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第50話 子爵家令息の武術指南役

 デルン子爵家の次男アイクの武術指南役が決まってしまったエルとシェリア。


 勝手に話をつけてきたジャンは「野暮用ができた」とか言って急遽領地を出ることになり、残されたエルたちに全て丸投げされた。


 そこで領主様と話し合った結果、エルが剣術、シェリアが魔法を教えることになり、城に住み込みで食事付き日給10Gという好条件が提示された。


 用意された客間もかなり広く、二人は宿を引き払うとみんなで一緒に暮らすことにした。






 荷物をまとめたエルとシェリアは、ギルドを介さず直接クエストを受託したことを気にして、仁義を切るためギルドに報告に行った。するとエミリーは、


「領主様のご命令だし、武術指南役は命の危険が伴うクエストではないから、ギルドがとやかく言うことはないわよ」


 冒険者ギルドはあくまで冒険者を守るための互助組織なので、ヘル・スケルトン討伐のような危険な仕事でなければうるさいことは言わないそうだ。だが、


「エル君の顔が見られなくなるのは寂しいから、なるべく早く帰って来てね・・・」


「ああ。俺たちは別に騎士団に入った訳じゃないし、アイクをしばらく見てやるだけだからな」


 そんな涙目のエミリーに別れを告げると、冒険者仲間に見送られて再び城へと向かった。





 城の客間に到着したエルたちは、手早く荷解きをして生活を立ち上げる。


 客間は大きな部屋が一つと小さな部屋が二つあり、大きな部屋にはベッドが二つ、それをエルとラヴィで一つ、シェリアで一つ使うことになった。


 小さな部屋はそれぞれ執事と侍女の控え室で、こちらのベッドはカサンドラとキャティーが使う。


 部屋には調度品が備え付けられているが、荷物が何もないエルたちに対してシェリアは大量の荷物を抱えており、タンスは彼女の服でいっぱいになった。


「前から思ってたけど、シェリアは服が多すぎだよ。お前って本当に貴族令嬢か何かじゃねえのかよ」


「ち、違うって言ってるでしょ! むしろエルの服が少な過ぎるのよ!」


「服なんか一枚あれば十分だろ」


「全然足りないわよ! て言うかエルは伯爵令嬢という設定だから、ドレスの一枚も持ってないのは不自然なのよ。キャティー、私の服を2、3枚あげるから、急いでエルが着られるように繕い直してちょうだい」


 だがキャティーは申し訳なさそうに、


「誠に申し訳ありませんが、いくらわたしでもシェリアさんのドレスを繕い直すことは不可能です」


「え、どうして?」


「バストとヒップ周りの布が全然足りないので、エルお嬢様にはどうやっても無理です」


「ガーン!」


 膝をついてガックリするシェリアに、深々と頭を下げて謝罪する猫メイドキャティーだった。




           ◇




 エルたちが急いで荷解きをしたのには理由があり、城での一日目は挨拶ついでに子爵家の人たちと晩餐を共にすることになっていたからだ。


 城の執事に案内されて領主一家が食事を取る上階のダイニングルームに入ったエルたちは、豪華なシャンデリアの下、広いテーブルの中央に着席して機嫌よく微笑んでいる領主様の前に一列に並ぶ。


「ようこそ我が城へ。歓迎しますぞエル君、シェリア君、そしてお供のみなさん」


「ぶっ、武術指南役のエルとシェリアです・・・ほ、本日はこのような場所にお招きいただき・・・あっ、ありがとう・・・ございまする」


 ガチガチに緊張したエルは、舌をかみながらも何とかみんなの紹介を終えた。だが、カサンドラ以下ズラリと並んだ亜人たちに驚いた領主一家は、特にハーフエルフのラヴィに興味を示した。


 海のように美しい青髪と片方だけ長い耳を持つ人形のように可愛らしいラヴィに子爵家の娘たちが歓声を上げ、自分たちの隣に座らせた。


 一方、世にも珍しい伝説の妖精ハーピーであるインテリは、だが誰からも人気がなく、がっかりした表情で定位置のエルの肩の上に座った。それを見て必死に笑いを我慢するシェリア。


 そしてエルはシェリアとともに領主夫妻の正面に座るよう案内されたが、キャティーとカサンドラも一緒に食事を取るよう領主様から勧められたものの、


「ヒューバート伯爵家のご令嬢でいらっしゃるエルお嬢様とわたしが同じテーブルで食事をするなどとんでもございません」


というキャティーの迫真の演技もあって、二人は伯爵令嬢付き侍女及び執事として、城の侍女たちとともに給仕をすることになった。


 こうして晩餐会は始まったが、エルの目の前にはこれまでの奴隷人生では決して見ることのできなかった豪華な料理が次々と運ばれてきた。


「ごくりっ・・・」


 既に食事は始まっており、ラヴィは娘たちと一緒に美味しそうに料理を楽しんでいたが、領主様の質問攻めが始まったエルは、ウソの答えを考えるのに必死で食事が喉を通らなかった。


「ジャン殿に聞いた話では、キミはヒューバート伯爵の奥方の兄上の娘なのだそうだね。ご兄弟のみなさんは壮健かね」


「えっ! そ、そうですね・・・みんな元気すぎて、父ちゃんも母ちゃんも世話が大変そうです」


「そうか、そうか。それはよかった! なら、キミはヒューバート家から離れて、他家に嫁ぐことも問題なさそうだ」


「えっ?! え、ええまあ・・・オホホホホホホ」


 どうやらジャンが適当なウソを並べたらしく、必死に伯爵令嬢のふりをするエルだったが、なぜか武術や冒険のことは一切聞かれず、親族の女性は何人子供を産んだかとか、エルの健康状態はどうだとかばかり質問された。


 それはシェリアに対しても同じで、二人してウソにウソを塗り固めて行ったため、せっかくの豪華な料理も味が全く分からない始末だった。


 結局エルは、武者修行のために身分を一切隠して、その身一つで剣の腕を磨く伯爵令嬢という設定が完成し、貴族社会と断絶するためドレスを1枚も持ってこなかったという言い訳もできた。


 またシェリアも、中年のエロオヤジと政略結婚させられそうになって家出した貴族令嬢という設定がここに完成した。


 その後はラヴィたちの話になり、武者修行で流れ着いたこの街で、分家のナーシスと奴隷オークションでトラブルとなり、3人を引き取って身の回りの世話をさせることになったという話に落ち着いた。


 それを聞いたデルン子爵は、


「伯爵令嬢のキミにケンカを売るとは、ナーシスは本当にけしからんやつだな。あいつは副騎士団長だから毎日午前中は城の修練場にやって来るが、なるべく顔をあわせないように、アイクの剣術指南は裏庭でやるとよかろう」


「そうですね。舞踏会の間はナーシスの野郎がずっとこちらを睨み付けていましたし、特にラヴィとキャティーは危険ですので、あまり部屋から出さないようにします」


「うむ、その方がいいだろう」





 こうして領主様との会話が何とか終わったものの、今度は子爵夫人がエルに話しかけて来た。


「エルさんのそのドレス、とても珍しいわね。武者修行の間にどこかの国で手に入れたのかしら?」


「この服ですか? これはセーラー服という女学生の制服ですが、元は海の男の戦闘服なんです」


「海の男の戦闘服?」


「ええ、男の中の男で有名なポパイも着てました」


「そ、そうですか。残念ながらその方のことは存じ上げませんが、とてもエレガントでチャーミングなドレスで、エルさんによくお似合いですこと」


「うーん・・・・実はこれ近所の工業高校の制服で、本当は気合の入ったスケバンになるはずだったのに、俺が着るとなぜか金持ちのお嬢様にしか見えないんです。不思議ですよね・・・」


「スケバンというのが何なのかは存じ上げませんが、エルさんは伯爵令嬢なのですから、そのように見えて当然なのではないのでしょうか」


「はあ・・・」


 伯爵令嬢というのはウソの設定の話だし、セーラー服が似合わない理由に納得のいかないエルだったが、子爵夫人は、


「ですがこの城に滞在するとなると、服がそれ1着しかないというのはお困りのはず。もしよろしければ、わたくしが若い頃に着ていたドレスがたくさんありますので、好きなのを持って行くとよいでしょう」


「え、奥様のドレスをですか?」


「エルさんはまだ15歳なのに、成熟した大人の女性と同じ様な体型ですし、背丈もわたくしと同じぐらいなので、手直しもほとんどいらないと思います」


 だがドレスなんか絶対着たくないエルが顔をひきつらせていると、それに慌てたシェリアとキャティーが二人の会話に割って入った。


「あ、ありがとうございます子爵夫人! 私もエルのドレスをどうしようか悩んでいたんです!」


「奥様とエルお嬢様はスタイルがとても似ていらっしゃいますので、確かに手直しはほとんど必要なさそうですね。本当に助かります!」


「まあ、よかった! エルさんはわたくしのお古など嫌なのかと思いましたが、そんなに喜んでいただけてこちらこそ嬉しいわ」


「いえ、本当はエルも嬉しいに決まってますが、長い武者修行生活の結果、自分が男だと錯覚していただけなんです。ねえエル?」


 シェリアが怖い目でエルを睨むと、エルも状況を察してコクコク頷き、


「子爵夫人、ありがとうございます」


「どういたしまして。わたくしのドレスも、エルさんみたいな美人さんに着てもらえればきっと喜んでくれるでしょう。食事が済んだら選びに行きましょうね」




 その後夫人のドレスルームに連れていかれた涙目のエルは、彼女が20歳頃に着ていたドレスを7着ももらってしまったのだった。

 次回もお楽しみに。


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