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第105話 帝国の興亡

「リアーネ姉様、お母様たちを帝都に連れ帰ってくださいませ」


 ローレシアは、夫クロムの異母姉でありアスター大公家に養子に入った姉リアーネにお願いする。


「それはよろしいのですが、お父様とお母様を更迭なさると大公家の領地運営が滞るのでは」


「それも仕方のないこと。今回の失態がその程度で許されるとも思えませんので。本当はリアーネ姉様夫妻に大公家を継いで欲しいのですが、帝国貴族を上手く扱えるのはお姉様しかおらず、アルフレッド共々帝都から離れて貰うわけには参りません」


 それにリアーネもその夫であるアスター公爵アルフレッドも共にアスター家の血筋ではなく、本家直系の血筋で大公家を継げる人間となると、エルと同じ16歳になる年の離れた弟のセルゲイしかいない。


 子育ての失敗に懲りたアナスタシアが手塩にかけて育てた愛息セルゲイは、ステッドと違って実直で優秀な跡取り息子だが、では今すぐ大公家の当主となって不満の溜まった分家を従えさせられるかといえば、おそらく不可能。


 事ここに至ってローレシアは、奴隷から解放されたわずか1年足らずでアスター大公家をも乗っ取り得る力を手にしたエルに、君主としての非凡な才能とカリスマがあることを思い知った。


 ローレシアは、自分の中にいるもう一人の自分に問いかける。


(ねえナツ、わたくしエルのことを完全に見誤っていたようです。どうしたらよいでしょうか)


(そうだな・・・エルを一方的に遠ざけていたのはお前たち母娘なんだし、ローレシアが反省したならエルを嫁に出すのを止めてアレクセイの言う通りアスター大公家の当主になってもらう方がいい)


(エルを当主に・・・今となってはそれが一番だと分かりますが、今さら難しいでしょう。分家は賛成するでしょうがバビロニア王国の問題もあるし、なによりわたくしの子供たちが納得しないでしょう)


(なら俺たちの息子の誰かと結婚させれば、ローレシアの血筋は保てるんじゃないのか)


(それって魔王がしていることと同じ・・・でもそれしかないですわね。ただエルに近い年齢の子は婚約者が決まってるし、早急に動いてしまってはあの男と同じ結果になってしまう。ここは慎重に事を進めないと)


 自問自答を終えたローレシアは、リアーネ夫妻と背後に控える皇宮親衛隊に告げた。


「大公家の後継者については後ほど発表いたします。それとエルとの話し合いは直接わたくしが行いますので、皆様は帝都に帰還いただいて結構です」


「承知しました。では帰りますよ皆様」


 リアーネがドレスをつまんでカーテシーをとると、項垂れるアナスタシアを連れて神殿を去っていった。



           ◇



「さて、話し合いを再開しましょう」


 たった二人だけ残った皇帝ローレシアと護衛騎士アンリエットが、ヒューバート騎士団が急遽用意した交渉テーブルに着席する。


 それを見たエルが彼女の向かい側に座ると、ジャンとアレクセイ、そしてバビロニア王国の事情に詳しいアリアの3人がその脇を固めた。


 また、空いた両側にもエルの仲間たちが座ろうとすると、だが突然テーブルの左側に魔王メルクリウスと美女たちが姿を現した。


「俺たちも話し合いに参加しよう」


 魔王の出現に驚くエルたちに対し、ローレシアは呆れた顔で彼に話しかけた。


「認識阻害の魔術具を使ってずっと隠れていたのね。それでいつからここに?」


「皇宮親衛隊に紛れ込んでいたので、最初から全部聞いていたよ」


「呆れた・・・」


「それにしても俺は、アナスタシア大公妃に相当嫌われていたんだな。姿を見せなくて正解だったが、正直言ってショックだよ」


「今の今まで気づかなかったなんて、あなたの鈍感力には恐れ入るわね」


「鈍感だと・・・ガクッ」




 鈍感と言われてガックリと項垂れた魔王の隣には、今回の騒動の元凶であるメルクリウス帝国フィリア皇妃と、メルクリウス=シリウス教王国セレーネ女王、そして大海の果てウンディーネ王国のマイトネラ女王の3人が座った。


 そして空いた右側の席には、アスター大公家に対して固有の武力を行使しうるエレノア、スザンナ、セシリア、カサンドラの4人が座って圧力をかける。


 一方、魔王のもう一人の妻であるブリュンヒルデ・メア・ランドン皇女殿下は、ローレシアの隣に座って口を開いた。


「わたくしブリュンヒルデがこの会談の進行をさせていただきます。さて今回の議題はエルちゃんの処遇とバビロニア王国への対策の二つ。まず最初にフィリアさんから大切なお話があるそうなのでお願いします」


 ブリュンヒルデに指名されたフィリアは、姉のローレシアに向き直ると口角を吊り上げて笑った。


「お母様の無様な最期には腹を抱えて笑わせていただきましたわ。プーックスクス!」


「それのどこが大切な話なの! 場をわきまえなさいフィリアっ!」


 明らかに礼を欠く妹の態度に頭にきたローレシアだったが、フィリアは全く意に介さない。


「そう怒らないで。ではお姉様がお喜びになるような重大な報告をさせていただきますわね」


「いいから早く言いなさいっ!」


 ムッとしたローレシアがフィリアを睨みつけると、トラブルメーカーの彼女はいきなり爆弾を落とした。


「現時点を持ってメルクリウス帝国を解散します」


「「「なっ!」」」


 フィリアの宣告に、魔王側以外の全員が絶句する。


 シンと静まり返るテーブルで、最初に言葉を発したのが怒りに震えるローレシアだった。


「一体何を考えているのですか! いきなり国を解散するって、そんな無責任なことが・・・」


「これが最善なのだから仕方こざいません。あの国がある限り嫡男マルスの結婚相手が見つからないし、アージェント王の怒りを鎮めてエリスと結婚させるにはマルスを婿に差し出すしか方法がなかったのです」


「あなた、嫡男を婿に出したのっ!」


 呆れかえるローレシアにフィリアはなおも続ける。


「それが何か? それに帝国を解散すればわたくしはもう南方新大陸に戻らなくて済むし、これからはずっと魔王様と一緒に居られるのですから。うふふふふ」


「呆れた・・・あなたのワガママのせいで、せっかく一つにまとまった鬼人族がバラバラになって、昔の弱肉強食の世界に戻ってしまうじゃないの!」


「あら、バラバラになんてなりませんわよ、お姉様。だって王たちは全員エルに忠誠を誓ったのですから。エル、メルクリウス帝国皇帝冠を返してちょうだい」


「お、おう、ちょっと待ってろ」


 返し損ねていた皇帝冠を収納魔術具から取り出したエルは、それをフィリアに手渡した。


 だが彼女は受けとったそばから、それをエルの頭にポンと乗せた。


「はい、戴冠式終了。今日からあなたが皇帝です」


「何だとーーーーっ!」


 いきなり今日から皇帝だと言われて思わず声を上げたエルと、あまりにいい加減なフィリアの態度に怒りで肩を震わせるローレシア。


「あなたって人は・・・なんて身勝手なっ!」


 だが次の瞬間、怒りに顔を歪めていたローレシアの表情がスッと消えると、まるで人が変わったかのように落ち着きを取り戻した。


 すると魔王がローレシアに笑顔を向けた。


「久しぶりだなナツ。ずっと俺に会うのを避けていたくせに、真打は遅れて登場かよ」


「できればあなたとは顔を合わせたくなかったのですが、ローレシアが怒りで我を忘れているのでこうするより仕方ありませんでした。こういうところは母娘そっくりというか、フィリアを前にすると冷静ではいられなくなるようです」


「え? 一体どういうことだ?」


 二人の会話の意味が分からず、思わず尋ねたエル。


 するとローレシアはニッコリと微笑んだ。


「わたくしはナツ。ローレシアと身体を共有する別の人格です」


「陛下は二重人格者だったのか!」


「ええそうよ。ということで初めましてエル」


「は、初めまして・・・ナツ」


「公式の場ではローレシアと呼んでください」





 騒然とした空気に包まれた神殿で、ブリュンヒルデは「コホン」と咳払いをしてその場を鎮めた。


「このことは我が帝国最高の国家機密であり一切の他言を禁じます。皆様よろしいですね」


「はい」


 一同これに了承したところで、ブリュンヒルデは会議の進行を再開した、


「それではエルちゃんの処遇を決めたいと思います。たった今エルちゃんはメルクリウス帝国の後継者となりましたが、同時に嫡男のマルスくんはその権利を喪失してアージェント王国への婿入りすることになりました。その他の子供たちも魔王城へ引っ越しすることになるようで、帝国の全領土とフィリア宮の所有者はエルちゃんとなりました。他に何かあればどうぞ」


 そうブリュンヒルデが問いかけると、エルの後ろで話を聞いていたソフィアが声を上げた。


「わたくしはフィリア宮に残り、エル姉様とともに新帝国を築き上げていきたいと存じます!」


 自分の思い描く理想の未来が一気に近づいてきたソフィアは、目を輝かせながら母親に告げた。


 するとフィリアは意外そうに、


「あらソフィアちゃん。あなたはてっきりマルスと一緒にアージェント王国に嫁ぐものだと思ってましたが、一体どういう風の吹き回しかしら?」


「わたくしはマルス兄様よりエル姉様との未来を選びます。エル姉様の築く新帝国にはきっとわたくしの知識が役に立ちますし、何よりエル姉様が大好きなのです。わたくしをエル姉様のお傍に置かせて下さい、お母様っ!」


 必死にお願いするソフィアに、フィリアはコクリと頷いた。


「好きになさい」


「はいっ!」


 母親の許可を得たフィリアが満足そうに後ろに下がると、今度はエルがナツに尋ねた。


「いつの間にかメルクリウス帝国を継ぐことになっちまったが、そうすると俺はもう政略結婚を強いられなくていいということか?」


 するとナツは、


「もちろんです。あなたはアスター大公家を離れて他国の皇帝となるのですから」


「そうか、俺はもう結婚しなくて済むんだな・・・」


「そんなに政略結婚が嫌だったのですね。実はわたくしもエルを国外追放するのは反対で、むしろアスター大公家を継いでほしかったぐらいですが、フィリアに先を越されて残念です」


「え、そうだっだの?」


「お母様が絶対にお許しにならないので、言葉には出せませんでしたが」




 意外な事実を打ち明けられたエルだったが、魔王メルクリウスから帝国を受け継ぐことについてはナツの同意を得ることができた。


「じゃあ私たちもエルの皇帝就任に同意するわね」


 そうセレーネ女王が言うと、マイトネラ女王もこくりと頷いた。


「さて、他の皆様はいかがですか」


 ブリュンヒルデがテーブルの右側に目を向けると、こちらは当然の如く全員が同意した。


「我ら魔王軍は既にエル殿に絶対の忠誠を誓っている。異論のあろうはずがなかろう」


「我がサキュバス王国もエル様の帝国の傘下に馳せ参じる所存です」


「エル様が帝国から出られるのは寂しいですが、レッサニア国王には新帝国との同盟締結をお願いしておきます」


「筆頭侍女としてわたくしはエル様と共に参りますし、父メルヴィル伯爵もきっとお喜びになると存じます」


 それを見たブリュンヒルデがニッコリ微笑んだ。


「わたくしはランドン大公家の当主ではございませんが、お兄様なら必ずローレシア陛下のご判断を尊重すると思います。これで全会一致ですね」






 こうしてエルは、北方山岳地帯全域とリザードマン王国、サキュバス王国、猫人族の里を始めとする大小さまざまな獣人族集落群、面積にして南方新大陸の約60%をその支配下に置く新帝国を建国することになり、ここにいる全員がそれを承認した。

 次回もお楽しみに。


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