第53話 魔法の訓練
午後は魔法の訓練だ。
シェリアとアイクはそれに相応しい黒いローブに着替えたが、エルは着替えるのが面倒くさかったため、赤いドレスのままだ。
そしてカサンドラに代わって訓練に参加するのは、ラヴィだ。
さてアイクは水属性に適性があるらしく、既にウォーターショットとアイスブラストという二つの攻撃魔法を習得しており、現在は騎士団御用達魔法と言われるアイスジャベリンに挑戦していると言う。
そんなアイクにエルが感心して、
「アイクは剣術に比べて魔法の方が得意なようだが、魔法使いでも目指しているのか?」
「いいえ、ボクが目指すのは純粋な魔術師ではなく、剣技も兼ね備えた魔導騎士です」
「魔導騎士? すごい名前のジョブだが、それって強いのか?」
「強いですよ。騎士の強靭さと魔術師の攻撃力の両方を兼ね備えた最強の戦士で、貴族は基本これを目指します。ボクの兄上もデルン騎士団最強の魔導騎士で今は騎士団長として遠征軍を率いています」
「最強の戦士だとっ! いいなあそれ・・・俺みたいな冒険者でも目指していいのか?」
「冒険者は普通目指さないと思いますが、エルは貴族なのでむしろ目指すべきかと」
「貴族・・・そ、そうだな、なら目指してみるか」
最強の戦士という言葉に反応したエルだったが、貴族しか目指さないジョブなら自分には関係ないため、あっという間にテンションが下がっていった。
そもそもエルが使える光属性魔法は支援系ばかりで、攻撃魔法はエンパワーのみ。つまり戦い方は肉弾戦で、普通の騎士と実質何も変わらなかった。
ということでエルの頭から魔導騎士は消えてなくなり、余計なことは考えずにキュアの練習に集中することにした。
エルはアニーとサラの件でかなりのショックを受けており、正義を貫くには悪を倒す強さだけでなく、弱い命を助ける力も必要だと痛感した。
そのため絶対に必要となる魔法がキュアだった。
だからふざけた呪文もみっともない詠唱ポーズも、エルは全て我慢することにしたのだ。
【キュア キュア キュアリン メディ メディ メディシン プリティーパワーデ ナイチンゲールニナアレ 光属性初級魔法・キュア・・・シャラ~ん】
真っ赤なドレスのエルがまるでバレリーナのように部屋の中を舞い踊ると、訓練の様子を見ていたキャティーがうっとりした目で、
「とても素敵でいらっしゃいます、エルお嬢様っ!」
そして闇属性魔法「ワープ」の詠唱を練習していたラヴィも、キラキラした瞳でエルを見つめる。
「エルお姉ちゃんお姫様みたい、綺麗・・・」
そんなエルの魔法が発動すると、身体からは光属性オーラがあふれ出し、その金髪から零れ落ちたオーラが星くずのように煌めいて、部屋の中を清々しいそよ風が流れた。
「「きゃーーっ! かわいいーーっ!」」
キャティーとラヴィが絶叫し、シェリアが満足そうに腕を組む。
「やるじゃないエル。でもまだ全力の5割といったところね。詠唱にもポーズにもまだ照れが残ってるし、100%を発揮するには恥を捨てなさい! 完全に吹っ切れるまで練習あるのみよ!」
新体操のフィニッシュのような姿勢でシェリアの熱血指導を聞いていたエルだったが、インテリが腹を抱えて笑いだした。
「ひーっ・・・か、堪忍してえなアニキっ! そんな魔女っ娘アニメの変身ポーズを決められたら、ワイ、呼吸困難で死んでまいますわ! く、苦しい・・・」
だが、屈辱に満ちた表情のエルを庇うように、シェリアがインテリを怒鳴りつける。
「うるさいわねキモ妖精! エルはもっと可愛くなれるんだから、邪魔するなら部屋を出て行きなさい」
そしていつものケンカを始めた二人だったが、今回はインテリの言うことが正しいため、エルは激しい自己嫌悪に陥った。
「畜生・・・いくら正義のためとは言え、やはりこの魔法は心のダメージが大きすぎる。やはり真の男を目指す俺にはこの魔法の習得は不可能なのか・・・」
そんな苦悶の表情のエルに、だがアイクが不思議そうに尋ねる。
「エルって珍しい魔法を使っているのですね」
「え?」
「だってウチの騎士団の魔術師は、誰もそんなダンスみたいなポーズで詠唱なんかしませんよ」
「この恥ずかしいポーズを・・・魔術師は誰もしていない・・・だと? 一体どういうことだシェリア!」
エルはインテリを遠くに放り投げると、シェリアの両肩につかみかかった。
肩を強く揺すられ、頭がガクガクする彼女は、だが事も無げに答えた。
「前にも言ったけど、エルのは簡易魔法なのよ」
「え?」
「呪文が短い代わりに可愛いポーズでそれを補ってるの。それに正式な魔法より強いぐらいよ」
「・・・そうなのか?」
「ちなみにアイクが使っているのが正式な魔法。可愛いポーズはないけど長い呪文を覚えるのが大変よ」
「そういうことだったのか」
キュアを習得するには結局、長い呪文を我慢して覚えるのか、男らしくない魔法を我慢して使うかの二者選択だった。
そしてエルは勉強が大嫌いだったのだ。
「仕方がない・・・正義のために恥をかくのも男道。俺はこのみっともない魔法の習得に命を賭けよう!」
再びキュアの練習を始めたエルの隣では、やはり簡易魔法のラヴィがワープの練習に精を出していた。
ワープは文字通り空間を超越する中級魔法で、上級魔法のワームホールに比べて運べる人数も限られているし色々と制約も多いが、比較的少ない魔力でそこそこの距離を移動できるため、習得できれば大きな武器となる。
だが正式魔法では呪文がとても長く成功率も低いため、実際の術者の数はかなり少ない。それを知っているアイクは、小さなラヴィが習得まであと少しというところまで来ている事実に大きな衝撃を受けていた。
「・・・シェリア、ボクにも簡易魔法を教えてもらえないだろうか」
アイクは恐る恐るシェリアにお願いすると、
「ええいいわよ。もともとアイクが望む方を教えるつもりだったし、簡易魔法がいいのならアイスジャベリンを教えてあげる・・・こっちにいらっしゃい」
アイクが満面の笑みを浮かべると、シェリアが広げた魔法の教科書を食い入るように読み始めた。
◇
魔法の訓練が終わってアイクが自室へと戻り、城の長い一日が終わった。
今夜は子爵家との晩餐もなく、エルたちにとっての城での日常がスタートする。
食事は客間のテーブルでみんな一緒に取ることになるが、料理は自分たちで作る必要はなく領主家の料理人が作った物を分けてもらい、キャティーとラヴィの二人が客間まで配膳する。
食事を楽しんだ後は入浴の時間となるが、こちらも客間に浴室がついておりいつものようにキャティーとラヴィが風呂の準備をする。
ただし、シェリアの宿と違って水を井戸から運んで来る必要がなく、魔術具によって魔力が続く限りいくらでもお湯が使用できる。
「まるでシャワーじゃないか!」
試しにエルが魔術具に魔力を込めると、お湯が勢いよく流れ出して浴槽に満ちて行く。
その浴槽自体も魔術具になっていて、お湯が適温に保たれたり循環して身体の汚れを洗い流してくれる。
「ジャグジー風呂かよ! ここまでくれば日本の俺んちの風呂を完全に超えてるな」
平民と異なり貴族は魔力があるため、様々な魔術具を駆使して便利な生活を享受できる。
エルは清潔なお湯に満たされた浴槽を見つめながら奴隷長屋での生活との格差に愕然とした。
「父ちゃん、母ちゃん、弟たちも、みんなこの風呂に入らせてやりたいな・・・」
そんな素晴らしい風呂だったが欠点もある。
魔力がないキャティーはその恩恵が受けられないし、カサンドラにもそこまでの魔力の余裕はない。
そもそもこの部屋は貴族の中でも高い魔力を誇る、上位貴族専用VIPルームだったのだ。
そこで、いつもはエルとラヴィが一緒に風呂に入っているところを、エルはキャティーと、ラヴィはカサンドラと一緒に入ることにした。
シェリアが風呂から上がり、次にエルとキャティーが入る。キャティーは丁寧にエルの服を脱がせていくと、自分も手早くメイド服を脱いだ。
「さあエルお嬢様、お身体を洗いますので浴槽に入って下さい」
「すまないなキャティー・・・あっ!」
エルはいつもラヴィにしているように、キャティーを抱き上げようと後ろを振り返った。
だがそこにいたのはもちろん幼女ではなく、全裸の大人の女性だった。
猫人族らしく腕や足の一部は猫のような体毛で覆われてはいるが、身体の大部分はエルたちと同じように素肌が見えている。
そんなキャティーは大きな胸とくびれた腰、そして大きなお尻を持つ本当に美しい女性だった。
エルは顔を真っ赤にして、思わず視線を逸らした。
「す、すまないキャティー・・・俺は別にそういうつもりじゃなく・・・ごめん」
インテリ同様彼女いない歴30年のエルにとって、自分と母親以外で初めて見る大人の女性の裸だった。
鼓動が高鳴り、顔が熱くなってきた。
だがキャティーはそんなエルの様子に気づくこともなく、彼女を浴槽に導くと自らもそこに入って優しく全身を洗い始めた。
「エルお嬢様は、お肌が透き通るように真っ白でスベスベしていて本当に羨ましいです。わたしなんかあっちこっち毛が生えてるし、ほんとに恥ずかしいです」
「き、キャティーらしくて、か、可愛いと思うぞ」
「え、本当ですか!」
急に立ち上がったキャティーは、エルに抱き着いて顔を近づける。
するとキャティーの胸がエルの背中に密着して、心臓が飛び上がった。
「うわあーっ! キャティー、くっつきすぎだ!」
焦って身体を離したエルだったが、キャティーは急にしょんぼりすると、
「も、申し訳ございませんでした! わたしのような者がお嬢様に抱きつくなど・・・」
「ち、違うんだキャティー! 俺は男だから、女の子の裸が苦手なだけでその・・・」
「・・・お嬢様が男なわけないじゃないですか。そんな変な理由をつけなくても、わたしはちゃんと身の程をわきまえます」
そう言ったキャティーの瞳からこぼれ落ちた涙が、浴槽のお湯に跳ねて「ぽたぽた」音がした。
猛烈な罪悪感に襲われたエルは、思い切ってキャティーの方に身体を向けると、力一杯抱きしめた。
「お、お嬢様っ?!」
「キャティー! そんなつもりじゃなかったのに傷つけるようなことを言ってすまない」
「お嬢様・・・」
「・・・それから、いつも俺なんかのために色々世話をしてくれてありがとう。本当に感謝してるし、キャティーが喜んでくれることなら何でもしてあげたい」
「エルお嬢様ーーっ!」
するとキャティーもエルを抱きしめて、わんわん泣き出した。
そうしてしばらく抱き合った後、キャティーの希望でお互いの身体を洗いっこする二人。
恥ずかしさで目がグルグル回るエルと、あまりの幸せに夢見るような気持ちのキャティーだった。
次回もお楽しみに。
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