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第19話 オーナー裁定

 ラヴィを助けるためにナーシスと対決する覚悟を決めたエルは、改めて目の前の男を確認する。


 年齢は30歳前後で身長はエルよりも高く、ガッシリとした体格でいかにも騎士然とした容貌だ。そして顔も整ってはいるが、貴族特有の人を見下した態度がにじみ出ていて、エルは忌避感を覚えた。


 一方そのナーシスも、いきなりオークションを邪魔してきた上に、領主一族である自分に真っ向から歯向かう女騎士に、貴族としてのプライドをズタズタにされた怒りを燃え上がらせていた。


 そして明確な殺意を持って、いきなりエルに向けて魔力の塊を投げつけた。


「身の程をわきまえよ、この女風情が!」


 一切の躊躇なく放たれたその魔力は、空中で光の矢に形を変化させると、あっという間にエルの心臓近くまで到達する。


 だがエルは左手一つで軽々とそれを払い退けた。



 スドオーーン!



 真上に向きを変えた光の矢は、オークション会場の天井を破壊するとそのまま空へと飛んでいく。


 突然始まった二人の決闘に会場はパニックになり、だがその当事者であるナーシスもまるで信じられないものを見るかのようにエルを凝視した。


「バカな、なぜ今の攻撃がいとも簡単に跳ね返せる」


 だがエルは不敵に言い放つ。


「不意打ちとはつくづく見下げた男だが、その程度でこの俺は倒せん。破壊力もスピードもシェリアの足元にも及ばないし、やるなら本気でかかってこい!」


「何だと貴様ーっ!」


 どこまでも自分を愚弄するエルに激昂したナーシスは、従者に預けてあった大剣を奪い取ってそれを鞘から抜くと、一気にエルを間合いに捉えて大上段から剣を振り下ろした。


「誰に歯向かったのか、地獄で後悔しろーっ!」


 だがエルは床に刺さった剣を抜き取ると、即座に剣を振り上げナーシスの太刀を受け止めた。



 ガキーーーーン!



 防具ごと一刀両断に斬るつもりだった渾身の一撃を難なく受け止められてしまったナーシスは、


「なぜ女にこれが止められる・・・くそっ!」


 そう叫ぶと、完全に頭に血が上って一方的にエルに打ち込み始めた。


 そんな怒り狂う彼の頭の中には、目の前の女騎士を斬殺することしか既になかったが、その剣戟の全てをエルはことごとく受け止めると、ナーシスに向けてこう言い放った。


「弱いなお前、本当に副騎士団長なのか?」


「この俺が・・・弱いだと。ふざけるなーっ!」


 エルの言葉に我を忘れたナーシスは、狂ったように大剣を振るう。その衝撃で周囲の座席は木っ端みじんに壊れ、参加者は巻き添えを喰らわないように遠巻きに二人の戦いを見守るしかなかった。


 そう、ナーシスの一撃は十分な破壊力を持っており、決して弱いわけでもなく、また血筋だけで副騎士団長になったわけでもなかった。


 彼には相応の実力が伴っていたのだ。


 だがエルの強さがそれを上回っていて、自らは一切攻撃することなく、ただ防御のみでナーシスを完全に手玉に取っていたのだ。そしてついに、



 ガシャン! 



 ナーシスが最後に振るった全力の一撃をエルが真正面から受け止めると、その衝撃でナーシスの手元から大剣が離れ、力なく宙を舞うと彼の後方に落下した。


 そして剣を失った自分の両手を呆然と見つめるナーシスの喉元に、この時初めてエルは剣を突きつけた。


「お前の負けだナーシス」


「くそおーーーっ!」






「そこまでだ!」


 だが突然エルの後ろから声がすると、風来坊のジャンとその手下たちがオークション会場になだれ込み、エルとナーシスの周りを取り囲んだ。


「今すぐ剣を下ろせ、エル!」


 ジャンが剣を抜いてエルの間合いに入ると、エルは大人しく剣を下ろして鞘に納めた。


 エルにはジャンと戦う気が微塵もなく、また勝てるとも思っていなかったからだ。


 だがそれを見たナーシスが俄かにいきり立つと、


「おい用心棒ども! この女はオークションの妨害をした犯罪者だ。すぐに処刑しろ!」


 そう言ってジャンに命じたが、そのジャンは、


「ナーシス・デルン副騎士団長閣下、それはできませんな。俺たち全員オーナーに雇われた用心棒だから、オーナーの命令にのみ従います」


「何だとっ!」


 ジャンにまで反抗的な態度を取られたナーシスは顔を真っ赤にして怒り出したが、いつの間にか壇上には司会者に代わって白髪の老人が立っており、会場に向けて落ち着いた様子で話し始めた。


「みなさま静粛に願います。本日のオークションでは最後にこのような騒動が起きてしまい、大変残念に思います。さて、その当事者である赤い鎧のお嬢様のことを私は存じ上げません。お名前を伺ってもよろしいですかな」


 そう言ってエルを見つめる老人の眼光は鋭く、その目線だけで人を射抜けそうな迫力さえあった。


「おいエル、オーナーがお前さんに名前を聞いている。答えてやれ」


「あれがオーナーなのか・・・」


 ジャンに促されてエルが壇上に向き直ると、会場に響き渡るような大きな声で堂々と名乗った。


「エルだ!」


 するとオーナーは口ひげを手でいじりながら、不思議そうに首をかしげる。


「はて? 年だからでしょうか、そのような名前のお嬢様を当商会の顧客リストに見た記憶がありません。オークションの参加証はちゃんとご持参いただけたのでしょうな」


「オークションの参加証だと?」


 オーナーの問いかけに一瞬たじろいだエルの態度をナーシスは見逃さず、


「おい貴様! 正当な資格もないくせにオークションの妨害をしたのなら、今すぐその首を刎ねてやる!」


「俺は今オーナーと話をしている。お前は黙れ!」


「無礼者! 貴族に対して犯罪を犯した平民を、裁判なしで処刑する権利が俺にはある。今すぐぶち殺してやる!」


「やれるものなら、やってみるがいい!」


 だが勝ち誇った顔のナーシスが自分の剣を従者に拾わせると、すぐにジャンが彼らを制止する。


「全員そこを動くな! まずはオーナーの命令に従いこの女騎士の参加証を確認する。もし参加証を持たずにオークションに参加していたのなら、奴隷商会としてこの女騎士を告発する。覚悟はできているかエル」


「・・・ああ、覚悟の上だ。好きにしろ」





 当然参加証を持っていないエルは、ルールを破ってオークションを妨害したことになるので、オーナーから告発されてこの場で処刑されることになる。


 貴族には絶対に逆らうな。


 そうジャンから忠告を受けていたにもかかわらずそれでもラヴィを助けたい一心で騒ぎを起こしたエルは、最後に真の男としての生を全うできたことに満足し、ここで死ぬ覚悟が既にできていたのだ。


 だからジャンが自分の所持品を探っている間、背中に隠れていたインテリに自分の遺言を小声で伝えた。


「俺の家族をお前に託す」


「アニキ・・・」


 その短い言葉の中にエルの想いの全てが詰まっていることを理解するインテリは、静かに承諾してエルの遺志を受け継いだ。





 だがエルの所持品を探っていたジャンが、見覚えのない一枚の紙切れを高々と掲げた。


「オーナー! この女騎士はオークションの参加証をちゃんと持っていました!」


 そのジャンの言葉に、エルは何が起きたのか理解できず彼の方を振り向く。


 そしてオーナーは口髭をさすりながら「ふむ」と満足そうに一言呟き、ナーシスはジャンの言葉が信じられず、彼に食って掛かった。


「おい用心棒っ! その参加証を俺によこせ!」


「いいえ、お渡しすることはできません」


「・・・貴様、貴族の俺に歯向かうとどういうことになるのか分かっているのか!」


「もちろん分かっています。だからこそお渡しできないのです」


「どういうことだ?」


「なぜならここにいる女騎士・・・いやエルお嬢様もあなたと同じ貴族だからです」


「何だとっ!」


 エルを平民だと思い込んでいたナーシスは、まさか自分と同じ貴族だと知ってたじろいだ。それを見たジャンがニヤリと笑って話を続ける。


「よく考えてみれば、こんな贅沢な防具を着ている時点で普通の平民には見えませんし、よほどの大富豪か貴族の令嬢だと考えた方がしっくりくる」


「だがこんな女騎士を領内で見たことがない! 一体どこの家門なんだ!」


「この参加証には、ヒューバート伯爵家の名が書かれてますな」


「ヒューバート伯爵家だと・・・。なぜ他領の、しかも大貴族の令嬢がわざわざウチの領地の奴隷オークションなんかに参加する。何かの間違いではないのか」


「いいえ、彼女の甲冑の肩の部分にはちゃんとヒューバート家の紋章があります。ご覧になりますか?」


「紋章だとっ、見せてみろ!」


 ナーシスはエルに近づくと、肩の部分に目を近づけて紋章を確認する。


 そんなジャンとナーシスのやり取りに全くついていけなかったエルとインテリは、ここは余計な口を挟まず静かに推移を見守った方が得策だと直感した。





「確かにヒューバート家の紋章入りの鎧・・・そして参加証にはエル・ヒューバートの名前がある」


「ナーシス閣下にも、これで彼女が伯爵家令嬢であることが理解できましたかな」


「ああ・・・そうだな」


「それで、オークションはどうされますか」


「この女・・・いやエル・ヒューバート嬢とはこれ以上争わない。あのハーフエルフは彼女に譲ろう」


「賢明なご判断です。オーナー、それでいいですか」


 ジャンが壇上に声を上げると、オーナーは白い口髭をなでながら、ナーシスとジャンに向けて言った。


「構いません。ではこのハーフエルフは、エル・ヒューバート嬢が100Gで落札したものと正式に認めます」


 その瞬間会場は大きなざわめきに包まれ、ナーシスは力なくその場に座った。


 だが彼を待ち受けていた災難は、それだけでは終わらなかった。


 オーナーが話を続ける。


「さて今回のオークションでは組織的な談合が行われた様です。ナーシス・デルン閣下が落札された二人の亜人の価格はそれぞれ730Gと680Gでしたが、私どもは1000Gを下回らないと見ておりました」


「談合など知らん。何か証拠でもあるのか!」


「証拠ならあります。おい野郎どもかかれっ!」


 すると老紳士が突然ドスをきかせた声でジャンたち用心棒に命じると、会場の中に100人近くのならず者がどっと入って来て、談合に加担したと思われる参加者を次々に拘束していった。


 それを見たナーシスは顔を真っ青にすると、


「なぜ分かったんだ・・・」


「それは言えませんが、我ら奴隷商人ギルドの情報網を舐めてもらっては困ります」


「・・・奴隷商人ギルド」


「ええ。この領地の奴隷商人は元より全国の奴隷商人が結成する互助組織。我々裏家業のギルドを敵に回すと、たとえ貴族と言えども無傷では済みませんぞ」


「うっ! ・・・分かった。それで俺はどうなる」


「今回の不正によりあなたは奴隷商人ギルド加盟店での売買が当面出来なくなり、今回落札した2名の亜人は没収。落札価格の1410Gも違約金として没収させていただきます」


「そんなバカな・・・」


 悔しそうにオーナーを睨みつけるナーシスだったが、用心棒たちに取り囲まれるとそれ以上の抵抗の意志は見せず、会場から連行されていった。


 また今回の談合に深く関与したと思われる貴族や富豪たちもそれぞれ用心棒たちに連れ出されて、ギルドによる事情聴取を受けることになるらしい。




 思わぬ幕切れに、エルとインテリはただ茫然とそれを見ているしかなかった。

 次回「ラヴィ」。お楽しみに。


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