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第35話 農村の余った男の成れの果て

 収穫祭は夜を徹して行われ、宴はいつ終わるともなく続いていく。


 最初は大はしゃぎしていた子供たちも次第にその姿は減り、徐々に大人の時間帯へと移行していく。


 領主一族も席を立って、村の高台にある騎士団詰所に戻ってしまい、主君の護衛から解放された騎士たちは村人たちと一緒になってはしゃぎだし、広場全体が混沌となってバカ騒ぎが加速していく。


 今夜はエルたちも騎士団詰所で就寝することになるが、シェリアはまだまだ宴を楽しみ足りないと駄々をこね、カサンドラと二人ため息をつきつつ、もう少しだけ祭りを楽しんで行くことにした。


 


 夜も深まるにつれ酒や料理が足りなくなると、農婦たちが再びてんやわんやの忙しさとなり、エルのテーブルからアニーが席を立ち、代わりにハンスの仲間たちが集まってきた。


 シェリアの元には独身男性が殺到し、彼女の歓心を買おうと必死のアピールを始める。さすがにマズいと思ったエルは、カサンドラを護衛につけて野獣どもを牽制した。


 結果、エルの周りが飲んだくれのオッサンばかりになるのはいつものことだが、隣のテーブルに移動したシェリアと男性たちのやりとりを横目に見ながら、農村の嫁不足についてハンスたちに話を聞いてみた。


 するとハンスは、


「どの家も嫁いで出ていってしまう女の子より将来の働き手になる男の子を欲しがるから、男の人数ばかりが増えてしまうんだよ」


「だからってなぜ女が減るんだ。まさか農村でも」


「あまり大きな声では言えないが、流行り病が起きると男の子の方を助けようとする家が多いからだ。他にも色々あるが言わなくても分かるだろ」


「・・・そういうことか」


 奴隷階級では女の子は商品として売られていくが、農村では間引きの対象になるらしい。


 するとハンスの仲間たちも、なぜ男が大切にされているかを口々に説明する。


「領主様から農地を借りられるのは、実際の働き手である男だけだ。つまり農村では、女は男に養ってもらわないと生きていけない」


「女の役割は子供をたくさん産んで、将来の働き手である男の子を強く大きく育てる。そして夫が元気に働けるように家事をがんばる。つまり男が主人公で女は脇役になるんだよ」


 前世でもその風潮は強かったがこの世界も男尊女卑が根深く浸透しており、農村は特にその傾向が強い。


 気持ちは分からなくもないが、エルの考える真の男像とは決定的にズレていて、どちらが大事とか主役とかではなく、むしろ女を愛して守るべきなのだ。


「だからといって男ばかりいても、結婚できなくて困るのは結局男じゃないのか」


 エルはずっと気になっていたことを素直にぶつけるとハンスは真面目な顔をして頷いた。


「エルちゃんの言う通りだよ。俺たちは嫁が貰えたからいいけど、そうでない奴らは大変なんだ」


「どう大変なんだ」


「嫁がいないから跡継ぎが産まれない。そのうち男は年をとって満足に働けなくなると農地を領主様に返さなくてはならない。だから生きていくために親兄弟に頭を下げて実家に戻らなければならない」


「だが、どこもカツカツの生活で居候を養う余裕なんかないし、仮に実家に戻れたとしても一生肩身の狭い思いをしながら余生を暮らさなきゃならん」


「そういう爺さんたちをたくさん見てきたから、嫁のいない若い衆は農夫を諦め、村を離れて街で暮らす」


「へえ、街で暮らすのか。でもそいつらは何をやって食っていくんだ」


「最初はみんな冒険者ギルドに入って、クエスト報酬にありつきながらエルちゃんみたいな女冒険者と所帯を持とうと頑張る。それができれば大成功で、村に帰って農夫に戻ることも可能だ」


「だから冒険者の男どもがやたらと俺に色目を使ってくるのか。だんだん事情がわかってきたぜ」


「まあ冒険者になるような奴らは、女なら誰でもいいという所まで追い詰められている。エルちゃんはゴリラみたいな大女だと聞いたが、俺達農夫は丈夫な赤ん坊さえ産んでくれればよく、顔なんかは二の次だ」


「お、おう・・・」


 冒険者たちが言いふらしたのか、「ゴリー」というあだ名がこんな所にまで広まっていることに苦笑いしたエルだったが、隣のテーブルで監視役につけたカサンドラにまで独身男性がアピールを始めており、その鬼気迫る雰囲気に嫁不足の深刻さを感じた。


「だからシェリアちゃんみたいなとんでもないレベルの美女は、ギルドでもさぞや大変な人気なのだろう。ウチの若い衆も必死のアピールだからな」


「いや、まあ、そうだな・・・」


 シェリアは確かに美少女だが、酒乱で一緒にいると命がいくつあっても足りないため、彼女に手を出そうとする冒険者は最早皆無だったが、シェリアに群がる若い農夫たちの夢を壊さないようにエルは黙っていることにした。


 さらにハンスは話を続ける。


「だが見ての通り、農家の男なんかずんぐりむっくりで身体も小さく、ケンカも大して強くない。だからほとんどの奴らは冒険者としては成功せず、すぐに身体が言うこと聞かなくなって引退し、貧民街に堕ちることになる」


「つまり貧民街の連中は、農家の男の成れの果てか」


「まあな。だがそんな奴らでも人様の害になってないだけまだマシで、酷い奴だと盗賊に身をやつす」


「盗賊だと・・・」


「何をやっても未来が望めなくなった男は、太く短く生きるために、盗みを働くようになる」


「嫁がもらえない農家の男の行きつく先が盗賊ってのは、どうにも救いようのない話だな」


「全くだよ。農村に女がいればそういったことはなくなるし、今は人が増えた分だけ開墾地が広がって農村全体が豊かになる。そう考えれば、稼ぎは生み出さねえかもしれねえが、子供を産むことのできる嫁は宝物のように大切にしないといけないのさ」


 ハンスは真剣な顔でそう結論づけたが、他の男たちはなぜか大笑いしながらハンスをからかい始めた。


「またハンスの嫁自慢が始まった。こいつはアニーに完全に惚れちまってて、あのデカイ尻の下に敷かれちまってるんだよ」


「結婚してもう10年も経つのに、ハンスとアニーはまだ新婚気分なんだから参っちまうよ。おいハンス、お前は一体何人子供を作るつもりなんだよ」


「コイツは、二言目にはアニー、アニーだ。女なんかガツンと言えばちゃんと言うことを聞くようになって全て上手くいくんだよ」


 そう言って男たちはハンスをバカにするが、ハンスも鼻で笑いながら男たちに言い返す。


「バカだなお前たちは。嫁がしっかりしてるから男は安心して外で働けるんだ。俺はアニーの言うことなら何だって聞くし、その方が家の中が上手く回るんだ」


 そう言って幸せそうに笑うハンスに、それでも納得のいかない男たちは説教を始めた。


「おいおいハンスさんよ、世の中にはアニーよりいい女がたくさんいるんだぞ。一度街の娼館に行ってみたらいい。世界が変わるってもんだ」


「娼館なんか行かねえ。俺にはアニーという立派な女房がいるし、嫁を裏切るようなマネは絶対にできん」


「そんなの言わなきゃバレないって。どうせ女なんか村の外には出られないんだし、男が街で何をやってるかなんて想像もできないだろうな」


「お前たちが何と言おうと、俺は生涯アニー一筋だ。だからアニーも俺だけを受け入れてくれて、俺の子供を産んでくれる。それが夫婦というものだ」





 ハンスと仲間たちの話はその後も平行線が続いて、娼館にまつわる下世話な話ばかりになってきた。うんざりしたエルはさっさと話題を変えることにした。


「ところで、女は村の外に出ることはないという話だったが、それってモンスターや盗賊が出るからだろ」


 すると同じくうんざりしていたハンスが、すぐエルの話に乗ってきた。


「ああそうだ。力が弱くて足の遅い女なんかはあっという間に殺されてしまうからな。それに最近はとんでもなく凶悪な盗賊団が勢力を拡大してるって話だ」


「凶悪な盗賊団?」


「ああ。ヘル・スケルトンって奴らだが、エルちゃんは聞いたことがないか?」


「いや名前だけなら。ギルドの討伐クエストでいつも上位にある危険な盗賊団だ。クエストランクはB」


 つまり、Dランクパーティー「獄炎の総番長」では挑戦できない高レベルの討伐対象ということになる。


「この村出身の若い衆の何人かがその盗賊団のメンバーになっているらしいんだが、奴らはとにかく残忍で一度目をつけられたが最後、こんな村なんかは一夜で壊滅させられてしまう」


「関係ないと思って一度も調べたことがなかったが、ヘル・スケルトンってそんなヤバい奴らだったのか」


「奴らに襲撃されたら、まず命はないと思った方がいい。男ならその場ですぐに殺され、女は生きたままアジトに連れていかれて数日後に変わり果てた姿で発見される。酷い時には見せしめのために、男たちの遺体をわざと傷つけて襲撃現場に曝したりしやがる」


「・・・何て酷い奴らだ」


「ああ。だが奴らはそうやって恐怖心を植え付けて、誰も自分達に刃向かわないようにしてるんだ。それに他の盗賊団をどんどん傘下に入れて勢力を拡大してやがる。本当に狡猾で嫌な奴らだよ」

 次回「運命の出会い」。お楽しみに。


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