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第18話 エル、怒髪天を衝く

 奴隷オークションの目玉商品として一番最後に壇上に上げられたのは、二人の成人女性とラヴィだった。


 ラヴィは愛らしい人形のような服を着ている一方、成人女性の二人はさっきの5人同様、煽情的な下着を身に着けているだけだったが、エルはそれが気にならなくなるほど彼女たちの姿に見入ってしまった。



 まず一人目の女性は猫のような目と耳を持ち、細く長いしっぽを逆立てている。


 ただそれ以外は普通の人間と同じで、所々に体毛が目立つものの素肌は露出しており、身長は150cmくらいでエル同様女性らしい身体つきをしていた。


 そしてもう一人は緑がかった肌をしていて髪の毛以外の体毛はなく、頭部に小さな角が2つ生えている。


 彼女も女性らしい身体つきながらも、全身筋肉質でボディービルダーのように引き締まっており、身長は180cmをゆうに超えエルより10cm以上高い。




「何だあの二人は・・・あんな人間が存在するのか」


 ジャンはエルの反応を見て、愉快そうに笑う。


「どうだ珍しいだろ。あれは南方の新大陸に生息する亜人種なんだ。左が猫人族で右がオーガ族。密売組織が持ち込んで来た中でも特に状態がよく、今日のオークションのために仕入れた目玉商品だ」


「亜人種・・・」


 その二人の亜人女性は、さっきの5人とは対照的に感情を表に出して必死に抗っており、猫人族の女性は「酷いことをしないで、どうか助けて」と涙を流して懇願している。


 逆にオーガ女性は敵意をむき出しにして暴れると、自分をつないでいる鎖を床に打ちつけて壊そうとしたり、歯で噛み切ろうとして男たちに押さえつけられ、最後はさるぐつわを噛ませられ、身動きが取れないよう身体中に鎖を巻き付けられた。


 そんな二人に会場は異常な興奮に包まれ、オークションが始まるとすぐに値がつり上がって行った。



            ◇



 結局二人を落札したのは、黒いタキシードに勲章をいくつも付けた紳士で、周りを従者と思しき男たちが取り囲んでいる。


「ジャン、何者なんだあの男は?」


「この街の領主、デルン子爵家の分家筋にあたるナーシス・デルンという男だ」


「あいつは貴族なのか!」


「なんだ、貴族を見るのは初めてか。アイツは分家ながら血筋が本家と近く、かなりの要職についている」


「俺は貴族のことはさっぱりわからんが、なんか偉そうな態度のやつだな」


「デルン騎士団の副騎士団長を務めていて、部下が数百名ほどいるからな」


 そんなナーシスは、周りの従者たちを指や顎で指図し、嫌がる亜人女性たちを壇上から無理やり引きずり下ろすと、自分の前に並べさせた。


 そして泣き叫ぶ猫人族女性の全身を隅々まで調べ上げると、嗜虐的な笑みを浮かべて、会場の外に出しておくよう従者に指示した。


 次に鎖でグルグル巻きにされて身動き一つ取れなくなったオーガ女性を自分の前に立たせると、頬を数回殴った後、床に這いつくばらせた。


 悔しそうにナーシスを睨み付けるオーガ女性だったが、彼女をそのまま会場に残すよう従者に指示すると、その顔を足で踏みにじったまま、ドッカと席に腰を下ろした。


「女に何てことしやがる! 男の風上にも置けねえ」


 両手をギュッと握りしめ怒りにうち震えるエルの肩に、ジャンはそっと手を置く。


「お前さんに一つ忠告をしておく。お貴族様には絶対に逆らうな。俺たち平民なんざ、ヤツラの気まぐれでいつでも首を飛ばされる。とにかくお貴族様の機嫌を損ねないよう上手く立ち回るのが長生きの秘訣だ」


「ふざけるな! 一体何なんだよこの世界は!」




 だがエルに取って地獄のようなオークションも、次でいよいよ最後の商品となり、壇上にはラヴィが一人取り残されていた。


『さて最後は世にも珍しいハーフエルフの登場です。耳は少し欠けていますが、エルフ自体が大変な希少種になっており、この奴隷はちょうど10歳を迎えたばかりです。つまり彼女は既に成人で、愛玩用としても繁殖用としてもすぐにお使いいただけます。それでは100Gより始めます』


 それを聞いたエルは、


「・・・繁殖用だと? まだあんな小さな子供が成人なわけないじゃないか!」


 だがジャンはそれを否定する。


「亜人種は成長が早く、さっきの二人もあの子と同じ10歳だ」


「ウソだろ? あれはどう見ても俺より年上の成熟した大人にしか見えなかったが・・・。まあ、亜人の成長が早いのは分かったとしても、ラヴィはどう見てもまだ子供だろ!」


「ハイエルフは成長が遅いのだが、ハーフエルフの場合は一概には言えず、どの種族と混血するかで個体差が大きいとされている。だから奴隷業界では簡便的に他の亜人と同じ10歳を成人年齢と決めている」


「そんないい加減な話があるかっ!」


 全く納得のいかないエルだったが、ふと気がつくと会場の雰囲気がさっきとは一変していた。


 さっきまで笑顔を振りまいていたラヴィが今にも泣きそうな顔をしており、会場もさっきまでの活気が失われてシンと静まり返っていたのだ。


「・・・一体何があったんだ」


「あのハーフエルフの娘に値段がつかないんだ。誰も入札する者がいないなら、直にオークションは不成立になるぞ」


「不成立だと・・・」



            ◇



『入札者がいませんでしたので、このオークションは不成立となります。ここからはダッチオークションですので100Gから価格が下がります。では90G!』


 司会者がオークションの不成立を宣言して投げ売り状態になると、ショックのあまりラヴィはついに泣き出してしまった。


 それでも会場は静まり返ったままで、90Gに下がっても手を挙げる者は誰もいない。


『90Gはいませんか、90G! ハーフエルフは滅多に入荷しませんし、このチャンスを逃すと次はないかもしれませんよ』


 だが会場で手を上げる者は誰もおらず、さらに値段は下がって行く。


『80G! 80Gでどなたか!』


 司会が大声で叫ぶ中、エルはジャンに尋ねる。


「こんなことはよくあるのか?」


「まずあり得ない。奴隷商会はオークションを成功させるために希少価値の高い奴隷を厳選して出品している。特にハーフエルフでこんなこと起こるはずがないのに、ひょっとするとこれは・・・」


「ひょっとすると何だ」


「談合・・・」


「談合?」


「つまり、参加者全員が示し合わせて、誰がどの商品をいくらで競り落とすかをあらかじめ決めることだ。もちろんこれだけたくさんいる参加者全員が談合に参加するなど普通はありえないのだが、もしそれを可能にできる人物がいるとすれば」


「ナーシス・デルン・・・」


「そうだ。領主一族であるアイツなら、今日参加する貴族や富豪たちに話をつけておくことは可能」




 ジャンは「オーナーに話を入れてくる」と言い残してその場を立ち去ったが、エルはそんな談合の話よりラヴィのことが心配でならなかった。


 ラヴィはまたしても値がつかなかった自分に明らかにショックを受けており、でも時間だけは無情に過ぎて行きついに60Gまで値段が下がってしまった。


「インテリ、俺はどうしたらいい。ラヴィは完全にパニックで、可愛そうでもう見てられない・・・」


「ワイがラヴィはんの立場やったら、自分を買い戻す金額が安くなって大喜びするところやけど、二束三文で手に入れた奴隷を買い主が果たして大切にするかと言われれば、たぶん酷い扱いを受けるんやろなあ」


「俺もそう思うから焦ってるんだ。しかも買い主は、今もオーガ女性の顔面を足で踏みつけているナーシスになるはずだ」




『40G! 40Gで誰かいませんか!』


 それでも価格は下がり続け、ラヴィはショックで泣き崩れている。会場はシンと静まり返り、司会者の声だけがむなしく響く。


「・・・こうなったら仕方がない」


「アニキまさか・・・」


「この俺がラヴィを買い取ってやる!」


「やっぱりっ! ほんまに買うんでっか?」


 インテリは慌ててオークションの勝算や金策を頭の中で考え始めたが、エルは即座に舞台袖から姿を消すと、奴隷控え室を通り抜けて地下通路からオークション会場の最後部へと全速力で走り抜けた。


 そして会場に滑り込んだエルは、司会者に向かって手を上げて、


「買っ・・・」


 だがエルのコールよりも先にナーシスの手が上がっており、その価格は下限の30Gだった。


 この瞬間落札者はナーシスに決定し、司会者はオークションが成立したことを宣言する。


『ではこのハーフエルフの奴隷は、30Gでナーシス・デルン様に・・・』


 だがエルは顔色一つ変えずに大きく息を吸い込むと、会場全体に響き渡るような大声で、司会者の言葉をかき消した。


「100Gだーーーっ!」





 静かだった会場にざわめきが起こる。


 参加者たちは、突然会場に現れオークションに横やりを入れた女騎士に驚き、そして手筈通りに落札したはずのナーシスの表情を見て恐れおののいた。


 そのナーシスは、自分の落札を妨害した若い女の声に激しい苛立ちを覚え、オーガ女性を蹴り飛ばして席から立ち上がると、ゆっくり後ろを振り返った。


 そして会場の出入口に立つ赤い鎧の女騎士の姿を確認すると


「何だ貴様はっ! たった今この俺がハーフエルフを落札したのに、邪魔をするなーーーっ!」


 そしてエルに負けないほどの大声を張り上げた。


 その威圧感はさすが領主一族であり、数百騎の騎士を従える副騎士団長である。会場の参加者全員が恐怖で縮み上がったが、エルだけは平然と睨み返して堂々と言い返した。


「うるせえ! お前にラヴィは絶対に渡さんっ!」


 そして腰の両手剣を鞘から抜くと高々と天に掲げ、力いっぱい床に突き刺した。



 ズガーーーーンッ!!



 床の大理石が砕け、エルの剣が深々と突き刺さる。


 そのエルのケタ外れの馬鹿力に、さすがのナーシスも一瞬呆気に取られてしまった。


「何者だ、この女騎士は・・・」



 剣を前に仁王立ちするエルの姿はまさに不動明王のようであり、怒髪天を衝くその気迫は領主一族であるナーシスのそれを遥かに凌駕していた。

 次回「裁定」。お楽しみに。


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