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第104話 悪手

 アナスタシアへの怒りを顕わにして、仁王立ちするエルとシェリア。


 そんな彼女たちの背後には、壁のようにズラリと立ち並ぶヒューバート騎士団の猛者たち。


 彼らは感情こそ顔には出していないものの、立ち昇る怒りのオーラは誰の目にも隠しようがなかった。


 なぜなら彼らにとってエルは愛娘であり、アスター大公家が忠誠を尽くすべき相手だと分かっていても、人には我慢の限界というものがあった。


 そんな怒れる男たちの背後からゆっくりと姿を現したのが、エミリーだった。


 高原のそよ風を思わせる青の髪と瞳を持つ彼女が、シェリアの肩に手を置いて不敵にほほ笑んだ。


「シェリアちゃんが帝都に乗り込む時は、私もついて行っていい?」


「もちろんよ! 不死王フェニックスを倒したシルフィードの加護があれば、エルの救出ぐらい朝飯前ね」


 そう言って二人が同時にアナスタシアを睨みつけると、彼女の顔からスーッと血の気が引いた。


「その容姿と強大な魔力は確かに妖精シルフィード。伝説の妖精王がなぜこの娘の味方を・・・」


 狼狽えるアナスタシアに、だがエルの援軍がエミリーだけで終わるはずもなく、この後も次々と仲間たちが姿を見せる。


「わたくしも忘れないで下さいませ」


「セシリア!」


「サキュバス王国第1王女の意地にかけても、帝都の騎士たちは全員従順な下僕に変えてみせますわっ!」


「いいわねそれ。私たちの仲間をどんどん増やして帝都を乗っ取っちゃいましょうよ。だって周り全部が敵だから、どんなにノーコンでも数撃ちゃ当たるしね」


「わたくしたちも参戦します。自慢の闇魔法で帝都の結界を簡単に突き破って見せますわ、ねぇラヴィ」


「うん! エルお姉ちゃんをどこに隠しても、ラヴィが絶対に見つけ出すんだから」


「サキュバスにエルフ・・・争いを好まない妖精族がどうしてこの娘の味方に」


 しかも目の前の妖精族はいずれも膨大な魔力を内に秘めた圧倒的強者であり、思わず立ち眩みをしてしまったアナスタシアの前に今度はキャティーとカサンドラが姿を見せた。


「エル様に味方するのは妖精族だけじゃないわよ。私たち獣人族はリザードマン王国の元に一致団結して、ランドン=アスター帝国に宣戦布告するから!」


「何をバカなことを! リザードマン王国は我が帝国の同盟国であり、宣戦布告などあり得ない!」


「そんな同盟なんか破棄するに決まってるでしょ! だってリザードマン王国の新女王であるエル様をこれだけ怒らせたんだから」


「この娘が新女王ですって・・・ウソでしょ」


「ならドラゴに聞いてみるがいい。それに私も今一度オーガ王国騎士団長に復職し、魔王軍を率いてミジェロ運河を渡ってみせよう。ランドン=アスター帝国の領土を蹂躙する鬼人族の恐ろしさを、その身でたっぷりと味わうがいい」


「ひっ、ひいぃぃいっ!」




 そんな彼女たちを頼もしげに見ていたアレクセイが、アナスタシアに言い放った。


「エルの両親を人質にとって有利だったはずなのに、さすがにバビロニア王国は悪手だったな。もう諦めて家に帰れ」


「何ですって! 本家の決めた縁談に、分家ごときが口を出す権利などない!」


「・・・ふーん、まだそういう態度を取るのか。だったら分家全員集めて反対の大合唱でもしてやろうか」


「全員で反対を・・・そんなことをしたらアスター家に分断を招いてしまう」


「今さら何を言ってるんだお前。アスター家なんか、とっくの昔に分断してるだろうが。今俺が言っているのは、分家の総意としてエルをアスター家当主に祭り上げることだよ」


「この娘を当主に・・・何をバカなっ!」


「バカなもんか。エルはアスター侯爵家嫡男ステッドの唯一の忘れ形見。そしてそこにいるローレシア皇帝陛下は、元々はフィメール王家へ嫁ぐ予定だった政略結婚の駒。アスター本家の当主としての正統性は果たしてどちらにあるのかな? クーックック」


「アレクセイ、貴様ーーーーっ!」


「ブロマイン帝国時代から皇家の一角を占めていた名門ランドン家とは異なり、元は東方諸国の貧乏侯爵家だったアスター家は帝国貴族から見ればただの外様の新参者。そんな大公家にお家騒動が起きたら帝国貴族はどういう行動を取るだろうな」


「そんなの決まってます。現皇帝はここに居るローレシアであり分家なんかに帝国貴族が味方するはずは」


「だったらその帝国貴族様から意見を聞いてやろう。エレノアとスザンナ、お前らちょっと前に出てこい」




 アレクセイに呼ばれた二人は既に怒り心頭で、彼の隣に立ったエレノアがいきなり啖呵を切った。


「ランドン大公家に嫁ぐ者として、そして東方諸国きっての名門レキシントン公爵家の一員として、今回の婚姻には断固反対です。ブリュンヒルデお義母様にお話ししても、おそらくいい顔はしないでしょうね」


 エレノアがキッパリと告げると、スザンナも


「エル皇女殿下の筆頭侍女としてこの縁談には承服しかねますし、エル様の後ろ盾を自認する父・メルヴィル伯爵は必ず味方になってくれるでしょう」


 そんな二人の言葉に、アナスタシアが真っ青な顔でガタガタと震え出す。


「く・・・クロム皇帝陛下が不在の今、帝都を任されているのは我がアスター大公家。我々に弓を引くことはクロム陛下に弓を引くことと同じであり、もしメルヴィル伯爵家が分家についても、ほとんどの貴族は我々の味方をするはず」


「果たしてそうでしょうか。外国勢力を見ればシェリア様の母国シリウス・メルクリウス教王国はこの縁談には反対でしょうし、エレノア様の母国のレッサニア王国も、皇家に嫁ぐ公爵令嬢の頼みを国王が無視できるとはとても思えません」


「他国の干渉を呼び込もうと言うのっ!」


「わたくしが呼び込まなくても利に敏い貴族たちは自分に有利な方に動くでしょうし、このままいくと本当に南方新大陸を巻き込む世界大戦になるでしょうね」


「もうやめてぇ!」


 耳を塞いで床に座り込むアナスタシアに、ここまで無言を通してきたジャンが真っすぐな目をアナスタシアに向ける。


「ローレシア皇帝陛下に対する忠誠は些かも変わりませんが、エルをバビロニア王国に嫁がせることには反対させていただきます。もしこれを強行なさるなら、我がヒューバート伯爵家はアスター大公家に助力することはできません」


「ヒューバート伯爵、あなたまでそんな・・・」



           ◇



 アスター大公家陣営の有力貴族である忠臣ヒューバート伯爵にまで見限られたアナスタシアは、ガックリと膝から崩れ落ちてしまった。


 放心状態で視線が宙を彷徨う大公妃を後ろに下がらせたイワン大公は、疲れきった顔で彼女の代わりにエルたちの前に立った。


「そちらの言い分は分かったが、この縁談はもう決まったことなんだ。両国間の取決文書は既に交わされ、これを反故にすると莫大な違約金が課せられる」


「もう取決文書を交わしたのですか!」


 呆れた表情のジャンに、深いため息をついたイワン大公がエルに向き直った。


「エル、頼むからバビロニア王国に嫁いでくれ。そうしてくれれば、お前の両親を今すぐ奴隷から解放してやる」


「父ちゃんと母ちゃんを!」


「もし私を信用できないというなら、今ここで誓約文書にサインしてやってもいい」


「その前に教えてくれ。もしバビロニア王国との約束を反故にするとどうなる」


「・・・既に受け取った結納金5億Gに違約金5億Gをあわせた10億Gをバビロニア王国に支払うことになる」


「10億Gだとっ!」


 イワン大公が口にした想像を絶する天文学的な金額に、この場にいる誰もが絶句した。


 言葉を失ったエルに代わり、ジャンが務めて冷静に尋ねる。


「エルとマルス皇子の破談を魔王メルクリウスがそちらに報告に行ってからそう時間は経っていないはず。にも関わらずそんな取決文書が締結されているのは明らかにおかしい。事情を説明してください」


「そうだな、実は・・・」


 そしてイワン大公から話された内容は、頭を抱えたくなるほど酷いものだった。


 婚約相手となるバビロニア王国第一王子ユリシスにはかつて本妻がいたが死別。その後、後妻を迎えようと各国に打診したものの中々相手が見つからず、ついには敵国であるはずのランドン=アスター帝国にまで打診してきたらしい。


 帝国側は当然そんな話を無視していたが、魔王メルクリウスの勝手な振る舞いにイライラが募っていたアナスタシアは、その打診を独断で受けてしまった。


 大喜びしたバビロニア王はその日のうちにアナスタシア大公妃を国に招き入れると、既に用意してあった取決文書を取り交わして5億Gも押し付けてきた。


 その後帰国したアナスタシアがイワン大公にこのことを話すと、さすがにマズいと思ってローレシアを交えて話をしたそうだ。


 ところで、度重なる内戦で帝国貴族を信用しなくなっていたクロム皇帝は、妻のローレシアと二人で皇家独裁体制を敷いていたが、その本人が遠征のために帝都を離れてしまうと、残されたローレシアは多忙を極めてしまい、アスター大公家の内政を両親に丸投げしてしまっていた。


 もちろんアナスタシアは無能ではなく、ローレシアの期待以上にこれまで役目を果たしてきたが、そんな母親がまさかこんな行動に出るとは思わず、話を聞いて頭を抱えてしまったらしい。


「妻は、ステッドとフィリアの教育に失敗したことがトラウマになっており、二人が絡むと自分が否定されたような気持ちになって頭に血がのぼってしまう。だからエルの婚姻を妻に任せなければよかったのだが、後の祭りと言うか本当に反省している」


 そう言ってガックリと肩を落とす初老の男に、ジャンが静かに尋ねる。


「それでそのユリシス王子というはどのような男なのですか」


「こんな話は無視するつもりでいたので詳しく調べてはいないが、王位継承権第一位の20代後半の王子で側室が二人いるらしい」


 イワンがそう言うと、エルの隣に出てきたアリアが遠慮がちに話を始めた。


「わたくし、ユリウス王子を存じ上げております。その男は国民人気も高く父王から後継者として早くから指名されておりましたが、その本質はサイコパス。異常性癖の彼に買い上げられた娼婦は、二度と戻ってこないとの噂です」


 その後アリアは、バビロニア王国の王弟カールや他の娼婦たちから聞かされたことを全て話したが、その内容は吐き気をもよおすものだった。


 カールによると最初の妻は変死体で発見されたし、側室も同様の死を迎えているらしい。


 そして娼婦から聞いた噂話は、いずれも耳を疑いたくなるような酷い話ばかり。


「そんな男の所にエルを嫁がせるなど言語道断!」


 ジャンがそう言い切ると、それまでずっと黙っていたローレシアがその重い口を開いた。


「お父様、この縁談は断るしかありません」


「だがそんなことをすれば、アスター大公家が失態を犯してしまったことを貴族たちに知られてしまう」


「エルを嫁にやれない以上、貴族たちからの誹りを甘んじて受けるか、取決文書を破り捨ててバビロニア王国との戦端を開くしかありません」


「ああ・・・もう終わりだ」


「今回の件でお母様には責任は取ってもらいますし、お父様もお咎めなしとはいきません。お二人の処分が決まるまで離宮での蟄居を命じます」


「ローレシア・・・分かった」


 こうしてアナスタシア大公妃とイワン大公は、政治の表舞台から去ることとなった。

 次回もお楽しみに。


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