第22話 エピローグ
ボロ布を頭からスッポリと被った亜人3人を連れ、エルは奴隷長屋の我が家に帰ってきた。
すっかり日は暮れて、家には両親も帰宅して家族全員でテーブルを囲んでいた。
「ただいま父ちゃん、母ちゃん。昨日は俺の昇格祝いで家に帰れなかったが、心配かけてすまなかったな」
すると母ちゃんが椅子から立ち上がって、エルのそばに駆け寄った。
「もう昇格したのかい、エル。だけどあんたは一人前の冒険者だしこの辺りの盗賊を一網打尽にできるほど強いから、一晩くらい帰らなくても母ちゃんも父ちゃんも心配なんかしてないよ」
「それもそうか・・・これからは高額クエストでしばらく家を留守にすることもあるだろうし、いちいち心配なんかしてられないよな」
「そうだよエル。ところで後ろにいる人たちは?」
「この3人は俺の新しい仲間で、今日から一緒に暮らすことにしたんだ」
エルの合図で3人が頭にかぶった布を下ろしてその素顔を見せると、家族全員が腰を抜かして驚いた。
「ええっ! 一体何者なんだいその娘たちは」
◇
エルは奴隷オークションで可哀そうな彼女たち3人を300Gで買い取ったこと、そして彼女たちの身の上ついて知っていることを家族に話した。
奴隷商なんかに借金してしまい両親に咎められないか心配したエルだったが、二人ともにっこり笑うと、エルの行いを褒めてくれた。
一方弟たちは、300Gもの大金にさすがに驚いたものの、すぐに3人の周りを取り囲むと嬉しそうにはしゃぎ始めた。
「エル兄! このデカい姉ちゃんは頭に角が生えてるし、もう一人の姉ちゃんは顔がネコだぞ!」
「このちっちゃい女の子は俺より年下だよな?」
ヨブがそう尋ねるとエルは、
「この3人は全員10歳だ。だがラヴィ以外はもう大人だけどな」
エルの答えにジェフとヨブが唖然とする。
「ええっ! この姉ちゃんたち、俺より年下かよ」
「このラヴィって子は、どうみても8歳ぐらいにしか見えないや」
「亜人ってのは、種族によって成長の早さがバラバラなんだよ。どうだすごいだろ!」
「「キモ妖精なんかより、全然すごいよ!」」
弟たちが口を揃えてそう言うと、インテリがショックを受けてエルに泣きついた。
「ひどいっ! いくらアニキの弟とは言え、妖精であるワイに対するリスペクトが全く感じられへん!」
「泣くなインテリ。お前も十分珍しい生き物だし、気持ち悪さでは右に出る者はいない」
「それ、慰めになってまへんがな!」
だがいつまでも大騒ぎを続ける弟たちに、マーヤは呆れるように言った。
「そろそろ静かにしな、あんたたち。ご近所さんに迷惑だよ」
「はーい・・・」
「それにしても母ちゃんも亜人を見るのは初めてだけど、父ちゃんは見たことがあるのかい?」
そう尋ねるマーヤにオットーは、
「父ちゃんも本物を見るのは初めてだ。南方の大陸に住んでいるという話は昔聞いたことがあるがな」
それを聞いたエルは、オットーに食い入るように尋ねた。
「その南方の大陸ってどこにあるんだ? みんな故郷に帰りたがっているが、場所がわからなくて困ってたんだよ」
「場所か。たしかこの国のはるか南の果てにあって、途中には広い砂漠があったり高い山脈が連なっていたりと、簡単にはたどり着けない場所らしい」
「そうか。結構遠いんだな・・・」
「そう残念がることもない。お前は冒険者になったんだから、いずれその大陸に行く方法が見つかるはず。まあ気長にやればいいさ」
そう言ってオットーは満足そうに酒を飲み始めたが、マーヤは少し困った表情で、
「ところでエル、さっきその娘たちと一緒に暮らすって言ってたけど、見てのとおりウチは手狭でここには置いておけないよ」
「確かにウチは狭いよな。俺たち兄弟もみんな大きくなったし、これ以上人が増えても寝る場所がないな」
「今夜は母ちゃんたちのベッドをその娘たちに使わせてやるけど、明日になったら家を探すんだね」
「家か・・・だがシェリアと違ってこいつらには金がないし、俺も借金を返すのに忙しくて余計な金はかけられない」
「うちみたいな奴隷長屋なら金はかからないけど、その娘たちのことをデニーロの旦那に知られたら厄介ごとが起きそうだし、みんな綺麗な顔をしているから貧民街の悪い男たちに襲われちまうよ」
「そうだった。嫌なことを思い出したぜ」
貧民街は治安が悪く、エル自身も近所の悪ガキに襲われそうになったばかりである。だから安全を確保するには、ちゃんとしたエリアに相応の金を払って家を借りる必要がある。
するとインテリがエルの肩に乗ると、
「ワイが心配してたのはまさにそのことですわ。家賃もそうやけど全員分の食事や衣服にも金がかかるし、何でもタダで済ませてた今までとはちゃいますで」
「俺はこれまでと同じペースで稼げるつもりでいたが、1か月で135Gは意外と厳しいのか」
「家賃を極力抑えて、食事も野菜くずを中心としたヘルシーな感じにすれば可能やと思いますけど、やはり冒険者にはスタミナが必要やし、ちゃんと肉を食べて身体づくりした方がええと思いますわ」
「とにかく俺たちはこの家を出てみんなで新生活を立ち上げる必要があるが、金のことはインテリに任せるから、ちゃんと借金が返せるよう俺に指示してくれ」
「了解っす!」
夜も更けて弟たちが全員寝室で眠りにつき、亜人たちは両親の寝室を一晩借りることになったのだが、エルがいつものように家の扉の前に腰を下ろして外の警戒を始めると、カサンドラが向かいに座ってエルに言った。
「今夜は私が外の見張りをしますので、エル殿は身体を休めてほしい」
「そうか。ならカサンドラに任せようかな」
「承知」
エルは自分の剣をカサンドラに渡し、久しぶりに装備を全て外してインナーだけの姿で眠ることにしたのだが、その姿を見たキャティーが騒ぎ出した。
「きゃーっ! エルお嬢様、なんてお美しい・・・」
「・・・そう言えばキャティーたちにはまだ俺の素顔を見せてなかったな。今はこんな無様な女の姿をしているが、まあよろしく頼むよ」
「ええ、お任せください! そんな無骨で色気のない冒険者用のインナーではなく、お嬢様にふさわしい素敵なお洋服をたくさん作って差し上げます!」
「お、おう・・・」
突然何かのスイッチが入ったキャティーに一抹の不安を感じたエルだったが、カサンドラは全く別の反応を見せる。
「エル殿のそのお顔は・・・まさか」
「どうしたんだカサンドラ。俺の顔がそんなに変か」
「いや・・・おそらく他人のそら似か。失礼した」
「他人のそら似?」
カサンドラの態度も少し気になったエルだったが、彼女がそれ以上何も話さなかったため、エルは疲れた身体を休めに寝室に入って行った。
◇
落札したはずの亜人を全て没収されて怒りの収まらないナーシス・デルンは、代わりの奴隷を買い求めるため、深夜にこっそりデニーロ商会を訪れていた。
ナーシスを丁重に出迎えた会頭のデニーロは、奴隷オークションの顛末を聞くと、ナーシスに尋ねた。
「そのエルという女騎士に心当たりがあるのですが」
「何だと? ひょっとしてお前の所の顧客なのか」
「顧客なんてとんでもない。私が所有している奴隷にエルという小娘がいて、そいつも赤い鎧を着た冒険者なんですよ」
「奴隷だと? なら人違いだな。彼女には俺の魔法が全く通用しなかったし、あの強力な魔力を考えると、ヒューバート伯爵家の人間でまず間違いない」
「魔力ですか・・・私ども平民には感じることもできませんが、ナーシス閣下がそう仰られるならそのエルという女騎士は貴族令嬢なのでしょうね」
「だが、そのクソ女のせいで俺は奴隷商会から出禁を食らってしまった。くそっ!」
「それでウチに来られたのですか。ウチは奴隷商人ではないので本当は奴隷を売ってはいけないのですが、ナーシス閣下のご用命とあれば何でも取り揃えさせて頂きます。してどんな奴隷女をご所望で」
「そうだな・・・今日手に入れそこなった亜人どもとよく似たタイプの女が欲しい」
「亜人はさすがに対応しかねますが・・・」
「もちろん人間で構わんから、いい声で泣き叫ぶ女、反抗的で気の強い女、そして薄幸そうな幼女だ」
「・・・承知しました。どれも難しい条件ではありますが、何とか探しだして近いうちに閣下の別宅の方に納入させていただきます」
「うむ。よろしく頼んだぞデニーロ」
◇
ナーシスが別の奴隷を買い付けたのと同じ頃、奴隷商会「アバター」のオーナー室では、二人の男が密談をしていた。
その一人はもちろんここのオーナーだが、もう一人は風来坊のジャンだ。
だが、ただの雇われ用心棒であるジャンの方が広々とした豪華な執務席に座り、この部屋の主であるはずのオーナーがその前で起立していた。
そんなオーナーがジャンに尋ねる。
「今日のオークションは、あれでよろしかったのでしょうか」
するとジャンは満足そうに、
「今日はご苦労だったなオーナー。おかげでエルという人間がよく理解できたよ」
「それは良うございました。奴隷商人である私が言うのもなんですが、彼女には十分過ぎるほどの正義感があり、そして他人を思いやる優しさもお持ちです」
「そうだな。俺は彼女に合格点を与えたいところだが、あいにくそれを決めるのは俺じゃなくお嬢だ」
「そうでしたね。それにエル君はなかなか男らしいお嬢様で、そういう所もあのお方とそっくりですね」
「ハッハッハ! お嬢にはそれも伝えておくよ。だがエルはずっと奴隷として生きて来たので、狭い世界のことしか知らない。もっと世の中のことを勉強して色んな経験を積む必要がある」
「ええ。いきなりナーシス・デルンにケンカを売った時はさすがに肝が冷えました。まだまだ彼女には危うい所がありそうですね」
「うむ。冒険者となったエルはこれから様々な苦難に直面するだろうが、それに彼女がどう立ち向かっていくのか、今後は少し近い場所からあの娘の成長ぶりを拝ませてもらうことにするよ」
「承知しました。ではここの用心棒はお辞めになられるのですか、ジャン・ヒューバート伯爵閣下」
「ああ。エルが奴隷商人に売られる可能性はもう考えなくても良さそうだからな。だが、もしものことがあれば彼女を助けてやってくれ、オーナー」
「もちろんでごさいます、閣下」
次回、新章スタート。お楽しみに。
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