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第55話 スザンナの相談

 翌朝。


 裏庭ではいつものようにエルとカサンドラ、シェリアとアイクのペアで剣術の組み手が行われていたが、一汗かいたエルが木陰で休憩を取ろうとすると、


「あの・・・すみません」


 背後から突然声をかけられたエルが振り向いた先には、スザンナが立っていた。


「ビックリした・・・俺に何か用ですか?」


 次期領主夫人であるスザンナはエルから見てもかなりの美人なのだが、暗い雰囲気のある陰気な女性で、初日に露骨な嫌悪感を示されたこともあって、エルはあまりいい印象を持っていなかった。


 そんな彼女が背後から現れた上に、辺りをキョロキョロ気にしながら近くに寄って来たため、エルは思わず後退りしてしまった。


 それでもエルと距離をつめたスザンナは、


「エル様に相談がございます」


「え? 俺に相談って・・・なんで?」


「ダメでしょうか・・・」


 表情を曇らせて不安そうな顔をするスザンナ。


「いやダメじゃないけど、何で俺?」


「他の方の耳に入れたくない相談がございます。わたくしの部屋までお越しくださいませ」




            ◇




 そして昼休み。


 みんなと別行動をとったエルは、こっそりスザンナの部屋を訪れた。


 ウィルは騎士団の仕事で昼は帰ってこないらしく、部屋にはスザンナとエルの二人分の昼食が用意されていた。


 テーブルの向かいに座って紅茶を口にしたエルに、スザンナはいきなり本題に入った。


「わたくし、早くお子を授かりたいのですが、どうしたらよいのでしょうか」


「ブーーーーッ!」


 あまりにどストレートな相談に、思わず紅茶を吹き出してしまったエル。


 だがスザンナは気にすることなく話を続ける。


「昨夜もウィル様をお誘い申し上げたのですが、遠征から帰って来たばかりで疲れているからと、あっさり断られてしまいましたの」


「知らねえよ、そんなこと!」


「でも絶対ウソに決まってますわ。だってわたくし、あの人の食事にこっそり秘薬を入れて、元気にさせたんですもの」


「何やってんの、アンタ!」


「それで×××を○○○して、◇◇◇を△△△すれば絶対に□□□して頂けると思ったのです。それなのにあの人ったら・・・シクシク」


「ひーーーっ!」



 彼女いない歴30年。


 そんなエルに生々しい夫婦生活の相談をされても、何の知識もないし答えようがない。


 だがこの人妻は、真っ昼間から赤裸々な相談をエルにぶつけた上に、食事にも手をつけずハンカチを濡らし始めたのだ。


 そして相談されたエルは午前の訓練でお腹がぺこぺこに減っていたのだが、スザンナが泣き止む様子がないため、中々食事に手が付けられないでいた。



「あの・・・ちょっと聞いてもいいか?」


「しくしく・・・なんでございましょうか」


「何で俺にそんな相談をしようと思ったの。そう言う話はもっとベテランの・・・そう、子爵夫人にでも相談すればいいじゃないか」


 完全に人選ミスだと言いたげなエルに、だがスザンナは涙を拭きながら答える。


「このような相談、お義母様にできるはずがございません」


「え? そうなの?」


「だってお義父様もお義母様も、わたくしのことなど完全に諦めて、次男のアイクさんに領地を継がせようとしているのですもの」


「げっ!」


 昨日アレス騎士爵から聞いた話が、スザンナの耳にも入っていたのだ。


「な、なら・・・実家のお母さんに相談するとか」


「お母様からは色々とアドバイスをいただきました。殿方をその気にさせる秘薬も全てお母様から教わったものですから」


「ひえーーーーっ!」


 するとスザンナは、テーブル脇に控えていた侍女に指示を出し、秘薬の原料となる爬虫類の干物とか亀の甲羅とか、他にもよくわからないものをテーブルの上に並べさせた。


「エル様にお聞きしたいのですが、材料はこれで正しいのでしょうか。もしや足りないものがあるのでは」


「なぜそれを俺に聞く」


「だってエル様は、武者修行で諸国を巡った冒険者なのでしょう。でしたら!」


「いや、確かにそういう設定だけど・・・うっ、何か変な匂いがしてきたぞ」


「この匂いが殿方には喜ばれるとお母様が」


「そんな匂いをさせても、男は誰も喜ばないぞ」


「そうでしょうか」


「少なくとも俺は臭くてたまらん」


「それはエル様が女性ですから」


「そう言えば俺は女だったな・・・。ていうか、俺はまだ独身だし、そんな生々しい夫婦生活の質問をされても相談には一切乗れないぞ」


「でも頼れるのはもうエル様しか・・・」


「だから何で俺なんだよ!」


「女の勘です」


「またそれかよ・・・」


 エルには女の勘が全く働かないので、そんな便利な物が実在するわけがないと思っていた。


 だが昨夜のシェリアの勘は少なくとも当たっていたし、もしかするとスザンナの勘も当たっているのかも知れない。


 そう思い始めたエルに、スザンナはエルを頼ることにした経緯を語った。


「エル様がこのお城にいらっしゃった時、わたくしはこの世の終わりが来たような絶望を感じたのです」


「え?」


「だって当代ヒューバート伯爵は皇帝陛下の側近の一人だと聞きますし、その姪御さんが当家に嫁ぐことになればわたくしなど無用の長物と化すことに間違いございませんので」


「またヒューバート伯爵かよ・・・実は俺・・・いや何でもない・・・」


「エル様?」


「いやスマンこっちの話だ。スザンナが俺に絶望したことは分かったが、その後どういう心境の変化が」


「実はわたくし、皆様の剣術訓練を毎日見学していたのです。木の陰からこっそりと」


「ウソっ!」


「それを見ている限り、エル様が当家に嫁いでくることはなさそうだと確信したのです。そして目下の敵はあのシェリアとかいう外国人の女!」


 シェリアの名前を口にしたスザンナは、初日に見せたあの憎しみのこもった目をしていた。



 この女はヤバい。



 そう直感したエルは、


「シェリアはアイクと結婚する気なんか毛頭ないし、そんな目で見る必要はない」


「いいえ。シェリアさんがどう考えようと、政略結婚の決定権は常に男の側にあります。しかも相手は領主家のデルン子爵」


「うっ、確かにそれはヤバいが・・・それでも」


「もしエル様が嫁いで来るというなら、このわたくしに勝ち目などございませんでしたが、あの外国人ならまだ対抗できます」


 スザンナの目が怪しく光ると、エルは立ち上がってスザンナに駆け寄った。


「わかった! 分かったから少し落ち着け!」


「ではわたくしの相談を聞いてくださいますか」


「聞く聞く! だからシェリアには絶対手を出すな」


「ありがとう存じますエル様! わたくしは何がなんでもウィル様のお子を授かり、次期領主夫人の座を死守したいのです。どうかお力を!」


「そこまでして領主夫人になりたいのか・・・。だが俺に夫婦生活のアドバイスはできないし、相談に乗るとしてもそれ以外のことで頼む」


「では、あの人の本当の気持ちが知りたいのです。わたくしはこんなにもお慕い申し上げているのに、どうして見向きもしていただけないのかと」


 そう言って切なげな表情でエルを見つめるスザンナの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。




 適当にお茶を濁して時間を稼ぎ、最後はシェリアと城をトンズラしようと考えていたエルだったが、女の涙にめっぽう弱いエルは、スザンナのために何とかしてあげたいと思ってしまった。


「分かった本音を聞いてきてやる。だが俺はウィルと何の接点もないし、話をするきっかけすらない」


「わたくしが顔つなぎをすると、彼が警戒するかも知れませんし困りましたね」


「何か共通の話題か趣味があれば近づき易いが」


「共通の趣味・・・そうだ、いいことを思いつきましたわ! あの人は剣術が大好きですので、一緒に訓練をしてみるのはいかがかと」


「それはありかも・・・早速アリアを通して申し込んでみるが、もし断られたらどうする?」


「そうですね・・・その場合はシェリアさんの嫁入りを全力で阻止する方向で」


「それって領主様が決めることだとさっき・・・」


「それでも何とかお願いします」


「丸投げかよ! ・・・まあ一応は頑張ってみるけど、もし嫁入りが決まったら?」


「その時はわたくし、自害いたします」


「止めろーっ!」




 こうしてスザンナから秘密のミッションを受けてしまったエルだったが、ここから彼女たちの運命が大きく加速して行くことになる。

 次回もお楽しみに。


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