第48話 「獄炎の総番長」報奨授与式
デルン子爵の居城は領都のちょうど真ん中にあり、冒険者ギルドからは、繁華街を貫く大通りを北に歩いた突き当たりになる。
途中、普段なら近づくことすらしない貴族街を通り抜け、その奥に見える巨大な城壁の向こう側が、獄炎の総番長の本日の目的地なのだ。
堅牢な城門を守る衛兵たちに領主様からの招待状を見せると、見事な敬礼を送られながらエルたちは城内へと堂々と入って行った。
「ふええ・・・何てバカでかい城なんだ」
高い城壁に囲まれた中は綺麗に手入れされた庭園になっており、真正面に見える城の入り口まで騎士団が行き来できるよう幅の広い道が整備されている。
エルは柄にもなく緊張しながら、城に向かってゆっくりと歩いて行った。
◇
エルたちの報奨授与式は城の大ホールで行われる。
そこは貴族の社交場として利用され、子爵領の内外の貴族や騎士たちが毎日のように集まる場所だ。
そんな彼らが見守る中、エルたち4人はデルン子爵から報奨金を直接手渡される運びとなるが、ホール奥には立派な舞台が設置され、領主の威厳と財力をこれでもかと見せつけるようだった。
そんな式典にガチガチに緊張したエルは、3人とともに壇上に上がると、既に舞台中央で待ち構えているデルン子爵の前に横一列で並び、立て膝をついて礼を取った。
そのデルン子爵は40代半ばぐらいの男で、彼の後ろには家族が並んでいる。
事情通のジャンによると、後継ぎである長男は騎士団長として現在遠征中。それ以外の家族は全員揃っているとのこと。
ちなみに今いるのは、子爵の妻と長男の嫁、年の離れた次男とまだ嫁いでいない令嬢たちだそうだ。
その本家の右側には側近貴族がずらりと並び、ベリーズの父親であるアレス騎士爵もその中にいる。
一方左側にはデルン子爵家の分家筋が並んでおり、あのナーシスがまるで品定めをするかのように、エルたちを凝視していた。
(うわあ・・・ナーシスの野郎がこっちを見てるぞ。でもアイツ、この俺に気づいてないみたいだな)
(エルの顔を知らないからでしょ。でもアイツ、いかにも貴族らしい尊大な態度で、一番嫌いなタイプね)
(こらお前ら、領主様の前でコソコソ話をするな!)
(すまんジャン・・・つい)
だがデルン子爵はエルたちの話が聞こえていないようで、特に気にすることなく4つの皮袋を用意した。
そしてナーシスと同じような表情で、品定めをするように一人一人の顔をじっくり眺めていく。
左端のカサンドラから始まり、シェリア、エルと続き、子爵はとても満足そうな笑顔を浮かべたが、右端のジャンと目が合った瞬間、子爵はギョッとした表情で呟いた。
「・・・まさかあなたは」
だがジャンが咳払いをすると、子爵はごくりと唾を飲み込み、首をコクコクと縦に振った。
(何だ今のは? ジャン、今の領主様の反応って)
(エル、私語を慎め)
(お、おう・・・)
だが周りの貴族たちも不思議に思ったらしく、ホールがザワザワとざわめきたつ。
それでも子爵はそ知らぬ顔で、何もなかったかのようにそのまま授与式を開始した。
「コホン・・・ではこれより、盗賊団ヘル・スケルトン討伐で多大な功績のあった冒険者パーティー、獄炎の総番長の報奨授与式を行う。リーダーのエル前へ」
子爵の言葉に、エルはガチガチに緊張しながら数歩ほど歩いて子爵の前に立った。
ポンコツロボットのように右腕と右足を同時出してしまい、会場からはクスクスと笑い声が聞こえる。
だがエルを間近で見た子爵は、首もとの紋章を見て思わず声が出てしまった。
「ヒューバート家の紋章っ!」
その瞬間、驚愕の表情でエルを凝視するナーシス。そしてそれを見たジャンが、ナーシスを警戒する。
(さあナーシス、エルに手を出せるものなら出して見やがれ。返り討ちにしてやる)
ジャンの意識は完全にナーシスに集中していたが、興奮を抑えきれないデルン子爵がエルの横を通り過ぎると、ジャンの傍に駆け寄ってその耳元で尋ねる。
(このエルという娘は、まさかあなたの・・・)
子爵の予想外の動きにギョッとするジャンと、どよめきたつホールの貴族たち。子爵がエルに関心を寄せることなど全く想定してなかったジャンは、とっさに誤魔化そうとするが、
(いや違・・・うーむ・・・確か・・・あれだ)
何も考えてなかったため言葉に詰まってしまった。
そして子爵の行動が全く理解できないのは、エルや周りの貴族たちも同じで、ホールのざわめきが次第に大きくなる中、焦ったジャンが苦し紛れに答えた。
(お、俺が聞いた話では・・・コイツはヒューバート伯爵の嫁の兄の娘の・・・つまりは姪なのか?)
そんなジャンの答えに、満足そうに元の立ち位置に戻った子爵。だが今度はシェリアがジャンの隣に詰め寄ると、耳元で文句を言い始めた。
(そんな適当なこと言ってどうするつもりなのっ!)
(すまんシェリア。子爵と周囲の圧に負けて、つい)
(貴族相手にウソがバレたら、私たち全員処刑されてしまうわよ!)
(その時はその時で・・・デルン領からトンズラしてしまえばいいんじゃないか)
(私たちはそれでいいけど、エルは奴隷紋があるから領地を出られないでしょ)
(ならデニーロ商会をぶっ潰して、エルの所有権を奪ってしまうか)
(アホかーっ! そんなことしたら、今度は私たちが盗賊団に指定されて、討伐クエストになるでしょ!)
(それは嫌だな・・・。よしこうなったらエルが奴隷の身分を買い戻すまでウソにウソを塗り重ねていくしかない)
(だから私は、貴族と関り合いになるのが嫌だったのよぉぉぉ・・・ガクッ)
◇
上機嫌のデルン子爵は急にそわそわし出すと、4人分の報奨金をまとめてエルに手渡し、さっさと式典を終わらせてしまった。
そして舞踏会の開始を宣言する。
すでに食事は用意されており、貴族たちがホール中央に集まってダンスを始めると、エルたちは子爵に呼ばれて家族との顔合わせをさせられた。
なおエルとカサンドラは、何を聞かれても絶対黙っているようにと、ジャンとシェリアの二人から固く口止めされている。
そしてジャンが代表してみんなを紹介する。
「この娘がエル・ヒューバート伯爵家令嬢で、こっちのデカイ奴はエルの護衛に当たっている親衛隊長のカサンドラだ。オーガとの混血なので馬鹿力があって腕も立つ。そしてこのポンコツが・・・お前何だっけ。お前は自分で自己紹介しろ」
「ええっ、急に話を振らないでよっ! わわわわ私はシェリア。見ての通りただの平民です・・・」
目がキョロキョロと宙をさまよい、いかにも挙動不審なシェリアに子爵がツッコミを入れる。
「ウソをつくのはやめたまえシェリア君」
「ひーーーっ!」
「キミはどこからどう見ても貴族令嬢ではないか! しかもその赤い瞳はまさかメル・・・」
「ちちちち違うわよっ! そう、何を隠そう私の正体は・・・えっと何にしようかな・・・あそうだ、しぇしぇシェリア・ポアソンです・・・」
挙動不審に拍車がかかったシェリアだったが、満面の笑みを浮かべたデルン子爵が、
「ほう、キミはあのポアソン家の令嬢だったのか!」
「・・・えっ? 有名なんですかその家名」
「そりゃあ、我が帝国でその名を知らぬ者がいないほどの名門貴族じゃないか。謙遜はやめたまえ」
「えええええっ?!」
白目を剥いて固まってしまったシェリアと、残念な子を見る目でため息をつくジャン。
何やってんだ、この二人は・・・。
一方デルン子爵からも家族を紹介されたが、特に印象に残ったのは二人だった。
一人は今年13歳になる子爵家次男のアイクだ。
サラサラした栗色の髪と青く澄んだ瞳が特徴的で、まだあどけなさの残る美少年だ。
「よろしくエル、シェリア、カサンドラ」
ニッコリ微笑むその顔はまさに天使で、男臭さの全くない中性的な魅力を放っていた。
「おう。よろしくなアイク」
「よよよよよろしく」
「丁寧なご挨拶かたじけない、アイク殿」
そしてもう一人は長男の嫁であるスザンナだ。
彼女は子爵から紹介されてもエルたちと目を合わそうともせず、簡単にお辞儀をすると、足早にその場を立ち去ってしまった。
「何だあの人は。俺たちのことが気に入らないみたいだな」
「そうね。でもどうしてかしら・・・」
だが子爵の奥さんや娘たちは歓迎してくれており、当たり障りのない挨拶をした後は、そそくさとホール中央に去っていった。
そしてデルン子爵も、
「後は若い者たちに任せて、我々はここで失礼する。アイク、こちらのお嬢様方をしっかりエスコートするんだぞ、いいな」
「分かりました父上。では行きましょうか、みんな」
そうしてデルン子爵はジャンの腕を引っ張って会場を後にし、アイクはエルたちをエスコートしてホール中央へと向かった。
そんなエルたちを見ながら、ナーシスは悔しそうに顔を歪めた。
「あれがお前の言っていた女魔導師か。まさかあの女の仲間だったとはな」
「遠くてよく聞こえませんでしたが、どこかの名門貴族家のご令嬢だったようですね」
「らしいな。そうするとさすがに俺の妾にするわけにもいかんし、さりとて本家の奴らにむざむざとくれてやるのも面白くない」
「ヘル・スケルトンがいればあの女どもを襲わせたんですがね」
「だがその手はもう使えん。・・・さてどうするか」
次回もお楽しみに。
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