第39話 村の悲劇①
長くなったので、二つに分けます。
村の収穫祭から一週間が経った。
その後何事もなく日常が過ぎていき、エルは本来の目的である家族全員の奴隷解放に向けて、コツコツとモンスター討伐を続けていた。
そしてその日の朝も、パーティーメンバーの3人でギルドの掲示板前に陣取り、今日のクエストをどれにしようか話し合っていると、突然ギルドに飛び込んで来た男がカウンターのエミリーに泣きついた。
「頼むっ! 妻を・・・アニーを助けてくれ!」
聞き覚えのある声に思わず振り返ったエルが見たのは、収穫祭で世話になったハンスの姿だった。
「おいハンスじゃないか! こんな朝っぱらから血相を変えて一体どうしたんだよ」
すると3人に気づいたハンスが泣きそうな顔で駆け寄り、エルにすがり付いて助けを求めた。
「ヘル・スケルトンだ! 奴らが村を襲ってアニーを連れ去ってしまった・・・」
「何だとっ!」
エミリーも交えて全員でテーブル席に座ると、ハンスは捲し立てるように説明を始めたが、
「まずは落ち着けハンス。要するに騎士団が手薄になった隙を狙って村に賊が侵入したということだな」
「そうだ・・・。騎士団もすぐ駆けつけてくれて賊を撃退したんだが、アニーとサラ、それと穀物を大量に奪われた!」
サラと言うのは、確か幼馴染みと結婚したばかりの小柄の少女だったか・・・。
「それは分かったが、襲撃はいつのことだ」
「ついさっき、夜明け前だ。アレス騎士団にも被害が出て、デルン子爵家に援軍を求める使者の馬に俺も乗せてもらってここまで来た。報酬は払うから、アニーを助け出してくれ。この通りだ頼む!」
村でかき集めたのだろう、銀貨や銅貨がたくさん詰まった皮袋をテーブルの上に置くと、涙を流しながらエルの両手を握りしめるハンス。
だがエミリーはハンスの依頼をあっさり断る。
「申し訳ないけど、ウチのギルドではその依頼は受けられないわ」
その冷たい言葉に呆然とエミリーを見つめるハンス。そんな彼に代わってエルが理由を尋ねた。
「エミリーさん、どうして受けてくれないんだ」
「その依頼はたぶん無駄になるからよ。デルン騎士団が出動するなら、盗賊団は討伐されるか領地から追い出されるはず。ハンスさん、悪いことは言わないからこのままお金を持って村に帰りなさい」
「無駄になるって、何言ってるんだよ! 相手はあの残忍なヘル・スケルトンだし、このまま放っておいたらアニーが殺されてしまう。襲撃からまだそれほど時間が経っていないし今から行けばまだ間に合う!」
「それはそうかもしれないけど・・・でも」
エルの剣幕にエミリーも思わず言葉に詰まったが、改めてエルに向き直るとギルドの事情を説明した。
「ウチのギルドには、このクエストを受けられる冒険者パーティーが存在しないのよ。今はBランクパーティーが不在だしCランクパーティーのみんなはヘル・スケルトンに及び腰なのよ」
「だったら俺たちが行くよ!」
「それはダメ。獄炎の総番長はまだDランクパーティーだからヘル・スケルトンを討伐する資格がないの」
「・・・だったらギルドを通さずに、ハンスさんから直接依頼を受ける」
「それはもっとダメよ。規約違反になって獄炎の総番長はギルドから追放される。それでもいいの?」
エミリーが恐い顔でエルを見つめる。
エルが冒険者になったのは短期間で2000Gを稼ぐためであり、冒険者ギルドは冒険者の互助組織でここに所属することが唯一の近道なのだ。
つまりギルドを追放されることは、エルの目標が大きく後退してしまうことになる。
それにエミリーは意地悪でこんなことを言っているのではない。ギルドは冒険者を守る使命もあるため、危険なクエストに実績のない3人を送り込むことなどできないのだ。
エミリーの顔に苦渋の色がにじみ出ているのをエルは敏感に感じ取っていたのだ。
断固とした態度のエミリーと、涙を流して懇願するハンス。その2人の狭間でエルは決断を迫られた。
家族を取るか、正義をとるか。
「俺は・・・」
そしてエルが何かを言いかけたその時、背後から聞き覚えのある男の声が聞こえた。
「なんならそのクエスト、俺が引き受けてやろうか」
全員が振り返ると、そこにいたのは風来坊のジャンだった。
「ジャンじゃないか。どうしてここに・・・」
「だから俺も一介の冒険者だと、この前言っただろ。なあエミリーさん、俺がクエストを引き受けてやるからハンスの依頼を受理してやってくれ」
「・・・ジャンさんが引き受けてくれるなら別にいいけど、このクエストは結局・・・その・・・」
それでもためらうエミリーにジャンが首を横に振ると、彼女を諭すように話し出した。
「お前さんが何を言いたいのか俺にも分かるつもりだが、依頼者の希望に応えてやるのもギルドの仕事だ」
「・・・そこまで言うなら依頼を受理します」
「それと俺がこのクエストを引き受ける条件は一つ、エルに手伝ってもらうことだ。どうだやれるかエル」
今度はエルに向き直ってニヤリと笑うジャンに、もちろんエルは断るはずもなかった。
「俺も連れて行ってくれるのか! だが確かジャンは一匹狼だし、俺たちのパーティーはDランクで参加資格がない。一体どうするつもりだ」
「そんなの簡単だ。俺が一時的に「獄炎の総番長」のメンバーに加わってやる。そしたらランクが一つ上がって条件を満たすはず。なあエミリーさん」
ジャンが尋ねると、エミリーは首を縦に振る。
「ええ。Aランク冒険者のジャンさんが仲間に入れば獄炎の総番長はCランクパーティーに昇格します」
それを聞いたエルたち3人が、驚愕の表情で一斉にジャンを見た。
「「「Aランク冒険者って・・・ええっ!?」」」
その後、ハンスから報償金を受け取って依頼を受理したエミリーは、獄炎の総番長リーダーのエルに正式にクエストを依頼した。
それを受けたエルがギルドから馬を3頭借り受けると、5人はハンスの村へと馬を飛ばした。
先頭のジャンの馬にハンスが乗り、真ん中のシェリアの馬にはエルが、後方をカサンドラの馬が続く。
そして村への道すがら、改めてハンスから当時の詳しい状況を聞いた。
◇
その悲劇は突然村を襲った。
その日は夕方から天候が荒れて、夜間監視の当番だった騎士たちが街から出られなくなり、村の高台詰所にいる騎士がそのまま監視を続けることになった。
だが彼らは2日連続の夜間監視となる上、こちら側の交代要員が既に街に戻ってしまっていたため一時的に人員が半分になってしまい、自警団と合わせても村の警備はかなり手薄になっていた。
そこを突いたのが盗賊団ヘル・スケルトンだった。
収穫祭以来ずっと機会を狙っていた盗賊団はアレス騎士団の動きを正確に掴んでいた。
そして悪天候のチャンスを逃さず、視界が悪くなっていたところを監視に気づかれずに村の近くまで接近すると、深夜を狙って空巣専門のコソ泥が石垣をよじ登り、監視台にいた自警団を全て殺害した。
そして石垣の中から門を大きく開け放つと、草むらに隠れていた盗賊たちが一斉に村の中に侵入し、中に駐留していたアレス騎士団数名と自警団をあっという間に殺してしまった。
盗賊たちはそのままの勢いで四方に散らばると村中の納屋から収穫したばかりの穀物を強奪して、馬車の荷台に次々と積み上げていった。
そんな騒ぎに気付いた村人たちは、盗賊たちに気づかれないように村の高台へと避難を進めたが、全員が無事に逃げ切れるはずもなく、足の遅い老人は後ろから滅多刺しにされ、女はロープで縛られて穀物と一緒に荷台に乗せられていった。
ハンスとアニーは家族全員を連れて無事に村から脱出して高台に向かおうとしていた。
村人の中には家族と離ればなれになった者もいたが、村に戻って家族を探す勇気もなく、泣く泣く自分だけ避難する姿も珍しくはなかった。
そんな中、収穫祭の夜に結婚したばかりの嫁が見当たらないと泣き叫ぶ男の姿があった。男は村に引き返そうとしたが、男の家族が無理やり引っ張って高台に避難させようとしている。
「サラーっ! いるなら返事してくれ!」
だがサラからの答えはなく、男の家族や周りの村人たちは、自分がそうしたように嫁のことは諦めるよう男を説得する。
「バーツ、サラのことは諦めろ。稼ぎ頭のお前までいなくなったら困るのはお前の家族だ。なあに、お前の所になら別の嫁が来てくれるさ」
「嫌だ! 俺にはサラしかいないんだ。サラーっ!」
それでも無理やり高台へと避難させられるバーツを見たアニーは、他の女もたくさん捕まってしまったことを逃げていく村人から聞かされ、女たちを助けるため村へ引き返そうとした。
「やめるんだアニー! お前まで捕まっちまうぞ」
すんでの所でアニーの手を掴んだハンスだったが、
「大丈夫だよアンタ。夜中でこの雨だし、秘密の地下通路を使ってこっそり近づけば、盗賊たちに気づかれずに女たちを奪い返せるはずだよ」
「あの通路を使うのか。だが女のお前がやる仕事ではない。すぐに村の若い衆を集めて奪還作戦を・・・」
「もうそんな時間はないよ! 今すぐ行かないとみんな連れ去られちまう!」
そう言うと、アニーはハンスの手を振りほどいて、村へと駆け出していった。
次回も続きます。お楽しみに。
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