第99話 迷いの森の秘密
翌朝。
妖精の森に出発しようとしていたエルたちの元に、魔王がソフィアを連れて来た。
「すまんがウチの娘を連れて行ってくれ」
「妖精の森までの案内役か。助かるよ」
「いや、しばらくコイツの面倒を見てほしいんだ」
「え?」
そう言ってソフィアを押し付けてきた魔王は、その理由を話した。
「俺はメチャクチャ忙しいのに、マルスの件で余計な仕事が増えてしまった。コイツを一人にさせられないし、だからと言って俺が面倒を見る余裕もない」
「自業自得だろ」
「うっ・・・それにソフィアもお前と離れたくないと言っている。本当の妹だと思って可愛がってくれ」
何が何でもソフィアを押し付けようとする魔王に、エルも困った表情を見せる。
「そんなこと言われてももうすぐ夏休みも終わるし、寄宿学校だって始まる」
「ゲシェフトライヒの寄宿学校だな。ならソフィアもそこに入れてくれ」
「俺に言われても困る。なあクリストフ、魔王があんなこと言ってるけど、どうなんだ?」
エルが尋ねると、だがクリストフは申し訳無さそうに首を横に振った。
「寄宿学校は15歳からで、14歳になったばかりのソフィアさんだと修道院か孤児院にしか入れません。他の枢機卿の目もありますし、年齢を誤魔化すと後で面倒なことに・・・」
それを聞いた魔王は、またシリウス教の悪口を言い始めた。
「シリウス教徒どもは頭が硬いし、どんな意味のない戒律も絶対に守ろうとするからな。仕方がない、あの家に居候させるか」
「シリウス教が嫌いなのに、教会の寄宿学校に愛娘を入れようとするな。それにゲシェフトライヒに知り合いがいるなら最初からそっちに頼れ」
「だな。よし今から行って頼んで来るか」
「今から行くのかよ! 随分フットワークが軽いな。まあ知り合いの家に居候するなら俺が文句を言う筋合いはないし、一緒に来るかソフィア」
「はい、エル姉様っ!」
満面の笑みを浮かべたソフィアは、目をハートマークにさせてエルの右腕にしがみついた。
◇
出発の準備を終えた魔王は、エルたちと一緒に宮殿を出ることにした。
「妖精の森ならこっちが近道だ」
「案内してくれるのか」
「まあな。娘を預かってもらう礼だよ」
魔王に連れられて勝手口から出たエルたちは、だがいきなり目の前に広がる密林に唖然とする。
「この裏庭を突っ切って行くぞ」
「裏庭って、これジャングルだろ!」
油断すると方向を見失いそうになるほど草木が生い茂った密林を前に、なぜかピクニック気分のソフィアがエルの右腕を抱きしめる。
「ここは迷いの森といって、一度迷い込むと二度と抜け出せない恐ろしい場所なのですよ」
「宮殿の中に、変なもん造るな!」
「これは造ったのではなく、迷いの森のあった場所にこの宮殿を建てたのです」
「だから何でだよ! 意味が分からん」
「それよりお父様?」
「何だソフィア」
「こちらはお父様専用の出口ですよね。わたくしたちが使ってもよろしいのですか?」
「今回は特別だ。ただしここで目にするものは絶対に誰にも言ってはならん。いいな」
「し、承知しましたっ!」
「もちろんここに居る全員も約束してくれ」
「おうよ。迷いの森の秘密か・・・一体どんな冒険が待ち受けてるんだろう。ワクワクするな」
魔王の言葉で冒険者魂に火のついたエルは、心を躍らせながら密林に足を踏み入れた。
◇
密林の中をしばらく歩くと、やがて宮殿の中と外を隔てる長い壁と城門にたどり着いた。
「行ってらっしゃいませ魔王様」
「うむ」
ズラリと並んだオーガ族の衛兵たちに見送られて城門を通り抜けたエルたちは、さらに森の奥へと進んで行く。
落伍者を出さないよう隊列を組んで道なき道をしばらく進むと、再びエルたちの前に大きな城門が姿を見せた。
「あれ? さっきの城門まで戻ってしまった。いつ道を間違えたんだろう」
首を傾げつつ城門に近づくエルは、だがそこを守っているのがオーガ族ではなくランドン=アスター帝国の兵士だったことに驚く。
「ええっ?! 何で帝国軍がここを守ってるんだよ」
メルクリウス帝国の領内に駐留しているランドン=アスター帝国軍は、鳥人族マフィア掃討戦に参加している一騎当千の魔導騎士のみ。
ここにいる彼らのような衛兵は一人もいないし、そもそもフィリア宮の城門を守る理由もない。
もしかするとこれが迷いの森の秘密で、実は知らないうちに転移させられ、どこかの帝国軍基地にたどり着いたのかも知れない。
だとしても帝国軍基地にフィリア宮の城門があるのはやはりおかしい。
色んな可能性がエルの頭から次々と消えていく中、衛兵がこちらに気づいて警告を発してきた。
「ここから先はランドン=アスター帝国の領地。メルクリウス帝国の亜人は今すぐここを引き返せ!」
「やっぱりここは帝国軍基地か・・・でもどうして」
エルたちを亜人と決めつけ、全員が抜刀して威嚇を始めてきたが、そんな彼らに魔王が立ちはだかる。
「すまんがここを通してくれ」
すると衛兵たちは剣を納め、一斉に敬礼をする。
「これは公爵閣下! おかえりなさいませ」
「ああ。今すぐ門を開けてくれ」
「はっ!」
呆然とするエルたちをよそに、左右に分かれて一糸乱れぬ敬礼を見せる帝国軍兵士たちが魔王とエルたちを城門の中へと迎え入れた。
◇
城門を通ってから先も、さらに密林は続く。
「さっきの奴らは本当に帝国軍兵士なのか? 俺の顔を知らないようだし、魔王のことを公爵閣下と呼んでいたぞ」
「彼らは本物だよ」
「じゃあどうして」
「教えてやるが、今から言うことは秘密だ」
「迷いの森の秘密だな。誰にも言わないから頼む」
「実はフィリアの他にもう一人、別の女がここに住んでるんだ」
「・・・何の話をしている。俺はお前のモテ自慢じゃなく、迷いの森の秘密が知りたいんだ」
「だからこれが秘密だよ」
「まさか迷いの森の秘密って、お前の妾の話だったのかよ!」
ガックリと肩を落とすエルに魔王は、
「妾じゃない、妻だ」
「・・・妻って、お前は一体何人の妻がいるんだよ! まあいい、この別宅に住んでるのはさしずめ帝国貴族といったところだろ」
「ま、まあな・・・」
「ちなみに相手は」
「ランドン=アスター帝国皇帝クロムの妹、ブリュンヒルデ・メア・ランドン皇女殿下だよ。商都ゲシェフトライヒの女領主だし、お前も知ってるだろ」
「何だとっ!」
エルが絶句すると、慌てたエレノアが魔王の前でスカートをつまんで挨拶をした。
「これはお義父様! ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。わたくしはエレノア・レキシントンと申しまして・・・」
「こちらこそ今まで挨拶ができずに失礼した。キミをヒルデとの間にできた息子の婚約者に決めたのはこの俺なんだが、ほとんど帝国にいないため妻に任せきりにしていた。放っておいてすまない」
「いえいえ、とんでもございません。大層お忙しいと聞き及んでおりましたが、今はどちらに」
「聖地アーヴィンだ。義兄のクロム陛下が遠征のために帝都を離れているんだが、俺もそのサポートのため聖地を離れられない」
「皇帝陛下のサポートを! これはご苦労様です」
「ちなみに気づいていると思うが、ここがブリュンヒルデ宮だ。フィリア宮がすぐ近くにあることは誰にも言わないでほしい」
「承知しました」
「それからブリュンヒルデ宮の正門を出るとすぐ目の前が妖精の森だ。エルフの里に行くならレオリーネに案内してもらうといい」
「お義父様はこれからどちらへ」
「まずゲシェフトライヒに行ってソフィアの居候の件を妻に頼み、その後は帝都ノイエグラーデスに行ってローレシアのご機嫌伺いをして、それからアージェント王の靴を舐めに・・・コホン、謝罪と陳情だ。やることが多すぎて参ったよ」
「お、お疲れ様です・・・」
そんな魔王とエレノアの会話を聞いてるうちに、すぐにブリュンヒルデ宮が見えてきた。
勝手口を守る帝国軍兵士の敬礼に迎えられて、エルたちは宮殿の中へと案内された。
◇
黒髪の美人秘書と共にあり得ないほど膨大な魔力を使ってどこかに跳躍して行った魔王と別れて、エルは基地司令官室を訪れた。
突然現れたエルに慌てた司令官は、見事な敬礼を見せつつ幕僚たちを呼び集める。
「これはエル皇女殿下にエレノア全権大使代行閣下。ルダリア基地から転移して来られると聞いておりましたが、まさかランドン公爵閣下と一緒に迷いの森を越えられてくるとは」
「ランドン公爵閣下・・・何人嫁がいるのか知らねえけど、もう魔王のことは忘れて旅を再開するぞ」
◇
幕僚たちに鳥人族マフィア掃討戦への参加を指示した後、妖精の森に足を踏み入れたエルたち。
迷いの森とは違ってメルヘンチックな雰囲気のこの森は、色とりどりの花が咲き乱れていた。
「わたくし、ここをお散歩するのが大好きなの」
そう言ってエルの右手を握ったソフィアが得意げに話すと、ラヴィも左手を掴んでエルに話しかけた。
「昔ママが言ってたけど、ここは迷いの森と同じで、一度道に迷うと大変なんだって。気をつけてねエルお姉ちゃん」
「分かった気をつけるよ。ところでラヴィは自分の家の場所は分かるか」
「ううん、分かんない・・・」
そう言ってラヴィはしょんぼり耳を垂れるが、先頭を歩くレオリーネが声をかけた。
「大丈夫よラヴィちゃん。里長様ならご存知のはずだし、まずはエルフの里に行ってみましょうね」
「ありがとう、レオリーネお姉ちゃん」
次回もお楽しみに。
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