第49話 城の舞踏会
デルン子爵居城の大ホールでは、楽団の奏でる音楽に合わせて紳士淑女がダンスに興じ、その周りではきらびやかなドレスに身を包んだ令嬢たちが、令息たちからのダンスの誘いを待っていた。
そこにエルたちがやって来ると、本家次男アイクの周りにはあっという間に令嬢たちの輪が出来上がってしまった。
誰もがダンスパートナーになろうとアピールするが、アイクは申し訳なさそうにそれを断る。
「ごめんねみんな。今日はここにいる3人をエスコートするようにとの、父上のご命令なんだ」
「まあ・・・それは残念ですこと」
「領主様のご命令では、いた仕方ございませんわね」
「では次回こそ、このわたくしとダンスを踊ってくださいませ」
令嬢たちは、エルをチラッと品定めをするとスカートをつまんで軽くお辞儀をし、ヒソヒソ話をしながらその場を立ち去っていった。
アイクは「ふう」とため息をつくと、ニッコリ笑顔を作ってエルの手を取る。
「それではボクと一曲、お願いできますか」
「無理だ」
「ええっ?!」
いきなりエルに断られたアイクの笑顔が凍りつく。
「俺はダンスなんか踊ったことがない」
「伯爵令嬢なのに・・・ですか?」
「うっ・・・ら、ラジオ体操なら得意なんだが、そ、そうだシェリア、お前が踊ってみろよ」
「えっ私? ま、まあ何でもこなせるシェリア様ならダンスぐらいわけないけど。仕方がないからエルにお手本を見せてあげるわね」
最初は戸惑っていたシェリアは、いつものドヤ顔になると右手をアイクに差し出した。
「ではシェリア、行きましょう」
アイクは笑顔を作り直すと、シェリアの手を取ってホール中央にエスコートした。
◇
デルン子爵の執務室では、居心地悪そうにソファーに座るジャンと、嬉々とした様子のデルン子爵が会話をしていた。
「以前帝都でご挨拶をさせていただいて以来ですが、ヒューバート伯爵閣下がまさか我が領地にいらしていたとは、全く知りませんでした」
「あ、ああ。ち、ちょっと野暮用があって、しばらく滞在させてもらっていたんだ」
「野暮用ですか・・・も、もしかして姪御さんの結婚相手をお探しではっ!」
「いや、そう言う訳では・・・」
「はあ・・・ですよね。あれほどお美しいご令嬢ですし、お相手はもうお決まりでしたか」
「いや、特に相手はいないんだが・・・その」
「なんと! まだ決まっていないのでしたら姪御さんをウチの次男アイクの嫁に、是非っ!」
「いや・・・それはさすがにマズいだろう」
報奨金を貰ったらすぐに帰ろうとしていたはずが、なぜかエルを嫁に欲しいと言い出した子爵に、途方に暮れるジャン。
だがデルン子爵はここが勝負どころとばかりに猛攻勢をかける。
のらりくらりと話をはぐらかすジャンに、どうしてもエルを嫁に欲しいと泣きつくデルン子爵。
あまりにしつこい子爵にジャンも声を荒げて、
「頼むからもう勘弁してくれっ! エルの結婚は俺の一存では決められないんだよ!」
「どうしてですか! あなたはヒューバート伯爵家の当主でしょ。だったら・・・」
「アイツにはお嬢の・・・あ、いや・・・うーむ何だったかなあ、ええっと・・・あ、そうだ!」
そしてジャンは苦し紛れの言い訳を思いつく。
「俺って実は婿養子なんだよ」
「婿養子?」
「そう婿養子っ! だから姪っ子のエルの婚姻については、妻のアリスに決定権があるんだった」
「なるほどそうだったのですか! ではすぐ奥様に確認いただくことはできますかっ!」
「できなくはないが、妻が何というか分からないぞ。だからエルなんか諦めて、シェリアを嫁にした方がいいんじゃないのか」
「ふーむ・・・それもありだとは思いますが、彼女とアイクは4歳も年が離れているし、ここはやはり姪御さんの方が・・・」
「いやいや、あのポンコツ娘は魔力も高いし、嫁としてはかなりの掘り出し物だと思うぞ。そうだ、次男に意見を聞いてみるのはどうだ。案外シェリアのことを気に入るかも知れんぞ」
「アイクに選ばせるか・・・それはいい考えですね」
「だろ」
「ではしばらくあの二人を花嫁修行ということで城に住まわせることにします」
「花嫁修行だと? シェリアはいいがエルはダメだ」
「そんなあ・・・」
ガックリ肩を落とす子爵に、領主との関係をあまり拗らせるのは得策ではないと判断したジャンは、
「婚約が前提の花嫁修行は認められないが、剣の指南役なら受け入れてやらんこともない」
「その手がありましたか! うちの息子はそっち方面が苦手ですし、ヘル・スケルトンを壊滅させられるほどの手練れに鍛えてもらえば、まさに一石二鳥!」
「だがその代わりに、3つ条件をつけさせてもらう」
「条件・・・ですか」
「まず、俺の正体は家族にも話すな。俺にはある密命があるので、正体を知られるのは絶対にマズい」
「密命っ! わ、分かりました・・・」
「もう一つはアイツらに報酬を払ってほしい。少し訳あってエルには大金が必要なのでな」
「それはもちろんお支払します!」
「最後は分家のナーシスをアイツらに近づけるな」
「ナーシスを?」
「以前アイツとトラブっちまって、ウチの大切な姪っ子に傷をつけられたらたまらん」
「なんと! アイツめ、姪御さんとトラブルを起こすとはけしからん奴だ。・・・ナーシスと言えば伯爵に聞いていただきたい話が」
「何だ?」
「お恥ずかしい話ですが、実は・・・」
デルン子爵は恥を忍んで、ずっと悩みの種だった子爵家後継者問題をジャンに打ち明けた。
◇
アイクに連れられバルコニーで休息をとるエルたちだが、舞踏会はまさに三者三様だった。
カサンドラは結局ダンスを踊らず、ずっとナーシスを警戒してにらみ合いを続けていた。
それと対照的だったのがシェリアで、アイクが相手をした後も他の令息たちからの誘いが引っ切り無しに続き、舞踏会の主役の座をほしいままにした。
一方エルはダンスが踊れず、アイクがつきっきりで教えることになったが、悪戦苦闘するエルに対して、アイクは楽しい時間を過ごせたようだった。
伯爵令嬢ということで最初はかなり気を遣っていたアイクだったが、そんな気兼ねが不要な上に、他の令嬢と違ってなぜかホッと安心できたからだ。
そんなアイクは、ボンヤリと庭を眺めるエルにこっそり打ち明けた。
「実はボク、女性が苦手だったんですが、エルとなら仲良くなれそうな気がします」
「え?」
エルは意外そうにアイクの顔を見る。
「女性が苦手ってウソだろ。だってお前かなりの男前だし、さっきもモテまくっていたじゃないか」
だがアイクは首を横に振ると、
「それはボクが当主家の人間だからで、みんな親から言われてボクに近付いてきているだけなのです」
「そんなことねえよ。お前は顔もいいし性格も良さそうだから、もし俺が女なら本気で惚れてたかもよ」
それを聞いたシェリアが大慌てで、
「ななな何を言ってるのよエル、あなた女でしょ! それにこんなタイプが好みなの?!」
「おっと、俺は女だったな」
「もうっ! でもねエル、アイクの言う通り貴族が相手を選ぶ時は、外見や性格より家柄を重視するのよ」
「ふーん、貴族の事情なんか俺は知らんが、アイクはもっと自分に自信を持った方がいいぞ」
「あなたも貴族でしょっ! もう何も喋らないで!」
「そうだ、俺は貴族だった!」
エルが慌てて口をつぐみ、シェリアが冷や汗をかきながらエル説教をする。
そんな二人のやり取りに最初は呆気に取られていたアイクだったが、徐々に二人に魅せられていく。
「二人とも面白い人たちですね。それにボクに色目を使って来ない令嬢なんて本当に珍しい」
「当たり前だ。俺は男になんか興味ねえし、シェリアも結婚が嫌で男から逃げてきたぐらいだからな」
「そうなんですか? でも父上はたぶんお二人のどちらかをボクの結婚相手にさせようと考えていて、ボクにエスコートをさせたのもおそらく」
「領主様が俺をお前の嫁に?! それはさすがにあり得ないだろう。だって俺は平民モガッ!」
「ななな何でもないのよアイク! エルは平民のふりして冒険者をしている伯爵令嬢なのよ! り、領主様がアイクと結婚させたいと思うのも当然よねっ!」
シェリアは必死に取り繕いながら、エルをギロリと睨んだ。そしてコクコク頷くエル。
「でもね、私もエルも結婚するつもりなんかないし、ずっと冒険者として暮らしていくの」
「それはよかった! ボクはまだ結婚なんかしたくないし、お二人とは友人として仲良くさせてください」
「え? ・・・え、ええ。もちろんよ、ねえエル?」
「お、おう・・・これからもよろしくな」
報奨金をもらったらすぐに帰る予定だった二人は、二度とこの城に来るつもりはなかったし、貴族と友人になるなんて考えてもみなかった。
ていうかウソがバレる前に早くここから逃げ出したい一心だったが、そこに上機嫌の子爵が現れた。
「舞踏会は楽しめましたかな、エル嬢にシェリア嬢」
「「領主様っ! え、ええ・・・まあ一応」」
「それは結構。アイクもお二人のことを随分気に入ったようだし、これは期待が持てそうですなジャン殿」
そう言って子爵が振り返った先には、申し訳なさそうな顔のジャンがいた。
「すまんが、お前たちの次の仕事を決めてきた。城に住み込みでアイクの武術指南役を頼む」
「「城に住み込みって・・・えーーーっ?」」
次回もお楽しみに。
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