第54話 騎士団長の帰還
エルたちが城に来てから10日が経った。
城の生活にも慣れ、アイクの武術指南も少しずつだが軌道に乗ってきた。
アイクの剣の腕はシェリアとともに上達し、アイクの魔法はシェリアの簡易魔法へと少しずつ置き換わって行った。
「ねえシェリア! 今日の組手はボクが勝つからね」
「シェリア見ててよ! 今からシェリアが教えてくれたアイスジャベリンを撃つよ!」
「シェリア! シェリア!」
アイクはすっかりシェリアに懐き、シェリアも自分を慕ってくれる美少年に悪い気はしなかった。
「ふっふーん! どうエル、私って先生の才能があるみたいね!」
「そ、そうだな。魔法だけじゃなく剣の指導までさせてしまって、なんか悪いな」
「アイクにつられて私の剣の腕まで上達しちゃったし、なんだったらエルの剣も私が見てあげようか」
「俺はカサンドラに教わるから、いらない」
昼休みの社交も順調で、アイクの従姉のアリアを筆頭とする取り巻き令嬢軍団にカサンドラを加え、エルたち3人の防御体制は万全となった。
アリアが鬼の形相で目を光らせている上に、カサンドラがいつでも抜けるように常に剣に指をかけているため、ナーシスはこちらを睨み付けるだけであれから一度も近づいて来ない。
城の中で斬り合いになるのは、さすがのナーシスも望むところではなかったらしい。
他領の令嬢たちも、あれから露骨な嫌味を一言も言わなくなり、むしろ手のひらを返したように友好的な態度に出ると、自分たちのテーブルに招待してエルたちに積極的に取り入ろうとしてきた。
そんな令嬢たちについてアリアは、
「たぶんだけど、領地にいる両親からヒューバート家やポアソン家とは敵対せず、友好関係を築くよう指示が出たんだと思う。あの娘たちも遊びでここに来ている訳じゃないしね」
「ふーん、アイツらはアイツらで大変なんだな」
毎日ドレスを着てオホホホと笑って、美味しいものを食べてダンスを踊ってばかりいる彼女たちは、実は見えないところでちゃんと仕事をしていたのだ。
「まあ、手の平なんてひっくり返すためにあるようなヤツラだから、一切信用しないがな」
一方令息たちは相変わらずで毎日のようにモーションをかけに来るが、冒険者みたいに必死にプロポーズする訳でもなく、むしろ女性に対する挨拶のようだ。
「冒険者のオッサンたちみたいに目が血走ってないし、貴族は何をやるにもスマートだな」
ただしこの日は昼の社交は行われず、主君メルヴィル伯爵家とともに遠征していたデルン騎士団、アレス騎士団などの帰還を祝う式典が催された。
城の庭園が解放され、見学者には酒やパンが大量に振舞われ、庭園は領民たちでごった返す。
そんな群衆が見守る中、大きく開け放たれた正門から続々と入城して来る騎士たち。
その先頭に立つのは、デルン子爵家嫡男つまりアイクの兄貴で騎士団長のウィルだ。
筋骨隆々の体格と精悍な顔立ちは、大軍を率いる将の風格をこれでもかと見せつけており、彼の後に続く側近騎士たちはいずれも美男子で、領民の女性たちからの黄色い声援が鳴りやまなかった。
そんな騎士団の行進を、領主側近たちと共に見ていたエルが思わずつぶやいた。
「まさに英雄の帰還だな。あの威風堂々とした立ち居振る舞い、ナーシスには絶対出せない王者の風格だ」
それを聞いたアレス騎士爵、つまりベリーズの父親がエルの傍に寄る。
「やはりエル君には分かるのだな。あのウィルという男は、武力も人望もナーシスより遥か上。アリアもいい線行ってはいるが、総合力でウィルに敵わない」
突然話しかけられてびっくりしたエルだったが、
「アリアも部下からの人望が高いと思うが、あの男の方が上なのか」
「彼がこのまま領主を継げば、デルン家は伯爵位への昇爵も夢ではないだろう」
「そこまでかよ・・・ならデルン子爵家も安泰だな」
だがアレス騎士爵の顔が曇る。
「だが問題もある。ウィルには世継ぎがおらん」
「世継ぎって子供の事か」
「ウィルの正妻は、主君メルヴィル伯爵の末娘スザンナだ。お互い25歳で結婚して7年が経つが、嫡男はおろか一人の子供も授かっていない」
「それは珍しいな。ウチなんか5人も兄弟がいるぞ」
「このまま世継が産まれないと、領主家はお家騒動の火種を抱えてしまう。だから子爵は、ウィルに領主の座を継がせたくても継がせられないのだよ」
「なるほどな。跡目争いは血で血を洗う抗争に発展するのが世の常だ」
「だから子爵は保険をかけた」
「保険?」
「キミとシェリア君だよ」
「ちょっと待て! その言い方だと、次男のアイクに跡目を継がせて、アイクの子供を俺かシェリアに産ませようとしている・・・ということか?」
「もちろんそうだ。子爵から話は聞かなかったのか」
「全く聞いてない。俺はただの武術指南役として雇われただけだ。まあ実際に剣術を教えてるのは魔法使いのシェリアで、俺は何もしていないが」
するとシェリアも話に加わって、
「そうなの。エルったら何も教えないから、剣も魔法も全部私が教えてるの。お陰でアイクにすごく懐かれちゃってもう大変なんだから」
「ほう、アイクはシェリア君を選んだのか」
「・・・え、何の話?」
シェリアがポカンとしてると、アレス騎士爵が裏事情を説明してくれた。
「次男アイクに君たち二人を引き合わせてどちらか気に入った方を嫁に迎えるよう、私が子爵に提案した」
「何よそれ・・・」
「子爵は、魔力が強い娘なら家柄など二の次ぐらいに考えていて、ベリーズが「二人は絶対に貴族だ」と言うものだから、ヘル・スケルトンの報奨金を渡すという名目で城に呼ぶよう私が子爵に入れ知恵したんだ」
「俺たちが城に呼ばれたのは、そういうことか」
「だが、子爵がそのことをまだキミたちに言ってないということは、作戦が変わったのだろうか。武術指南役なんてのも唐突に出て来た話だからな」
「それならジャンが領主様から受けて来た仕事だし、きっとあの二人で話し合ったんじゃないかな」
「そう言えばジャン君だけ顔を見ないが・・・」
「なんか野暮用が出来たとか言って、領地を去って行った。もともと風来坊だしAランク冒険者だからもう帰ってこないかも知れないけど」
「そうか。だがあのジャン君は子爵と知り合いみたいな感じだったし、一体何者なんだろうな」
「さあ?」
二人が首をひねっていると、シェリアの怒りが爆発した。
「ジャンのことなんかどうでもいいでしょ! それより何で私がアイクと結婚しなくちゃいけないのよ!」
だがアレス騎士爵は、
「二人とも伯爵令嬢など想像もしてなかったが、デルン子爵家は裕福だし領主夫人の座が転がり込んでくるのはかなりの幸運だと思う」
「私は領主夫人に興味はないのよ!」
「仮にそうだとしても、子爵が君を離さないだろう。なぜなら、長男の本妻と対抗できるもう一人の伯爵令嬢を手に入れたことになり、次男への世襲はより磐石なものとなる」
「そんなのに巻き込まれたくないし、それ以前に私は貴族とは結婚できないのよ!」
「どういうことかね?」
「・・・それは言えない。と、とにかく私は貴族とは結婚できないの!」
◇
式典も終わり、アレス騎士爵や他の直参貴族たちも自分の騎士団を労うために自領へと帰って行った。
一方エルたちは午後の魔法の訓練が終わった後、再び領主家の晩餐に呼ばれることとなった。
広いテーブルの中央には、領主夫妻とウィルとスザンナ夫妻が並び、それを取り囲むように他の子供たちが勢揃いし、エル、シェリア、ラヴィの3人や主だった貴族家からの客人もずらりと並んだ。
晩餐会は終始和やかな雰囲気で進み、ウィルが遠征の成果を父親に報告すると、隣で聞いていたスザンナがとても嬉しそう夫のウィルを見つめていた。
そして晩餐会も滞りなく終わり、領主夫妻、ウィル夫妻の順に部屋を退出していくのを見ながら、シェリアが小さな声でポツリとつぶやいた。
「スザンナさん、なんか気の毒ね」
「え? 嬉しそうに見えたけど」
「エルにはそう見えたんだ。私にはスザンナさんの愛が一方通行で、むしろウィルは彼女との距離を取りたがっているように感じたわ」
「まさか・・・俺には全くわからなかった」
「晩餐会の席だし、こういうことに目ざとい貴族たちにも分からないよう、上手く取り繕っていたものね。でも間違いない、これは女の勘よ」
次回もお楽しみに。
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