第102話 Self-Reproduction
「では始めます」
ハーピー族の里長・ペリメがその呪文を唱えると、インテリと冴姫、2匹のハーピーの身体から虹色のオーラが噴水のようにあふれ出して、キラキラと輝きを放ちながら神殿全体を満たしていく。
その幻想的な光景に全員が息を飲む中、2匹のハーピーの背中から羽根がスッと消えると、身体が人間のサイズに戻っていった。
それと同時に膨大な虹色のオーラがエルの身体へと吸い込まれていき、全てのオーラが引っ越しを終えた頃には、祭壇の前で尻もちをつく不良高校生カップルが爆誕していた。
そんな二人にエルが明るく声をかける。
「学校の制服が破れなくてよかったな」
ハーピーサイズの制服がビリビリに破れる世界線を本気で心配していたエルは、ハーピー魔法の便利さを今更ながらに痛感したが、みんなが驚いたのはそこではなく、エルの身体から放たれる恐るべき魔力に対してだった。
「エル、その魔力・・・」
シェリアが二の句を継げなかったのは、単にエルの魔力が一気に跳ね上がったからではなく、その属性にも大きな変化が生じており、光属性がメインなのは以前と変わらないものの、火属性以外にもサブの属性が増えている感じだった。
「エルくん、この水晶玉に触れてみて」
「これは冒険者ギルドの・・・」
エミリーが袋から取り出したのは、ギルドの受付嬢が冒険者登録を行う際に使用するあの魔力測定器だ。
エルがその水晶玉に触れると、虹色に光り輝いた。
「凄い・・・火、水、風、土、雷、光、闇に聖を加えた8属性と、たぶんハーピー属性と思われるものを加えた全9属性。魔力の強さも最強魔導師クラスだし、これは前代未聞よエルくん!」
エミリーが興奮気味に叫ぶと、シェリアがニッコリ微笑みながら魔法大辞典を持ってきた。
「16歳でこの魔力は大したものね。これからもまだまだ伸びるはずだし、私と一緒に最強を目指して頑張りましょう!」
「最強を目指すか。もちろんだシェリア! これからも俺は全ての魔力を拳に乗せて、ガンガン行くぜ」
「肉弾戦じゃなく、ちゃんと魔法を覚えなさいよ! せっかく全属性の魔法を使えるようになったんだからこの魔法大辞典を使ってビシバシ鍛えていくわね」
「アホかーっ! そんな分厚い本、この俺が覚えられる訳ないだろ! 無理無理無理無理!」
エルとシェリアがじゃれ合っている間に、エミリーはインテリと冴姫も測定する。
「二人とも魔力がほぼゼロになってる。つまり本当に普通の人間に戻ったみたいね」
「そうみたいでんな。なんや身体から魔力がすっぽり抜け落ちたみたいや」
「ウチもや。でも元に戻っただけやし、これからはシュウちゃんと二人で新婚生活やな」
「なななな何言うてるんや、サキ姉! ワイら仕事も金もあらへんのにそんなん無理に決まってるやろ」
「そやなあ、まずは仕事を見つけんとあかんなあ。でもどこで働けばええんかさっぱり分からへんわ」
「そやろ。だからワイと結婚するんは諦めて、ちゃんと働いてる男を見つけた方がええで」
「二人とも、冒険者になればいいのよ」
「ええええ、エミリーはん!」
必死に冴姫を諦めさせようとするインテリの努力をエミリーの一言がいとも簡単に打ち砕いた。
「私がここで仮登録をしてあげるわね。そしたらエルくんのパーティーメンバーとして実績に応じた報酬が貰えるし、それを二人の結婚資金にすればいいから」
「エミリーはん、そんな殺生なあ・・・」
頭を抱えて絶望するインテリをよそに、エミリーに対してもメンチを切りまくっていた冴姫がその警戒心を解いた。
「ホンマに? エミリーさんやったっけ、あんた美人やのにメッチャ性格ええなあ」
「うふふ、ありがとう。じゃあ早速このカードに名前と年齢を書いてね」
エミリーにカードを渡され、嬉々として名前を書く冴姫と、ため息をつくインテリ。
そして別の水晶玉にも手をかざして、そこに映し出された情報をエミリーが転記していく。
「えーっとまず西秀一くん(16)は、知力に優れているから薬師か錬金術師系統がおすすめ。そして谷本冴姫ちゃん(18)は、攻撃力と防御力に優れているから戦士か格闘家系統がおすすめかしら。本当はFランクからスタートだけど二人ともDランクで仮登録しといてあげるね」
「・・・おおきにエミリーはん。そうやワイ、サキ姉と違って戦闘向きやないから、みんなの武具の整備をすることにしますわ」
「それがいいわね。エルくんが得意だから弟子にして貰うといいわよ」
「ウチはどうしたらええんやろ」
「そうね・・・ギルドで本登録が終わるまで私がサキちゃんを指導してあげる。一緒に頑張りましょう」
「おおきに。エミリーさんはホンマ優しいなあ」
「じゃあ二人には冒険者ギルドのルールを簡単に説明するわね。こっちにいらっしゃい」
◇
エミリーが不良高校生二人を連れて場所を移すと、里長ペリメがエルに話し始めた。
「あの二人の代わりに今日からエルちゃんが私たちの仲間です。しかもハーピー二人分の魔力を受け継いだあなたは、人間に命の代償を求めることなくハーピー魔法を使えるようになりました」
「命の代償がいらない・・・そいつはいいな」
「ええ。それとこれからあなたにハーピー魔法を教えようと思いますが、その前に知っておいて欲しいことがあります」
そう言うとペリメはハーピー魔法の本質を話した。
「人間界にも伝承として伝わっていると思いますが、ハーピーは人間の寿命を半分貰う代わりにどんな願い事も叶えてあげられます。これはつまり、ハーピー魔法の多くが人の欲望を叶えるための魔法ということ」
「人の欲望を叶える魔法か。俺には必要ねえな」
「エルちゃんならそう言うと思ってました。でも全ての魔法がエルちゃんに必要のないものということではありません。それは分かるわね」
「ああ。俺がこれまで使って来た魔法は、これからも必要になるだろう」
「そう。『魔力をブーストする魔法』や『ハーピーの里と人間界を行き来する魔法』、『愛する人から魔力を受け取る魔法』の三つは、これからもエルちゃんを助けてくれるでしょう」
「それを一人で発動できるだけでも十分だ」
「そうね。どの魔法も普通の人間には使うことのできないとても珍しい魔法ですが、もう一つだけあなたに使って欲しい魔法があるの」
「使って欲しい魔法?」
【ハーピー魔法・セルフリプロダクション】
「セルフ・・・なんだそれ?」
「あなたの人生はまだ始まったばかりで、これからも波瀾万丈の人生が待ち受けていることでしょう。時には強大な悪と戦ったり、時には陰謀に巻き込まれて、たくさんの命が失われることになるかもしれません」
「・・・そうだな。悪人とはいえこれまで多くの男たちの命を、俺は奪って来た。だがそれも全て、罪もない人たちが悪人の食い物にされて無残に殺されていたからで、悪を倒し平和な世界を築くためなんだ」
「そうね。エルちゃんの正義はきっとたくさんの善良な人たちの未来を救うことになるでしょうし、まさにそれが大聖女様の望まれていたことでもあります。でもエルちゃんが生きてる間はいいですが、死んでしまったらどうでしょう」
「俺が死んだら?」
「そう。人には寿命があっていつかは必ず死ぬ。永劫の時を生きてきたフェニックスでさえ、最後はエルちゃんに倒されて死んでしまった」
「本物の神でもない限り、そりゃいつかは死ぬだろ」
「でもそれを回避する魔法があるとしたら?」
「まさか、そんなものがあるはず・・・」
「それが、セルフリプロダクション」
「不死など絶対あり得ないのに、何の魔法だよそれ」
「女しかいないハーピー族がどうやって子孫を増やしていると思う? それはこのセルフリプロダクションを使って、自分の分身を生み出しているからなの」
「自分の分身・・・だと」
「そう。ハーピー族は繁殖期にこの魔法を使って妊娠し、自分の分身を産み落とすのです」
「そんなことをしていたのか・・・」
「大聖女様がおっしゃったとおり、将来あなたは世界に幸福をもたらす名君となるでしょう。ですがどれほど優れた名君でも、いずれ寿命が尽きて死んでしまいます。そしてその後継者は必ずしも名君ではなく、ほとんどの場合は平凡な王か、暴君・暗愚の王であるのが世の常」
「名君の後継者か・・・」
「でもあなたの分身が後を継げば、その心配はない。あなたの正義は引き継がれ、この世界には名君が君臨し続ける。未来永劫、この困難に満ち溢れた世界に希望の光がもたらされることでしょう」
「・・・それで本当に世界が平和になるのか?」
「それが大聖女様の望みです」
真っすぐな目でエルに語りかけるペリメの言葉に、嘘偽りはないだろう。
だからこそエルには言いようもない違和感と、そこはかとない危うさが拭い去れなかった。
そんなエルの気持ちを機敏に感じ取ったのか、突然アリアが会話に割って入ってきた。
「エル様、ペリメ様から魔法を教わる前にわたくしの話も聞いてください」
「アリアの話? エルフの里の露天風呂で話があると言ってたが、まさか今の話に関係が?」
「はい。わたくしに託された大聖女様のお言葉をお伝えしたいのです」
「大聖女様のお言葉? どうしてアリアがそれを」
「その経緯をこの場でお話しすることはできませんが、大聖女様はおっしゃいました。セルフリプロダクションは使ってはならない魔法だと」
「使ってはならない魔法・・・」
そんなアリアの言葉に驚いたペリメは、すぐさま彼女に反論した。
「あなたは何を言っているのです! ハーピー族がこの魔法のおかげで絶滅せずにすんでいるのは大聖女様もよくご存じなのに、そんなことをおっしゃるはずがないではありませんか!」
「それでも大聖女様は・・・」
「そもそも大聖女様は15年前に異世界に旅立たれてからずっと不在。つまりあなたの言葉はデタラメ」
「違う・・・」
だがその時、エルたちの前に暗黒球体が出現した。
「転移魔法、敵襲だっ! 総員エルを守れ!」
ジャンの号令一下、常時敵襲に備えていたヒューバート騎士団がエルの前になだれ込むと、あっという間に肉の壁を作った。
「抜刀っ!」
そして全員一斉に腰の剣を抜いて、即座に臨戦態勢を整えた。
だが暗黒球体から現れたのは、膨大な魔力を内に秘めた、たった一人の女性だった。
その絶世の美女は、純白のドレスにいくつもの勲章を身につけ、頭にはランドン=アスター帝国皇帝冠が光り輝いている。
エルと同じエメラルドグリーンの瞳を持つその美女を前にしたジャンは、すぐに剣を置いて膝を屈した。
そして、
「総員、ローレシア皇帝陛下に敬礼!」
次回もお楽しみに。
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