第38話 エルの新しい服
深刻な話が続いたので、アホ回です
初めての泊まりがけクエストを終えたエルたちは、みんなの待つシェリアの宿へと急いだ。
既に日は暮れて夜空には月が登り、キャティーたちのことだから風呂や食事の準備も終わらせ、エルたちが帰るのを待っていることだろう。
案の定、宿に着くとシェリアの部屋は明かりが灯っていて、中からはみんなの笑い声が聞こえた。
シェリアが部屋の扉をバンと開けて、
「ただいまみんな! ・・・て、どうしたのその服」
シェリアが急に立ち止まって見つめたのは、ドヤ顔で部屋の中を飛び回るインテリの姿だった。
彼女に続いて部屋に入ったエルは、だがインテリの服を見て激しい衝撃に襲われた。
「ちょっと待て! お前が着てるそれって学ランじゃないのか。しかもかなり気合いの入った長ラン。一体どこで手に入れたんだ!」
するとエルの目の前まで飛んできたインテリが、
「キャティーはんが作ってくれたんですわ」
「キャティーの手作りかっ!」
エルが叫ぶと、食事の支度をしていたキャティーが手を止めて得意げな顔で事情を教えてくれた。
「わたし、店の女将さんに腕を認められて縫製士からデザイナーに昇格したんです」
「本当かよそれ。たった1ヶ月ですごいじゃないか」
「はい!」
聞くと、店の女将さんがキャティーの腕前を確認するために、余った布切れを使ってインテリの服を作らせたらしく、その時に作ったのがこの学ランだった。
しかもこの学ランは、近所で評判が最悪だったあの工業高校の制服と同じデザインだ。
インテリの服を隅々まで確認したエルは、
「いいなぁインテリは。・・・キャティー、もしよければ俺にも同じ服を作ってくれないか。もちろん服の仕立代がかかるのはわかっているから、家族を奴隷から解放させた後にでも是非!」
兜を脱いで誠心誠意頭を下げるエルに、キャティーは「はい」とニッコリ笑って了承した。
「やったぁ!」
エルが思わずガッツポーズをすると、キャティーが少しウズウズした様子でエルに尋ねた。
「エルお嬢様は奴隷紋を隠さなければならないので、いつも重たい鎧兜を着込まれて大変だったでしょう」
「え、この装備? いや特に大変では・・・」
なぜか奴隷紋の話を始めるキャティーに、エルは何となく話を合わせる。
「いつのまにかこの装備が普段着になってしまって、特に大変ということはなくなったが、確かにこの兜は奴隷紋を隠すために必要だし、飯を食うときにはハッキリ言って邪魔だな」
「ええ、ええそうでしょう。ですが店で売っているような普通の服だとどうしても首筋が見えてしまうし、お嬢様はショートカットなので髪で隠すこともできない。ではどうすればいいか」
そう言ってキャティーはインテリの方に一瞬目線を送った。エルも釣られてそちらを見ると、インテリの学ランは襟の部分が立っていて首筋が隠れている。
「そうか! 学ランなら奴隷紋がうまく隠せるし、街に出るのにいちいちフル装備になる手間もなくなる。なにより学ランを着ればサマになる。一石二鳥、いや三鳥かよ!」
「そんなエルお嬢様にプレゼントがございます。実はインテリさんと二人で服を作ったのです!」
「ええっ?! も、もう俺の服を作ってくれたのか」
「はい! インテリさんの服を見て感心した女将さんが実寸大の服も作ってみるよう仰ってくれたのです。それもなんと費用はお店持ちで!」
「つまりタダかっ! すげえ、これでようやく昔の俺に戻ることができる・・・」
女に生まれ変わって15年。
そして桜井正義としての記憶を取り戻してからというもの、女性用の下着をつけさせられたり、シェリアとお揃いのゆるふわワンピースを着せられたり、真の男を目指すエルにとっては、あまりに屈辱的なことが立て続けに起こっていた。
だがそんな日々もこれで終わりを告げる。
そんな期待に胸を膨らませるエルに、お手製の大袋から黒い服を取り出したキャティーは、嬉しそうにエルに渡した。
それを受け取ったエルは、高鳴る鼓動を抑えながら丁寧に広げた。
だが、
「あれ? なんだこれは・・・」
それは学ランではなかった。
それを見た瞬間、完全に思考が停止したエルは目の前の物体が一体何なのか理解できなくなった。だが、すぐに冷静を取り戻すと、学ランとは似ても似つかぬこの黒い物体に両手がブルブル震え、これをデザインしたインテリを鋭く睨み付けた。
「アホかーっ! これセーラー服じゃねえかっ!」
だがインテリは涼しい顔で、
「へえ。アニキは女ですから、女子の制服にしときました。うちの高校のスケバンどもが来ていたのと同じやつですわ」
「ふざけるなっ! せっかくタダで学ランが手に入るチャンスだったのに、なんで余計なことを」
「ワイはアニキのためを思って、泣く泣くセーラー服にしたんでっせ」
「・・・なんだと?」
「想像したら分かると思いますけど、ウチのクラスのスケバンどもが学ランを着て、似合うと思いますか」
「・・・いや、思わない」
「でっしゃろ。じゃあ、あのスケバンどもより胸も尻もデカい、グラマーな金髪ネーチャンがいたとして、そんな女が学ランと下駄、そしてバンカラ帽を組み合わせたら、どないなると思いますか」
「メチャクチャ気持ち悪いな・・・そういうことか、くそっ!」
「そやからアニキ、ここは発想の転換が必要でっせ。スケバンだって立派な不良。そやからアニキはスケバンとして真の男を目指せばいい」
「スケバンとして真の男を目指すだと? そんな発想が本当に成立するのか」
「もちろん成立しますわ。セーラー服はもともと海兵の制服で、言うたら海の男の戦闘服。世界的に有名なあのポパイはんも着てはりますし、今のアニキに一番ふさわしい服装とちゃいますか」
「海の男の戦闘服か・・・よし、俺はこのセーラー服で真の男を目指すことにする! さすがインテリだ」
「ワイはアニキの相棒でっせ。当然ですがな!」
そしてエルは重い鎧を全て脱ぎ去ると、ラヴィの正面に仁王立ちになった。
「よしラヴィ、この服を俺に着せてくれ!」
するとラヴィが嬉しそうに、
「ラヴィの出番だね! 着替えやすいようにベッドに腰かけてよ、エルお姉ちゃんっ!」
言われるがままベッドに腰かけたエルから冒険者用インナーをはぎ取ったラヴィは、下着姿になったエルに素早くセーラー服を着せると、奴隷紋が隠れるように黒のリボンチョーカーを首に巻き付けた。
「はいできました、エルお姉ちゃんっ!」
そう言ってラヴィはエルの手を引いて立ち鏡の前に連れて行く。その鏡に映った自分の姿に、だがエルは思わず言葉を失う。
「・・・あれ?」
エルは自分がスケバンになった姿を頭に思い描いていた。髪を金髪に染め、凶悪な目つきで相手にメンチを切る気合いの入った不良だ。
だが鏡に映っていたのは、思ってたのと全く異なる自分だった。
服は確かに黒いロングスカートのセーラー服で、みんなと同じ真っ赤なスカーフ。
この赤が凶悪さを演出するはずだったが、鏡の中の自分は凶悪さの欠片もなく、それとは正反対に大きな緑色の瞳と、輝くような金髪が魅力的な清楚なお嬢様だった。
そう、まるで北野の異人館に住んでいる深窓の令嬢のように。
「これが俺・・・なのか。あれ?」
スケバンと同じセーラー服を着ているはずなのに、なぜかこんなことになってしまったのか。エルは頭が混乱するとインテリに助けを求めた。
だが頭が混乱していたのはインテリも同じで、
「ワイのデザインは正確やったはず。しかもアニキはわざわざ髪を染めなくても十分にイカツい、天然物の金髪や。そやのに、どないなってんねやこれ・・・」
エルとインテリの二人が鏡の前で首をひねっていると、日本のスケバン文化を知らない他のみんなは、
「エルお姉ちゃん綺麗・・・まるでお姫様みたい!」
「エル、可愛いじゃない! 私も欲しいなその服」
「エル殿のそんな可憐なお姿を見てしまったら、このカサンドラは一体どうしていいのか・・・。だ、だ、抱きしめたいっ!」
そして3人が一斉にキャティーをほめたたえた。
「「「キャティー、最高!」」」
するとキャティーも嬉しそうに、
「エルお嬢様にお似合いで本当によかったあ。お店に置いてある普通の生地を使ったのに、まるで大金持ちのご令嬢みたいです。さすがはエルお嬢様っ!」
大絶賛の4人の反応に、なぜこうなってしまったのかさっぱり理解できないエルとインテリだった。
次回もお楽しみに。
このエピソードを気に入ってくださった方はブックマーク登録や評価、感想、いいねなど何かいただけると筆者の参考と励みになります!
よろしくお願いします。