第94話 城塞陥落
不死王フェニックスを倒したエルたち。
だが主を失った神殿の中を、入り口とは反対方向に歩き出す。
「この下に空洞があるはずよ」
戦いの最中、シェリアが感じた魔力反応は6つ。
床下から感じたというその魔力は、シェリアと同じ火属性のそれだった。
辺りを歩き回って微かに足音が反響した場所を、シェリアが指をさした。
「退いてろ」
何の変哲もない石畳を素手で持ち上げるエル。
するとそこに、地下へ通じる隠し階段が現れた。
「降りてみよう」
先頭を行くエルが剣を構え、背中に背負ったソフィアがライトニングで暗い足下を照らす。
すぐ後ろをシェリア、アリア、エミリーの順に降りていくが、長い階段は大きな扉へと続いており、それを開けると不死鳥族の住まう部屋になっていた。
贅の限りを尽くした広いリビングには最高級の調度品が備え付けられ、世界中から集められた美術品や宝飾品が綺麗に飾りつけられている。
その持ち主であろう6人の女性は、だが部屋の中央に身を寄せてガタガタ震えており、フェニックスが死んだことを聞かされると、その全員が泣き崩れた。
「ここに居るのはお前たちだけか」
エルが尋ねると、年長の女が頷いた。
「はい、召使いの奴隷女以外は・・・」
「なら全員解放しろ。それとも俺たちと戦うなら一切容赦はしないぞ」
「こ、降伏します! どうか命ばかりは・・・」
既に魔力が底をつき、6人全員を相手に勝つ自信のなかったエルだったが、よほど死ぬのが怖かったのかその全員が脅しに屈した。
「命だけは助けてやるが罪はちゃんと償ってもらう。お前たちの人生にもう自由はないからな」
「承知しました・・・不死鳥族は私たちとホウオウを残すのみ。絶滅するぐらいなら何でも言うことをお聞ききします」
「なら急ぐぞ」
◇
奴隷は後で救出することにして、フェニックスの妻6人を部屋から出したエルは、城塞都市プフレへ戻るべく階段を駆け上がった。
そして彼女たちの背中に乗って飛び立つと、カタストロフィー・フォトンで神殿の入り口をぶち破って、そこから脱出。
そのままリヤド岳火口を噴き上げる数百度の噴煙に飛び込むが、彼女たちの炎のオーラに守られ、火口を一気に舞い降りた。
「エル様っ!」
マフィア本部へと繋がる火口最深部の横穴にバリアーを張って隠れていたエルの仲間たち。
その中から真っ先に飛び出してきた聖騎士隊の3人は、エルの背後にいる6人の不死鳥族に驚き、慌てて剣を抜いた。
「待てこいつらは捕虜だ。セシリア、魅了を頼む」
「承知いたしました」
◇
城塞都市プフレへ繋がる転移装置は既に破壊され、自力で山を下りるしかなくなったエルたち。
急峻な山岳地帯を徒歩で行くにはかなりの時間がかかるため、エルたちは空から向かうことにした。
瞳にハートマークを刻み込まれたフェニックスの妻たち6人の背中に、エルと仲間たちが乗り込む。
ファルコンの背中にはシェリアが搭乗し、耐火バリアーを展開して全員が火口を脱出。
リヤド岳頂上から大空へと飛び立った。
眼下に広がる北方山岳地帯の壮大な風景。
深い山々が連なる先に、煙がもうもうと立ち昇っている渓谷を発見。
エルが地図を広げて場所を確認すると、全員に聞こえるように大声を上げた。
「あそこが城塞都市プフレで間違いない。急ごう」
エルを先頭に6人の妻たちが密集隊形で飛行するが、数百年ぶりの外出らしく息を切らせながら辛そうに飛んでいる。
それでも強靭な肉体を誇るファルコンが必死に付いて来ているところを見ると、いかに不死鳥族の身体能力が破格なのかが分かる。
そんな短い空の旅で、みんなの注目を浴びたのはやはりエミリーだった。
青い瞳と青い髪。
風の妖精シルフィードとなったエミリーに、みんなの質問が殺到した。
もちろん当の本人も自分に何が起きたのかさっぱり理解しておらず、首をかしげるばかりのエミリーに、だが意外な助っ人が登場した。
「先祖返りではないでしょうか」
事も無げに呟くセシリアに、エミリーが尋ねる。
「先祖返りってどういうこと? 私、人間だけど」
「これはあくまで可能性の話ですが、風のエレメントである妖精シルフィードは、かつて他の妖精族とともにこの大陸を支配していました。ですが獣人族と鬼人族の反乱にあって大陸を追放されたのです」
「そんなことがあったんだ」
「全ての妖精族が大陸の隅へと追いやられて行く中、最も恨みを買っていたシルフィード族は大陸で暮らすことも許されず、大海の果てに去って行きました。そんな彼らの中には皆様の暮らす北方大陸に逃げ延びた者もいたのでしょう」
「だから私にシルフィードの血が・・・」
「はい。そしておそらくシルフィードの生き残りたちが何代にも渡って北方民族との混血を繰り返し、やがてシルフィードの特徴を失っていったのです」
「シルフィードの特徴?」
「その碧眼と青髪です。シルフィードの容姿は人間と見分けがつきませんが、その強力な魔力ゆえにオーラの色が瞳と髪色に現れるのです」
「この青い髪がシルフィードの特徴・・・私、本当にシルフィードなんだ」
「ええ。おかえりなさいエミリーさん、我ら妖精族は同胞シルフィードの帰還を歓迎いたしますわ」
そんな話をしているうちに、眼下には城塞都市プフレが広がっていた。
都市上空にはドワーフ空挺団が多数展開し、制空権をその手中に収めていた。
そして彼らは、強力な炎のオーラを放つ鳥人族を包囲し、全方向から無数のアイスジャベリンを撃ち込んでいる。
「ドワーフ空挺団がホウオウを追い詰めたんだ。これ以上高度を下げると戦いに巻き込まれるぞ」
彼らの遥か上空で滞空し、そこから戦いの様子を見ることにしたエル。
「承知しました。ですが私たちの息子が・・・」
セシリアの魅了で、エルへの愛情を植え付けられた妻たちだったが、ホウオウへの家族愛も共存しているようで、ピンチに居ても立ってもいられない様子。
エルはエルで、アレクセイとレオリーネの姿がどこにも見えないことに不安を感じていた。
(まさか、やられちまったんじゃ・・・)
だがその時、アイスジャベリンの飽和攻撃を受けるホウオウの周囲に、暗黒球体が次々と出現した。
(もしかして、あれはレオリーネの仕業か・・・)
さらに暗黒球体の陰に隠れるように、魔力を消した一人の男が忽然と現れた。
「アレクセイだっ!」
二人は未だ健在で、ホウオウとのバトルがちょうど最終段階を迎えたようだ。
空の大戦力に包囲されて逃げ場を失ったホウオウ。
その彼の周りに出現した暗黒球体の数は実に40。
そして、
【光属性魔法・カタストロフィー・フォトン】
魔法が発動した瞬間、20本の光のバトンがホウオウの周囲に出現し、まるで牢獄のように彼の逃げ場を失わせた。
「何だあれはっ!」
アレクセイの放ったカタストロフィー・フォトンが至近の暗黒球体に吸い込まると、亜空間を通って別の暗黒球体から外に射出される。
そのビームがホウオウの近くを掠めて、別の暗黒球体に吸い込まれ、さらに別の暗黒球体から射出された後、また別の暗黒球体に吸い込まれる。
こうして、40個の暗黒球体を使って生み出された20本の光のバトンが、複雑に交差し合ってホウオウの生存領域を極限まで狭め、さらに動き出した暗黒球体によって、光のバトンも複雑な動きを始めた。
それでも必死に逃げようとするホウオウだったが、予測不能な光のバトンが命中すると、その肉体が瞬時に消滅した。
赤いオーラが霧散し、役目を終えた暗黒球体も元のマナへと還元していく。
「うううっ・・・」
エルの後ろからすすり泣く女の声が聞こえる。
振り向くと妻の一人が涙を流して泣いていた。
エルが騎乗する妻が、
「ホウオウは彼女の息子だったの。これで男性は一人もいなくなり、女性6人だけが残されてしまった」
「そうか・・・」
それは一つの種が絶滅したことを意味し、味の悪さをエルに残した。
その時、強大な魔力がエルに迫った。
「くっ!」
エルが剣に手を伸ばそうとしたが、それよりも先にその男女が攻撃をしかけ、だが慌ててそれを止めた。
「おっとと、お前たちだったのか」
突如エルの目の前に現れたのは、アレクセイとレオリーネの2人。
「いきなり攻撃を仕掛けてくるな。危ないだろ!」
「スマンスマン。だがコイツらは何だ」
「フェニックスの妻だ。魅了をかけて捕虜にした」
「こいつら全員が・・・するとフェニックスは」
「倒した。紙一重だったがな」
「そうか!」
「アレクセイたちも凄い戦いをしていたな」
「今のお前さんなら分かると思うが、カタストロフィー・フォトンを命中させるのは凄く難しいんだ。アイツやたらすばしっこいし、あの状態を作り出すまでに時間がかかっちまった」
「ここで見てたけど、やっぱりSランク冒険者の戦闘はスケールが違うな」
「いやいや、フェニックスを倒したお前たちも十分Sランクの資格が・・・ちょっと待て、あれは何だ」
アレクセイがエミリーに気づいて声を上げた。
「エミリーさんだよ。フェニックスと戦ってる時に、妖精シルフィードに変身したんだ」
「はああ?! 何があったのか詳しく教えろよ」
「もちろん。だがその前にこの戦いを終わらせよう」
◇
城塞都市プフレは陥落した。
エルはファルコンに命じて、抵抗を続ける構成員に投降を呼びかけると、その多くは組織の大幹部の指示に従い武器を投げ捨てた。
悔しそうに武器を手放す構成員たちにファルコンは、フェニックスとホウオウの2人の死を伝える。
神と崇めたフェニックスの死を信じられない構成員も、大空にはばたく6人の妻たちを目にすると、それが真実であることを信じざるを得なかった。
信仰していた神が滅び、心の支えを失って力なく座り込む構成員たちを、帝国軍の騎士たちが片っ端から拘束していく。
「戦いも終わったし、もう帰ろうぜ」
帝国軍の司令部が置かれた陣幕の前で、連行されて行く構成員を見ながらジャンに話しかけるエル。
「そうだな。幹部がほぼ全滅して組織は崩壊。あとは末端の構成員を全員捕まえればマフィアは消滅する。時間はかかるだろうが人海戦術で何とかなるはずだ」
「ということで、そろそろ本来の目的地であるエルフの里に行くか。ラヴィの里帰りがまだだったしな」
「そう言えばこれ夏休みの帰省だったな。城塞攻略をしているうちに、すっかり忘れてたよ」
「だよな。何やってんだろ俺たち・・・」
浜辺のバカンスから始まったエルたちの夏休みは、気が付くと不死王フェニックス討伐と城塞都市攻略戦へと変わっていた。
そんな夏休みも残りわずか。
「あとはゴウキ王に任せて、次に行くぞ」
次回もお楽しみに。
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