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第100話 エルフの里(後編)

 庭の一画に設けられた古風な露天風呂。


 その片隅でエルとラヴィが背中の流しっこをしていると、ソフィアが遠慮がちに声をかけてきた。


「わたくしもご一緒させてくださいませ」


「いいぞ。背中を流してやるから後ろを向いて座れ」


「はいっ!」


 エルがタオルにたっぷり石鹸をつけてゴシゴシ背中を流し始めると、ソフィアはとても気持ち良さそうな素振りを見せる。


「こうやって風呂に入るのもいいもんだろ」


「はい。実はわたくし、誰かと一緒に入浴するのはこれが初めてで、最初は勝手が分からず戸惑っておりました。でもとても楽しいものなのですね」


「そりゃよかった。俺はずっと母ちゃんと風呂に入ってたから、侍女に入れてもらう方が逆に緊張するよ」


「お母様とお風呂に・・・。わたくしにはそのような経験がございませんので、少しうらやましいです」


「なら、たまに一緒に入るか。お前となら妹と風呂に入ってるみたいで、別になんてことないしな」


「はいっ!」


 14歳のソフィアはまだ幼いラヴィと違って女性らしさが見え隠れする年頃なのだが、自分に似た容姿のためかエルには妹にしか見えなかった。




 身体を洗い終えたエルは、妹分2人と手をつないでゆっくりと風呂に足をつける。


 露天風呂には既にユーナとアリアが浸かっており、彼女たちの姿をなるべく目に入れないようお湯の中に身体を沈めた。


「ふう・・・」


 生け垣に囲まれた小さな露天風呂に、涼やかな風が吹き抜ける。


 エルの首筋に冷たく触れたその風は、やがて火照った身体を適度に冷ましてくれるだろう。


「やっぱ露天風呂は最高だな。極楽気分だぜ」


 見上げた夜空には無数の星がきらめき、妖精の森の奥深くから夜鳥の鳴声が聞こえてくる。


「ラヴィ、必ず父ちゃんと母ちゃんの元に帰してやるからな」


 旅の最後になってしまったラヴィの里帰り。彼女に申し訳なさを感じつつもエルは少しほっとしていた。


 キャティやカサンドラに比べてラヴィはまだ小さいし、きっと両親の元に帰ってしまうだろう。


 だったら別れの時までもう少し一緒に居たい。


 でもそれはラヴィも同じだった。


「パパとママに早く会いたいけど、エルお姉ちゃんとはお別れなんだよね・・・」


「ラヴィ・・・」


 しんみりとした空気が二人の間に漂う。


 だがソフィアは、事も無げに口を開いた。


「エル姉様とラヴィちゃんはこれからもずっと一緒に居られるのに、なぜそんな寂しそうにするのですか」


「え?」


 ラヴィを両親と引き離すつもりのないエルは、その真意をソフィアに尋ねる。すると、


「エル姉様は我がメルクリウス帝国をお継ぎになるのですから、お住いになるのはフィリア宮。ですので、エルフの里は目と鼻の先にありラヴィちゃんとは好きな時にお会いできますわ」


「「あ!」」


 互いに顔を見合わせるエルとラヴィ。


「エルお姉ちゃんがご近所さんなら、ラヴィ毎日遊びに行っちゃう!」


「確かに、フィリア宮に住めばラヴィとはご近所さんになる。それにキャティーやカサンドラも里帰りがしやすくなるし・・・」


 するとユーナも話に加わって、


「エル様、以前申し上げた通り我ら聖騎士隊の3人は終生エル様にお仕えいたします。ですので、エル様がフィリア宮に住まわれるなら我々も同行いたします」


「ユーナも来てくれるのか・・・そうだな、俺はどうせランドン=アスター帝国を追放される身。縁もゆかりも無い国に嫁がされるなら、この大陸に移住するのは悪い話ではない」


 この時エルは、両親の奴隷解放に向けた皇帝との交渉を政略結婚以外の方法で行うことを心に決めた。


「スザンナもきっと付いてきてくれるし、アリアも」


 エルはアリアに向き直る。


 意識して見ないようにしていたそこには、白銀の髪に赤い瞳の絶世の美女の姿があった。


 だが同時にエルは、彼女にあり得ない感覚を抱く。


(あれ? アリアには何も感じない・・・)


 シェリアと風呂に入る時さえ鼓動が高鳴るエルが、なぜかアリアには全く反応しなかったのだ。


(まるで母ちゃんと風呂に入ってるみたいだ。でもどうして・・・)


 首をかしげながらもエルは、さっきの話をアリアに尋ねる。


「もし俺がこの大陸に移住したら、お前はどうする」


 その問いに、いつもは微笑みを絶やさないアリアの表情が突然真剣なものに変わった。


 そしてエルの目を真っすぐ見つめ、


「大切なお話がごさいます。大聖女の神殿についたら二人きりの時間を下さい」


「大切な話・・・分かった」



          ◇



 夜明け前。


 まだ窓の外は暗く獣も寝静まる時間帯に、あまりの寝苦しさに目を覚ましてしまったエル。


 そんな彼女はすぐに、サキュバス王国での出来事を完全に失念していたことを後悔した。


「うわぁっ・・・・・・っく」


 危うく大声で叫びそうになったエルは、すんでのところで口を閉じた。


(ややややや、やべえ・・・みんなが目を覚まさないうちに、この状況を何とかしないと)


 身動き一つ取れなくなっていたエルは、右サイドから寝技をかけたまま眠りについているセシリアに声を掛ける。


(朝だぞ、起きろセシリア)


(うーん・・・エル様あと少しだけ・・・ぐうぐう)


(とにかく目を覚ませセシリア。ていうか早く起きて服を着ろ!)


 首元をガッチリ固定し顔と顔をくっつけるセシリアの耳元でエルは必死に呼びかけるが、全裸のサキュバス王女は彼女に抱き着いたまま微動だにしない。


(くっ・・・仕方ない、こっちから先に手を打つか。おいベッキー、早く起きろ!)


 顔は見えないものの左側からエルに抱き着いているのはおそらくベッキー。そして密着する素肌の感触から彼女も全裸であることは明白。


(どうせ狸寝入りだろお前。早く起きろベッキー!)


 わざとらしく寝息を立てている彼女を、エルは身体を揺り動かして起こそうとした。


 するとベッキーは息を荒げ始め、


(はぁはぁ・・・いやんエル様のエッチ)


(やっぱりコイツ起きていやがったな。変な声を上げてないで早く服を着ろ!)


 寝ぼけたセシリアと違って、確信犯のベッキーは残念そうにエルから離れる。


(おはようございますエル様・・・チュッ!)


 布団から起き上がったベッキーは、だがエルに顔を近づけると彼女の頬にキスをした。


(アホかーーーーっ!)


 ベッキーが離れたことで少し顔が動かせるようになったエルは、自分も全裸にされていることに気づく。


(ていうか俺もかよーーーーっ!)


 さらにひどいことに、エルとベッキーに挟まれる形でラヴィがエルの左胸に吸い付いていたのだ。


 そんなラヴィも眠りが浅くなってしまい、もぞもぞと動き出した。


「ううん・・・ママぁ」


(ひーーーーっ!)


 夢を見ているのか、赤ちゃんのように甘えるラヴィの仕草に、エルは筆舌に尽くしがたい感覚に襲われてしまった。


(ううっ、くうーーーっ・・・た、頼む。この状況を何とかしてくれ、ベッキー)


(承知しましたが、もう少しだけ目の保養を。ああ、眼福眼福)


(ふざけるな! これのどこが眼福だよ! 頼むから早く・・・うううう)


 セシリアに大好きホールドされて身動きの取れないエルは、自力でラヴィを引き離すこともできない。


 このまま朝まで身を任せるしかないのかと諦めかけたその時、まさかの救世主が現れた。


 ソフィアだ。


(ソフィアか。頼む俺を助けて・・・ってお前)


 普段は明るいエメラルドグリーンのソフィアの瞳が不気味な暗い深緑色に変色し、大きく開いた瞳孔からは禍々しいオーラがあふれ出している。


 その姿はまるで、地獄の底から這い出した百鬼夜行の亡霊のように見えた。


(こんな深夜に怖いよソフィア。その目をやめろ)


 だが彼女がユラリユラリと近づいてくると、ギリギリ聞こえるほど小さな声で呟いた。


「エル姉様はわたくしのもの。なのに姉様を全裸にして辱めた上、このわたくしから姉様を寝取ろうとする淫魔の王女め・・・絶対に許せません」


「ぐうぐう・・・うーんむにゃむにゃ桜井様ぁ」


「エル姉様はわたくしのもの。エル姉様はわたくしのもの。エル姉様は・・・」


「うーん、むにゃむにゃ・・・セシリアは桜井様をお慕いして・・・ぐうぐうぐう」


「この淫乱王女め・・・このおおおおおおおっ!」


 そう声を張り上げたソフィアがセシリアの腕をつかむと、彼女をあっさりと引きはがしてしまった。


(ウソ・・・だろ? この寝ぼけた状態のセシリアはオークをも凌駕するほどの怪力なのに、戦闘訓練を受けたことのないソフィアがどうして・・・)


 だがエルの問いかけにソフィアは何も答えず、セシリアの代わりに大好きホールドをエルの身体をがっちり極めた。


(って、おいソフィアっ! お前が俺に寝技をかけてどうすんだよ!)


「あああエル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様」


(ソフィアの力なんか大したこと・・・あれ? 全然動けん・・・おいソフィア、頼むからそこを退いて俺に服を着させてくれ)


「エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様」


(いや、ちょっと離れろ・・・頼むから離れてくれ)


「エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様」


(ちょっと怖いよソフィア・・・ていうか早く正気に戻ってくれ! おいベッキー、こいつをなんとかしてくれー!)


(エル様、ソフィア様姉妹の愛の営み・・・素敵。は、捗る〜っ!)


(こらぁ、何しとんじゃあベッキーっ!)


「エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様、エル姉様」


(ひーーーーーっ! もう勘弁してくれ〜っ!)



           ◇



 ソフィアが熟睡してようやく解放されたエルは、セシリアを叩き起こして服を着せた。


「間一髪セーフ。もう少しで俺たち3人がヤバい関係だとみんなに誤解されるとこだったよ」


「私はいつでもエル様とそういう関係になる準備ができておりますが」


「わたくしもエル様となら・・・その」


「アホかーーーっ!」


 そんな大騒ぎをしているうちに窓の外は白み始め、みんなが起き出してきた。




 出発の準備を整え里長シグマリオンに別れを告げたエルたちは、再び妖精の森に足を踏み入れる。


 セーラー服の赤いリボンを風にはためかせ、エルはシェリアに指示を出した。


「さあ次の目的地は大聖女の神殿だ。ここからの案内は頼むぞ」


「任せてよエル」


 魔術具を起動したシェリアは、水晶玉が指し示す方向に歩き出した。


「こっちよ。みんな私について来て!」

 次回もお楽しみに。


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