第101話 大聖女の神殿
エルフの里を出発したエル一行は、妖精の森のさらに奥地へと足を踏み入れていった。
やがて日も傾き始めた頃、エルの前に白亜の神殿が姿を現す。
「着いたわ」
「ここが大聖女の神殿か」
古代ギリシャ遺跡を彷彿とさせるその芸術的な建物はまさに神殿と呼ぶにふさわしい荘厳な雰囲気を漂わせており、だがその周囲には強力な結界が張られていてあらゆる者の侵入を頑なに拒んでいる。
「ちょっと待ってて。今解除するわね」
だがシェリアは、収納魔術具から魔法大辞典を取り出すと、ページをパラパラめくって呪文を唱えた。
パシュ
「結界が消えた・・・」
「行きましょう」
事も無げに結界を消してみせたシェリアに続いて、エルたちはゾロゾロと神殿の中に入る。
だが中はガランとしていて、だだっ広い部屋の中央には祭壇が一つあるだけだった。
「デルン領の妖精の泉にあったやつに似ているな」
エルがそう呟くと、シェリアのポシェットから勢いよく飛び出したインテリが石碑の上を飛び回った。
「この中に里長のペリメ様がいてはるはずや」
「そのペリメ様とやらをここに呼び出せるか」
「たぶん来てくれるはずや。ワイが呼びに行ってくるさかい、アニキたちはここで待っててや」
そう言うと、唯一使えるハーピー魔法を唱えたインテリの姿が祭壇の中へスッと消えた。
◇
インテリを待っているうちにすっかり日が落ちてしまい、エルたちは神殿の中で野営をすることにした。
天幕を設置して夕食も平らげて、早めに眠りに就こうとしていた矢先、ようやくインテリが戻ってきた。
「遅かったな。もうメシは食ったぞ」
「すんまへんなエルはん、遅なって」
「エルはん? お前、何言って・・・モガッ!」
インテリが全速力で飛んでくると、エルの口を慌てて塞いだ。
(アニキ、黙ってワイの言う通りにしてほしいんや。ワイはアニキのことをエルはんと呼ぶから、アニキはワイのことを秀ちゃんって呼んでや)
(秀ちゃん? ・・・よく分からんが、分かった)
「遅かったじゃないか、しゅ、秀ちゃん」
「へえ。ちょっと予想外の事態に巻き込まれまして」
「予想外の事態だと?」
「あれですわ」
エルの肩に座ったインテリが祭壇を見るよう促すと、そこに2匹のハーピーが姿を現した。
1匹は年老いたハーピーで、おそらく里長のペリメだろうが、もう1匹は若いハーピーでエルにも見覚えのある顔だ。
エルは二人に挨拶をする。
「初めましてペリメ様。俺はランドン=アスター帝国で皇女(仮)をしているエルという者だ。もう一人の方はどこかで会った気もするが、名前を忘れちまって申し訳ない」
エルは一週間ほどハーピーの里に閉じ込められていたため、里のハーピー全員の顔を知っている。
「えーっと、誰だっけかな・・・」
だが中々思い出せないでいると、エルの耳元でインテリがこっそり教える。
(・・・ワイの幼馴染のサキ姉ですわ)
(幼馴染か。お前、ハーピーの里では村八分にされてたけど仲のいいハーピーもいたんだな)
(いや、サキ姉はずっとこの神殿でペリメ様と二人で暮らしてて、ワイも16年ぶりに再会したんですわ)
(随分と久しぶりだな・・・え、16年ぶり?)
エルは改めてそのハーピー女を見る。
脱色して金髪に染めたハーピー女は、ケバい化粧をバッチリ決めて気合の入った顔つきをしている。
そしてエルと同じデザインのセーラー服を着ていたものの、お嬢様学校に通う令嬢にしか見えないエルと違って、そのハーピー女はどこからどう見ても完全無欠のスケバンだった。
(ちょっと待て。この女、ウチの高校の3年にいたスケバンじゃないか。確か名前は谷本冴姫・・・)
(せや。アニキを目の敵にしとったサキ姉ですわ)
(・・・・・・)
思わぬ事態に目が点になったエルに、肝の座った顔つきの冴姫がメンチを切った。
「おいそこのブス。ウチの秀ちゃんと何イチャついとんじゃ、ワレぇ」
自作したのであろう竹刀を肩に乗せてドスをきかすその姿は、前世で通っていた高校の2学年上の先輩・谷本冴姫その人だった。
(おいインテリ、何でアイツがここに居るんだよ)
(サキ姉もワイらと同じで、気が付いたらこっちの世界に生まれ変わってたんやて)
(生まれ変わったのか・・・でもアイツにメチャクチャ嫌われてるんだよな俺)
谷本冴姫には大嫌いなものが3つあった。
一つ目は東京。
二つ目はバンカラ野郎。
そして三つめは自分よりケンカの強いヤツ。
関東の中学から関西の高校に入学してきた桜井正義は、厳密には東京の隣の県に住んでいたが、冴姫にはそんな細かいことはどうでもよく、関東弁を話す全ての人を東京者とみなして勝手にライバル視していた。
結果、桜井正義はこの大嫌いなもの3つ全てに該当してしまい、「東京がなんぼのもんじゃいボケ」だの「真の男とか鬱陶しいんじゃアホ」だの「逃げずにケンカせえや弱虫野郎」だの、インテリを朝迎えに行くたびに隣の家から飛び出してきた冴姫にケンカを売られたのだ。
だが女には絶対に手を上げないポリシーの桜井正義が全く相手にしなかったため、毎回メンツを潰され怒りまくっていた。
(・・・インテリ、まさかアイツに俺のことを言ってないだろうな)
(言いますかいな。アニキが女になったって聞いたら鬼の首を取ったように喜んで、一生バカにしまっせ)
(だよな。何が何でも絶対に隠し通すぞ)
「秀ちゃんから離れろ言うとんじゃコラぁ!」
「おわあっ!」
突然、谷本冴姫がエルの顔すれすれに顔面を近づけてメンチを切ると、インテリの手を引っ張って無理やり連れ戻していった。
そんな二人の様子を生暖かい目で見ていたペリメ様が、今度はエルに向き直って穏やかに微笑んだ。
「あなたがエルちゃんね。随分と立派に成長して」
「ペリメ様は俺のことを知っているのか?」
「大聖女様からお話を伺っているだけですが」
「その大聖女様はどうして俺のことを」
「あなたが命を失った時、魂をこの世界にスカウトして来たのが大聖女様なの。この世界に絶対必要な人材だとおっしゃってね。そして期待通りに真っすぐな娘に成長したようね。本当によかったわ」
「大聖女様が俺をこの世界へ・・・だったら!」
だったら男に生まれ変わらせて欲しかったと言いかけて、ギリギリその言葉を飲み込んだ。
男・桜井正義が女に生まれ変わったなど、冴姫にだけは知られてはいけないからだ。
深呼吸して呼吸を整えると、エルはペリメに向き直った。
「実はペリメ様にお願いがあるんだが」
「ハーピー魔法を教えて欲しいそうね。シュウイチから聞きましたよ」
「そうか。それで頼みを聞いてくれるか」
「それは条件次第よ」
「条件だと?」
「ハーピー魔法を普通の人間が使えないのは知っての通りですが、あなたはシュウイチと魔力を共有しているため人間なのにハーピー魔法が使えます。でもそのことがシュウイチの魔力を制限してしまい、ハーピー魔法が使えない原因になっているのです」
「そうだったのか・・・」
「そしてあなたもシュウイチが傍にいないとハーピー魔法が使えません」
「つまり二人そろって一人前って訳か」
「だからこの機会に、あなたとシュウイチのどちらか一方に魔力を集めようと思うの」
「どちらか一方に・・・」
「ええ。だからあなたかシュウイチのどちらがハーピー魔法を継承するか決めてほしいの」
「分かったがその前に教えてくれ。秀ちゃんが継承する場合はいいとして、俺がハーピー魔法を継承した場合、俺はハーピーになってしまうのか」
「普通の人間ならそうなりますが、魔族であるあなたはハーピー魔法の属性が追加されるだけです」
「また魔族の話かよ。もし俺が普通の人間だったら、ハーピーになっちまうだろうが」
「それは大丈夫です。だって大聖女様があなたを魔族として生まれ変わらせたのですから」
「え・・・」
またもや明かされる衝撃の事実に、だがエルは真面目に反応するのもバカらしくなって、話を先に進めることにした。
「まあいい。俺がハーピーにならないのは良かったがハーピー魔法を失った秀ちゃんはどうなる」
魔法が使えなくなるだけなら今とはそう変わらないが、命を失うようなことがあれば大変だ。
固唾を飲んでペリメの答えを待つエル。
「残念ですが、ハーピー魔法を失ったシュウイチはただの人間に戻ってしまいます」
「人間に戻る?」
「はい」
「命を失ったりはしないのか?」
「ええ。ただしハーピーではいられなくなります」
「それってつまり・・・」
ハーピー魔法を失うことの代償があまりに小さいというか、インテリにとってはむしろご褒美な件にエルは目をぱちくりさせた。
もちろんそこに選択の余地など一切なく、
「ワイ、ハーピー魔法を捨てて人間に戻りたいっ! そして大人の階段を登るんや!」
「そういうことだ。ペリメ様、ハーピー魔法は俺が引き継ぐ方向で」
そうエルが答えようとすると冴姫がそれを遮った。
「何勝手に決めてんねん。秀ちゃんが人間に戻ってしもうたら、ウチと一緒に暮らされへんやんか」
「一緒に暮らすって、秀ちゃんとか?」
「そうや。ウチ秀ちゃんと結婚しようと思てんねん」
「結婚てお前、まさか秀ちゃんのことを」
「・・・そうや。恥ずかしいて今まで言われへんかったけど、ここで言わんかったら一生後悔する。ウチ、小っちゃい頃から秀ちゃんのお嫁さんになるんが夢やったんや」
ケバい化粧の上からでも分かるほど頬を赤く染めた冴姫から、まさかのカミングアウトが飛び出した。
「マジかよ・・・よ、良かったなイン、秀ちゃん」
人生で初めて女子から告白を受けた、彼女いない歴=年齢の2倍のインテリは、だが顔面蒼白でガタガタ震えた。
「・・・嫌や。サキ姉みたいな凶暴なスケバンと結婚したら一生尻に敷かれてまうわ。ワイはもっと大人しゅうてカワイイ子がタイプなんや」
あっさりフラれた冴姫だったが、これぐらいで引き下がるような簡単な女ではないことは、エルが一番よく知っている。
もちろん冴姫は表情一つ変えずに、インテリに求婚を続ける。
「せっかく二人でハーピーに生まれ変わったんやからこんなん運命に決まってる。そやから結婚しよ」
「サキ姉だけは死んでも嫌や!」
「そんなこと言うて、秀ちゃんもウチをお嫁さんにしたいって言うてくれてたやん」
「それ保育園の時の、おままごとの話やんか!」
「そやけどウチ、秀ちゃんを一生守ったろと思うて、スケバンにまでなったんやで」
「守っていらんわ! ていうか何でワイを守る必要があるんや」
「そんなん、秀ちゃんがケンカ弱いからに決まってるやん」
「サキ姉が強すぎるんや! ていうかアニキにケンカを売ってた理由って、まさかワイを守るために」
「そや。桜井正義とかいう時代遅れのバンカラ番長から秀ちゃんを守ったろ思うて。無駄に男臭い東京者のくせにウチの秀ちゃんといっつも一緒にいやがって、ほんま邪魔やったわアイツ。あんな奴は早よう忘れてウチらは幸せになろ」
「ひーーーーっ!」
顔面蒼白で床に尻もちをつくインテリの上を旋回していたサキ姉が、ふと何かを思いついた。
「なあペリメ様。秀ちゃんが人間になるんやったら、ウチも人間にしてくれへんか」
突然の申し出にあっけにとられたペリメが、本当にそれでいいのか冴姫に確認する。
「それはあなたの魔力をエルちゃんに与えるということかしら?」
「そや。ホンマはこんなブスに魔法をくれてやるのは勿体ないけど、秀ちゃんと一緒になるためには人間に戻らなしゃあないしな」
「でも本当にいいの? もう二度とハーピーには戻れないのよ」
「秀ちゃんと結婚できるんやったら、ウチはそれでかまへんねん」
「・・・分かりました。ではサキの一途な恋心に免じて、シュウイチとの結婚を特別に認めてあげます」
「おおきにペリメ様」
「アワアワアワアワアワアワ・・・・」
アワアワ言うばかりで顔面蒼白のインテリを無視して、勝手に話を進めていく冴姫とペリメ。
結局二人分のハーピー魔法をエルが引き継ぐことで話がついてしまった。
次回もお楽しみに。
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