第109話 Hetero-Reproduction
決意のこもったエミリーの青い瞳が、エルに真っ直ぐ向けられている。
そんな彼女に魔力計測器を向けた魔王は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「風の妖精シルフィードか。強大な魔力を持つ妖精族との組み合わせは実に興味深いな」
研究者の目に変わった魔王のそんな呟きも、エルの耳には全く届いていない。
「エミリーさん・・・本気なのか」
エルが尋ねると、エミリーの瞳が涙でにじむ。
「これからもずっとエル君と一緒に居たいの・・・」
「エミリーさん・・・」
「エル君がギルドの下働きとして入って来た頃からずっと見て来たけど、真面目で一生懸命なエル君と一緒に働けてとても楽しかった」
「楽しかったのは俺もだよ」
「大きくなって再会して、エル君が女の子だって分かった時はビックリしたし、自分を買い取るために冒険者になったと聞いた時はすごく応援してた」
「俺もエミリーさんがいたから安心して頑張れた」
「その後エル君が奴隷に堕とされた皇女だと知った時はどこか遠い存在に感じてたこともあったし、政略結婚で帝国から追い出されると聞いた時は、悲しくなると同時に皇家に怒りすら感じてた」
「そうだったのか・・・」
「でも、国外追放されるエル君に侍女のスザンナさんや聖騎士隊のみんなは何処までもついて行くのに、私にはエル君について行く理由がなくて寂しかった」
「エミリーさんはそんなことを気にしてたのか。理由なんか必要ないのに」
「だってエル君は皇女で、スザンナさんたちはみんな貴族じゃない。でも私は冒険者ギルドの受付嬢だし、身分が全然違うの」
「身分って・・・」
「それでも私はエル君が好き」
「!」
「何でもいいからエル君の傍に居られる理由が欲しかったの。だから私にエル君との子供を・・・」
「傍にいるのに理由なんか必要ないさ。それに俺だってエミリーさんのことが」
「エル君・・・」
自信なさげにエルにすがりつくエミリーをしっかりと抱きしめるエル。
「実は俺、ずっとエミリーさんに憧れていたんだ。ギルドで一番の美人なのに奴隷だった俺ともすごく仲良くしてくれて、俺にとって理想の女性だったんだ」
「私のことをそんな風に思っててくれたんだ・・・うれしい」
「俺もエミリーさんが同じ気持ちだと知って、とても幸せだよ」
「・・・私も」
「エミリーさん・・・」
「エル君・・・」
「・・・コホン」
いつまでも見つめ合う二人に、気まずい表情の魔王が咳ばらいをする。
「「・・・・・・!」」
我に返って慌てて離れた二人だったが、シェリアが羨ましそうに文句を言った。
「私もあと2年早く生まれてたらそこにいたのは私だったはずなのに。でも今回はエミリーさんに譲ってあげる、悔しいけど」
「譲るって、お前にはクリストフがいるじゃないか」
「いいの。私もずっとエルの傍に居てあげるって、もう決めたから」
「シェリア・・・あっ! そうかお前が」
この時ようやくエルは、アリアの父親が誰なのかを知った。
急に恥ずかしくなってシェリアの顔をまともに見られなくなったエルに、シェリアの言葉に触発されたベッキーが拳を握りしめて立ち上がった。
「そうよ! よく考えたら私にもまだまだチャンスがあるわね」
そんなベッキーの隣では、瞳孔が開き切ったソフィアがぶつぶつと何かをつぶやいている。
「あと6年。あと6年経てば、エル姉様はこのわたくしのもの。エル姉様エル姉様エル姉様エル姉様エル姉様エル姉様エル姉様エル姉様エル姉様・・・」
母親の遺伝子を間違いなく受け継いだ愛娘の様子にドン引きする魔王をよそに、エルの仲間たちが異様な熱気に包まれていく。
一方、エミリーにエルを奪われた形のスザンナだったが、彼女の周りを魔王の嫁たちとナツ、アンリエットが取り囲み、その全員でクレアの魔法の書に目を通していた。
そして何かをヒソヒソ話した後、突然セレーネ女王が立ち上がった。
「エル、あなたの代わりに私たちが先に目を通しておいたわ」
「す、すまねえ。シェリアの国の女王陛下」
「でもさすがは、あのバカクレアの作った魔法よね。この世界の人間には難易度が高すぎでしょ」
「そうなのか?」
「でも安心して。あらゆる百合作品を読破した二次元の女王のこの私が直々に指導してあげる。スザンナ、あなたは筆頭侍女なんだから一緒に来て勉強なさい。それと里長のペリメも」
「か、かしこまりました女王陛下!」
「私もでございますか?」
「当たり前でしょ。あなたの仕える大聖女様が作った魔法なんだから、ちゃんとハーピー族に伝えなさい」
「承知しました」
完全にこの場を仕切り出したセレーネ女王に、当の本人たちだけが置き去りになっている。
「ていうか、百合作品って何? 二次元の女王って、シェリアの国は二次元なのか?」
何を言っているのか分からず目が点になるエルとエミリーを、有無を言わさず石碑の前に引っ張り出したセレーネ女王が、魔法の書を高々と掲げた。
◇
翌朝。
野営設備を撤収して出発の準備が整ったみんなの元に、エルたち4人が転移魔法で戻ってきた。
大きなあくびをして眠そうなセレーネが、魔王たちに合流する。
「お疲れ様。それで魔法の習得は上手く行ったのか」
「ええ。一応上手く行ったけど、ホントに頭のおかしい魔法だったわ。あのバカが帰って来たら丸焼きの刑に処してやるんだから!」
「やめとけ。あいつのことだからちゃんと理由があってそうしたんだろうし、タイムパラドックスが起きて未来が変わったら大変だろ。今日のことはクレアには絶対に秘密だからな」
「それもそうね。命拾いしたわねバカクレア」
そんな魔王たち一行が転移魔法で神殿から去ると、
「ではわたくしたちも戻ります。バビロニア王国の件もございますし、帰国したらあなたの両親を帝都に連れて来てくださいね」
そう言って、どこか羨ましそうなナツとアンリエットも転移してしまうと、残されたのは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯くエルとエミリーの二人と、とても満足そうな表情のスザンナだった。
そんな三人に興味深々のシェリアが尋ねる。
「それでどうだった?」
するとエミリーは耳まで赤くなった顔を両手で覆い隠し、スザンナはもの言いたげに口をつぐんだ。
そしてエルは申し訳なさそうに、
「まさかあんな魔法だとは思わず、二人を傷物にしちまった。・・・本当に申し訳ない」
「「・・・・っ!」」
「もちろん責任は取る」
「・・・うん。ちゃんと妊娠できたかな」
「女王陛下が言うには、一週間くらい経たないと結果が分からないらしい。でも魔法は使えるようになったし今回ダメでも何度か試せばそのうち・・・」
「・・・もう、エル君のエッチ」
顔を真っ赤にしてエミリーがもじもじしていると、今度はスザンナが、
「わたくしにもお情けを頂戴いただき、本当にありがとうございました」
「何ていうかホントすまん。スザンナにあんなことをしちまって、メルヴィル伯爵にも申し訳が立たん」
「いえいえとんでもないっ! これでわたくしの夢も叶いますし、エル様にはもう感謝しかございません」
「そ、そうか・・・とにかくこんなことになっちまったし、二人の両親には改めて挨拶に行かせてもらう」
「ありがとうエル君。たぶん何も信じてはくれないと思うけど・・・」
「驚かれるとは存じますが、アスター大公家と縁続きになって、お父様もお母様も大喜びするかと」
そして幸せそうにお腹の辺りを優しく触れるスザンナの耳元で、シェリアが尋ねる。
「ねえねえ、どんな魔法だったか詳しく教えて」
「・・・聞きたいですか?」
「聞きたい聞きたい!」
「殿方にはとてもお聞かせできないような魔法ですので、こちらへ・・・」
そう言ってシェリアを部屋の隅に連れて行こうとするスザンナを、慌てて止めようとするエミリー。
「やめてっ! 恥ずかしいから絶対話さないでっ!」
だが興味津々の仲間たちは、スザンナの話を聞こうと群がりだした。
「嫌ああああっ! やめてーーーーっ!」
エミリーの悲痛な叫びにいたたまれなくなったエルは大声で、
「さ、最後の目的地、ラヴィの里に出発するぞ!」
次回もお楽しみに。
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