第56話 ウィルの本音
翌日の昼休み。
エルはアリアにそれとなく話を振ってみた。
「ウィルって騎士団最強なんだってな。一度手合わせしてみたいなあ・・・」
「突然どうしたのよ、エル?」
ドレスやスイーツの話題で盛り上がっていたところで突然話題を変えたため、シェリアは怪訝な顔をするし、令嬢たちもヒソヒソと互いの顔を見合わせる。
さすがに不味かったかなと思ったが、タニアたち女騎士が興味深そうに頷き、アリアも話に乗ってきた。
「やっと面白そうな話題になったな。ちょっと待ってろ、今から話をつけて来てやる」
「え、今から?」
アリアはすぐに席を立つと、別のテーブルで食事をしているウィルの所にツカツカと歩いて行った。
「ストレートすぎるだろアイツ」
子爵家の令嬢とは思えないフットワークの軽さに、「貴族としてどうなのよ!」と思いっきりツッコミをいれるシェリアとうんうん頷く令嬢たち。一方タニアたちは、期待に満ちた目でアリアを見守っている。
そしてアリアがウィルと二言三言言葉を交わすと、笑顔で戻って来た。
「今からやろうだとさ」
「早っ!」
あっという間にウィルとの手合わせが決まったエルだった。
◇
デルン騎士団の訓練に飛び入り参加することになったエルは、午後の魔法の訓練をシェリアに任せると、アリアとカサンドラと共に訓練場へ足を運んだ。
当然そこにいた副騎士団長のナーシスは、敵意むき出しでエルに近付いて来たが、アリアとカサンドラがその間に立ちはだかる。
「ここは騎士団の訓練場だ。今すぐ立ち去れ!」
「貴様こそ、エル殿の目の前から消えろ」
「何だと貴様! 副騎士団長の俺様に向かって・・・このオーガ女、ぶっ殺してやる!」
そしてナーシスとカサンドラが同時に剣を抜くが、アリアがそれを制止する。
「今日は騎士団長のウィルに呼ばれて来ただけだ。貴様などに用はないから、向こうで素振りでもしてろ」
「素振りだとっ! 貴様までこの俺様を舐めやがって、絶対いつかぶっ殺してやる」
そんなナーシスの後方から、騎士団長のウィルがゆっくり歩いて来る。
「二人ともその辺にしておけ」
二人の副騎士団長を一喝したウィルは、エルよりも一回り大きな体格で、エル同様に魔金属製の防具で身を固めている。
そんな彼がエルに近付くと、さわやかな笑顔で話しかけた。
「アリアから話は聞いている。ヘル・スケルトンの頭目を一刀両断にしたその腕前を是非試してみたい」
ウィルが握手を求めると、エルも笑顔でその手を握った。
「こちらこそデルン騎士団最強の男と手合わせできて光栄だ。早速始めようか」
エルは腕に抱えていた兜をしっかりかぶると、エンパワーの魔法を発動させて戦闘態勢を取った。
それを見たウィルがニヤリと笑うと、同じく兜をかぶって補助魔法を唱えた。
「「では行くぞっ!」」
通常組み手は模擬剣を使用するか、使いなれた武器を使って怪我をしない程度に軽く当てる。
だが二人は使いなれた武器で本気のバトルを開始したのだ。
力はほぼ拮抗し、スピードもほぼ互角。
身体能力が同じ二人は、だが洗練された剣技のウィルに対して、粗削りなケンカ殺法のエル。
激しい打ち合いがしばらく続いたものの、やがて地力に勝るウィルが徐々にエルを圧倒していく。
そして劣勢に追い込まれてたエルは、ついに剣を弾き飛ばされてしまった。
「ま、参ったっ! ・・・俺の負けだ」
兜を脱いで悔しそうに顔を歪めるエルに対し、同じく兜を脱いだウィルがさわやかに笑った。
「やるじゃないかエル。キミがここまでやれる奴とは正直思わなかったぞ!」
地面に座り込んだエルにウィルが握手を求めると、彼の部下たちが驚きの表情を見せた。
「あの騎士団長がアリア様以外の女騎士を認めたぞ」
「やはりあの伯爵令嬢の実力は本物だったんだ」
一方、二人の手合わせの一部始終を間近で見ていたナーシスは、屈辱に顔を歪ませていた。
「・・・あの女ここまで強かったのか。くそっ!」
デルン騎士団で圧倒的な力を誇るウィルには、ナーシスはもちろんアリアでも全く敵わない。
だがエルは、最後こそウィルに圧倒されたものの、途中までは互角の戦いを演じていたのだ。
エルの実力を目の当たりにして愕然としたナーシスは、踵を返すと部下たちを引き連れて訓練場を足早に立ち去った。
そんなナーシスに怪訝な表情を見せるウィルだったが、エルの手を握ってそのまま立ち上がらせ、満面の笑みを浮かべた。
「実に楽しかった。ありがとうエル」
「こちらこそ。俺もまだまだ修行が足りないな」
「いやいや、これでまだ15歳というのだからどこまで強くなるのか将来が楽しみだ。どうだ、明日からウチの騎士団で訓練をしてみないか」
「ありがたい申し出だが、実はナーシスとトラブルを起こしていて、アイツとは距離を取るよう領主様から言われているんだ」
「アイツとトラブルだと? ちょっと話を聞かせてくれないか」
◇
騎士団長室に呼ばれたエルが奴隷オークションでの出来事をウィルに話すと、彼は顔をしかめて深いため息をついた。
「あのバカには本当に呆れるしかないな。だがアイツは分家の多くを味方につけていて、あまり強くは言えない。さてどうしたものか」
「領主様もアイツは悩みの種だと言っていたが」
「・・・これは俺の責任でもあるのだが、分家たちは次の領主にナーシスを強く推している」
「あんな奴をか?」
「アイツは本家に血筋が近く、本妻や側室の間に男児が何人もいて後継ぎには困らない。一方俺には子供が一人もいないし作る気もない」
「作る気がないって・・・何で」
「おっと、初対面のキミに余計なことまで言ってしまった。今のは忘れてくれ」
そう言って話を終わらせようとしたウィルに、だがエルはチャンスとばかりに話を続ける。
「でもナーシスは奴隷を家畜か雑草ぐらいにしか思っていないし、そんな奴が領主になったらこの領地はメチャクチャになるんじゃないのか」
「そうだな。アイツは貴族の特権意識が強すぎるし、領民に反乱でも起こされたら一大事だ。だから弟のアイクが領主になればいいと俺は思っている」
「えっ?!」
「アイクもあと5年すれば成人して結婚できるし、すぐに子供もできるはずだ。そうなれば分家も強く言えなくなるし、ナーシスが領主になる目も消える」
「本当にそれでいいのかウィル。弟に跡目を譲ることになるんだぞ」
「構わん。俺に領主は似合わないし、一人の武人として生きる方が性に合っている」
「一人の武人として・・・」
武の道を極めようとするウィルの男気に思わずエルは応援したくなったが、今はそれができない。
ナーシスを領主にすれば領地は大変なことになるだろうし、アイクを領主にすればスザンナの望みを叶えられない。
スザンナはどうしても領主夫人になりたいし、早く子供が欲しいのだ。
だが夫のウィルは子供を作るつもりはないし、自分は領主に向いていないと言っている。
(はあ・・・シェリアとアイクの婚約阻止は難易度が高そうだし、ウィルに子供を早く作るよう説得するしかないか)
「夫婦のことに口出しするつもりはないが、スザンナとはちゃんと話し合ったのか」
「スザンナか・・・」
彼女の名前が出た途端、ウィルの表情が曇る。
「俺はまだ城に来て日が浅いし、領主家の人間はアイク以外ほとんど知らん。だがスザンナはかなりの美女だし、一途で素敵な女性だと思うぞ」
ウソである。
真の男を目指すエルにとって、ウソをつくなど本来あるまじき行為なのだが、スザンナと約束してしまった以上こうするより仕方がなかった。
だがウィルはうんざりした表情をすると、
「これまで何度も話し合ってきたが、話が全く通じないんだよ」
「話が通じない?」
「アイツは子供が早く欲しいの一点張りで、俺の話を聞かない上に、毎晩のように迫って来るんだ」
「お、おう・・・」
「それが本当に苦痛で、色々と理由をつけて断っていたんだが、ついに頭がおかしくなってしまった」
「え?」
「誰に相談したのか知らないけど、口に出せないような卑猥な衣装を着て迫ってきたり、黒魔術か何か知らないけど、変なにおいのするお香を焚きながら怪しい呪文を唱えてるんだよ。しかも真夜中に・・・」
「マジか・・・」
「そもそも俺は誰とも結婚したくないと父上に言っていたのに、主君メルヴィル伯爵の愛娘だからと断り切れずに、勝手に縁談を受けてしまったんだ。だから彼女に俺の事情を説明したんだが、彼女はそれを受け入れずに奇行に走るようになってしまった」
「あっちゃー・・・」
辛そうに顔を歪めるウィルを見て、エルは絶望的な気持ちになった。
スザンナは認めていないが、夫婦仲は完全に破綻していたのだ。
エルが愕然としていると、不思議そうにウィルが尋ねる。
「どうしてキミがそんな顔をするんだ? キミには関係のないことだろう」
「そうでもないんだ。実は・・・」
エルはスザンナとのことは伏せて、アレス騎士爵から聞いた話をウィルに伝えた。
「なるほど。父上とアレス騎士爵も手を打っていたわけだ。ならそのシェリアという娘が嫁に来てくれれば、アイクが次の領主で決まりじゃないか」
「いや、そう言う訳にはいかない」
「どうして?」
「そりゃあスザンナが・・・いや違った、シェリアは絶対に嫌だと言ってるからだ」
「ふーん、ならキミがアイクの嫁になればいい」
「無理無理! だって俺はど・・・」
自分が奴隷であることを言いそうになって危うく口を押さえたエル。
どうやらエルはウィルと馬が合うらしく、昔からの友人のように何でも話せる気になっていたのだ。
それはウィルも同じだったらしく、
「悪い、つい余計なことを言ってしまった。だがキミは同じ伯爵令嬢なのにスザンナとは随分違うんだな」
「ギクッ・・・」
エルは伯爵令嬢のふりをしているため、一瞬ひやりとしたが、
「話しやすいというか、まるで男友達と話をしているような気がする」
「ホッ・・・そういうとこか。なら理由は簡単だ。今はこんなみっともない姿をしているが、俺は真の男を目指している」
「真の男を目指すって、何だよそれ!」
ウィルは腹を抱えて笑ったが、やがて真面目な顔に戻ると、
「なら俺も秘密を明かす。実は極度の女嫌いなんだ」
「女嫌い・・・」
「ああ。だから女と話をするのもアリアとだけで、女騎士は全員アリアの部隊に入れて俺から遠ざけた」
「ええっ! そ、そこまで・・・」
「だからこうしてキミと話ができているのも実は奇跡的なことなんだ」
「お、おう・・・」
「というかキミとは親友になれそうな気がしてきた。どうだろう、本当にアイクの嫁になってくれないか」
「いやそれは無理だと・・・」
エルは自分が奴隷であることがバレないうちに城から逃げるつもりだし、勘違いしたスザンナが自殺してしまったら堪ったもんじゃない。
そんな及び腰のエルに、だがウィルはさらに自分の秘密をさらけ出した。
「もうキミには全部話すよ。俺は男しか愛せないし、スザンナにはまだ指一本も触れていない」
「ええっ! ま、マジかよ・・・」
次回もお楽しみに。
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