第40話 捜索
村に到着したエルたちは、ハンスを馬から下ろすと村の広場に集結するアレス騎士団の方へと向かった。
村は徹底的に荒らされ、広場までの僅かな道のりにも殺された村人たちが無惨な姿で放置されたままだ。
どうやら高台に避難した村人はまだ村に戻ってきていないようで、この惨状を見ればきっと深い悲しみに包まれるに違いない。
そんな中、エルはガイを見つけた。
すぐに馬を飛び降りたエルは、両手を合わせて彼の冥福を祈ると、近くの納屋から大きな麻袋を拝借して彼の身体にそっとかけてあげた。
「ガイ、お前の仇は必ず俺が討ってやるからな」
村の広場にはベリーズとタニアの姿もあり、エルはタニアに声をかけた。
「おーいタニア! ヘル・スケルトンのヤツラがどこに逃げたか、知っていたら教えてくれ」
まだ村に着いたばかりで、馬上から他の騎士たちに状況を確認していたタニアは、エルたちに気づくと手を振って答えた。
「エルも援軍に来てくれたのか! 盗賊団のアジトはこれから探すのだが、今はデルン騎士団の到着を待っているところだ」
「騎士団でもアジトの場所は掴んでないのか。ところでなぜベリーズがここにいる。危険じゃないか」
するとベリーズがいつになく真剣な顔で、
「ウチの領地が荒らされて、本家の私が何もしないわけには行かないでしょ。これが私の初陣になるけど、相手にとって不足なしよ」
少し鼻息の荒いベリーズにため息をつくタニアだったが、エルに事情を説明する。
「知っての通り、アレス騎士団の本体が遠征中で人手が足りん。今回は主君家の手を借りる結果となってしまったが、誠意を見せるために当主のアレス騎士爵以下本家の騎士全員が本作戦に参加することとなった」
「なるほど、貴族社会にも仁義ってやつがあるのか。それでいつ出発するんだ」
「デルン騎士団の到着まで今しばらく時間がかかるとのことだ。それまでは斥候部隊を使って、雨で緩んだ街道に残された荷馬車のわだちを追跡させている。おそらく山狩りになると思うので、頭数が揃うまではここを動けん」
「わだちが残っているんだな・・・なら俺たちは先にアジトに向かっているぞ」
「はあ?! 何をバカなことを言っている。奴らは相当な規模の盗賊団で我々だけでは足りないから援軍を待っているんだそ。お前たちが単独で向かっても死にに行くようなものだ!」
「それじゃ遅い。村の女が連れて行かれ、今も命の危険が迫ってるんだ」
「おい、ちょっと待てエル!」
タニアが慌てて止めたが、エルはシェリアの後ろに飛び乗るとすぐに馬を走らせ、ジャンとカサンドラもそれに続いて村を飛び出した。
◇
わだちを追って南にひた走る、獄炎の総番長。
やがてアレス騎士爵領の境界を越えて隣の領地に入ると、南方に山岳地帯が広がり街道は大きく東にそれていく。そこでわだちは街道を外れ、そのまま裾野に広がる原生林の中へと消えていた。
先頭を行くジャンが馬を止め、後続のエルたちを振り返る。
「この山岳地帯のどこかに盗賊団のアジトがあるようだが、これだけ広大な場所だと闇雲に探してもまず見つからんだろうな」
エルも馬を降りて目の前に広がる原生林を見つめるが、中の様子は外からでは想像がつかない。
「だが荷馬車が中に入っていった訳だし、それをたどって行けばいいんじゃないか?」
「荷馬車は見つかるかもしれんが、たぶん適当な場所に乗り捨てられているだろうし、森の中は道があってないようなものだ。こういう場合はタニアが言う通り山狩りをするのがセオリーだ」
「山狩りか・・・だがそんなことをしていたら時間がかかりすぎる。早くアニーたちを助け出さないと」
エルが焦っていると、
「私なら盗賊団のアジトを見つけ出せると思う」
「カサンドラ?」
「我々オーガ族は、こんな山岳地帯の原生林に村を作って暮らしている。そして同じ習性を持つゴブリンやオークどもと縄張り争いをしている関係で、どういった場所に敵の村があるのかが大体わかる」
「本当か!」
「大人数が潜むことのできる洞窟には特徴があって、例えば巨大な鍾乳洞とか廃鉱などだ。それとヤツラも相当気を使っているとは思うが、地面を注意深く見れば踏み荒らされた跡からアジトを辿ることもできる」
「すげえなカサンドラ。ここからはお前に任せる」
◇
森の中は大木が生い茂って視界が悪く、何が潜んでいてもおかしくない雰囲気だ。足場を確認しながら先頭を行くカサンドラに続いてエルとシェリアが並んで歩くが、一番後ろを歩くジャンが真っ先に盗賊の見張りを発見する。
「前方の木の上に一人。それから二つ向こうの木の幹の後ろにもう一人。矢でこちらを狙っているから気を付けろ!」
さすがはAランク冒険者で、ジャンは遥か先にいる敵を誰よりも早く察知して、指示を受けたシェリアがすぐにバリアーを展開する。
【無属性初級魔法・マジックバリアー】
エルたち4人の周りに見えない壁が出現すると、その次の瞬間、矢が2本とも跳ね返された。
カキン!
カキン!
地面に転がった矢の先を見ると黒ずんだ毒が塗られており、もし当たれば死んでいたかもしれない。そんなシェリアのバリアーは、その後も次々と撃ち込まれる矢を全て跳ね返していく。
「やるじゃないかシェリア。いくらノーコンのお前でも、バリアーなら暴投のしようがないからな」
「うるさいわねエル! でもシェリア様にかかれば、盗賊の攻撃なんてこんなものよ!」
そんなシェリアにジャンも興味を持ったようで、
「その魔力本当に大したものだ。さすがは元Bランクパーティーの魔術師様と言ったところだが、その赤い瞳は昔どこかで見た記憶が・・・」
「たたたたぶんジャンの気のせいでしょ! そそそそれに魔法使いなんだから魔力が強くて当然よね!」
「いやお前さんの魔力はそんなレベルでは・・・まあいい、お前さんはバリアーに専念してくれ。ここからは敵も多くなるしどこからでも矢が飛んでくるぞ」
「そこは任せて! このシェリア様が全て叩き落として見せるんだから!」
だが盗賊たちを視界に捉えたエルとカサンドラは、シェリアのバリアーから外に出ると、前方に向け全速力で走り出した。
そしてカサンドラが大きく跳躍すると、一気に大木を駆け登って盗賊に迫り、森の奥へと逃げ出したもう一人の盗賊の背後を、それを遥かに凌駕するスピードでエルが迫った。
そして二人ほぼ同時に剣を振ると、盗賊を一刀両断に叩き斬った。
「ぐわーっ!」
「ぐわーっ!」
地面に落下した盗賊はそのまま絶命し、もう一人は片腕を失い血を吹き出しながら地面をのたうち回る。
エルは再び剣を振るって男のアキレス腱を切ると、地上に降り立ったカサンドラに向けて、
「こうしておけば、この男はここから動けなくなる。盗賊はモンスターと同じ扱いで殺しても構わないことになっているが、生きていればギルドが奴隷商に売却するので、その分報酬が上乗せされる」
「承知した。ついでに賞金稼ぎという訳だな」
◇
山中に死屍累々の山を築きながら、アジトへの最短距離を突き進んでいった獄炎の総番長は、峠を二つほど越えた先に切り立った岩山に差し掛かかり、そこで盗賊団のアジトを見つけた。
ずっと昔に棄てられた鉱山跡地のようで、その入り口を守ってた盗賊たちは援軍を呼びに行く暇も与えられずに、たった一人の男に全滅させられた。
声を上げる間もなく一刀両断のもとに斬り棄てられた盗賊たちを踏みつけながら、ジャンは剣を軽く振ってこびりついた血糊を払い落とした。
「ちょっと待てよおい・・・強いとは思っていたが、ジャンの強さは異常だろ。どう思うカサンドラ」
「ああ全くだ。この御仁の剣技はすでに達人の粋に達し、しかもかなりの場数を踏んできた真の戦士とお見受けする。人族の冒険者は本当に層が厚いな」
「・・・二人の言うとおりね。前にいたパーティーのリーダーも相当強かったけど、Aランク冒険者の実力ってちょっと次元が違うみたいね」
3人が感心していると、当のジャンは何事もなかったかのように向き直ってシェリアに指示を出した。
「その辺の木を適当に燃やしてのろしを上げろ」
「あそっか、アレス騎士団への目印にするのね!」
「そうだ。ヘル・スケルトンの恐ろしさはその人数の多さにある。一斉にかかってこられたらさすがの俺も危ないし、最後は騎士団の戦力を当てにしたい」
そう淡々と話すジャンに、エルは感服する。
これだけ強いのに自分の力を過信せず、敵の戦力を冷静に分析して先に手を打っておく用意周到さ。
これがAランク冒険者の実力か。
そんなジャンの指示でシェリアが魔法を発動すると、狙ったのとは明らかに異なる木に魔法が命中し、ブスブスと煙を立てて燃え出した。
「これでいかがかしら?」
ドヤ顔のシェリアが得意気にポーズを決めると、
「・・・まあいいだろう。だが聞きしに勝るノーコンぶりだな」
「うるさいわね! 周り全部燃やすわよ!」
次回「エルの願い」。お楽しみに。
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