第91話 鳥人族マフィアの崩壊
亜空間を抜けると、そこは広い石室だった。
だが、足下に刻まれた魔法陣を取り囲むように、マフィアの幹部たちが魔術具を手に構えている。
「撃てっ!」
そして背後に立つリーダー格の男が命令を下すと、一斉に魔法を放ってきた。
【無属性魔法・マジックバリアー】
だがこの状況を予想していたエルは、転移と同時にエレノアとスザンナの二人にバリアーを展開するよう予め指示を出していた。
二人の強力な魔力によって敵の魔法攻撃が全て弾き返されていくのを確認したエルは、仲間たち一人一人の顔を見渡していく。
そして全員無事に転移できたことにホッとすると、最後にソフィアに向き直った。
「ここからは乱戦になる。ソフィアは危ないから俺の背中におぶさっていろ」
「背中に・・・は、はい」
悔しそうに唇を噛みしめるソフィア。
メルクリウス帝国第一皇女であることに誇りを持っていたソフィアは、エルに魔王軍の指揮権を奪われたばかりか、ここにいるメンバーの中で自分が一番弱いという事実に、既にプライドはボロボロだった。
エルへのライバル心などとっくに消え、指示は全て受け入れるつもりだったが、彼女の目から涙がこぼれ落ちたのをエルは見過ごさなかった。
「お前は対フェニックス戦の切り札なんだ。もっと胸を張れ」
「ですがわたくし・・・グスッ」
エルはともかく、自分より小さいラヴィでさえ一人で戦えている現実に、再び唇を噛みしめた。
「三下との戦いは俺たちに任せて、お前はボス戦に集中しろ」
「え、エルお姉様・・・」
「それにお前は宮殿からほとんど出たことのない生粋のお姫様なんだろ。だったらケンカ番長の俺に堂々と守られていろ」
そういってエルがソフィアの手を取った。
「・・・はい」
頬を赤く染めたソフィアの温もりを背中に感じたエルは、全員に向けて指示を出した。
「敵の魔法攻撃が一巡するまで順にバリアーを展開。攻撃が途切れた瞬間にバリアー解除。反撃開始だ」
◇
戦いが終わり、血の匂いにむせかえる石室。
サラの治癒魔法で傷が完治していくエルと仲間たちの眼前には、血の海に沈んだマフィア幹部たちの亡骸が無残に横たわっている。
その遺体のほとんどは四肢がバラバラだったり身体の大部分が欠損しているが、同数以上の男たちは跡形もなく蒸発させられこの世から消滅している。
どちらがマシな最後であるかは議論の余地があるだろうが、エルたちによって倒された彼らはいずれも、何の罪もない何万もの人々の命を自らの欲望を満たすためにむさぼり尽くした悪人たちだ。
だからここにいる誰一人として、無残な末路を迎えた彼らに哀悼の意を捧げる者はいなかった。
そんな地獄の中に一人だけ命を長らえた者がいた。
戦いに敗北し、勝者である血まみれの聖女に組み伏せられた鳥人族の大男が、自由を奪われ冷たい石床に全身を押し付けられている。
鬼のような形相で必死に身体をよじらせる男に絞め技を極めた聖女が、サキュバスの王女に向かって声を上げた。
「セシリアやれ!」
「はいっ!」
【精神操作魔法・魅了】
石室全体に満たされたセシリアの魔力が、魔法発動と同時にエルに収束する。
すると男の形相が穏やかなものに変わり、その光彩にはハートマークが刻み込まれた。
身体の力が抜けて大人しくなった男を、エルは解放して床に立たせる。
その男は身長は2メートル2,30センチ程度の、猛禽類の特徴を持つ亜人種だ。
「名前を言え」
そうエルに命じられた男は、顔が紅潮して息を荒げている。
「・・・はあはあ・・・おっ、俺の名はファルコン。はあはあ・・・組織の番頭をやらせてもらってます」
「つまりナンバー2か。ならフェニックスの住処まで案内しろ」
「分かりやしたがその前にこ、子作りを・・・ももももう辛抱たまらん・・・」
「またかよ・・・仕方ねえな、今すぐ服を脱げ」
「お、おうっ! ちちち、ちょっと待ってろっ!」
発情したファルコンが大慌てで服を脱ぎ棄て、目を血走らせてエルに飛びつこうとしたその時、
ザシュッ!
エルの一閃で屹立した肉塊が宙を舞った。
「また、つまらぬものを切ってしまった」
「うっ・・・ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!」
◇
石室を後にしたエルたちは、ファルコン先導のもと洞窟の中を歩いて行く。
奥へと進むほどに空気は熱を帯び、エミリーとスザンナの氷結魔法で暑さをしのぐ。
その道すがら、エルは先頭を行くファルコンから情報を引き出した。
それによると、さっきの戦闘でマフィア本部に居た幹部全員が死亡したらしく、城塞都市プフレが陥落すれば幹部クラスはもうほとんど残っていないようだ。
つまり鳥人族マフィアは司令塔を失って組織としては崩壊、残るは首領のフェニックス親子と、末端の構成員を始末するのみとなった。
有用な情報をエルが粗方引き出した頃、目の前には巨大な空洞が広がっていた。
「ここは?」
真っ直ぐな縦穴で天井がなく、遥か上方には微かに青空が見える。
前方には大きなマグマ溜まりがあり、真っ赤な溶岩がグツグツと煮えたぎっている。
あまり近づき過ぎると服が発火しそうなほど熱く、噴煙が空へ立ち昇っていた。
「ここはリヤド岳火口。フェニックス様が住んでいらっしゃる場所よ」
タイガ同様、お姉言葉で話すファルコンが得意げに教えてくれた。
「そうか。ならヤツの前まで案内しろ」
「そ、それは無理! だってフェニックス様の神殿は火口の途中にあるのよ。普通の人間なんかあっという間に焼け死んでしまうわ!」
「何だと?」
「フェニックス様のご命令は息子のホウオウ様が伝えて下さるの。だから幹部の誰一人として、フェニックス様にお会いしたことがないのよ」
真上を見上げたファルコンが、火口の中腹辺りを指し示す。
噴煙で視界が遮られて何も見えないが壁面のどこかに神殿へ繋がる横穴があって、だがそこに行くためには数百度を超える噴煙の中を飛ばなければならないとのこと。
「ちっ、どうやってそこまで登るか・・・」
また厄介な難問に行く手を阻まれたエル。
だがインテリがシェリアのポーチから顔を出すと、
「アニキ、一つ名案があるで」
「本当かインテリ!」
「シェリアはんのバリアーを利用するんですわ」
「バリアーだと?」
インテリの話はこうだ。
マジックバリアーは剣や魔法を弾くものだが、見方を変えれば魔力によって作られた透明な盾だ。
盾なら風の力を受けることができ、マグマ溜まりから吹き上がる噴煙を利用できるはずだと
もちろん数百度の熱で焼け死んでしまう恐れはあるが、火属性魔法も弾き返すシェリアの耐火バリアーを使えば噴煙の熱はカットされる。
「つまりシェリアはんのバリアーの上に乗って、気球みたいに火口を上昇するんですわ」
「やるじゃないかインテリ! さすがウチの工業高校でトップの成績を取る天才」
「へへっ! ワイはケンカはからっきしやけど勉強だけは得意でっさかい」
「それで何人ぐらい乗れるんだ、それ」
「え?」
「・・・・・・・」
取りあえずぶっつけ本番でやってみることになり、シェリアとアリアの二人で展開したバリアーを徐々に広げて、一人ずつ上に乗ってみた。
「バランスを取るのがすっごく難しいから、そーっと乗ってよね。そーっと・・・」
円の中心に座る二人が微妙に場所を移しながら、セシリアに抱えられたエルが二人の間に降ろされる。
グラグラ揺れる透明のバリアーに、シェリアの悲鳴が飛ぶ。
「きゃあああ! もっと静かに降ろしてよセシリア」
「ご、ごめんなさい。でもエル様が重くて」
「俺が重いだと? くっ、この無駄にデカい胸と尻のせいか・・・」
「いえ、わたくしが非力なだけで・・・」
ガックリ肩を落とすエルを降ろしたセシリアは、次にソフィアを連れてきた。
体重が軽いからかエルの時より揺れなかったが、バリアーに乗ったソフィアは何もない下を見て顔が真っ青だ。
「こ、怖い! ・・・助けてエル姉様」
ユラユラ揺れるバリアーの上で、必死にエルにしがみつくソフィア。
だがエルはニッコリ微笑んで、
「お前は皇女としてアニキを支えるんだろ。だったらここで意地を見せろ」
「え、お兄様? ・・・そうでした、わたくしはお兄様のためにもここで成果を出さなければ!」
「そうだぞソフィア。お前の頑張りは俺からアイツに伝えてやる。だから張り切って行こうぜ」
そう言ってソフィアを元気づけたエルが、ポンポンと優しく背中を叩く。
だがこの時ソフィアは唖然とした。
エルに言われるまで、あれだけ大好きだった兄マルスのことをすっかり忘れていたのだ。
そして兄とは違う人間がいつしか自分の心に棲みついていて、彼女にこそ自分を認められたい、そう思っていた。
そして5人目として風魔法使いのエミリーが乗ったところで、シェリアが言った。
「これ以上バリアーは広げられないわ」
「分かった。ならインテリ、お前で最後だ」
「へい、アニキ」
「それからセシリアはここに残れ。膨大な魔力を持つフェニックスに魅了は効かないからな」
「承知しました。エル様お気をつけて」
「それからファルコン、後で大事な仕事をやってもらうのでお前もここに残れ。タイガみたいに簡単に死なれては困るからな」
「もう、つれない人ね。あなたこそフェニックス様に殺されないでね、エル様」
「おえぇ・・・気持ち悪いから身体をクネクネさせるのは止めろ」
「いやん」
そんな大男とエルの仲間たちが心配そうに見つめる中、バリアーを最大限に広げたエルたち6人が最後の決戦の場へと向かっていった。
次回もお楽しみに。
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