぶつかった。


「おっと失礼、スザンナ夫人。でもあなたが身を引く必要などありませんよ」


 その男は、なんとナーシスだった。


 そしてニンマリ笑みを浮かべると、エルの全身を上から下まで舐めるように見回した。


「人の身体をそんな目で見るな! 気持ち悪い」


 エルもナーシスを睨みつけたが、後ろから現れたもう一人の男の顔を見て、一気に血の気が引いた。


 そして思わず呟いてしまった。


「デニーロ会頭・・・」

 次回もお楽しみに。


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