第24話 新生活の始まり
エルはナギ工房に足を運び、ナギ爺さんにDランク昇格の報告とラヴィたち3人を紹介した。
ナギ爺さんはもちろん腰を抜かして驚き、
「これが噂に聞く亜人種族か・・・本物を見るのは初めてじゃが、こりゃおったまげたわい」
「コイツらがあまりにも可哀相で、奴隷商会に借金してまで買っちまったよ。おかげで俺は一文無しだ」
「だがエル坊、本当にいいことをしたな」
そう言ってナギ爺さんは満足そうに笑った。
「ところで、こんな朝っぱらからここに来たということは、その娘たちの装備を整えたいんじゃろ」
「カサンドラの分だけでいいんだけど、彼女はオーガ族で騎士団長を務めていたほどの手練れ。ゆくゆくはそれに見合った装備を揃えたいと思っているが、今はツケで買える安い装備を譲ってほしいんだ・・・」
エルが申し訳なさそうに頼むと、突然ナギ爺さんが怒り出した。
「バカもん! なに水臭いこと言ってやがるエル坊。Dランク昇格祝いにワシがとびきりいいのを見繕ってやるから、そこで待ってろ」
「爺さん・・・」
そう言って爺さんが勢い良く倉庫に向かうと、彼女の装備を台車に乗せて戻って来た。
「オーガ族の娘は身体が大きすぎるから男物しか合うサイズのものがなかった。だからエル坊のようなフル装備とはいかないが、軽量の盾や小手、具足を中心に組み合わせてみた。どうじゃ」
そう言ってナギ爺さんが手にしたのは黒い金属製の具足で、いかにも軽くて丈夫そうだった。
「なんか高価そうな装備ばかりだが、本当にいいのかナギ爺さん」
「遠慮せずに早速着けてみるがいい」
ナギ爺さんから防具一式を渡されたカサンドラは、早速それを身につけて身体を動かしてみた。
「これが人族用の装備か。ほとんど重さを感じないのにこれだけの強度。凄い・・・」
黒で統一されたその防具は父ちゃんの古着のデザインにとてもマッチしていたが、ナギ爺さんによると、かつて俊足のアサシンが使っていた装備らしく、スピード重視の細身の片手剣が合うらしい。
一方カサンドラの本職は重槍騎兵だったそうだが、聞くと剣も斧も弓も難なく扱えるらしく、モンスター相手の冒険者の場合は剣の方が取り回しがよく応用が利くため、ナギ爺さんの言う通り片手剣を持つことに決めた。
剣はエル同様、中古の量産品を使うことになるが、それを軽くふって感触を確かめるカサンドラを見て、ナギ爺さんは感心するように言った。
「こうして二人並ぶと、エル坊がお転婆な姫騎士で、カサンドラはお嬢様を守る手練れの執事じゃな」
「俺がお転婆な姫騎士だとっ!?」
「金持ちの嬢ちゃん風のラヴィとメイドのキャティーを連れていると、余計そう見えるわい」
「真の男を目指すこの俺がバカな・・・ガクッ」
そう言って力なく項垂れたエルだったが、カサンドラはナギ爺さんに深々と頭を下げた。
「このような素晴らしい装備をいただき、本当にかたじけない。この恩をどう返せばいいのか・・・」
「よいよい。そいつをくれてやる代わりに、エル坊をしっかり守ってやってくれ。コイツはワシの孫みたいなものだから命を失ったり大怪我をしたりしないか、いつも心配でならんのじゃよ」
「そうでしたか・・・ではエル殿の護衛、しかと承知仕った。このカサンドラ、エル殿をお守りしつつ立派な騎士となるよう見事鍛え上げて見せましょう」
◇
ナギ爺さんに礼を言って工房を後にしたエルたちは、ギルドで紹介してもらった安宿へと向かった。
その宿は繁華街の外れにあり、貧民街ともそれほど距離が離れていなかったが街の治安はそこそこ良く、宿屋も頑丈な作りでその安全性は冒険者ギルドが太鼓判を押していた。
古いレンガ作りのその建物は地上4階建てで、1階は受付や食事処、共通設備、厨房などがあり、2階と3階が一般の客室になっている。
そして4階部分が男子禁制の女冒険者専用の客室になっているが、そこへは受付脇の専用階段からしか入れない構造になっていて、受付のオバサンが不審者に目を光らせている徹底ぶりだ。
なおインテリは体長20cmの妖精だったため、他の部屋には絶対に立ち入らないことを条件に宿泊が許された。
さてエルたちが借りたのは二人部屋だったが、シェリアの宿と違って風呂場も納屋もなく、寝室が一つあるだけのシンプルなものだ。
もちろん奴隷のエルにとっては自宅の奴隷小屋より格段に広くて清潔で、エルの兄弟が全員眠れそうなダブルベッドもあるため、文句のつけようがなかった。
ここを月10Gで借りることになったのだが、これは10人家族の貧民1か月分の食費に相当する。
「さあこの部屋がこれから俺たち5人が暮らす新しい家だ。少し狭く感じるかも知れないが、俺の家族全員を奴隷から解放するまでは、ここを拠点にクエストに挑んでいくことになる」
エルがそう話すと、ラヴィはキラキラした目で、
「ずっとラヴィは地下牢で奴隷のお世話をしていたから、こんな素敵なお部屋に住めるなんて夢みたいっ。これからはエルお姉ちゃんのお世話を頑張るね」
「俺の世話って・・・自分のことは自分でするから、ラヴィは自分がしたいことを好きにしてくれていい」
「じゃあラヴィはエルお姉ちゃんのお世話をする!」
「・・・それがラヴィのしたいことなら別に構わないけど、俺の世話なんてあまり面白くないと思うぞ」
ラヴィが嬉しそうにエルに抱きつくと、今度はキャティーが真剣な顔でエルに提案した。
「この部屋には何もなく殺風景ですし、5人の生活を立ち上げるにも色々な物が不足しています。少しずつ揃えて行けばいい思いますが、そのためのお金を稼ぎたいのでわたしも働きに出ます」
「確かに、この部屋には食器の一枚もないし、みんなの服も母ちゃんが作ってくれたその1着だけだしな。やっぱり女の子はそれじゃ足りないよな・・・」
エルが気を利かせてそう言うと、だがキャティーは突然語気を強めて、
「足りないのはエルお嬢様の服の方です!」
「俺の服ならちゃんとあるし、十分足りてるぞ」
「何を言ってるんですか! お嬢様の服ってその甲冑のことですよね! それを脱ぐと冒険者用のインナーが一組あるだけじゃないですかっ!」
「それで十分だと思うが、何か変か?」
「変です!」
「夜は甲冑を着たまま仮眠を取るだけだし、風呂に入る時以外は甲冑があれば大丈夫だ。それに俺が持ってる他の服って、体形を誤魔化すために着ていたダブダブの服だけで、下着なんか一枚も持ってないぞ」
「エルお嬢様、なんとお痛わしい・・・」
「それにエミリーさんにもらったこのインナーがあれば、シェリアの風呂を借りるついでにそこで洗濯できるし、着たまま乾かせば終いだろ。男なんて大体そんなもんだ」
「・・・お嬢様のお話はもう分かりました。やはり最初に揃えるべきはエルお嬢様のお洋服ですっ!」
「いやだから俺は服なんかいらないし、みんなの服を買い揃えてくれよ」
「いいえ! 今のお話を聞いて決心しました。わたしは急いで働き口を見つけて、お嬢様にふさわしいお洋服をたくさん揃えますっ!」
エルが何を言ってもキャティーは涙を浮かべて力説するだけなので、エルも仕方なく、
「もう分かったからキャティーの好きにすればいい。でもキャティーの外見は目立つし、外に働きに出るのは無理じゃないのか? ネコ耳は頭巾で上手く隠せても目はネコのままだしな」
そうエルが言うと、キャティーは目をぎゅっとつぶって再び開いた。すると瞳は金色のままだったが人間と同じような瞳に変化した。
「猫人族は瞳を自由に変えられるんです。でも昨日みたいに感情が昂ると猫の目に戻ってしまいますが」
「へえ・・・便利なものだな。確かに今のキャティーなら人間に見えるし、働きに出ても大丈夫みたいだ。おいインテリ、お前はキャティーに付いてやれ」
「へいアニキ。人間界のことならこのワイに何でも聞いてくれてかまへんで、キャティーはん」
「ありがとう妖精さん。後で一緒に仕事を探しに出掛けましょうね!」
最後に話しかけて来たのはカサンドラだ。
「私は冒険者としてエル殿とともに戦い、大望である奴隷解放を1日でも早く実現できるよう頑張りたい」
「ああ期待してるぞ。早速だがこれからギルドに戻って、カサンドラの冒険者登録をしよう。お前には俺たちのパーティ「獄炎の総番長」に入ってもらう」
「承知した。ところでそのパーティには他にどのようなメンバーがいるのだ」
「一人だけだが、炎の魔法使いシェリアがいる。俺より年上で冒険者ランクも一つ上のCだ」
「それは頼もしい。オーガ騎士団に魔術師はいなかったので、彼女のお手並みを是非拝見させて頂きたい」
「・・・そこはあまり期待しない方がいい。シェリアは、あのナーシスより凄い魔法が使えるんだが、残念なことにそれが敵に当たらないんだよ」
「・・・それは残念な魔法使いですね」
「まあな。だが火力だけはケタ外れだから、上手く工夫すれば相当な戦力になると思うんだ。実質ウチのエースだしな」
「なるほど、彼女に会うのが楽しみです」
「よし俺たち二人は今からギルドに戻るけど、ラヴィは絶対にこの部屋から外に出るな。キャティーも仕事を探すのはいいが貧民街には絶対に近付くな。インテリはキャティーのことをよろしく頼むぞ」
次回「妖精の祝福クエスト再び」。お楽しみに。
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