第41話 エルの願い
エピソードの前半には凄惨なシーンが含まれているため、苦手な方はご注意ください。
敵に気づかれずにアジトに潜入した獄炎の総番長。
そこは遥か昔に掘り尽くされた鉱山の跡地であり、無数の洞穴がアリの巣のように広がり、招かれざる客を迷宮の檻に閉じ込めてしまうダンジョンだった。
「オークどもの巣穴に似ているな」
だが先頭を行くカサンドラがそうつぶやくと、後に続く3人に的確に指示を出していく。
「ここを行けばアジトの最深部にたどり着けるだろうが、その前に前方から来た盗賊たちをやり過ごそう。すぐに身を隠してくれ」
入り口付近こそ広い空間が広がっていたが、奥に入るにつれ坑道は狭くなっていく。その代わり側面には枝分かれした横穴が多数点在し、身体の大きなカサンドラでも容易に岩陰に隠れることができた。
そんな4人が上手く盗賊をやり過ごすと、再び坑道を奥へと進んでいく。このカサンドラの動きは鬼人族同士の戦いで自然と身についたものらしく、動きに全く無駄のない見事なものだった。
途中から側面の篝火がなくなり辺りは真っ暗闇になるが、エルたちはランプに火を灯すことなくカサンドラを頼りに進んでいく。
前方に明かりがちらつけば、それは盗賊が手に持つランプの灯りであり、チャンスと見ればカサンドラは一気に間合いを詰め盗賊を一撃の元に葬り去った。
そうしてかなり奥まで侵入を果たしたところ、前方から盗賊たちの話し声が微かに聞こえた。
エルたちが耳を澄ます。
「・・・おい、どうだったよ」
「良かったぜ。若い女の方はもう使い物にならないが、もう一人の女はまだまだいけるぞ」
「ちっ、スッキリした顔しやがって。くそっ前のヤツラめ早くしろよ!」
「そう焦るな。次はお前の番だ、楽しんで来い」
盗賊たちの言葉にエルは一気に血の気が引き、シェリアは顔を強張らせてエルの右腕を強く掴んだ。
「ちくしょう・・・」
今そこで何が行われているのか考えるだけで身の毛もよだつエルだったが、収穫祭で見たアニーの頼もしい姿や、幸せそうなサラの笑顔が頭に浮かぶと、血が沸騰して怒りが爆発した。
「アイツら・・・ぶっ殺してやる!」
エルは前に立つカサンドラを押し退けると、暗闇の中を声のする方向に向けて走りだした。そして下品に笑い転げる盗賊たちの前に躍り出る。
「誰だ貴様は!」
盗賊たちがランプの灯りで照らし出した先には赤い鎧を来た女の姿があった。
慌ててナイフを構えた盗賊たちだったが、一瞬で腕を斬り落とされると、片方の男の頭が鈍い音を立てて地面に落ちた。
「ひいいっ!」
残ったもう一人が腰を抜かして、地面にしゃがみこみながら必死に後退りをする。
「だ、誰か来てくれ! 賊が侵入したぞーっ!」
「うるせえ! 賊はお前だろうが!」
エルが男にトドメを差すと、だが最後の断末魔を聞いた盗賊たちが次々に集まって来た。そして血の海に沈んだ仲間たちの姿に、赤い鎧の女騎士の正体を口々に叫んだ。
「アレス騎士団が侵入したぞ! やつらもうここを嗅ぎつけやがったんだ」
「いや待て。こいつは女騎士だ・・・うひっ。生け捕りにしろ、絶対に殺すんじゃないぞ」
「うひひひ、飛んで火に入る夏の虫ってか? 普通の女はすぐぶっ壊れちまうが、女騎士なら手荒に扱っても最後までいい声で泣いてくれそうだな」
下品な笑みを浮かべながら、快楽を求める男たちがエルに殺到する。だがエルのすぐ後を追いかけて来た3人が間に割って入る。
「エル! ここは俺に任せて中の女を救出しろ!」
「ジャン! すまないが頼んだ。カサンドラはジャンと一緒にここに残れ。そしてシェリアは俺と一緒に中に突入するぞ!」
「承知したエル殿、ここは死守する!」
「行きましょうエル! 早くみんなを助けなくちゃ」
エルとシェリアが横穴に入っていく。
中は細い坑道がくねくねと続き、その突き当りにみすぼらしい木の扉が現れる。
だが扉の向こう側からは、興奮した男たちの息づかいと弱々しい女のうめき声が聞こえ、エルは扉を開けて中に突入した。
壁に掛けられたランプの灯りに照らし出されて部屋の様子が浮かび上がってくると、何人もの男たちによって作り出されたおぞましい光景にシェリアが思わず悲鳴を上げた。
部屋の中央付近には、傷だらけのサラが無惨な姿で横たわっており、部屋の奥では数人の男がアニーの上に群がっていたのだ。
「くそっ! ・・・・間に合わなくてすまなかった。だがこいつらだけは」
エルの姿にギョッとした男たちは、アニーの上から飛び起きると脇に置いた自分の得物を掴もうとする。だがエルの一閃が先に到達すると、盗賊たちは反撃する間もなく血の海に沈んでいった。
そんな生き地獄のような場所で、かすかにうめき声を上げたアニーは、エルの姿を認識すると震える手で必死に助けを求めた。
「・・・エル、ちゃん・・・助け・・・て・・・」
「ああ待ってろ。今すぐ助けてやるからなアニー」
エルは血だまりからアニーを引きずり出し、サラの隣に並べると、
「シェリア、光魔法ヒールをもう一度俺に教えろ! 早くしないとこの二人が死んでしまう!」
「もちろんよ! エルお願い、この二人を助けてあげて・・・」
◇
【キュア キュア キュアリン メディ メディ メディシン プリティーパワーデ ナイチンゲールニナアレ 光属性初級魔法・キュア】
人をバカにしたようなこの呪文も、新体操のような謎振付けも、今のエルには全く気にならなかった。
エルは、シェリアの動きに合わせて身体を動かし、シェリアの言う通りに真剣に呪文を詠唱する。だが、
「ええい、鎧も兜も邪魔だっ!」
装備を脱ぎ捨てたエルは、再びシェリアに合わせて必死に魔法を詠唱する。それでも魔法は失敗し、もう一度最初から挑戦する二人。
その何度目かの挑戦で、唯一装着していた右腕の籠手が白く輝き出すと、とうとう4人の頭上に魔方陣が出現した。
純白のオーラが部屋中に充満すると、アニーとサラの身体の中へと吸い込まれていく。
そして輝きを放ち始めたアニーを見たシェリアは、
「すごい・・・これほどのヒールは、私の人生の中でもほとんど見たことがないわ」
シェリアが驚くのも無理はない。
うめき声しか上げられないほどボロボロに傷つけられたアニーの身体から、あっという間に傷が消えてしまったのだ。しかも体力まで回復したのか彼女はゆっくりと身体を起こした。
「おやどうしたことだい・・・身体から痛みが完全に消えちまったよ・・・そうかい、エルちゃんが魔法で治してくれたんだね。本当にありがとよ・・・」
そう言ってエルに礼を言ったアニーだったが、頬を涙がこぼれ落ち、その言葉とは裏腹にとても悲しそうな顔をしていた。
そんなアニーとは対照的に、サラの身体には何の変化も起きなかった。
慌ててサラの状態を確認したシェリアは、泣きそうな顔でエルを見ると首を静かに横に振った。
「間に合わなかったのか・・・ちくしょう! こんな酷い話があっていいのかよ!」
全身の力が抜けて膝をがっくりと落としたエルは、両手を地面に叩きつけた。
ガイや殺された村人たちは、毎日をただつつましく暮らしていただけだった。
なのにある日突然、盗賊たちに襲われ、彼らの欲望のままに全てを奪われ、その未来までもを永遠に失ってしまった。
そして幸せな新婚生活を送っていたサラが、盗賊たちの快楽のためだけに、今その短い生涯を終えた。
果たしてこの世界に正義など存在するのだろうか。
「こんな理不尽なことがあるか! もし神様が本当にいるのなら今すぐサラを生き返らせてみやがれ!」
エルは静かに立ち上がると、目を見開いて思い切り天を睨みつけた。
その時だった。
エルの頭上に小さな魔法陣が浮かび上がると、それが七色のオーラをまとって輝き始めたのだ。
オオオオオオオン・・・
「この魔力って・・・聖属性? あり得ないっ!」
そしてシェリアはエルの姿を見て呆然とする。
その途方もない魔力によって髪が金色に輝き出すと緑色の瞳が周囲のマナを吸収して渦を巻き始めた。
何より頭上の魔法陣は、シェリアの学んだ現代魔法理論の枠を超えた、古代魔法のそれだった。
「これってまさかっ!」
デルンに古くから伝わる妖精伝説。
それはシェリアが学んだ魔法学園の古い書物にも同様の記述があり、それによると「妖精の祝福」とは、妖精たちがその生命力と引き換えに引き起こす奇跡に他ならなかった。
そしてエルに祝福を与えた妖精は間違いなくインテリであり、彼がここにいない今、その奇跡を起こしているのはエル本人なのだ。
「エル! その魔法を使っちゃダメーっ!」
だがエルの魔力は際限なく増大していき、それと引き換えにエルの生命力はあっ言う間に消えて・・・
・・・いくはずだった生命力に何の変化もない。
「ウソ・・・文献が間違っていたってこと?」
そしてエルが右手を突き出すと、シェリアも聞いたことのない呪文を突然唱え始めた。
【藍曝傴愿橅號巖瞥毘臀蕃藍號巖瞥曝傴愿橅毘臀蕃繕彈毳琵烙・・・】
「何なの、一体何が起きようとしているの・・・」
シェリアはもう訳が分からず、エルの行う一部始終をただ見ているしかなかった。
やがて部屋一杯に安らぎに満ちた七色のオーラがあふれると、エルがその魔法を発動した。
【聖属性魔法・レイズ】
その瞬間、神の祝福が如き荘厳な光が満ちあふれ、サラの身体がゆっくりと宙に浮かび上がる。
そして心臓の辺りに神の光が収束していくと、光の柱が彼女の身体を貫いた。
オオオオオオオオオオオオンンンン!
テノール歌手のような不思議な音に包まれ、サラの身体がゆっくり地面に着地する。
ドクンッ・・・ドクンッ・・・
サラの心臓が再び鼓動を取り戻し、彼女がゆっくりと目を覚ました。
その一部始終を茫然と見届けたシェリアには、だがたった一つだけ確信できることがあった。
「エルの正体は、やっぱり・・・」
次回「正義の鉄槌」。お楽しみに。
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