第4話 冒険者ギルド
デニーロが去って、静けさを取り戻した貧民街の路地裏。
蜘蛛の子を散らすように逃げて行った奴隷長屋の住人たちは、だが、自分たちの家から水や布を持参してエルの家に勝手に押し入ると、オットーとマーヤの手当てをしたり家の中を片付け始めた。
「お前ら・・・」
何だかんだ言っても、貧民街の中でさえ差別されて虐げられている最下層の奴隷階級は、互いに主人は違えど助け合わないと生きていけないのだ。
そんな彼らは、最も悲惨な境遇である奴隷少女が、ぶくぶくと太った大商人の中年男から奴隷解放を約束させたことに、内心で拍手喝さいを送っていたのだ。
もちろんエルも彼らの心情を理解しており、家にとじ込もって世間知らずの自分が2000Gもの大金を稼ぎだすための方法を、彼らに聞いてみることにした。
「なあみんな、2000Gを手っ取り早く稼ぐ方法を知らないか?」
するとオッサンの一人がエルに顔をぐいっと近づけると、ジロジロと見た後に感心して言った。
「エル、お前はいつも煤だらけで小汚ねえ野郎だと思っていたが、女であることを隠すためだったんだな」
「母ちゃんから、そうするように言われてたんだ」
「俺たちもすっかり騙されてたよ。だがこうして近くで見るとかなりの美人に見えるし、娼婦として10年もしっかり働けば2000Gぐらい稼げるんじゃないか」
「娼婦だと? それが嫌だから自分を買い戻すのに、娼婦になってどうするんだ。アホか!」
そう言ってエルがオッサンの胸ぐらを掴むと、
「ひーっ! じょ、冗談だよ・・・」
ビビったオッサンは慌ててエルから離れたが、よく見るとこいつはさっきデニーロの巻き添えを食らって隣の家の軒下で気絶していた奴だった。
そんなお調子者を担いで現場から離れた別のオッサンが、真面目な顔をして答えた。
「2000Gみたいな大金、俺たち奴隷風情が一生かかっても稼げる金額じゃねえ。だが、もしそれを稼ごうとするなら危険だが一つだけ方法がある」
「あるのか! 危険でもいいから教えてくれ」
「冒険者になることだ。それもその辺りにいるような初中級クラスなんかじゃなく、上級クラスのだ」
「上級クラスの冒険者か・・・だがどうやって稼ぐ」
「高額報酬のクエストをこなしていくのが王道だろうが、報酬が高いほど危険が伴い命を失う冒険者も後を絶たないと聞く」
「つまり命がけで金を稼ぐってことだな」
「エル、お前さんは昔ギルドで働いてたからよく知ってるだろう」
「いや俺は下働きというか、冒険者の装備の手入れをしていただけなんだ」
「・・・ナギ爺さんの工房だったな。あそこは少し離れたところにあるからな」
エルは少し考えたが、2000Gもの大金を稼ぐにはやはり冒険者が手っ取り早いだろう。
もちろん危険は伴うが、今は昨日までのただの奴隷少女ではない。無敗の番長・桜井正義なのだ。
オットーとマーヤはエルを心配そうに見つめているが、彼女はニッコリと笑うと大きな声で宣言した。
「よし決めた、俺は冒険者になる。そして、さっさとデニーロの野郎に2000Gを叩きつけて家族全員を奴隷から解放する」
◇
翌朝、さっそくエルは冒険者になるための行動に移した。
今日からギルドに通うのは長女エルの仕事であり、それぞれ長男と次男となったジェフとヨブは、エルの代わりに下の弟たちの世話と家事を行うことになる。
だがオットーとマーヤは、奴隷から解放されるまではデニーロの元で働かなければならず、特に屋敷の下働きをしているマーヤが心配だったエルは、デニーロの屋敷に行ってくぎを刺しておくことにした。
デニーロの屋敷に到着すると、門番がマーヤだけを通してエルを門前払いしようとした。そんな門番がチラっと目線を移した先には、屋敷の窓からこちらを窺うデニーロの姿があった。
エルは渾身の力を込めると、思い切り屋敷の門扉を蹴とばして重厚な木製の扉に穴を開けた。
「おいデニーロ! 親父とお袋におかしなマネをしやがったら、今度はお前の身体に風穴を開けるぞ!」
エルはそう言って凄むと、デニーロは真っ青な顔でカーテンを閉めて中に籠ってしまった。それを見た門番がやはり真っ青な顔でエルを中に通すと、マーヤの作業場のある小屋まで案内してくれた。
エルはそこで威張り腐っていた奴隷仕置人に「丁重な挨拶」をすると、最初はムチを振るってエルを威嚇していた仕置人も、
「エルさん、冒険は危険ですのでくれぐれも気をつけて行ってらっしゃい」
と言って、顔をピクピクひきつらせながら笑顔でエルを送り出してくれるほど「仲良く」なった。
「まあ、これだけ脅しておけば滅多なことはしないだろう」
エルは一安心すると、数年ぶりとなる冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドは貧民街からそれほど遠くない街の繁華街にあり、奴隷階級の子供はギルドの裏にある窓口で仕事をあっせんされる。
ギルド自体は徹底した成果主義で、奴隷差別なんか一切しないのだが、冒険者の中にはあからさまに奴隷を蔑む者もいて、トラブルを避けるためにそういう仕切りになっている。
それに裏の窓口は、冒険者たちが狩ってきたモンスターや野獣の肉を報酬と引き換えたり、壊れた装備の修理を依頼する受付があるため、奴隷の子供の多くはその下働きをして報酬を得ていたのだ。
昔のエルもそういった奴隷の子供たちに混ざって、冒険者の装備を作業場まで運んだりそこで修理の手伝いをしていたのだ。
さて久しぶりにくる冒険者ギルドは昔と全く変わっておらず、エルは以前のように裏の窓口に顔を出すと馴染みの受付嬢のエミリーが早速声をかけてくれた。
「あれえ? もしかしてエル君? しばらく見ないうちに随分と大きくなったわね。縦にも横にも・・・」
エミリーが驚くのも無理はない。エルは奴隷にしてはかなり背が高く、また、いつものように胸や体形を隠すためにボロ切れをたくさん巻き付けていたので、ノッポで小太りの奴隷少年という風変わりな出で立ちなのだ。
そんなエルも懐かしそうに、
「弟たちの代わりに今日からギルドに復帰させてもらうよ。エミリーさんも相変わらず元気そうだね」
「私は元気だけが取り柄だから。それより今日は何を手伝ってくれるの。また防具の手入れ?」
「いや俺はもう15だから子供じゃないし、冒険者として稼ぎたいと考えている。今日はクエストを探しに来たんだ」
エルがそう言うとエミリーは少し残念そうな顔をして、
「エル君は身体は大きくなったみたいだけど、そんな細い腕じゃ力もないし冒険者は難しいわよ。それより前みたいにナギ爺さんの所で下働きをしてくれた方が私たちは凄く助かるんだけど」
「それじゃダメなんだ。俺は2000G稼がなくちゃいけないんだ」
「2000G! そんな大金一体何に使うのよ」
「デニーロ商会から家族全員分の奴隷契約を買い戻したいんだ」
「そういうことね・・・でも2000Gって奴隷の相場よりかなり高額だけど、もしかして騙されてない?」
「普通はもっと安いのか?」
「奴隷の年齢や状態にもよるけど100Gも出せば普通に買えちゃうし、どんなに高くても300Gが相場ね。エル君の両親を一番いい時期に買ったとしても、600Gを超えることはまずないと思う」
「2000Gは高すぎるのか・・・だがデニーロの野郎を問い詰めたけど、金額自体にウソはなさそうなんだ」
「ふーん、じゃあ何か特別な事情があるのかもしれないわね。まあいいわ、いずれにせよそんな大金、冒険者じゃないとまず稼げないわね。そういうことならエル君のライセンスを更新してあげるから、前のはちゃんと持って来た?」
「ああ、これだろ」
エルは昔使っていたライセンスをエミリーに手渡すと、彼女は冒険者台帳をめくりながらエルの登録情報を確認する。
「エル君、エル君・・・と、あったこれだわ。エル君は子供だったから最低のFランクだけど、8歳から12歳までギルドで働いてくれたし、今年で成人を迎えているから規定に基づいてEランクに昇格よ。おめでとう!」
「Eランクか! それだとどんなクエストが受けられる?」
「ソロなら同じEランクのクエストしか受けられないけれど、パーティーを組めばメンバーの平均ランクの一つ上まで受注が可能よ。例えばエル君がCランク冒険者と二人でパーティーを組めば、平均がDランクになるからその一つ上のCランクのクエストの受注が可能になる」
「つまりソロより、上位ランクの冒険者と組んだ方が高額クエストへの近道ということか」
「そういうこと。エル君はまずパーティーを組んでくれる冒険者を探すとこから始めないといけないけど、みんなは正面入り口の受付前の飲み屋にいるから、そこで話しかけるといいわ」
「正面入り口か。いよいよ冒険者って感じがしてきたな。じゃあ早速・・・」
「ちょっと待って。その前にちゃんと装備を整えなさい。そんなボロボロの普段着じゃあ奴隷階級の少年丸出しだし、誰も仲間になんか入れてくれないわよ」
エルは自分の服装を確認する。
「・・・それもそうか。でも俺には装備を買う金なんかないし」
「とりあえずナギ爺さんに相談してみましょう。もしかしたら中古の防具が余ってるかもしれないし」
「ナギ爺さんって、随分会ってないけどまだここで働いているのか」
「バリバリ現役よ。今から行ってみましょう」
そうしてエルは、エミリーと二人でナギ爺さんの工房へと向かった。
次回「冒険者エル誕生」。お楽しみに。
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