第20話 ラヴィ
用心棒たちがオークション参加者を次々と連行していく中、ジャンがエルの肩を軽く叩いた。
「さあて、騒ぎの元凶であるお前さんにも事情聴取をさせて貰うとするか。こっちに来るんだエル」
「ああ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
エルはあっさり了承すると、ジャンに連れられて舞台裏の奴隷控え室まで戻って行った。
部屋に転がっていた椅子にドッかと腰を下ろしたジャンは、エルにもその辺の椅子を適当に並べて近くに座るよう指示する。
エルは肩にインテリを乗せてジャンと向かい合って座ったが、しばらく待つとオーナーも控え室に入って来てジャンの隣に腰をかけた。
そこでようやくジャンは話を切り出す。
「さて事情聴取をするとは言ってみたが、お前さんに聞くことは特にない」
「はあ?!」
「むしろお前さんの方に聞きたいことがあるはずだ。まあ、俺に答えられる質問はそれほど多くないから、さっきの種明かしをして行こうと思う。たぶん一番気になっているのは、何でお前さんの荷物から参加証が出て来たかだろう」
「そうだった! あの参加証は何なんだ。俺が貴族って一体何の冗談だよ」
「あれは、お前さんがオークション会場に乗り込んで行ったのを見て慌てて俺が作った偽物だよ。もちろん参加証自体はここにいるオーナーのサイン入りの本物だがな」
「つまり俺はジャンの機転に助けられたと言うことか。素直に礼を言うよ、ありがとう。だが俺の鎧にヒューバート家の紋章があったなんて、今の今まで気がつかなかったよ」
「ん? そんなものは初めからないぞ。さっきナーシスが見てたのは、俺がとっさに張り付けた紋章シールコレクションだ。見ろよカッコいいだろ」
そう言うとジャンは、エルの鎧の肩口に手を伸ばして、張っていたシールを剥がしてエルに渡した。
「全くお前さんは、あれほど貴族には逆らうなと忠告しておいたのに、本当に命知らずな奴だ」
「全くもってスマン。だがラヴィがナーシスに買われていくあの状況を、男として絶対に見過ごせなかったんだ。あそこで何もしなかったら死んでも後悔する」
「男としてってお前さんは女だろ! まあいい。それにあそこで騒ぎを起こしてくれたから今回の幕引きができた。そこはオーナーも感謝している」
「オーナーが?」
すると隣で話を聞いていたオーナーがエルにニッコリ微笑むと、
「ええ、今回は本当に助かりました。談合が行われていると聞いてどう対処するか頭を悩ませましたが、君がナーシスともめ事を起こしてくれたおかげでオーナー裁定を行うことができ、一番楽に処理することが出来ました。ありがとうエル君」
「え? いや、そんな・・・」
エルとしては、談合の対処をするために騒ぎを起こしたわけではないし、そもそも奴隷商人なんかの役に立っても嬉しいどころか逆に腹が立つ。
だが結果として自分の命が救われ、ラヴィも買い取られずに済んだのだから、一切文句は言えなかった。
「それにしてもよく談合の共犯者がわかりましたね。奴隷商人ギルドの情報網ってすごいな」
だがオーナーは腹を抱えて笑うと今回の顛末をエルに教えてくれた。
「あれはハッタリだよ。本当にギルドから談合の情報があればオークションなど初めから開催してないさ」
「ハッタリ・・・だったのか。でも用心棒たちは犯人を特定して次々に連行して行ったが」
「あれだけ大掛かりな談合なんだから、適当に参加者を捕まえても何らかの関与はしているはずだろ。まあ大人しく連行されている時点で自供しているのにほぼ等しいが、みんな奴隷商人ギルドの恐さを知っているから、逆らわずに条件交渉をするつもりなんだろ」
「マジかよ・・・」
全ての疑問が解消され、ドッと疲れが出たエルだったが、控室の扉が開くと奴隷商会の従業員に連れられたラヴィが中に入って来た。
人形のような可愛い服を着たラヴィは、だが奴隷にならずに済んだ喜びはなく、今にも泣きそうな顔でエルに近づいてきた。
エルは、ラヴィの傷ついた心を慰めてあげようと声をかける。
「ラヴィ、そんな悲しそうな顔をするな。さっきのオークションでは談合が行われていたから値段が下がっただけなんだよ。ラヴィが誰からも必要とされなかった訳ではなかったんだ。だから・・・」
だがエルの言葉を遮るように、ラヴィは叫んだ。
「違うの! あの時はラヴィも悲しかったけど、今はもっと悲しいの!」
「ラヴィ?」
「どうしてエルお姉ちゃんは、ラヴィのために大切なお金を全部使っちゃったの!」
「だってそれは、ラヴィを助けようと」
「あれはエルお姉ちゃんの大切なお金でしょ! あれでエルお姉ちゃんはお父さんやお母さんや兄弟たちを奴隷から解放したかったんでしょ! なのにどうしてラヴィなんかに使っちゃったの! うわあああん!」
ラヴィはそれだけ言うと大声で泣き出した。そんなラヴィの頭をそっと撫でて、
「優しい子だなラヴィは。でもそんなことをラヴィは気にしなくていい。冒険者を続けていれば100Gなんか2週間で稼げる金額だ。それでラヴィが助かったんだから俺は嬉しいし、俺の家族も喜んでくれるよ」
「・・・本当に?」
「本当だ。だから何も気にしなくていいんだ」
そしてエルはオーナーに向き直ると、
「聞いての通り俺は奴隷だ。しかも参加証も持たずにラヴィを落札した。この場合取引は成立するのか」
するとオーナーはニッコリ笑って、
「君が奴隷かどうかに関係なく参加証があればオークションへの参加が可能だ。そしてその参加証はさっき急ごしらえした偽名の物だが、一応私のサインが入った本物ではある」
「・・・つまりラヴィは」
「会場でも言った通り、ラヴィは君の物だ」
「そうか・・・今の話を聞いたかラヴィ、お前はもうここの奴隷ではなくなった。今日からは自由だ」
「・・・自由?」
「ああ自由だ。もう誰からも命令されることはないし、自分の人生は自分で決めることができる」
「自分の人生は自分で・・・」
突然のことにキョトンとするラヴィだったが、オーナーがそのことで俺に確認を求めた。
「エル君、君はラヴィの所有者となった訳だが、奴隷紋の書き換えを今ここでやっておくかね?」
「いやその必要はない。ラヴィは奴隷から解放する」
「せっかく100Gも払って手に入れたのに、本当にそれでいいのかい?」
「構わない。ラヴィはもう奴隷ではないのだから彼女の奴隷紋を消してくれればそれでいい」
「分かりました」
奴隷紋は隷属の魔術具によって刻まれるが、それを消すのも同じ魔術具を用いることになる。
オーナーが使用した魔術具は、豪華な装丁の本の形をしたもので、これを使って奴隷紋を刻むと奴隷の名前が本の中にリストとして記録されるらしい。
そしてラヴィの首筋から右肩にかけて奴隷商会「アバター」の所有権を示す奴隷紋が刻まれてるが、今からこれを消すことになる。
オーナーが魔術具を手にして何やら複雑な呪文を唱えると、ラヴィの肩口に直径20cmほどの魔法陣が出現して、それが暗い紫紺の光を放つと、奴隷紋を綺麗に消し去ってしまった。
「これでラヴィは奴隷ではなくなったんだな」
「ええ。これで誰も所有権を持たない、ただのハーフエルフとなりました」
「そうか。よかったなラヴィ!」
エルは笑顔でラヴィを見るが、そのラヴィは自由の身になれたというのに浮かない顔をしている。
「またそんな顔を。ラヴィは自由になれたんだぞ」
だがラヴィは不安そうにエルに尋ねる。
「ラヴィは、エルお姉ちゃんの奴隷になれないの?」
「俺はラヴィを奴隷から解放したんだ。だからラヴィはもう好きなところに行っていいんだ。そうだ、南方の大陸の家族の元に帰ればいい」
「・・・帰れない」
「どうしてだ?」
「お金がない」
「・・・確かに。じゃあ働いて金を稼ぐしかないな」
「どうやって?」
「どうやってって、ラヴィは何ができるんだっけ?」
「奴隷たちのお世話」
「・・・・・」
「・・・・・」
「それってあんまりお金を稼げる仕事じゃないなあ。うーん、これからどうするか・・・」
エルは真剣に悩んだ。
(ラヴィはまだ小さいし冒険者になる資格もない。独り立ちできるまで何年もかかりそうだし、かといってラヴィを南方大陸の家族の元に連れて行くには、俺には金がなさすぎる)
だがラヴィは真剣な顔でエルに向き直ると、
「ラヴィを、エルお姉ちゃんの奴隷にして欲しい!」
「何言ってるんだ。俺の奴隷になる必要なんかない」
「ラヴィはエルお姉ちゃんが大好き! だからエルお姉ちゃんのお世話がしたいの!」
「そんなことをしたって1銭も稼げないし、家族の元にはいつまでたっても帰れないぞ」
「それでもいいの! 自分の人生は自分で決めていいってエルお姉ちゃんが言ったことだし、ラヴィはエルお姉ちゃんと一緒にいるために奴隷になりたいの!」
「ちょっと待てよラヴィ。ええぇ・・・」
それじゃあ奴隷から解放した意味がないじゃないかとがっかりするエルだったが、ジャンがひとしきり笑うと、
「まあいいじゃねえかエル! こんな小さな子供を放り出すのは無責任だし、コイツが大人になるまで面倒見るのがオークションで落札したお前さんの義務ってもんだ。まあ親になったつもりでコイツと向き合って見ると案外面白いかもしれんぞ」
「さっきは「ラヴィはもう成人だ」って言ってたくせによく言うよ。だがラヴィは奴隷ではなく、妹分としてなら一緒に暮らしてもいいぞ」
エルの言葉にラヴィの表情がパッと明るくなり、
「ラヴィをお姉ちゃんの妹にしてくれるの?」
「妹ではなく、妹分だがな」
「やったあ! エルお姉ちゃんと姉妹になれたんだ」
「いや・・・まあどっちでもいいか。細かいことを気にしないのが真の男だ」
こうしてエルは、ラヴィを自分の妹として家に引き取ることにしたのだった。
次回「新たな仲間」。お楽しみに。
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