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第33話 カサンドラの告白

 ベリーズの気の向くままに、農地の隅々まで視察したエルたちは、今度は収穫祭の準備を視察するために農村の中に入ることになった。


 農村は周りを高い石垣で囲まれており、モンスターや盗賊が容易に中に侵入できないようになっている。


 その石垣には監視やぐらが設けられ、外敵を監視して必要に応じて攻撃をしたり、鐘を撞いて騎士団への救援を求めるため自警団が常駐している。


 そんな自警団が村の入り口にベリーズがやって来たのを見ると、慌ててその門扉を開く。


 そこを潜り抜けて中に入ると、そこはこじんまりした農家の家々が並ぶのどかな村落であった。




 村の真ん中には広場があり、そこで今夜催される収穫祭の準備が着々と進められていた。


 広場の一番奥には少し高くなった壇上に立派なテーブルが並べられ、そこに領主一族とその重臣たちが並ぶことになる。そのすぐ下には騎士団が座るテーブル席が用意され、さらにその外側に村人たちが集うエリアが設けられている。


 村人のエリアの中央には大きな焚火が準備され、その明かりで夜通し祭りが行われることになるが、この収穫祭に合わせて何組かの結婚式も執り行われる。


 そんな大掛かりな祭りはもう何日も前から準備が進められていて、既に完成した会場には農婦たちが次々と食べ物を運んできている段階だ。


 エルは農婦たちの姿を思わず注視してしまったが、ベリーズが言っていたように全員背が低く、日焼で浅黒い肌をしている。そして衣服も街の女のような華やかさはなく、地味で丈夫な生地の服を着ていた。


 そんな彼女たちの多くは背中に小さな子供を背負っており、妊娠してお腹の大きな農婦もたくさんいる。


 村には子供たちで溢れかえり、小さな子供は走り回って遊んでいて、大きな子供は母親を手伝っている。


 デルンの貧民街でもそうだったが、たくさん子供を産む女が「いい女、いい嫁」というのが常識であり、この農村でも妊婦の姿がとにかく目立っていた。





 そんな農婦たちに早速ベリーズが話しかけに行き、そのすぐ後ろにタニアとシェリアが控えている。さらに少し離れた場所にはエルとカサンドラが立ち、ベリーズに襲いかかる者がいないか警戒にあたっている。


 そんなエルは、辺りを見渡しながら呟く。


「しかし子供の数が多い。貧民街も多い方だが、ここは比べものにならんな」


 エルが感心していると、カサンドラが首を横に振って話し出した。


「オーガ族の村はこんなものではない。人族は一度に産める子供は1人か精々2人。だがオーガは複数同時に産むのが一般的で、ゴブリンなどはさらに多くの子供を産むことができる」


「・・・本当かよそれ。だとしたら村が人であふれてしまうだろう」


「それがそうでもない。子供の多くは成人するまでに色々な理由で死んでしまうし、母親も出産の際に命を落とすこともある」


「そんなに死んでしまうのか・・・なんか大変だな」


「ああ大変だ。オーガの女は多くの子を失う上に出産と育児に明け暮れた生涯をあっという間に終えてしまう。だが男たちも大変で、オーガは一夫多妻制を採っているため強い男が多くの妻を娶ることになり、あぶれた男は他種族の女を求めて彷徨い歩く」


「一夫多妻制なのかよ! しかもオーガってカサンドラみたいな強靭な肉体の持ち主なんだろ。そんなのに攻め込まれた種族はたまったものではないな」


「オーガを始めとする鬼人族は、他種族からはモンスターのように忌み嫌われ、討伐の対象となっている。なにせ女を襲うことしか頭にない連中だからな」


「うわぁ・・・男がそんなんじゃ、女のカサンドラは色々と大変だったんじゃないのか」


「私は誰よりも強かったから、男どもが何度襲い掛かって来ようとも、これまで一度もこの身体に触れさせたことはなかった」


「そ、そうなのか・・・カサンドラはもう何人も子供を産んだ経験があるのかと」


「私はあんな奴らの子を産むつもりなど毛頭ない!」


 カサンドラは侮蔑するような表情で怒りを顕わにしたが、すぐに冷静になるとエルに謝罪した。


「すまなかったエル殿。ついカッとなってしまって」


「いや、変な質問をした俺が悪かった。そう言えば、副騎士団長に裏切られて奴隷商人に売られたという話だったし、カサンドラもキャティーと同じで男とは結婚せずに一人で生きていくつもりなんだな」


 だがカサンドラは首を横に振ると、


「私はもうオーガ族の男と結婚するつもりはないが、私が認めた男の子供なら是非産んでみたい」


「キャティーのように男嫌いという訳ではないのか。だがカサンドラが認める男となると、相当レベルが高そうだな」


「もちろんだとも。私の理想とする男は高潔な騎士道を真っ直ぐに歩む者。つまり真の男だ」


「真の男・・・」


「・・・もしエル殿が本物の男だったなら、私はエル殿の子を産みたかった」


「ええっ! おっ、俺の子供を?」


「エル殿は命の恩人であり、この身体は既にエル殿に捧げているつもりだ。そしてあのナーシスに対しエル殿が見せてくれた真の男の姿。その目指すべき方向性は私が理想とする騎士道とも重なっており、私の心までがもうエル殿のものなのだ」


「カサンドラ・・・」


 エルの前世である桜井正義は、結局理想の女性と巡り会うことができずに死んでしまった。そして男装をして過ごしたこの世界の15年間も、当然ながら女性から告白を受けたことなど一度もなかった。


 この前の飲み会の席では、なぜかシェリアとエミリーがエルを取り合ってケンカをしていたが、ちゃんとした告白を受けたのは、エルの人生の中でカサンドラが初めてだったのだ。


 それもあってか、エルの心臓は急にドキドキと鼓動が速くなり、恥ずかしさのあまりカサンドラの顔をまともには見ることができなくなっていた。


 そんなカサンドラの耳も真っ赤になっていて、彼女自身もかなり照れてるようだった。


 だが真剣な目で真っ直ぐエルを見つめると、


「エル殿、急に変な話をしてすまなかったが私はウソが大嫌いだし、この際最後まで言わせてほしい。私はエル殿が好きだ」


「カサンドラ、お、俺は・・・」


「女同士でおかしいことぐらい理解しているし、エル殿が他の男との結婚を決めたなら、その時は潔く身を引きたい。だがそれまでは、私を傍に置いていて欲しい。それほどまでにエル殿を愛してしまったのだ」


「ちょっと待ってくれ! 突然のことでまだ頭が混乱しているが、女同士で結婚することはできないし結婚できない相手と付き合うのは無責任だと思う」


「・・・エル殿」


 カサンドラがガックリと肩を落とし、その瞳は寂しそうに潤んでいた。そんなカサンドラに、エルは誤解させたと反省してすぐに言葉を補った。


「だがこれだけは言える。俺とカサンドラは、理想とする真の男像が同じであり言わば同志のような存在。男女の仲と同じようにはできないが、カサンドラが俺と一緒に居てくれるのは大歓迎だ」


「なら、この私を受け入れてくれると・・・」


「もちろんだ。カサンドラが俺を好きだと言ってくれたように、俺もカサンドラのことが好きだ。だからそんな寂しそうな顔をしないでくれ」


「私のことが好き・・・」


 そう呟いたカサンドラは、突然心の中で何かのスイッチが入ったことにも、そして身体の奥底から沸き上がる狂おしいほどのエルへの愛情にも、この時全く気づかなかった。


 そしてその表情からいつもの精悍さが消え、ただ頬を赤く染めた恋する乙女の姿がそこにあったのだ。


 だがエルの視線は既にカサンドラにはなく、別の場所に移動してしまったベリーズたちを探していた。


「やべえ、ベリーズたちがどこかに行ってしまった。カサンドラ、みんなを探しに行くぞ!」


 そう言って走り出したエルの後ろ姿を、カサンドラはただぼんやりと見つめるのだった。

 次回もお楽しみに。


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