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第52話 帝国貴族

 驚いたエルに、ベリーズが笑顔で答える。


「お父様からエルとシェリアを助けに行ってやれって言われたの。エルたちがいる間は毎日お城に来るからよろしくね」


「そうだったのか。でもなんでアレス騎士爵が?」


「お父様は領主様の懐刀で、こうなることもたぶん予想してたんだと思う」


「本当かよ・・・だが知り合いがいて助かった」


「うふふ。ここに来るまでの様子は見てたけど、みんなから露骨に絡まれてたわね。でも安心して。ここにいる全員が二人の味方だから」


 そしてベリーズは、このグループのリーダーで子爵家令嬢アリアを紹介する。


「わたくしは、デルン騎士団副騎士団長のアリアよ。アイクの従姉でこの中では唯一の既婚者だけど、伯父さまからナーシス対策で声がかかったの」


「伯父さま・・・つまり領主様の姪か。助かる!」


「あの男はわたくしと同じ副騎士団長だけど、騎士団では違う部隊を率いていて衝突することも多いのよ。何を考えているか分からない男だから気をつけてね」


「ああ。アイツにはなるべく近寄らないようにする」


 そしてアリアから改めてメンバー紹介があり、ベリーズを始めとする騎士爵家、準男爵家の令嬢たち、さらに彼女たちの付き人としてタニアのような親衛隊長が集まっていた。


「わたくしを含めたこの11名があなたたちの派閥よ。よろしくね」


「よ、よろしく・・・」


 アリアと5名の親衛隊長はキリッとした女騎士で、ベリーズを含む残り5名が令嬢っぽい感じだ。


 同じようにドレスで着飾っていても、漂う雰囲気はまるで違っていた。




 そんなみんなから簡単に自己紹介を受けると、今度はエルとシェリアが自己紹介をする。


 もちろん伯爵令嬢としてのウソの設定だが、それを聞いたベリーズは、


「エルとシェリアは絶対貴族だと思ってたわ! その容姿で平民って言われてもさすがに無理があるわよ。本当にウソが下手なんだから」


「お、おう・・・」


 伯爵令嬢がウソで本当は奴隷階級なんだが、確かに周りの貴族令嬢たちの中に入れば、エルは身長が平均より少し上ぐらいになるし、金髪も珍しくない。


「でもまさかエルがヒューバート伯爵家のご令嬢だとは思わなかったわ。そんな人に護衛をしてもらっていたなんて本当に恐縮する」


「そ、それは・・・その」


 そう言って楽しそうに笑うベリーズとその隣で腕を組んで頷くタニア。


 気心の知れた二人にウソをついてしまったことで、エルは激しい罪悪感に襲われたが、そんなエルの気持ちを知らない他の令嬢たちは、嬉々としてエルに話しかけてきた。


「わたくし伯爵家の方と食事をするのはこれが初めてですの。とても緊張しますわ」


「いや俺なんかそんな大した人間では・・・」


「わたくしはいつもお母様から、食事のマナーがなってないと叱られてばかりなの。今日はお二人から淑女としての作法をしっかり学ばせていただきますわね」


「食事のマナー! そんなのは適当で・・・」


「わたくしは是非帝都のお話をお聞かせ願いたいわ。こんな田舎町と違って、さぞや豪華できらびやかなのでしょうね。ああ一度でいいから行ってみたいわ」


「そそ、そんなに変わらないと思うぞ・・・」


(ダメだ! このままではいつかボロが出てしまう。ウソがバレたらどうなってしまうんだよ、俺・・・)


 そう考えると最早恐怖でしかなくなり、


「ちょっと待ってくれよみんな。俺はそこまで大した人間ではないし、もっと普通に接してくれ・・・」


 憧れの眼差しを向けられることが、ただただ恐かったエル。


 だがそんなことなど夢にも思わないベリーズは、


「エルは謙遜し過ぎではないかしら」


「えっ、謙遜し過ぎって?」


「エルは自分が大した人間ではないと言ってるけど、あなたは上級貴族にふさわしい実力であのヘル・スケルトンを見事壊滅させて見せたじゃない!」


「上級貴族にふさわしい実力?」


「そう、強大な魔力の行使による絶対的な暴力よ」


「絶対的な暴力・・・」


「治安を乱す平民を魔力によって排除するその姿は、まさに国の統治者のそれ。そしてヒューバート伯爵家こそは、先の大戦で功績を上げた帝国きっての名門。その当主の伯爵閣下は皇帝陛下の腹心の一人」


「え・・・」


 初めて知ったその事実に、エルは絶句する。


「当然エルも知っているとは思うけど、ウチの国ってそれまでも度重なる政変によって、上級貴族家のほとんどが粛清された暗い歴史があるでしょ」


「政変・・・粛清・・・」


「そう粛清。皇家の外戚にあたる公爵家、侯爵家なんかは今ではごく一部しか残っていないし、貴族のトップにあたる伯爵家も、以前の皇帝に仕えていた家門は全て断絶させられ、男子は全員処刑されたわよね」


「マジかよ・・・怖ええ」


「世界最大版図を誇る我が帝国は、圧倒的大多数を占める子爵家、男爵家がその大部分を分割統治しているのが実態」


「それってつまり・・・」


「このデルン子爵家も、他の王国の伯爵家以上の領地と財力を誇るのよ。だから帝国伯爵家のエルは、とんでもなく高位の貴族ということになるの」


「・・・・・」




 絶句。


 エルは奴隷として街の片隅で生きてきたため、貴族社会のことなど何も知らなかったし、いわんや帝国全体のこともその歴史も何も知らなかったのだ。


 だから隣のシェリアに小声で、


(すまんシェリア、俺にはもう無理だ・・・)


(そうね。後は私が話をするから、エルは食事しながら黙って聞いているといいわ)



 いつになく優しいシェリアは、エルに代わって令嬢たちと会話を始めると、この国の貴族社会の常識を令嬢たちから次々と引き出していった。


 それによると、この国は皇帝を頂点に僅か数家しかない公爵家、侯爵家が皇家を構成。


 その皇家に仕える貴族たちの頂点に立つ伯爵家は、領地と帝都の両方に本拠を構え、地方貴族たちの反乱を抑えて中央集権体制を維持するため、手分けをしながら広大な領土全体ににらみを利かせている。


 そんな帝国領土の8割近くは地方貴族たち、つまり地元に根付いた子爵家と男爵家が領有し、それぞれが小国に匹敵する領地を持つ。


 そして地方貴族には、その統治を隅々まで行き届かせるために準男爵家と騎士爵家の爵位を授与する権限を皇帝から負託されている。


 この騎士爵家までが帝国では「貴族階級」とされ、貴族が保有する武力つまり「騎士団」の構成員は「準貴族」あるいは「騎士」と呼ばれている。


 そんな帝国の状況を、なぜ改めて聞き出せたかというと、シェリアが適当に名乗ったポアソン家という家名は実は外国の伯爵家だそうで、外国人のシェリアにみんなが教えてくれた形なのだ。


 黙々と食事を取りながら真剣に話を聞いていたエルに、シェリアがこっそり耳打ちした。


(エル、これで貴族社会の常識が頭に入ったかしら)


(助かったよ。お前って魔法以外は本当にすごいな)


(一言余計よ!)



 昼食会もようやく終わり、テーブルを立つ令嬢たちがエルに挨拶をする。


「とても楽しゅうございました。明日のお食事会もよろしくお願いいたします」


「そ、そうだな・・・。今日はあまり話せなかったが、明日はみんなの話も聞かせて欲しい」


「承知しましたエル様。ですがさすが上級貴族家でいらっしゃいますね。わたくし本当に感服致しました」


「え、何が?」


「いえ、エル様はわたくしの苦手なお食事のマナーも完璧で、とても参考になりましたので」


「俺の食事のマナーって・・・ウソだろ」


 みんなの話に聞き入っていてマナーのことなど完全に頭から抜け落ちていたエルは、何も考えずに食事をしていた。


 そもそも桜井正義の記憶を含めて生まれて今日まで「飯なんか食えればいい」という考え方で、食べ方なんか気にしたことがなかったエルは、今日自分がどうやって食事をしたかすら覚えていなかった。





 さて、午後の魔法の勉強に向かうため客間に戻ろうとするエルたちを、テーブルの令嬢たちが取り囲む。


「何をしてるんだベリーズ」


「私たちはいわゆる「取り巻き令嬢」よ。大ホールを出るまでは私たちが付いていてあげる。これだけ人数がいればさっきみたいなことにはならないでしょ」


 ベリーズの言う通り、さっきは敵意むき出しだった令嬢たちも大人しく遠巻きに見つめ、やたらモーションをかけてきた令息たちも近寄ることすらできない。


「すげえな取り巻き令嬢って・・・」


 目を丸くしたエルに、ニッコリほほ笑む令嬢たち。


 だが何事もなく大ホールから出ようとしたその時、目の前に男の集団が立ちふさがった。


「これはこれは、エル・ヒューバート伯爵家令嬢様。ご挨拶が遅くなりましたが、ナーシス・デルンです。お久しぶり」


「ナーシス・・・お前」


 周りに配下の騎士たちを従えたナーシスが、余裕の笑みでエルを見下ろす。明らかに敵意に満ちたその表情は、隣にいるアイクにまで向けられていた。


 だがその視線を遮るようにアリアが前に出てくる。


「おいナーシス、エルに近づくなと領主様から言われているのを忘れたのか」


「ちっ、アリアもいたのかよ・・・だが挨拶ぐらいはさせろよ。貴族としての最低限のマナーだ」


「何が貴族だ。・・・ならとっととしろ!」


 ナーシスは周りの令嬢たちの顔を一人一人舐めるように見渡した後、シェリアに向けて話しかけた。


「キミは初めて見る顔だが、確かポアソン家の」


 だがシェリアは嫌悪感を隠さず、


「あんたなんかに名乗る名前はないわ。それにエルにちょっかいをかけるつもりなら、まずこの私が相手になってあげる」


「チッ! 随分と嫌われたな。そういやあのオーガ女がいないようだが」


「今日は客間に置いてきた。だがお前が近寄って来るのなら、ここに連れて来るべきだったな」


「くっくっくっ・・・アイツの人を射殺すような目が何ともそそるんだよなあ。そんなアイツを徹底的に屈服させれば、どんなに気持ちがよかったことか」


「下衆がっ!」


 そこでアリアがナーシスの襟首をつかみ、


「おいナーシス! 挨拶が終わったなら早く行け!」


「うるせえな女だなお前。まあ城で騒ぎを起こすつもりはないし今日はここまでとしよう。じゃあなエル」


 それだけ言うと、ナーシスはそのまま大ホールに向けてゆっくりと歩いて行った。

 次回もお楽しみに。


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