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第93話 風のシルフィード

 フェニックスにたった一人で立ち向かうアリアが、目に見えない弾丸を無数に連射している。


 そして彼女がやってくれたのだろうか、応急処置を施されたシェリアが意識を取り戻した。


「大丈夫かシェリア」


「・・・ごめん油断した」


「無事でよかった。それよりエミリーさんが」


 火属性攻撃に耐性のあるシェリアは比較的軽傷で済んだようだが、耐性のないエミリーは見た目にもそのダメージが大きい。


 修道服は焼けこげ、いつも綺麗に整えていた長い髪も無残に縮れ、瑞々しかったその素肌もやけどの跡が痛々しい。


 応急処置を受けてなお虫の息のエミリーに、エルが治癒魔法をかけようとするが、シェリアが慌ててそれを止める。


「今キュアを使うと、ソフィアちゃんの詠唱が無駄になっちゃう!」


「でもエミリーさんが」


「今はフェニックスを倒すことに専念しなさい」


「くそっ」


 不安と怒りと悲しみと、あらゆる感情を心の奥底にしまい込んだエルが、アリアの隣に立った。


「待たせたな」


「お願いしますエル様。ご覧の通りフェニックスの回復力が尋常ではなく、彼を倒すには全身を瞬時に蒸発させるしか方法がございません」


「だな。ここで決めてやる」


 さっきは空中戦を戦っていたフェニックスも、今は地面に倒れて身体の修復に集中している。


 つまりエルが的を外すことは絶対にない。


 そんな彼女の体内に膨大なオーラが湧き上がると、その全てが右掌に収束していき、空間マナとの間に共鳴を起こした。



 キイイイイイインッッッッッッ!



 エルの邪魔にならないよう、攻撃を止めたアリアがスッと後ろに下がる。


 それと同時に、エルの肩に乗り移ったインテリが、手を重ねた二人の魔力を最大限までブーストする。


 そしてソフィアが最後の一節を唱え終ると、クロスに交差させた右掌が臨界を迎えた。



【光属性魔法・カタストロフィー・フォトン】



 放たれた閃光は、だが固く目を閉じたエルに一撃目とは違う感覚を与えた。


 閃光が周囲を照らしつけたのは同じだったが、エルが感じた眩しさがケタ外れだったのだ。


「眩しっ・・・あ、熱ちちちっ!」


 強烈な閃光の後、鋭い痛みが肌に走り、再び目を開いたエルはそこに正体不明の物体を発見した。


「何だこれは・・・」


 エルの真正面、つまりさっきまでフェニックスのいた場所には、大きな銀色の球体が転がっていたのだ。


 完璧に磨きぬかれたその表面は鏡のように光を反射し、だがその球体が突然消失すると、銀色に舞い散る粉雪とともに完全回復したフェニックスが現れた。


「その魔法の正体は光。ならば鏡で反射すればよい」


「反射・・・だと?」


 ようやくエルは理解した。


 今撃ったカタストロフィー・フォトンはあの球体に反射し、四方八方に飛び散ってしまった。


 その一部がエルたちにも跳ね返り、ダメージを負ってしまったのだ。


 後ろを振り返ると、シェリアたちが酷い火傷を負っている。


「こんな防ぎ方が・・・くそっ」


 2度に渡ってフェニックスを討ち損じてしまい、もう後がなくなったエル。



【光属性初級魔法・キュア】



 アリアと場所を交代し、後ろに下がったエルが高速詠唱魔法キュアを発動。


 全員への応急処置を行った。


「・・・ううう・・・エルくん・・・」


「間に合った・・・よかったエミリーさん」


 フル詠唱ではないため効果は限定的だったものの、魂を現世に繋ぎ止めるには十分な強度だったらしく、危うく命を失う所だったエミリーがどうにか意識を取り戻した。


 もちろん服は治癒しないため焼け焦げたままだが、エミリーは自分の力で起き上がると、


「エルくん、私はもう大丈夫よ。歩くのも平気」


「分かった。俺に奴は倒せないし、もう撤退しよう」



           ◇



 撤退を決めたエルたちは、最初入ってきた穴に向けて後退を開始。


 連射弾は一度に大量の魔力を消費するらしくアリアは連射速度を抑制し、その分回復速度が上回ったフェニックスが火焔龍を放ってきた。


 それをシェリアの耐火バリアーで何とかしのぎ、それでも受けてしまったダメージはエルのキュアで即座に回復していく。


 そんな風にジリジリと後退していくエルたちだったが、先にアリアの魔力が尽きてしまった。


「申し訳ございません。わたくしはもう・・・」


「いや、アリアのおかげでここまで頑張れた。本当にありがとう」


 悔しそうに俯くアリアと、絶望的な顔のシェリアとソフィア。


 だが覚悟を決めたエミリーは、突然、呪文の詠唱を始めた。


「いや、ちょっと待て! 魔力はもう残ってないじゃないかエミリーさん」


 慌てて止めたエルだったが、エミリーはそれを無視して詠唱を完了し、その魔法を発動させた。



【風属性魔法・ブリザード】



「ぐああああーーっ!」


 魔法が命中し、絶叫と共に凍結した半身が粉々に砕けるフェニックス。


「ウソ・・・だろ。魔力もないのにどうやってあんな凄い魔法を・・・」


 あり得ないほどの強力な威力を発揮したエミリーの魔法に、ただ呆然とするエルたち。


 だが撃った本人は、地面に両手をついてどうにか身体を支えている状態。


「大丈夫か、エミリーさん!」


 駆け寄ったエルが、エミリーの背中をさする。


 エルのキュアで身体は完全に回復しているものの、顔面蒼白でマナの欠乏が酷い。


 そんなエミリーがニッコリとエルに微笑む。


「私に考えがあるわ。カタストロフィー・フォトンで壁を撃ち抜いて脱出しましょう」


「壁を?」


「脱出口を開くのよ。それまでの時間は私が稼ぐ」


「時間を稼ぐってその身体でか? 無茶はやめろ!」


 だがまたしてもエルの忠告を無視し、なんとか立ち上がったエミリーが早口で詠唱を始める。


 仕方なくソフィアに詠唱を始めさせたエルが、不安そうにエミリーを見つめる。


 そして身体を回復させたフェニックスが火焔龍を放とうとしたその時、



【風属性魔法・ブリザード】



 魔法が命中し、フェニックスの上半身が粉砕。


 残された下半身が音を断てて石床に倒れるが、それと同時に糸の切れたマリオネットのように地面に崩れ落ちたエミリー。


「エミリーさんっ!」


「エルくん・・・私を置いて・・・逃げて」


 バラバラになった上半身が集まって再生を始めるフェニックスを見つめながら、エミリーはエルの手を握りしめてそう告げる。


「嫌だ! エミリーさんも一緒に・・・」


 だがエルの言葉に、エミリーが返事を返すことはなかった。


 彼女はその呼吸を止め、光を失った瞳はただ虚空を見つめていた。


「そんなのないよ、エミリーさん・・・」





(今すぐハーピー魔法を使えば、エミリーさんを蘇生できるかもしれない)


(だがそれをしてしまうと、俺の魔力が枯渇して脱出の可能性がいよいよ無くなってしまう)


(つまりパーティーは全滅)


(エミリーさんが命と引き換えに稼いでくれた時間。そんなカタストロフィー・フォトンを解除できるのか俺は・・・)


 大粒の涙を浮かべたエルが究極の選択を迫られたその時、その現象は始まった。


「こ、この膨大な魔力は?!」


 突然、地の底から湧き上がったマナの奔流。


 あざやかな青いオーラが石床から立ち昇ると竜巻のように荒れ狂った。


「何だ・・・これ」


 空気がビリビリと震え、空間マナを巻き込みながら巨大な龍に進化したそのオーラが、なんとエミリーの身体に吸収されてしまった。


「一体何が起きている・・・」


 そして一度はこと切れたエミリーが立ち上がると、その瞳が青い光を放ち、髪も青色に変色した。



 ズズズズズズズ・・・・・・


 オオオオオオッ!



 目を大きく見開いて呆然とするエルたちにその答えを与えたのが、身体の修復を終えて立ち上がったフェニックスだった。


「風のシルフィード・・・」


 彼が漏らしたその言葉に、シェリアの古い記憶が呼び覚まされた。


「シルフィードは、風のエレメントをその身体に宿す妖精。かつては南方新大陸を支配した妖精族の王も、今は大海の果てでひっそりと暮らしている」


 そんなシェリアの言葉に、苦々しい過去を思い出したフェニックス。


 そう、不死鳥族の同胞たちの多くはシルフィードによって殺されたのだ。


 そしてその憎しみは今、目の前にいるエミリーへと向けられる。


「許さんぞ、シルフィードの生き残りめっ!」


 憎悪の炎を燃やしたフェニックスは、持てる魔力の全てを爆発させた。



           ◇



 フェニックスとシルフィード。


 かつて大陸の覇権を賭けて戦った不倶戴天の敵。


 遥かな時が流れて両者は既に表舞台から去ったが、今ここに古の戦いが再現した。


 足を止めて真っ向から魔法を撃ち合うフェニックスとエミリー。


 炎熱魔法と氷結魔法が乱れ飛び、神殿内は激しい温度差によって暴風が吹き荒れている。


「カタストロフィー・フォトンの準備状況は?」


 それでも冷静に状況を確認するエミリーに、


「完了している。いつでも撃てるぞ」


「分かった。ならフェニックスに攻撃すると見せかけて、背後の壁を撃ち抜きましょう」


「了解だ」


 本日3回目となる、カタストロフィー・フォトンの発射態勢に入ったエル。


 十字に交差させた右掌に光のオーラが収束すると、ハーピー魔法でその威力が倍加される。


 それを見たフェニックスがバリアーを鏡面に変化させると、何かに気づいたインテリが、エルとエミリーの耳元でささやいた。


「ごにょごにょごにょ・・・」


「え、そんなことが本当にできるのか?」


「この作戦しかおまへん。ワイを信じてえな」


「私はインテリ君を信じる。やってみましょう」


 エミリーがそう言うと、既に詠唱を終えていたその魔法を発動させた。



【風属性魔法・ブリザード】



 鏡面状のバリアーを氷結魔法が襲う。


 フェニックスは、マジックバリアーの表面に金属薄膜を付着させて鏡面を作っていた。


 その鏡面がフェニックスの熱によって高温になっていたところにエミリーの魔法で急速に冷やされると、鏡面が歪んで大気中の水分も結露した。


 こうして輝きを失った鏡面に、エルの高強度ビームが照射された。



【光属性魔法・カタストロフィー・フォトン】



 結露した鏡面は光を反射することなく、超高温プラズマと化して金属薄膜が瞬時に蒸発。


 水素、酸素、銀の3種の元素はフェニックスのバリアーにはね返され四方八方に飛び散ったが、その後も残されたバリアーは透明で光を通すため、エルの発射したビームは秒速30万kmの速度でフェニックスの肉体に到達した。


 そして彼が何かを認識するより早く、その細胞を一片も残すことなくこの世から完全に消失させた。



           ◇



 さっきの激闘がウソのように静まり返った神殿。


 荒れ狂うマナの奔流だけが、ここにフェニックスが存在してたことを証明していた。


 だがこれより先の時間軸には、永劫の時を生きた不死王フェニックスは存在しないだろう。


「勝った・・・のか?」


「たぶん・・・完全に消えちゃったね」


「ワイらは勝ったんや!」


「え、エル姉様ぁ・・・グスッ」


「やるじゃない、キモ妖精!」


「お疲れ様、わたくしたちの勝利ですね!」


 顔を見合わせて互いの健闘を称える6人は、ハイタッチをしてその喜びを爆発させた。


「せーのっ・・・イェーーーーッ!」

 次回もお楽しみに。


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