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第32話 貴族と平民

 エルたち3人が貴族ではないのか。そんなベリーズの問いかけを即座に否定したのはシェリアだった。


「それぞれ事情があって出自はお答えできませんが、私たちは全員平民です」


 だがベリーズにはそれが納得いかなかったのか、


「本当ですか? 特にあなたのその格好は魔法学園の生徒に見えなくもないし、てっきり武者修行中のご令嬢なのかと思いましたわ」


「確かにそういう貴族子女が冒険者をしていることもありますが、私は違います」


「ふーん・・・勘が外れちゃったか。残念」


 どうやらベリーズの勘だったようだが、エルは内心ヒヤヒヤしていた。


 というのもエルがヒューバート伯爵家の縁者だと身分を偽ったことがアレス騎士爵家にも伝わっていたのだとしたら、この仕事でウソがバレてしまうからだ。


 でもただの勘なら、すぐに誤解を解いておいた方がいいと思い、エルも即座に否定する。


「おそらく俺の装備を見て貴族だと勘違いされたのでしょうが、これはギルド専属工房で保管していたものを譲ってもらったんです。実は俺、この甲冑以外は外出用の服を一枚も持ってないほどの貧乏人ですから」


 実際エルの鎧の下は、薄っぺらな冒険者用インナーと屈辱の女性用下着を上下につけているだけで、後はシェリアからもらったピンクのゆるふわルームウェアを一枚持っているだけなのだ。


 だがベリーズは、エルのオリハルコン合金の鎧をしげしげと観察しながら首を横に振った。


「確かにこの鎧はとても高価そうですけど、私が感じたのはそこではないのです」


「この鎧以外に俺が貴族に見えるところなんかないと思いますが」


「うーん・・・これはあくまで一般論だけど、貴族と平民の間には大きな違いがあることをご存じかしら」


「全く知りません」


「・・・清々しいほど即答ね。一言で言えば、魔力の有無とその結果生じる容姿の違いでしょうか」


「え? 魔力は別に貴族だけのものではないし、容姿に違いがあるなんて知りませんでした」


 エルは改めて貴族令嬢であるベリーズを観察するが、どっからどう見ても普通の人間であり、キャティーやカサンドラみたいな容姿の違いが見つからない。


 だがベリーズは理路整然と話始める。


「貴族は魔力を重んじるため、強力な魔力を持つ貴族家との政略結婚を繰り返してきました。その結果貴族同士の血のつながりが強くなり、平民との間に容姿の区別がつきやすくなったのです。その最たるものが、身体の大きさと髪色や瞳の色」


「身体の大きさ・・・髪と瞳の色・・・」


「エルは全身鎧だから髪や目の色は分からないけど、かなり身長が高くスタイルも完璧よね」


「確かに俺は周りと比べて背はかなり高い。ていうか同じような身体つきの女なんか、母ちゃん以外に見たことがない」


「でもねエル、あなたがもし社交界の令嬢たちの中に入れば、それほど目立たなくなると思うの。それでもスタイルは羨ましいほど抜群だけど」


「社交界・・・だが俺は」


 俺は奴隷だ、と言いかけて慌てて口をつぐんだ。




 そんなベリーズは、今度はシェリアの方を見ると、


「でもこの中で一番わかりやすいのはシェリアさん。だって彼女こそ典型的な貴族令嬢だもの」


「ええっ! そ、そうなのかシェリア?」


 エルは隣にいるシェリアを改めて見てみたが、彼女は何も答えず黙って下を向いてしまった。


 だがベリーズはそのまま話を続ける。


「平民女性と比べて身長がかなり高く、燃えるような赤い瞳に綺麗なピンク色の髪」


「確かに街中ではほとんど見かけない髪色と瞳」


「そう。平民女性のほとんどは黒か茶系統の髪色で、瞳も茶系統かくすんだ青色。でも貴族の髪色には魔力の影響がでていて、とてもバラエティーに富んでいるのよ。そして瞳の色も澄んだ青色が最も多く、赤や金、緑や水色など多種多様なのです」


「緑の瞳・・・だと?」


「そう緑の瞳。翠眼と言ってこの国では最も高貴な色とされているの。そして髪色も輝く様な金髪や銀髪、青髪など平民にはほとんど見られない特徴ね」


「輝く様な金髪・・・」


 ベリーズが挙げた貴族の身体的特徴。


 その全てが自分に当てはまることに驚きを隠せなかったエルの反応を、だがベリーズは見逃さなかった。


「ひょっとしてエル、あなたまさか金髪翠眼なの?」


「ち、違うっ!」


 即座に否定したエルに興味を持ったのか、ベリーズはエルに顔を近づけると、兜の中に隠されたその素顔を覗き見ようとする。


 エルは慌ててベリーズから離れ、


「俺は平民だから顔を覗かないでほしい。それにシェリアもカサンドラも貴族ではないから、もうこの話はやめてください」


「ふーん・・・エルは自分の素顔を見られるのがそんなに嫌なのですか。これは何かありますね」


 ベリーズが興味津々の目でジリジリとエルに近づいていくと、それを見たタニアが剣を抜いて自分の前の地面を突き刺した。そして威圧的にエルに命令する。


「ベリーズお嬢様がこうおっしゃっておられる。今すぐその兜を脱いで、お嬢様に素顔をお見せしろ!」


「いや・・・それだけは勘弁してくれ」


 もちろんエルは、自分が奴隷であることを隠さなければならないため、兜を脱いで首筋の奴隷紋を見られる訳にはいかなかった。


 そんな状況を見かねたシェリアが、エルの前に出て彼女を庇った。


「恐れながら申し上げます。エルの顔はゴリラそっくりで冒険者仲間から「ゴリー」ってあだ名がつくくらいの醜い大女なのです。今日も傭兵の仕事で冒険者がたくさん来ていますので、彼らに確認していただければすぐに分かります」


「醜い大女・・・」


「それに私とカサンドラも平民であることは間違いなく、おそらく私の両親に貴族の落胤の血が混ざっているのだと思います。これって冒険者にはわりとよくあることで、身体能力の高い冒険者ほど貴族の血が色濃く出ているものなのです」


 そう言ってシェリアが一気にまくしたてると、ベリーズは頷きながら納得した。


「シェリアさんの説明はとても納得できます。遊びで平民女性を妊娠させてしまう貴族もいますから、そういうこともあるのでしょう。それにあくまで一般論と言いながらしつこく聞いてしまってごめんなさいね。私って興味のあることはとことん追究する性格なの」


「いいえ、ご理解いただけたならそれでいいのです。それから冒険者って自分の出自を探られるのがあまり好きではないので、このような話はあまりされない方がいいと思います」


「承知しました。さてタニア、私はこの3人を信頼できると思いますがあなたはどうかしら」


 ベリーズからそう問われたタニアは、地面に突き刺した剣を鞘に収めて3人の顔を順にみる。そして、


「私も彼らは信用に足る人物かと思います。特にカサンドラからは騎士の風格すら漂っており、ベリーズお嬢様に危害を加えるようなことはないかと」


「私もそう思うわ。では3人を正式に護衛の任に就けることにし、タニア以外の護衛騎士は全員、運搬警護に回ってください。あちらの方が大変ですので」


「「「はっ!」」」


「ではせっかく農村に来たことですし、収穫の様子をゆっくり視察したいと思います。早速農地の方に行ってみましょう!」



            ◇



 他の護衛騎士たちと別れ、小高い丘の上の監視砦から眼前に広がる農地へと降りて行ったベリーズとタニア、エル、シェリア、カサンドラの5人は、収穫を終えたばかりの穀物の束をせっせと運んで行く農夫たちの方に向かった。


 大きな荷台に乗せられた穀物が次々と運ばれて、この後脱穀された穀物の半分が各農家の納屋に、残り半分がアレス騎士爵家の倉庫に運ばれる。


 そんな収穫作業を大勢の農夫たちが人海戦術で黙々とこなしていく。ベリーズによるとこの農地の全てがアレス家の所有物で、この農夫たちは農地を借り受けて農作業を行うだけの、ただの小作農だった。


「農地全てがアレス家の所有物か・・・すげえ」


「あら、随分と当たり前のことに驚くのですねエル。ウチは騎士爵家だからそれほどではないのですけど、デルン子爵家の領地にはたくさんの農村があり、ウチの何10倍もの穀物が収穫できるそうよ」


「これの何10倍も・・・そいつはすげえや」


 エルはただただ感心するばかりだったが、タニアはムッとした表情で怒り出した。


「お嬢様にタメ口など失礼ではないかっ! ちゃんと敬語を使え」


「す、すまん・・・いやすみませんでした」


 申し訳なさそうに頭を掻くエルにベリーズは、


「敬語など使わなくて結構です。タニア、この人たちは我が領民ではなくただの冒険者でしょ」


「承知いたしました、お嬢様。エル、お嬢様のお許しが出たから、お前はもう敬語を話さなくてもよい」


「お、そうか。どうも俺は敬語が苦手で、さっきから舌を噛みそうで参ってたんだよ」


 エルが頭を掻きながら笑うとベリーズもニッコリほほ笑んで、


「そんなことより、もっと近くで農夫たちの仕事を見てみましょうよ」


 言うが早いか、ベリーズは農夫たちの方に一人で駆けて行った。


「ちょっとお待ちください、ベリーズお嬢様っ!」


 慌ててベリーズの後を追いかけるタニアに、エルたちもすぐ後に続く。


 確かにジャンの言う通り、このベリーズはかなり変わった貴族令嬢で、タニアはそのお守り役なのだ。


 ベリーズが農夫たちに声をかけると全員が腰を抜かして驚き、ペコペコと頭を下げている。


「今年は豊作で本当によかったわね」


「へへえっ! これも旦那様やベリーズお嬢様のおかげでごぜえますだ」


「そんなことないわよ。今年は天候もよかったし、害虫があまり出なかったからだと聞いているわ」


「もちろんそれもありますが、モンスターや盗賊に荒らされなかったのが一番の理由です。それもこれも、アレス騎士団あっての賜物で」


「だったらこのタニアに礼を言いなさい。彼女も農村の警備を頑張っていた騎士の一人なのですから」


「そうでしたか! タニア様、どうもありがとうごぜえますだ」


「うむ。この農地もお前たち民草も、全ては我が主であるアレス騎士爵家の所有物ゆえ、それを守るのが騎士の務めだからな」




 エルはそんなベリーズと農夫たちの会話を聞いて、ふと思った。


 彼らは身分上は平民だが、街の人々と違ってアレス騎士爵家の所有物のように扱われ、まるで自分と同じ奴隷のようだと。


 それに彼らの身なりもとても貧しく、奴隷のように痩せ細っている者はいないけれど、ずんぐりむっくりした体格で肌が浅黒く、男なのに全員エルやシェリアより背が低い。


 この農夫たちを見ると、ベリーズの言うとおりエルたちとの容姿の違いがハッキリ分かるが、ギルドにいる冒険者たちは男女とも身体の大きな者が多く、身体的特徴だけで貴族と平民を区別するのは、少し乱暴な気もしてきた。


「うーん、分からん・・・」


 エルが頭を混乱させていると、突然ベリーズの声が聞こえた。


「今度は脱穀の様子を見に行きます。走るわよ!」


 そう言って急に走り出したベリーズに、みんなは慌ててその後をついて行くのだった。

 次回「貴族と平民」。お楽しみに。


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