第110話 愛の同志
大聖女の神殿を後にして、ラヴィの里へと出発したエル一行。
その先頭には、スザンナに群がって話を聞く仲間たちの好奇の目に耐えられなくなったエルと、その隣にはなぜかセシリアの姿があった。
「セシリアはスザンナの話に興味がないのか」
「ええ。わたくしはサキュバス王国の王位継承者ですので知識だけは豊富ですし、ミモレーゼからも嫌というほど、わたくしの元婚約者とのそういった行為の話を聞かされておりましたので」
「元婚約者との・・・つ、辛い人生だったな」
「はい。・・・ですがランドン・アスター帝国に行けばそんな惨めな人生も終わりを告げます」
「え、それどういうこと?」
「だって帝国には、わたくしの心に決めた殿方がいらっしゃるのですから」
「へえ、帝国にそんな奴がいたんだ・・・」
「はい! エル様からお聞かせいただいた殿方の中の殿方、正義の番長の桜井正義さまです。ああ桜井正義さま、早くお会いしてこの身も心も全てあなたに捧げたい・・・」
「げっ!」
サキュバス王国でエルは番長マンガの話のついでに自分語りをしたこともあったが、セシリアは番長たちが帝国に実在しているものと勘違いしていたのだ。
しかも一番のお気に入りがまさか前世のエルだったとは。
どうやってセシリアの誤解を解こうか考えていると、後ろから関西弁の男の声が聞こえた。
「エルはん」
振り返るとそこには、谷本と並んで歩くインテリの姿があった。
「しゅ、秀ちゃんか・・・今はちょっと」
セシリアの激白もあって、今話しかけられたくないナンバーワンに躍り出た二人。
そんなエルの気持ちに気づくことなく、インテリがエルの耳元に話しかける。
(とうとうアニキも大人の階段を登らはったんですね。しかもあんなベッピンさん二人と)
(思ってたのと違って、かなり情けないことになってしまったが、一応は・・・)
(くうっ! ・・・う、うらやましい)
(でも、お前も谷本とすぐに・・・)
(さすがにそれは殺生やで、アニキ)
(アイツのことそこまで嫌わなくても)
(そやかて、せっかく人間に戻れたしワイも冒険者ギルドの女の子と仲良うなりたかったのに、サキ姉とそないなことしてもうたら、この先一生尻に敷かれて人生終わりですわ)
するとインテリの腕を思い切り引っ張って、エルに顔面スレスレのメンチを切ってきた谷本。
「ウチの秀ちゃんを誘惑すんなや、このブス!」
谷本は谷本で変な勘違いをしているようで、エルは先にこのスケバンの誤解から解くことにした。
「安心しろ谷本。俺は秀ちゃんなんか狙ってないぞ」
だがエルの言葉に鬼のような形相をする谷本。
「なんであんたなんかに谷本って呼び捨てにされなアカンの! サキ姉さんって呼びいや!」
「お、おう。すまんサキ姉さん」
「ふん」
そういえば高校の時にも同じようなやり取りをしたなと思い出したエルだったが、それは谷本も同じだったらしく、
「・・・なんかあんたとしゃべってると、ウチの大嫌いな男を思い出すわ」
「大嫌いな男ってまさか・・・」
「桜井正義っちゅうイキりの東京人や」
「いや東京じゃないんだけど・・・」
「しかもソイツめっちゃアホやから、何回言うてもすぐ忘れてウチのことを呼び捨てにするんや。そんでシバキ倒してやったら、ピーピー泣いて逃げて行きよるんやで」
「ウソつけ! 一度も泣いたことねえだろ! それにあれは逃げたんじゃなくて、女に手を出さないように距離を置いただけだ」
「何でそんなこと知ってんねん。アンタまさか」
「ち、違う! 秀ちゃんから聞いたんだ。桜井正義という真の男の生き様をな。そんな男の中の男が、女にシバかれたぐらいで泣くわけないだろ」
「アンタ、秀ちゃんに騙されてるで。桜井正義なんか時代遅れのバンカラ帽をかぶってイキってるだけの、ただの口だけ番長やんか!」
「んだとコラァ! もういっぺん言ってみろこのクソ女が!」
「やかましいわ! シバくぞ、このドブス!」
エルがバカなら谷本もかなりのバカであり、エルの正体に気づかないまま谷本が掴みかかると、二人はケンカを始めてしまった。
だがその会話を黙って聞いていたセシリアが谷本に尋ねる。
「あの・・・もしかして、桜井正義さまとお会いしたことがあるのですか?」
するとケンカの手を止めた谷本がセシリアに向き直った。
「会ったことあるけど、それがどないしたん?」
「わたくし、これからランドン=アスター帝国に行って、桜井正義さまにお会いするのです」
「ええーっ?! アイツもこっちに来てんの?」
「ええ。エル様がそうおっしゃってましたので」
「コイツが? それほんまなん、秀ちゃん」
おかしな方向に話が進み、慌ててセシリアの口を塞ごうとするエルと、そんなエルを訝しむ谷本。
そしてどう答えたらいいか分からないインテリは、あいまいに口を濁した。
「え? いや、まあ・・・はあ」
「ということは秀ちゃんも会ったことがあるんやな。どこに居てるんやアイツ」
「どこって、それは・・・」
エルの方をチラチラ見て、助けを求めるインテリ。
そんなインテリの腕を掴んで谷本から引き離したエルは、絶対黙っているよう釘をさした。
(おいインテリ! 俺のことは絶対にバラすなよ。セシリアは桜井正義と結婚するつもりらしいからな)
(あんなベッピンさんまでアニキと結婚を! うらやましすぎて死にとなってきたわ)
(アホか! シェリアんとこの女王陛下のせいで二人同時に娶っちまったのに、その上サキュバスまで相手にできるか! んなことしたらマジで死んじまうよ)
(た、確かにサキュバスはものごっつい精力が強いらしいし、セシリアはんはその第一王女やから並大抵の精力やないやろなあ)
(ああ。第二王女のミモレーゼもあり得ないレベルの絶倫だったし、サキュバスだけは絶対ヤバい)
エルの危機感を完全に理解したインテリだったが、ふと見るとセシリアと谷本が仲良く話をしていた。
「あんた、そないに桜井正義のことが好きなんか」
「はい。わたくしの身も心も全て捧げて、朝も昼も夜もずっと愛し続けたいほどに」
「ふーん・・・よっしゃ分かった。帝国に行ったら、ウチもアイツを探したるわ。ほんであんたと結婚さしたるから、ウチと秀ちゃんの仲を邪魔せんように一生縛り付けとくんやで」
「もちろん承知いたしましたわ。では、わたくしたちはこれから同志ということで」
「ええよ。ウチらは同志や」
そう言ってガッチリ握手をする二人に、エルとインテリが同時に震えあがった。
「「ひいーーーーっ!」」
◇
そして大聖女の神殿を出発して3日後、エルたちは妖精の森の南端に位置する旧ラファエル領・エルフの里に到着した。
里に入ると全ての住人がレオリーネに跪き、かつての領主を歓迎した。
「すごい歓迎ぶりだな」
「我がラファエル家の犠牲の上にこの里が守られたことを、住人たちが忘れないでいてくれているようです。それよりラヴィちゃんのご両親を探しましょう」
そういうとレオリーネは、ラヴィの手をつないで住人たちに尋ねた。
「どなたかラヴィちゃんのご両親を知りませんか」
するとすぐに若い夫婦が名乗り出た。
「ラヴィ!」
「ママ! パパ!」
ラヴィが二人に抱き着くと、三人は涙を流して再会を喜び合った。
そして両親がレオリーネに感謝すると、
「ラヴィを助けたのはわたくしではなく、ここにいるエル様です」
「あなたがラヴィを!」
「ああ。よかったなラヴィ、父ちゃんと母ちゃんにまた会えて」
「うん! ありがとうエルお姉ちゃん」
◇
ラヴィの家に案内されたエルは、奴隷商からラヴィを買い取ってからここに来るまでの全てを両親に話した。
そのあまりの大冒険に目を丸くして驚く両親だったが、ラヴィも一緒になって楽しそうに話しているため、最後は微笑ましそうに我が子の冒険譚に聞き入っていた。
「ラヴィは一人っ子で、エルさんを本当のお姉さんのように慕ってることが分かりました。これからもこの子と仲良くしてやってくださいね」
そう言って頭を下げた母親にエルは、
「喜んで。ただ俺たちはランドン=アスター帝国に戻らなければならないので、もうここを離れるけどな」
「エルお姉ちゃん・・・」
エルの言葉に急に元気のなくなったラヴィは、思い切って両親に頼んでみた。
「パパ、ママ、ラヴィもお姉ちゃんについて行きたい」
「「ええっ?!」」
無事に帰ってきたと思ったらまた出て行こうとする愛娘に、戸惑うばかりの両親。
だがエルは慌てて、
「まだ言ってなかったけど、帝国には少し野暮用があって戻るだけで、それが終わったら俺はこの近くに移住するつもりだ。だから俺について行くっていっても、ほんのしばらくの間だけだ」
それを聞いた両親はホッと胸をなでおろし、ラヴィの父親が深々と頭を下げた。
「それを聞いて安心しました。ではご迷惑をおかけしますが、ウチの娘をよろしくお願いします」
「ラヴィはウチのパーティーの貴重な戦力だから、認めてくれて助かるよ。じゃあラヴィ、明日出発するまで両親と一緒にいるといい。思いっきり甘えろ!」
「うん!」
◇
翌朝、エルフの里を出発したエルたちは、ほんの数時間ほどでブリュンヒルデ宮に到着。
そこでブリュンヒルデから預かっていた命令書の束を基地司令官に渡しつつ、転移陣を使って南方新大陸を西に移動を開始した。
そしてその3日後にはシュターク基地へ到着し、侍女のボニータに面倒を見させていたアレクセイ夫妻の赤ちゃんも連れてエメラルドプリンセス号に乗り込んだ。
その後、シュターク基地を出航した船は5日かけて商都ゲシェフトライヒに到着。
こうしてエルの長い夏休みは終わった。
次回もお楽しみに。
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