第43話 エルvs頭目
盗賊団「ヘル・スケルトン」頭目ゴゼルは、人間とオークの混血だった。
2メートルをはるかに超えるその男は、力士よりも二回りほど大きい巨体を持ち、緑がかった浅黒い肌とブタのような醜悪な鼻が、見る者に恐怖を与えた。
そのゴゼルの部屋に幹部の一人が報告に入る。
ゴゼルはゆっくり起き上がると、隣で傅く女たちを押し退け、巨大な天蓋付きベッドからのっそりと出てきた。
「アレス騎士団が村を出発したようです。我々もそろそろここをトンズラしませんと」
「そうだな。奴らと出くわす前にアジトを捨てるぞ」
「へい」
脱出の指示を受けて急いで部屋を出て行った彼は、元は別の盗賊団の幹部だった男だ。
ヘル・スケルトンは大小様々な盗賊団を吸収してその勢力を急拡大してきたが、それを成し得たのはゴゼルの容赦ない暴力だった。
目障りな盗賊団を見つけるとゴゼルは因縁をつけて頭目同士のタイマンに持ち込んだが、彼に勝てる人間など存在せず、相手の頭目を見せしめのため徹底的に嬲り殺すと、その子分たちに絶対服従を強いた。
そんな悪評を聞いてタイマンに応じなかった盗賊団は徹底的に目の敵にされ、しのぎを邪魔されたり下っ端を次々と引き抜かれて組織が干上がり、内部崩壊していった。
こうして、デルン子爵領内の主だった盗賊団を支配下に置くと、さらなる組織拡大を目指して次の領地に移動しようと考えていた。
ちょうどその時耳にしたのが、アレス騎士団の主力が遠征に出て不在だという噂だった。
ゴゼルは防備が手薄になった村に目をつけ、収穫直後のタイミングで襲って、次のアジトへ向かうための食料を確保しようとしたのだ。
その計画も成功し、後はこのアジトを引き払うだけとなったのだが、
「この女たちにも飽きたし、ここに捨てていくか」
「「「ひいいいいっ!」」」
それを聞いた女たちはベッドの上で震え上がった。
彼女らはアニーたち同様、別の村から拐われてきた若い女たちで、ゴゼルの相手をするためにこの部屋で飼われていた。
ここにいる間は、生かしてはもらえる。
だがここを出されれば、おびただしい数の手下たちの相手をさせられた後、最後は亡骸を森に捨てられて獣たちの胃袋に収まることとなる。
だがそれを嫌がって頭目の気にさわった瞬間、頭を握りつぶされて無残な死を迎えることになる。
そんな哀れな女をもう何人も見て来た彼女たちは、自分に残された時間がそれほど長くはないことを理解して涙を流した。
そのゴゼルはオークに拐われた人間の母親から生まれた混血児であったが、純血のオークより成長が遅く身体が小さかっため、オークの集落では酷いいじめを受けていた。
だから自分を産んだ母親を恨み、自分をいじめるオークを恨み、この世の全てを呪った。
他のオークよりも遅く成人を迎え身体も大きく成長したゴゼルは、母親を殺すとオークの集落に火を放って逃亡し、人間社会に潜り込んだ。
そして持ち前の暴力によって裏社会でのしあがり、小さな盗賊団から始まったヘル・スケルトンは、その組織を急拡大させていった。
その活動はまさに悪逆非道であり、強盗や殺人は日常茶飯事で、誘拐や人身売買、薬物の販売などありとあらゆる悪事に手を染め、小さな街が崩壊したこともあった。
ゴゼルは自分の欲望を満たすことに何の躊躇もなかったし、何より人間そのものを憎み、そして復讐をしたかったのだ。
そんなゴゼルが重い腰を上げて、このアジトから去る準備を始めた。
その手始めが女の始末だったのだが、巨大なベッドの隅で震える3人の女に手を伸ばすと、一人の身体を掴んだ。
「・・・た、たすけて」
顔面蒼白で震える女の顔を、嗜虐的な笑みで舐めるように見るゴゼル。
自分の母親と同じ人間の女に絶望を与えるのが何よりの娯楽だったゴゼルの背後で、だが突然部屋の扉が開くと、黒い服を着た女が中に入って来た。
その女はゴゼルがこれまで手に入れたどの女よりも美しく、情欲をそそる魅惑の肢体の持ち主だった。
だがその手には剣が握り締められており、彼女が足で蹴り飛ばしたのは、自分の配下である盗賊団幹部の一人だった。
その幹部は全身の骨が砕けて手足があらぬ方向に曲がり、血走った眼でゴゼルに助けを求めた。
「・・・ゴゼル様・・・たす・・・けて・・・」
だがゴゼルは侮蔑の目で男を見下すと、その頭を足で踏みつけて潰した。
そしてその巨体からは想像もつかないような素早さで身を翻すと、ベッドの下に隠していた巨大な金属製のこん棒を取り出し、その女の頭に振り下ろした。
ガキーーーーーーーンッ!
だがゴゼルが次に見たのは、自分の一撃を剣で防いだ女の姿だった。しかも片手で・・・。
「バカな・・・たかが女にこんな馬鹿力が出せるのか。くそっ!」
頭に血が上ったゴゼルは、何度も何度もこん棒を振り下ろして女を叩き潰そうとしたが、そのことごとくを剣で跳ね返されていく。
「この女、強い・・・」
女はゴゼルがこれまで戦ってきた裏社会の人間の誰よりも強く、まるで故郷のオークの集落にいた連中を思い出させるような剛腕の持ち主だった。
その瞬間、幼い頃のトラウマがゴゼルの頭に蘇り、オーク族に対する劣等感と憎悪、そして自分を産んだ母親への屈折した憎しみが一気に沸き起こって、完全に冷静さを失ってしまった。
「うおおおおおおっ!」
そしてベッドで震えていた女をわしづかみにして、正面の女に叩きつけた。
「きゃーーーっ!」
黒い服の女は慌てて女を抱きかかえるとバランスを崩し、その隙にゴゼルは力一杯こん棒をスイングして女の脇腹に入れた。
「ぐふっ・・・」
見事命中して女の表情が苦痛に歪むが、倒れることなく再び剣を構える。
だがようやく女に攻撃を与えることができたゴゼルは、残りの女も次々と投げて行く。
だが3人目の女が受け止められて全員が部屋から逃げ出した途端、黒い服の女が突然視界から消え、次の瞬間ゴゼルの右腕が灼熱の痛みを発した。
そして彼の目に映ったのは、自分の右腕がこん棒ごと切り落とされ、床に転がった事実だった。
「うがーーーーっ!」
激痛に思わず叫び声を上げるゴゼルだったが、彼がその短い人生の最後に認識できたのは、女の剣が自分の首筋を右から左に通り抜けたことだった。
◇
エルは頭目を始末すると、剣にこびりついた血糊を振り払ってすぐに部屋を出た。
この辺りは他の幹部たちの部屋も集まっており、逃げられる前に全員始末しなければならないからだ。
それと入れ替わるようにカサンドラが部屋に入ると、目を大きく見開いて絶命したオークの首を、無造作に荷物袋に入れた。そして、
「オークと人族のハーフか。同じ混血なのに私とこの男では一体何が違ったのだろうな・・・」
そう独り言を漏らすと、カサンドラはすぐにエルの後を追った。
そして今度はシェリアが頭目の部屋に入ると、ベッドからシーツを剥ぎ取り、それを適当な大きさに切って女たちに手渡した。
「そんな布でも、何もないよりはマシでしょ。ここから生きて帰りたければ私たちについてらっしゃい!」
「「「はい!」」」
周囲の部屋を全て調べ終えたエルたちは、幹部のほとんどが既にアジトから逃げてしまった事実を知る。
「ザコどもを相手にしていたら時間がかかりすぎる。幹部は一人残らず血祭りに上げなければならないから最速で地上に戻るぞ!」
「了解だ。お前さんのやりたいように暴れろエル!」
「このカサンドラ、地獄の果てまでお供します!」
「ちょっと待ちなさいよエル! 助けた女の子たちが10人に増えたんだから、みんなを待ってあげて!」
「おっとそうだった・・・ならシェリア、お前のバリアーを全開にして、全員で地上まで走り抜けるぞ!」
「いいわよ。ようし、このシェリア様のバリアーの固さを思い知りなさい!」
次回クライマックス。お楽しみに。
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