第17話 奴隷オークション
「エルお姉さんはエルフを知らないの?」
「聞いたこともないな。相棒のインテリなら何か知ってるかもしれないが、今はオークション会場の監視をしている。後で聞いとくよ」
「そっか。じゃあラヴィたちが愛玩奴隷として人気があることも知らないんだね」
「愛玩奴隷だと?」
エルはその言葉を聞いた瞬間、全身に虫唾が走り、この少女がそれを受け入れている事実にゾッとした。
「ラヴィのお友達はみんな綺麗な服を着せてもらって大金持ちのご主人様の家に引き取られて行ったわ。そしてラヴィだけがここに残って、こうして奴隷たちのお世話をしているの」
そう言った少女は少し寂しそうな表情を見せたが、すぐに表情を戻すと、
「でもねエルお姉さん。今日はラヴィもオークションに出られることになったの。さっきオーナーに呼ばれて「ラヴィは10歳の誕生日を迎えたから、きっといいご主人様が見つかるよ」っておっしゃられたのよ」
「10歳になったから、いい主人が見つかる・・・」
それを聞いたエルは、目の前の少女がどういう目的でどんな主人に買い取られていくのかを理解してしまい、目の前が真っ暗になった。
彼女の意識を改めなければ大変なことになる。
そう直感したエルは、
「いいかラヴィ、奴隷として買い取られても絶対幸せにはなれない。すぐにでも自分を買い戻して自由になるべきだが、ここでの下働きでいくら稼いだ」
「ううん、ラヴィはお金を持ってないわ」
「金を持ってないのか・・・そうか」
この少女はあくまでここの商品で、売れるまでの間の衣食住を商会が見る代わりに、その対価として下働きをさせられているに過ぎないのだ。
「ちなみにラヴィは、いくらで売られる予定だ」
「オークションではみんな100Gからスタートして、一番高値を付けたご主人様に引き取られるルールよ」
「つまり最低でも100Gか・・・」
エルは一瞬、自分がこの子を買い取ろうと考えたが、手持ちのお金では全然足りないし、同じような境遇にあるのはこの子だけではない。
何よりエルは、自分とその両親、弟たちを奴隷から解放させなければならないのだ。
それでもこの子が奴隷のまま一生を終えるのは間違っているし、それを見過ごすのは正義に反することだとエルは考えた。
だからせめて、自分の主人から自分を買い取って自由になれるという選択肢がラヴィにはあるということを教えておく必要がある。
そう思ったエルは、少女の前で兜を脱ぐと自分の首筋に刻まれた奴隷紋を彼女に見せた。
エルの素顔を見て、思わず息を飲むラヴィ。
「綺麗なお顔・・・エルお姉さんも奴隷だったのね」
「そうだ。両親が奴隷だったから、俺も生まれた瞬間から今までずっと奴隷だ。この奴隷紋も今の持ち主のデニーロ商会に刻まれたものだが、俺は絶対に家族全員で奴隷の身分から抜け出す。そのために冒険者をしてお金を稼いでいるんだ」
「奴隷をやめることなんか本当にできるの?」
「できる。自分自身を買い戻すんだ」
「自分自身を買い戻す・・・でもラヴィはそんなお金持ってないし」
「だな。奴隷は貯金なんか持ってないし、普通にしてれば一生かかっても自分を買い戻せる金なんか稼げない。だが人生諦めなければ、何だってできる!」
「エルお姉さんはいくらで自分を買い戻すの?」
「2000Gだ」
「2000Gも!」
その金額を聞いて真っ青になったラヴィ。
さっきはオークションに出られることを喜んでいたように見えたが、やはり心のどこかで奴隷として売られることへの不安を感じているようだ。
そんな彼女に絶望感を与えただけではさすがに可哀そうであり、なるべく希望を持たせるため、自分のことをもう少しだけ話すことにした。
「途方もない金額に感じるかも知れないが、俺はたった2週間で90Gも稼いだ。あと8か月休みなく働けば2000Gが手に入る計算だし、決して手の届かない金額ではないんだ」
「冒険者ってすごい! ラヴィも大きくなったらエルお姉さんみたいな冒険者になれるかな」
「もちろんなれるさ。だからどこに売られようとも、決して希望を捨てずにチャンスを待つんだ」
「うん、わかったエルお姉さん!」
その後ラヴィは、自分でオークション用の衣装に着替え始めたが、その表情には心なしか希望が差し込んでいるようにも見えた。
そして準備が整うと、5人の奴隷女たちとともにオークション会場の舞台裏にある控室へと向かう。
エルの次の持ち場はその控室の警備であり、彼女たちの列の一番後ろにつくと、ゆっくりと階段を登っていった。
◇
オークションが始まった。
奴隷売買は店と客のとの相対取引がほとんどだが、年に数度こういった催し物を行うことで、奴隷商人は出来るだけ高値で奴隷を売ることができ、買い手となる貴族や富豪たちは自分の財力を周りにアピールするいい機会となる。
そんなオークションで取り扱われる奴隷は、農場や炭鉱で働かせる男奴隷や、繁殖目的あるいは娼館で働かせる女奴隷といった通常商品ではなく、希少価値の高い愛玩奴隷となる。
やがてエルが警護していた5人の奴隷女たちが売られる順番が回ってきた。
奴隷控え室の扉から細い通路に出て、そこを少し歩くと会場の舞台袖に出る。そして最初に舞台に上がったのは、エルと同じ年頃の少女だった。
煽情的な下着を身に付け壇上に立たされた少女は、会場の買い手たちの視線にさらされながらも、自分をアピールするため、あどけない笑みをふりまいた。
そして司会者がハンマーを振り下ろすと、彼女の売買が開始された。
カンカンカン!
『さて次の商品は15歳から20歳までの5人の愛玩奴隷です。どの娘も粒ぞろいの美女で純潔!』
ザワ ザワ ザワ・・・
『さて最初のこの美女は、奴隷の産地として名高いデモントファームで育成された極上品。100Gからの開始になりますが、最高値を付けた御方がこの美女の所有者となります。ではスタート!』
「120G!」
「130G!」
「140G!」
会場は活気に溢れ、壇上の奴隷女の競り値が少しずつ上がって行く。
舞台の袖で警備をしているエルは、はらわたが煮えくり返るほどの怒りを感じながら、だがじっと我慢して時が過ぎるのを待っていた。
そんなエルの肩には、会場周辺を空から警備していたインテリがちょこんと座り、怒り狂うエルをなだめたり聞かれたことに答えたりしている。
「インテリ・・・今日ほど自分の無力さを感じた日はない。こんなおぞましいオークションなど今すぐにでも止めさせたいのに今の俺にはそれができないんだ。昔の俺なら後先考えずに会場で暴れ回っていたのに、一体俺はどうしちまったんだよ・・・」
「アニキ・・・」
「・・・でも理由はわかっているんだ。昔なら正義のために突き進み、そこで倒れても本望だと思える死に方ができれば、それでいいとさえ考えていた」
「アニキはそういう人でしたね」
「だが今は違う。家族全員を奴隷から解放させるために俺は守りに入ってしまった。だからこのオークションをやめさせることも、壇上の彼女たちを助けることもできないでいる。これが正義の行動と言えるのか。俺は真の男から遠ざかっているのではないか」
「ワイは、アニキは昔となんも変わってないと思います。ただ家族を守るという重い責任を背負っただけなんですよ。そりゃこんなオークション、ぶっ潰した方がいいに決まってますが、世界中で同じようなことをやってますしここだけ潰しても意味ありまへんがな」
「だが壇上の彼女たちにとっては、これが最初で最後のオークション。そして奴隷としての運命が決まってしまう絶望的な儀式なんだ」
「だからと言って、アニキが暴れまわって今日のオークションを中止にしても、彼女たちを救うことはできまへんし、アニキはただの犬死に終わってしまう」
「犬死・・・」
「そんなアニキに、ワイから言葉を一つ贈らせてもらいます。臥薪嘗胆や」
「臥薪嘗胆・・・」
「人間なんて所詮小さな存在で、神様のように万人に救いを与えることなど到底できまへん。せいぜい家族や仲間を必死に守ることぐらいやけど、アニキならより多くの奴隷たちを救うことができるようになると、ワイは考えてます」
「人間は神ではないか。では俺に何ができると思う」
「それはワイにも分かりまへんが、アニキは必ず大きなことを成し遂げると信じてます。だから大事を成すまでどうか辛抱してください」
「臥薪嘗胆か。くそっ、もっと力が欲しい・・・」
エルが一人葛藤している間にも壇上の少女は525Gで落札されてしまった。
落札したのは40代の富豪の男で、客席に降ろされた彼女を舐めるように隅から隅まで確認し、やがて満足そうな顔をすると、彼女を連れて会場から出て行ってしまった。
それを憤怒の形相で見送るエル。
その後もオークションは続き、他の4人も次々と高値で落札されていった。
買い主に連れられて会場を後にする彼女たちの表情は、喜んでいるようでもあり、また悲しんでいるようでもあった。
ふと気がつくと風来坊のジャンが隣に立っていて、心の整理のつく兆しすらないエルに話かけた。
「彼女たちはまだ幸せな方だ。従順にしていれば富豪たちの家で何不自由なく暮らすことができ、何年かすれば奴隷の男をあてがわれて所帯を持つことになるだろう。そうしてできた子供たちはみんな容姿も整っているから、将来こうしたオークションに出品されて高値で買い取られていく」
「・・・それのどこが幸せなんだよ」
「彼女たちはそう言う環境で育ち、奴隷以外の生き方を何も知らない。だから自分の境遇を他人と比較することもなく自分が不幸だということも理解できない。それでも娼館に売られ病気になって死んでいく大多数の奴隷女よりは遥かにマシな人生だと思うがな」
「くそっ! 何て酷い世界なんだ・・・」
あまりにも理不尽で救いのない奴隷という存在に、エルの心は絶望に黒く塗りつぶされていく。
それでもオークションは淡々と進み、次の目玉商品である亜人種の愛玩奴隷へと移っていった。
次回「怒髪天を衝く」。お楽しみに。
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