第30話 エピローグ
エルたちの共同生活がスタートした。
ラヴィは一人宿に留守番するため魔法の練習に没頭し、キャティーはインテリをお供に付けて街の衣料品店に働きに出る。
そしてメンバーが3人に増えた冒険者パーティー「獄炎の総番長」は、モンスターを狩りながらの戦闘訓練により、戦力の底上げと借金返済に邁進する。
そんな活動初日の今日は、中級モンスター「アダマンタートル」討伐クエスト。
クエストランクはCで、平均して10G~30Gの報酬が見込まれるやや危険なクエストだ。
現在冒険者ランクとパーティーランクがともにDのエルにとっては挑戦できる上限のクエストだが、シェリアもカサンドラも別格の強さであり、エミリーさんも太鼓判を押して勧めてくれた。
そんなクエストはモンスターが跋扈するいつもの荒野が舞台となるが、午前中はシェリアの魔法を中心に3人の連携攻撃を練習する。
基本的にはシェリアの魔法で撃ち洩らした残敵を、エルとカサンドラでトドメを刺すという戦術だが、自由に撃たせるとどこに飛んでいくか分からないシェリアの魔法にカサンドラはただ呆れるばかりだった。
「破壊力は凄まじいしこのパーティーのエースであることは間違いない。特にあのエクスプロージョンは、まともに喰らえばオーガ騎士団などひとたまりもないだろう。だが当たらなければどうしようもない」
そんなカサンドラも、シェリアの魔法を敵に命中させるために自らが標的となり、モンスターと一緒に地獄の業火に焼かれるエルの自爆プレイに感心する。
「それにしても凄いのがエル殿だ。シェリア殿が力を抑えているとは言え、あの強烈なエクスプロージョンを食らって怪我一つしない強靭な騎士など我がオーガ騎士団には一人もいないかった」
そんなエルは、爆裂魔法で地面が吹き飛んだクレーターの底から這い上がると、黒焦げになったモンスターを引きずりながらシェリアに文句を言い始めた。
「おいシェリア。これじゃ素材として売れる部位まで真っ黒こげじゃないか。もっと火加減を調節しないと報酬が稼げないぞ」
「だってこれ以上火力を抑えるのは無理よ。むしろ逆に私の本気のエクスプロージョンを試してみない?」
「アホかっ! ノーコン魔法使いのシェリアがそんなものをぶっ放したら、最早災害だし俺も死ぬ。シェリアはまず魔法のコントロールを練習するのが先だ」
「・・・つまらないけどそうするしかないみたいね。じゃあ次はエルの魔法の練習でもしよっか」
「おおっ! いよいよあの魔法を試す時が来たか」
「ええ。二人でやってみましょうよ」
エルは詠唱の練習は何度もやったもの、実際に魔法を発動させるのはこれが初めてだ。
二人が向かい合わせに立つと、シェリアの動きに合わせてエルが同じポーズを取る。
下っ腹に力を込めて両拳を握り脇を締める。そして大きく息を吸って力いっぱい「押忍!」と叫び、ゆっくり魔法の詠唱を始めた。
【不動明王伐折羅神将 虚空刹那破魔煉獄 帝王羅漢之男魂 光属性初級魔法・エンパワー】
エルの装備の右腕部分にセットされた光の魔石が反応して小さな魔方陣が展開し、真っ白なオーラが地面から沸き上がって竜巻のように渦を巻きながらエルの全身を包み込む。
そのオーラがエルの身体に吸収されていくと、全身がオーラで満たされていった。
「押忍!」
そしてもう一度気合いを入れるとそれを合図に全身がほのかに輝き始めた。
その状態でエルは、前方をゆっくり歩いている巨大な亀型モンスター「アダマンタートル」の後ろに素早く回り込むと甲羅を手で掴んでゆっくり持ち上げる。
「ぐぬぬぬっ・・・うおりゃーっ!」
さっき試しに素手で持ち上げてもびくともしなかったアダマンタートルが、今度はゆっくり地面から持ち上げられていく。そしてエルの頭上に高々と掲げると力いっぱいにそれを放り投げた。
腹を上に向けた状態で足をバタつかせながら宙を舞うアダマンタートル。
ズシーーーーンンッ!
甲羅を下にしてひっくり返ったアダマンタートルに、シェリアはガッツポーズをして喜ぶ。
「やったわねエル。魔法は成功よ!」
「これが光属性魔法エンパワーの威力か。あの巨大なモンスターを素手で持ち上げられるなんて、本当に信じられねえぜ」
「本当はここまで凄い魔法じゃないんだけれど、元々エルは力持ちだし光魔法の才能もあるみたいだしね」
「だが気に入った! 俺はこの魔法を極めるぞ」
「そうね。エルはまだ詠唱がぎこちないし、練習すればもっと強くなれるはずよ」
だがそんな話をしているうちに、アダマンタートルは身体をひねらせて、元の体勢に戻ろうとする。
「おっとマズい。カサンドラ、とどめを刺してくれ」
エルがそう指示を出すとカサンドラは、
「よし、それでは行かせてもらおう!」
そう言って細身の剣を抜いて大上段に構え、大きくジャンプしながら剣を振り下ろしてアダマンタートルの腹部を深く突き刺した。
ズドーーーーンッ!
細身の片手剣のはずなのに、カサンドラの放った一撃によって腹部の甲羅が打ち砕かれると、急所である魔核にまで剣が到達した。
そしてジタバタともがいていたアダマンタートルが一瞬ビクッと震えると、静かにその動きを止めた。
「凄い! ・・・なんていう重い一撃なんだ」
驚愕したエルがそうつぶやくと、後ろを振り返ったカサンドラが一言、
「オーガ流剣術奥義岩石割り」
「これがオーガ流剣術なのか・・・」
昼休みはキャティーの作ってくれたサンドイッチを食べて少し休憩し、午後はカサンドラを中心とした攻撃連携の確認とオーガ流剣術の鍛錬へと続く。
午後の戦術は単純で、防御力の高いエルとシェリアの二人が盾となり、カサンドラが一撃必殺の攻撃を叩き込むというオーソドックスなものだ。
アダマンタートルを前にカサンドラが大声で二人に指示を飛ばすが、さすが騎士団長だけあって状況判断が素早く的確で指示も明確。
個人としての剣技も超一流で、攻防一体の彼女に付け入る隙などなさそうだ。
そんなカサンドラは、エルを騎士として育てようと考えており、積極的に攻撃に加わるよう指示を出す。そしてエルの戦いを見てカサンドラは目を細める。
「エル殿は実戦慣れしているようだな。動きが機敏で状況判断に優れ、戦いの勘所をよく押さえている」
「そこまで褒められるとなんか照れてしまうが、俺のはいわゆるケンカ殺法で、剣術も見様見真似なんだ」
「それは見てれば分かる。たしかに剣技は我流だが、オーガ流剣術を身につければエル殿の攻撃力は飛躍的に増すはずだ」
「オーガ流剣術か! もし教えてくれるなら俺も望むところだし、遠慮せずどんどん鍛えてほしい」
「もちろんそのつもりだ。そもそもオーガ流剣術とはオーガ族の持つ並外れたパワーを余すところなく剣に乗せるところにあり、本来は非力な人族が身に着けてもその効果は全く得られん。だがエル殿には人族らしからぬパワーがあり、オーガ流剣術を十分に生かす素養があるのだ」
「そこが不思議なんだが、俺は無駄に胸と尻がデカイだけの非力な女なのに、なぜか身体から力が沸いて来て、奴隷長屋の壁はおろかデニーロの屋敷の門扉まで素手で風穴をあけられたんだよ」
「私の見る限り、エル殿の身体は女性にしては十分以上の筋肉が備わっている。もちろんそれだけではエル殿のパワーを説明することはできなかったが、何らかの魔力がそうさせているのかも知れん。いずれにせよエル殿にはオーガ流剣術の素養があるはずだし、早速岩石割りの極意を伝授しよう」
カサンドラが目線を送ったのは高さが数メートルにも及ぶ大きな岩石で、これで岩石割りの訓練をするつもりのようだ。
◇
カサンドラから教わった型でエルは岩石割りを何度も試してみたが、岩に傷一つつけることができない。
「ダメだ。俺にはオーガ流剣術の才能がなかったか」
ガックリ肩を落として項垂れるエル。だがカサンドラは顎に手を当てて何かを考えている。そして、
「エル殿は練習を始めたばかりだから、まだ正しい型が身に付いていない。だが筋はいいし、そのうち技も使えるようになるだろう」
「本当か、カサンドラ?」
「ああ。だが私に一つ思いついたことがある」
「思いついたこと?」
「この技はパワーさえあれば、多少雑に行っても技は発動する。だからエル殿、エンパワーを使った状態でもう一度試してみないか」
「エンパワーと岩石割りを同時に使うのか・・・早速やってみよう!」
エルは仁王立ちになると、腹の下に力を込めて両拳を握り締め「押忍!」と掛け声をかけた。そして、
【不動明王伐折羅神将 虚空刹那破魔煉獄 帝王羅漢之男魂 光属性初級魔法・エンパワー】
もう一度エルが「押忍」と気合を入れ、剣を大上段に構える。
するとエルの全身を満たしていたオーラの一部が剣先にまで伝わり、その状態でエルは剣を軽く振り下ろして岩石割りを試みた。
ドゴーーーーンッ!
その剣の与えた衝撃は凄まじく、さっきはびくともしなかった岩石の一部が粉々に砕け散った。
「凄い・・・なんて破壊力だ」
エルは剣先を見つめるが、岩を砕いたにも関わらず特に刃こぼれもせず銀色に輝いている。
「凄いじゃないエル! 早速エンパワーが役に立ったわね!」
「ありがとうシェリア、おかげで一気に強くなれた気がするよ」
「エル殿はやはりオーガ流剣術の素質があるようだ。基礎からしっかり鍛錬を積めば、エンパワーなしでも岩石割りが使えるようになるし、さらに威力が増してくるはずだ」
「ありがとうカサンドラ! これからもどんどん俺を鍛えてくれ」
こうしてエルは毎日休まずクエストをこなし、朝から晩まで訓練に明け暮れた。
そして1か月が経ち、奴隷商会「アバター」の借金を返す日が明日に迫っていた。
次回、新章スタート。お楽しみに。
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