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第98話 泥沼の政略結婚(後編)

 まさかこの年で「娘を嫁にくれ」みたいに言われるとは思っていなかったエルは、魔王からの突然の申し出に一瞬頭が真っ白になった。


「ええっと、ちょっと待ってくれよ。確かアリアは他に行く所がないから俺の侍女にしてくれたんだよな。ちょっと都合が良すぎないか」


「それほど困ってるんだ。もちろんお前かエリスのどちらかが嫁に来てくれたら何の問題もないが、どっちもダメならもう後が無い。それにアリアには光属性の素養があって・・・」


「いやその言い方だとアリアを人質に俺が結婚を迫られてるようで余計に納得がいかない。もちろんアリアが結婚を望むなら俺としては構わないけど・・・」


 ただでさえ複雑な話なのにアリアまで巻き込まれて釈然としないエルに、だが今度はシェリアが口を挟んできた。


「アリア姉様をマルス皇子と結婚させるならクリストフと結婚させてよ。そうすれば私はシリウス教と縁が切れるし」


「お前まで話を複雑にするな。今はマルスの話をしているのに、ここでお前とクリストフの話が出てくると余計に話がこんがらがる」


「だって・・・」


 口を尖らせて拗ねるシェリア。


「アリアの気持ちは後で聞いておくが、ここにエリス王女がいるってことは、彼女の意見も聞くってことだろ。さあ話してくれ」


 エルがそう言うと、エリスは恨めしそうに睨んだ。


「わたくしはマルス皇子との結婚を望んでいましたのに、あなたが現れたおかげで・・・」


 そしてエリスはポツリポツリと話し始めた。




 このエリスも最初はマルスとの婚約に乗り気ではなかったらしく、王命により仕方なくフィリア宮に行儀見習いとしてやって来た。


 そこで初めてマルスに出会ったエリスは、その誠実で優しい人柄に惚れ、政略結婚では珍しくあっという間に恋に落ちてしまった。


 しかも嫁ぎ先であるメルクリウス帝国も、最初は鬼人族だらけの野蛮な場所だと思っていたが、実際に来てみると鬼人族は外見が人間に近いオーガ族だけで、それ以外はエルフやドワーフなどの妖精ばかり。


 そんなフィリア宮はまだ新築で自分の部屋も広く、ここでの暮らしが快適過ぎる上に、義母のフィリアもとても優しい。


 「早くわたくしの後を継いで立派な皇妃になってね」と毎日のように激励されると、エリスにはもう皇妃になる未来しか見えなくなっていた。


「そう聞くとマルスは理想の結婚相手なんだな」


「やめてっ! 今更そんなこと言わないで!」




 マルスを取られまいと警戒心を顕にエルを睨みつけるエリスだったが、そこから先の話はとても聞いていられない酷い内容だった。


 皇妃フィリアが出産のため宮殿を離れると、エリスはソフィアからの執拗な嫌がらせを受け始めたのだ。


 ソフィアは四六時中マルスにつきまとってエリスと二人きりにならないよう邪魔をしたり、人目のつかない場所にエリスを連れ出しては兄への愛を熱く語って「お兄様は自分のものだから早く実家に帰りなさい」とエリスに婚約破棄を迫った。


 それでも義母フィリアが出産を終えれば自分を助けてくれると信じていたエリスは、だが突然実家から婚約破棄を伝えられて、心がポッキリ折れてしまった。


 泣く泣く実家に帰る準備を始めたエリスだったが、エルとの顔合わせのためオーガ王国に向かったはずのマルスがたった一人で戻ってきた。


 そして彼は「エルさんと会って話をしたが、彼女に結婚の意思はなくエリスとよりを戻すよう説得された」と言い、今までどおりの関係を続けてほしいと懇願された。


 婚約破棄は王命で、それに背くことに不安を感じたエリスだったが、マルスの真摯な説得もあってできることなら彼の妻になりたいと思い直した。





 自分の気持ちを話し終えたエリスは、その大きな瞳から一筋の涙を零した。


 マルスは懐からハンカチを取り出して彼女に渡すと突然立ち上がり、


「ボクは嫡男なので結婚のことは全て父上に任せておりましたが、今のエリスの話で考えが変わりました。ボクは駆け落ちしてでもエリスを妻に迎えます」


「マルスっ!」


 そうきっぱり宣言したマルスは、少女マンガに出てくるヒーローそのものであり、マルスと強く抱き合うエリスもヒロインそのものだった。


 そんな二人に感動したエルが席から立ち上がると、


「よく言ったっ! それでこそ男だマルス! 始めは六畳一間のボロアパートかもしれんが二人肩寄せ合って暮らすのも乙なものだぞ。仕事は冒険者がいいな。エミリーさんを紹介してやるから明日にでも冒険者ギルドに行って登録して来い」


 エルが親指を立てて駆け落ちを応援すると、魔王は慌ててマルスを止めた。


「お前は嫡男なんだから駆け落ちだけはやめろ。お前の意志は分かったから、エリスとの結婚を許してもらう方向でアージェント王にお願いしに行く。だからもう少しだけ時間をくれ」


 大きなため息をついた魔王は、越えなければならないハードルを思い浮かべてゾッとした。


「はああぁ・・・まずはアージェント王に謝り倒してエリスとの婚約を認めて貰わなければならないし、もしそれが上手く行っても、今すぐ皇妃を辞める勢いのフィリアを説得しなければならない・・・とほほ」


 さらにはエリスに執拗な嫌がらせをしたソフィアの対策も必要であり、ある決心をした魔王はソフィアに向き直って言った。


「お前がブラコンなのは気になっていたが、エリスの話を聞く限り常軌を逸している。兄と結婚して子を産みたいなど非常識も甚だしいし、お前を放っておくと何をしでかすか分からん。早急に婚約者を見つけてここから出ていってもらう」


 そう断言した魔王は、ソフィアを行儀見習いに出すことを宣言した。


 それに驚いたのがソフィアだ。


「ごめんなさいお父様! お兄様と結婚したいなんてもう言いませんので、行儀見習いには出さないで!」


「いいやダメだ。万が一にもそういう関係になられては取り返しがつかないし、誰が嫁いで来ても兄嫁への嫌がらせをお前は続けるはずだ」


「エル姉様ならそんなことは絶対いたしません。お父様だって、エル姉様が我が帝国を継ぐのが一番いいとおっしゃっていたではありませんか」


「そりゃ言ったけど、アレクセイの話を聞いて気が変わった。アスター大公家はこの婚姻を絶対に認めてくれないし、下手をすればランドン=アスター帝国に内戦を引き起こしてしまう」


「ですが・・・」


「それだったらアージェント王の靴を舐めたり、3回まわってワンと言った方が100倍マシ。正直言って無理ゲーなんだ、分かるだろソフィア」


「ですがお父様、ゴウキ王たちはエル姉様が皇帝になられることを熱望しています。なのにエル姉様を諦めてお母様まで皇位を降りられたら、我が帝国は瓦解しかねません」


「そうだゴウキ達のことをすっかり忘れていた。帝国が瓦解しては本末転倒だし、うーむ困ったな」


 ソフィアの言葉にまたしても頭を抱えた魔王だったが、意外とよく見ている娘に少し感心した。


「ただのブラコンかと思っていたが、お前なりに色々と考えていることは大変喜ばしい。エルに心酔しだしたのも国をおもんばかってのことか?」


「それもございますが、わたくしはお父様なんかよりずっとエル姉様のことを理解しているのです」


「ほう、聞かせてもらおうか」


「エル姉様は本当にお強く、それでいて心が真っすぐなお方。正義を貫き巨悪に立ち向かうエル姉様は、まさにわたくしの理想とする女性なのです」


「・・・ちょっと心酔しすぎじゃないか、お前」


「そんなことはございません。エル姉様は我が帝国に絶対に必要なお方ですし、わたくしは義妹としてエル姉様をずっと支えていきたいのです。ていうか今すぐ養子縁組をして、わたくしとエル姉様を本当の姉妹にしてくださいませ!」


 その後もエルを熱く語るソフィアに唖然とする魔王だったが、そんな愛娘の目に変化が現れ、魔王の背筋に寒気が走った。


「ちょっと待てお前、目がハートマークになってるじゃないか・・・」


 魔王がガタガタ震えながらそう呟くと、エルもソフィアの変化に衝撃を受けた。


「バカなっ! ソフィアには魅了は使ってないはず。なのにどうしてそんな目を・・・」


「魅了? いやこれはサキュバス魔法ではなく、母親からの遺伝だ」


「遺伝だと?」


「こいつの母親はヤンデレ気質というか、一途な気持ちが昂ぶると目に変化が生じる」


「ヤンデレって何だ?」


「病む+デレの造語で、恋愛対象を殺してしまうほど深い愛情を抱くキャラ属性のことだ。マイナスの感情を抱くと瞳孔が開いてそこから魔力を垂れ流し、恋愛感情が高まるとこんな風に目がハートマークになる。ちょっと待て、ということはまさかソフィア・・・」


「・・・さすがはお父様ね。一生心に秘めておこうと思いましたが、やはり気づかれてしまいました。ええそうですとも、わたくしは女に生まれたことを後悔するほどエル姉様を愛してしまったのです」


「・・・まさかそう言う意味でか?」


「・・・はい、エル姉様を妻に娶りたいほどに」


「・・・・・・」


 頬を赤く染めて熱を帯びた瞳でエルを見つめるソフィアと、まさかのカミングアウトに目が点になる魔王とエル。


 気まずそうに目を伏せるジャンとアレクセイは、何かを誤魔化すように目の前の料理を黙々と口に運び、シェリアだけが微笑ましそうに頷いている。


 一方、自分への態度とは全く正反対のソフィアにショック受けたエリスは、とうとう声を上げて泣き出してしまい、それを見たマルスが憮然として席を立つと彼女をエスコートしてどこかに行ってしまった。





 気まずい雰囲気のテーブルに残された6人。


 エルは正面に座る魔王を睨みつける。


「おい魔王」


「・・・お、おう、何だエル」


「あの温厚なマルスが怒って出て行ってしまったが、話はまだ続けるのか」


「いや話すことはもうない。今日はお前たちの歓迎会だし、料理もまだまだたくさんある。あとは存分に楽しんで行ってくれ」


「楽しめるかーーっ!」

 次回もお楽しみに。


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